表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/110

9.お父様の帰宅

オティーリエは朝食を終えた後、人払いをして、ヨハンと二人で領内で発行されている新聞各紙を読んでいた。

もちろん、アーサーも一緒だけれど、アーサーは字が読めないので、オティーリエの左肩から紙面を眺めるのみ。


そして、その紙面は予想通り、アーサーで埋め尽くされていた。

主なタイトルは【巨大な白騎士現る!】である。


ホルトノムル・クロニクルのようなメジャー紙は魔獣とその被害についてもきちんと記事が出ていたけれど、そういった新聞以外は魔獣のことは二の次で、アーサーの姿や突然現れて魔獣を倒し、それから忽然と消えた辺りの下りが事細かに書かれているものがほとんどだ。

中には望遠レンズを使ったカメラで撮ったのだろう、かなり鮮明にアーサーの姿を載せている新聞もあった。


『この時代には、ずいぶん腕のいい絵師がいるのだな。

 ここまで克明に、しかも一晩で描き出すのは並大抵のことではないぞ。』

『アーサー、これは写真という技術です。

 魔法具ではありませんが、風景を紙に写し取る技術が現代にはあるのです。』


魔法具、というのは魔法の力が込められた道具のことだ。

アーサーもスケールは桁違いだが、魔法具に含まれる。


『ほお?

 どのようなものか、ぜひ見てみたいものだ。』

『近いうちにお見せしますね。』


などとオティーリエがアーサーと会話をしていると、今度は横からヨハンに話しかけられた。


「お嬢に関する記事はないようだな。」

「私の記事、ですか?」


オティーリエはパッと頭を切り替えてヨハンに返事をした。

・・・つもりだったのだけど、上手く切り変わらなかったのか、ヨハンに質問で返してしまった。


「ああ。

 実はお嬢が姿を消した後、新聞記者を発見したんだ。

 念のためフィルムを使えなくして、記事にしないように説得しておいたんだけど、大丈夫だったようだな。」

「そうだったのですか。

 ありがとう、ヨハン。

 でも、ヨハンこそあまり危険なことをなさらないで下さいね。」


なんでもないことのように言うヨハンに、オティーリエはちょっと心配そうに返した。

説得、という言葉が実際には脅しであることは、オティーリエにも分かる。


「俺は大丈夫だよ。」

「そうだといいのですけど。

 本当に気を付けて下さいね。」

「分かった、気を付けるよ。」


真剣な表情で言うオティーリエに、ヨハンは軽く右手を上げて誓うように言った。

言葉は崩しているけれど、口調は真面目だ。

そして、それで話は終わりとばかりに、話題を新聞の記事に戻す。


「それより、お嬢。

 お嬢の記事はないが、第一騎士団については記事になってる。」


第一騎士団の動きについて、複数の新聞で記事になっていた。

白騎士が消えた後、第一騎士団が中央広場に誰も近づけないようにしていたのは白騎士と何か関係があるのではないか?という内容だ。

そのうちの数紙はすでに第一騎士団に取材をしていて、第一騎士団からは、現場を保存して調査するために行った、また、調査は行ったが中央広場に特に怪しい場所はなく、白騎士についての詳細は不明、という回答が書かれていた。


「そのようですね。

 ご迷惑をおかけして申し訳ないところですけれど。」

「このていどのことは第一騎士団も織り込み済みだろうから、お嬢が気にすることはないさ。」


申し訳なさそうな表情のオティーリエに、ヨハンがなんでもないことのように言う。

このぶっきらぼうな言い方は、これ以上オティーリエが余計な気を揉まないように、という配慮から。

ヨハンはそう言った後、気分を切り替えるように話題を逸らした。


「あの時、団長は傍にいたけど、団長以外はお嬢のことを見ていないはずだ。

 だから、第一騎士団に所属の騎士に単独インタビューされても問題ないだろうし、第一騎士団からは今の公式見解以上のコメントは出てこないだろうから、第一騎士団絡みで、これ以上の情報は出てこないだろうな。」

「そうしますと、お城へのお問い合わせが気になりますね。

 ヨハンは状況をご存じですか?」

「城へも新聞各社から問い合わせはあったらしいが、全部調査中で返してるってさ。

 まあ、実際、城の人間は何も把握していないからな。」

「分かりました。

 何も分からない中でご対応下さっているご担当者にはご心労をおかけしてしまいますけれど、現状維持ですね。」


オティーリエは少し心配そうな表情を見せた。

それを見たヨハンが少し苦笑しながら言う。


「まあ、こればかりは仕方ないからな。

 お嬢、あまりあちこち気を使いすぎないようにな。」

「はい、気を付けます。」


オティーリエも了解したところで、ヨハンは次の話題に移った。


「後は白騎士についてだな。

 これだけ大きく取り上げられれば、誤魔化すのも難しいからな。

 これだけの代物、今後、国内や世界がどう動くか、注意を払う必要があるだろうな。」

「そうですね。

 他国の新聞も取り寄せて、どのように扱われているか、確認しましょう。

 ヨハン、手配をお願い出来ますか?」

「既に手配済みだ。」

「ありがとう、ヨハン。

 それでは、今晩にでも目を通していきましょう。」


ヨハンがこの時間に手配まで済んでいるのなら、今日中には集まるだろう。


「あと、その時にカメラを持ってきて下さい。

 アーサーが興味を持ったようで、見てみたいのだそうです。」

「分かった。」


二人は一通り新聞に目を通すと、それぞれの午前の予定に向かった。


 ◇ ◇ ◇


オティーリエにとっての月曜午前は執務の時間である。


普通の貴族家庭では女子には執務をさせず、ダンス、裁縫、語学、音楽、家政などの教養を身に付けさせるものだけれど、ホルトノムル侯爵家は違う。

ホルトノムル侯爵エリオットの教育方針が、これからは婦女子も領地経営や政治に参加出来る知識を身に付けるべき、という考えだから。


もちろん、普通の貴族女性が身に着ける教養も必要なので、オティーリエは日替わりで執務と教養の勉強をしている。

月水金の午前中は執務、午後からは勉強の時間。

火木土の午前中は勉強の時間で、午後は自習。

なので、火木土の午後はお城を抜け出す時間に使われることが多い。


執務と言っても、実際の領地運営は各専門に分かれた執事をはじめとする従僕達によって行われているので、オティーリエは報告を聞くのが主な仕事だ。

ただ、気になる箇所があった場合は、質問したり確認したりするようにしている。

時には決断を迫られる場合もあるけれど、オティーリエはそれにも領主代理として対応している。


今日の執務の時間のうち後半は、昨日の魔獣騒ぎについて各騎士団を集めての会議が行われるので、それへの参加である。

この会議では、今後の都市防衛についてや現在の捜査状況の報告、指摘が行われる。

第一から第五までの各騎士団の団長と補佐役が二名づつ、それに加えてオティーリエとヨハンが参加しての会議である。


この会議において、最初にアーサーについてと、その操縦者がオティーリエであることが報告された。

騎士団内にも開示しない、この会議に参加しているトップのみの極秘事項として。


その爆弾発言で一騒ぎした後は、非常な緊張感の中で会議が進行していった。

それというのも、現有戦力では同じ事態が発生した時に、対抗手段がないため。


相手を非難したりといった無駄なことを言いだす人々ではないけれど、戦力の分析や今後の防衛構想について、喧々諤々で意見を出し合う。


とはいえ、結局、有効な手段は出てこず、わずかに第一騎士団から今回のような魔獣に対抗できるように、戦車だけでなく破城槌のような物を用意するという提案のみが行われた。


避難誘導については、今回の件で十分に機能していることが分かったので現状維持。


領都外で発生した場合の連絡手段についても再確認された。

それから、事件の捜査状況について第二騎士団から報告されたが、昨日、オティーリエがウォードから聞いた内容と同じところまでだった。


 ◇ ◇ ◇


月曜午後は教師を招いて、語学と音楽の授業を受ける。

語学は、東の隣国で使われているエラント語と、さらにその先の東南地域で広く使われているオルセニア語は既に学び終えていて、現在は南の隣国で使われているクウェーリ語を学んでいるところだ。

それぞれ2時間ていど学んだ後、夕食までは自由時間。


だったのだけれど、今日は違っていて。

音楽の授業が終わるのを見計らうように、ヨハンがオティーリエの部屋に入って来た。

左手を腹に添え、右手を後ろに回して礼をした後、告げる。


「お嬢様、ご休憩中に申し訳ございません。

 旦那様がお呼びですので、旦那様の執務室までお越し下さい。」

「え、お父様、ですか?」

「はい。

 昨日の事件をお聞きになり、午前中に飛行機で急ぎ戻られました。」


エリオットは2月の頭から議会に出席するために王都に出向いており、本来なら8月頭まで戻ってこないのだけれど、今回は緊急事態が発生したということで戻って来たのだった。


「お嬢様からお話をお伺いしたいとのことです。」

「分かりました。

 すぐにお伺いいたします。」


オティーリエが立ち上がるのに合わせてヨハンが椅子を引く。

オティーリエは立ち上がるとアーサーを肩に乗せて、エリオットの執務室へと向かった。


 ◇ ◇ ◇


エリオットの執務室には、エリオットが一人で自席に座ってオティーリエが来るのを待っていた。

エリオットの瞳の色は青。

薄茶色の髪をオールバックにして、後ろは肩より少し長いくらいの長さで首の後ろあたりで縛っている。

18歳で侯爵を継いで、それから16年。

若いながらもすでに堂々たる貫禄を具えている。


「お父様、ご機嫌麗しゅう。

 おかえりなさいませ。

 お元気そうで何よりです。」


オティーリエは部屋に入ると、スカートを軽く摘まんで持ち上げ、背筋を伸ばしたまま右足を斜め後ろの内側に引いて、左足を軽く曲げて挨拶した。

カーテシーと呼ばれる、貴族女性がする挨拶。

単純な動きながら、細かい部分に気を使わないといけなくて、美しく見せるには熟練が必要。


「久しぶりだな、オト。

 少し背が伸びたか?」


エリオットは立ち上がるとオティーリエに歩み寄り、礼を終えてまっすぐ立ったオティーリエを、ぎゅっと抱きしめた。

オティーリエも慣れっこで、父親に合わせて、父親の背中に手を回す。


このオト、という愛称は、父親であるエリオットと母親のセラスティアのみが呼ぶ愛称である。

セラスティアはすでに亡くなっているので、今、この愛称でオティーリエを呼ぶのはエリオットのみ。


ちなみにオティーリエはもともとはオティーリエ・ロートリンデという名前だったのだけれど、母親のセラスティアが亡くなった際に、エリオットからセカンドネームとしてセラスティアの名前が贈られたのだった。


「たった一月でそんなに伸びませんわ。」

「そうか?

 一か月前より、さらに魅力的なレディになったように思えるぞ。」


エリオットは身体を離しながら、オティーリエを頭の先から足の先まで眺めみた。


「それから、ただいま、オト。

 まあ、明日の朝にはまた王都に出立するつもりだが。

 急いだせいで、土産も用意できなかった。」


残念そうに言いながら、身体の向きを変えてオティーリエをエスコートするように手を差し出す。


「ヨハン、お前も入れ。

 一緒に事情を聞く。」


エリオットが開いたままの扉の傍にいるヨハンにも声をかける。

その横でオティーリエがエリオットの手に自分の手を重ねると、エリオットは領主席にもっとも近い席にオティーリエを導いた。


「お父様、ありがとう存じます。」


席に着くと、オティーリエは手を離し、エリオットは自分の席に向かった。

ヨハンも礼をしてから部屋の中に入ってくると、オティーリエが座るのに合わせて椅子を動かし、その横に立つ。

エリオットはオティーリエが座る間に自席に自分で椅子を引いて座った。


机の上には、何部もの新聞紙が乗っている。

外国語の物もあるので、朝、ヨハンが手配したと言っていた世界の各地から取り寄せた物だろう。


「私がいない間に大変なことになっていたようだな。

 ヨハンからの報告書を読んで、だいたいのあらましは把握しているが、オト、お前からも直接、話を聞きたい。

 昨日、何があったか、話してくれるか?」

「はい、もちろんです。」


それから、オティーリエは昨日のことをヨハンに説明したのと同じようにエリオットに話した。

話の流れでアーサーを紹介することも忘れずに。

ヨハンに一度話しているおかげで、より要領よく。

おかげで、途中で質問されることもなく、ヨハンに話したよりも早く話し終わった。

それでも20分はかかっているけれど。


「なるほど、よく分かった。

 大変だったな。

 よく領都を守ってくれた。」


相手が誰であっても、まずお礼を最初に。

この姿勢は、エリオットからオティーリエに着実に受け継がれている。


「いえ、アーサーのおかげです。

 お礼なら、アーサーにお願いします。」

「そうだな。

 アーサー、よく領都を守ってくれた。

 領主として、感謝する。」


エリオットは真面目にリスに向かって感謝を述べた。

アーサーも、なんとなく何を言われているのか分かったのだろう。

後ろ脚で立ったまま、右の前足を胸にあてた。

おそらく、リスの姿で出来る敬礼がこれだったのだろう。

それを返事と受け取ったエリオットが再びオティーリエに視線を戻すと、エリオットが口を開く前にオティーリエが口を開いた。


「それから、ヨハンに第一騎士団、第二騎士団の方々もですね。

 皆様のおかげで、被害が最小限に抑えられたのですから。」

「そこも当然だが、仕事でもあるからなぁ。

 だが、まあ、オトの言う通りか。」


エリオットは少し苦笑めいた顔で返した後、真面目な表情に戻ってヨハンの方を向いた。


「ヨハン、初めての事態によく対応した。

 第一、第二の各騎士団にも伝えておいてくれ。」

「もったいないお言葉でございます。

 伝言についても、かしこまりました。

 お伝えいたします。」


ヨハンも礼をしながら、返事を返す。

そして、エリオットは再びオティーリエを見ると、今度こそ話の続きを再開した。


「それで、オト、少し教えてくれ。

 まず、白騎士の操縦者を他の誰かにさせることは可能か?」

「可能です。

 アーサーに操縦者の交代を告げるだけです。」

「ん?

 交代、ということは、変わってしまうとオトは操縦者ではなくなるということか?」

「はい、左様でございます。」

「そうなのか。」


言ったきり、エリオットは腕を組み、顎に手を当てて考え込んでしまった。

視線が宙を彷徨う。

少しして、ふと何かを思いついたようにオティーリエを見た。


「そういえば、オトはどうして操縦者になれたんだ?」

「アーサーに呼ばれた時、アーサーの主は未登録状態でございました。

 それが昨日、魔獣に反応してアーサーが緊急起動した際に、緊急処置として、その場にいた魔力を持つ者を主としたのです。」


その答えを聞いて、エリオットはわずかに眉を顰めつつも、質問を続ける。


「・・・ちなみに、操縦者になれる条件は?」

「魔法が使えれば、つまり、魔力を持っていて、ある程度扱えれば、操縦者になれます。」


エリオットはいよいよ苦虫を噛み潰したような表情になったけれど、それはわずかのこと。

すぐに気を取り直して、次の質問に移った。


「転移の魔法陣とやらが設置された場所について、地図で場所を示せるか?

 白騎士と操縦者両方についてだが。」

「はい、出来ます。」


オティーリエは、アーサーに流し込まれた知識のおかげで、転移陣の場所は全て把握できている。

アーサーのメンテナンスルームを起点に考えれば、現在の地図に置き換えて場所を示すことも可能だろう。


「あと、アーサーの転移の魔法陣と操縦者の転移の魔法陣は全て同じ場所に設置されています。」

「転移の魔法陣は、一目見て、それと分かるか?」

「はい。

 一目で分かる紋様が描かれています。

 全て同じ紋様ですので、どのような物か図を描けますよ。」

「上出来だ。」


オティーリエの答えに、エリオットは小さく笑みを浮かべた。

エリオットの質問は転移の魔法陣が今、どうなっているのか調べさせるためのもので、オティーリエもその意図を汲み取って的確な答えを返したから。


「それで、その魔法陣は新しく設置は出来ないのか?」

「残念なのですけれど、それは出来ません。

 魔法陣を描くための素材が、現在では入手できない物ばかりなのです。」

「そうなのか。

 まあ、仕方ないな。」


エリオットはそこまで聞くと、組んでいた腕を解いた。


「よし、やはり操縦者はオトのままにしておこう。

 ただし、このことは最重要機密だ。

 ヨハン、白騎士の操縦者について、今時点で知っている者はどれくらいいる?」

「旦那様と第一騎士団から第五騎士団の団長とその補佐官二名づつ、それから私になります。

 騎士団長および補佐官各位につきましては、午前の会議で、本件は機密事項で騎士団内にも連絡しないように通達済みです。

 ただ、あと一名、気になる者がいます。」

「報告にあったオリバーという記者だな?

 対処はお前に任せていいな?」

「はい、お任せ下さいませ。」


言われたヨハンは、再び礼をしながら請け負った。


「ふむ、お前達と話すのは、こんなところか。」


エリオットは満足げな表情を見せると、オティーリエを見た。

話は終わりとばかりに、話題を変える。


「オト、夕食は晩餐会にしよう。

 と言っても、客は呼ばずに私とオトだけだが。」

「かしこまりました。

 準備を整えさせます。」


晩餐会は女主人が主催すべき事柄で、オティーリエは今年で14歳なので少し早いのだけれど、勉強も兼ねてその準備を任されている。


と、言っても、実際に動くのは家政婦を中心とした料理人や侍女達だけれど。


ただ、オティーリエは女主人として、出される料理や飲み物の献立や、部屋の準備などをきちんと監督する必要がある。

オティーリエはヨハンに向けて片手を上げた。

その合図でヨハンは礼をして部屋を出て行く。


これで、ヨハンから家政婦に話が伝わって、晩餐会の準備が始められるだろう。

もっとも、エリオットが戻って来た時点で、勘のいい家政婦達はすでに準備を始めているかもしれないけれど。


「ところで、お父様。

 お話が終わりでしたら、ぜひとも、お伺いしたいことがあるのですけれど、よろしいですか?」

「もちろん。」


真面目な話が終わり、二人きりになったことでエリオットが侯爵としての態度を崩した。

残ったのは唯一の娘を溺愛する父親だけだ。


「お母様は魔法を使えることを隠していらっしゃいましたけれど、お父様はご存じでしたのですよね?

 どうしてご存じでしたのですか?」

「愛する女のことだぞ。

 全て知りたいと思うのが男というものだろう。」


即答だった。

想像もしていなかった答えに、オティーリエがちょっと詰まる。

相手が秘密を暴かれたくないと思っていたらどうするのかと非難するべきかとか、よく突き止めたと感心するべきかとか、色々考えているうちによく分からなくなってしまい。


「分かりました。

 そういうものなのですね。」


結局、追及するのを止めた。


「お聞きしたかったのはそれだけです。

 お教えいただきまして、どうもありがとう存じます。」


それから後は、エリオットが議会に行ってからの一か月の間にあったことをお互いに報告しあう。

と言っても、オティーリエも晩餐会の準備があるので、あまり長い時間ではなかったけれど。


オティーリエが辞去を告げて立ち上がろうとすると、エリオットが片手を上げてそれを止めた。

それから、エリオットは席を立つとオティーリエの背後に立って椅子を持つ。

椅子を引いてくれるのだろうと気が付いたオティーリエは、それで席を立ち上がった。

それに合わせてエリオットが椅子を引く。


それから、エリオットは立ち上がったオティーリエに手を差し出すと、オティーリエもその手に自分の手を乗せた。

部屋を出るまでの短い間だけだけど、エリオットはオティーリエをエスコートして、それからオティーリエが部屋を出て行くのを見送った。


 ◇ ◇ ◇


オティーリエはエリオットの部屋を出た後、すぐに領主一族が使う食堂へと向かった。

当然、晩餐会の準備の状況を確認するため。


予想通り、エリオットが帰還したことで、この展開を読んでいたらしい家政婦が準備を進めてくれていた。

すでに食堂のテーブルには準備がされていて、料理の下ごしらえも始まっている。

料理と飲み物はきちんとエリオットの好みの物を揃え、テーブルには清潔なクロスが敷かれてナプキン、カトラリーもセッティング済。

おかげで、晩餐会の時間に間に合いそう。


オティーリエは家政婦をはじめ、準備を進めてくれていた侍女達に感謝を述べると、主の責任として、準備の状況を一つ一つ確認していった。


オティーリエはそれなりの時間をかけてきちんと準備の確認を終えると、部屋に戻って晩餐会に出席できるドレスに着替えて、髪の毛もセットしてもらった。

それから、アーサーもブラッシングしてもらって毛並みを整えてもらう。


それらの準備が整い、夕食の時間になると、食堂でエリオットとオティーリエだけの晩餐会。

特に何事もなく和やかに晩餐会を終えると、オティーリエは部屋に戻った。


部屋に戻ると、ヨハンが新聞紙を数部とカメラを両腕に抱えて入ってきた。

それを見たオティーリエは、軽く手を上げて人払いする。

部屋からオティーリエとヨハン以外の人が出ていくと、ヨハンは部屋のテーブルにカメラと新聞紙を置いて、オティーリエの横に椅子を持ってきて座った。


「ありがとう、ヨハン。

 早速見ていきましょう。」

「ああ。

 それから、読みながら聞いて欲しいんだが、事件に関連しそうな情報が入った。」

「そのようなことを聞いては、新聞など頭に入らないではありませんか。

 先にその情報を教えて下さい。」


オティーリエは新聞に手を伸ばしたところでヨハンからそんなことを言われたので、その手を引っ込めてヨハンを見た。

オティーリエに見つめられたヨハンが、誤魔化すように頭をかく。


「まあ、それはそうか。

 じゃあ、先に話を聞いてくれ。

 まずは、犬の情報だ。

 西の街道入口の北側にあるカルロズ彫金会という小さな町工場に飼われていた犬が昨日から行方不明らしい。

 ボーダーコリーで、人懐こい犬だそうだ。

 名前は工場の名前にちなんでカルロというらしい。」

「分かりました。

 まず、と言うことはまだ情報があるのですよね?」

「ああ。

 もう一つ。

 その工場の近くに、怪しい家がある。

 小さな一軒家で、1年ほど前から人が出入りするようになったらしいんだが、出入りするのは月に二回、それも30分ていど。

 普段は人の気配もないらしい。

 正直、今回の件との関連は分からないが、怪しい場所には違いないから、お嬢に伝えておく。」

「分かりました。

 ありがとう、ヨハン。

 明日の午後、早速、調査に参ります。

 よろしくて?」

「ああ。

 どうせ、拒否しても行くんだろう?」

「もちろんです。」


西門の外に調査に行くということは、さすがに遠いので西の駐車場までは車で行きたいところ。

そうなると西の駐車場に到着してオティーリエが降りた後、車をお城まで戻してもらう必要があるし、16時にまた西の駐車場まで車で迎えに来てもらう必要がある。

そのため、ヨハンの協力が必要不可欠なのである。

ヨハンに拒否された場合は、当然、距離が遠くても歩いて行く覚悟もあるけれど。


「さて、それじゃあ、次は記事のチェックだ。

 時間もないし、パパっとやっちまおう。」

「そうですね。

 さっと目を通していきましょう。」


それから後は、二人して各国の新聞に目を通す。

ヨハンはシルビリア語と、それに近い言葉で書かれた新聞を中心に目を通し、オティーリエはエラント語とクウェーリ語で書かれた記事に目を通す。

二人とも読めない言葉で書かれているものは、仕方ないので諦めて。

そうして、30分ほど二人で記事をチェックしていった結果。


「近隣諸国では小さく記事になっているていどですね。

 アーサーについてはほとんど触れられておらず、魔獣が出現して被害が出たというのが記事の中心になっています。」

「俺の確認した分も同じだ。

 他領の新聞は領内の新聞と同じ感じで、白騎士に関する記事が多かったが。」

「どのような記事でした?」

「白騎士の写真に詳細な描写、あと魔獣が現れた時に出現して倒すと消えてしまった、という事実のみが書かれていた。

 それ以外には、特に注意を引く記事はないな。」


ヨハンは机の上の新聞をとんとんと指先で叩きながら言った。

秘密にしておきたい事柄が書かれていないのはよかったが、逆に新たな情報がないことには不甲斐なさを感じずにはいられない。


不条理と言われればそれまでだが、新聞なら事実を精査し、必要なら取材してその結果も載せて欲しいところだ。

そういう意味では、第一騎士団の動きから取材まで行った領内の新聞は優秀ということだろうが、そもそも領外ではそこまで注意を払われていないだけかもしれない。


「機密事項が漏れていないことはよかったです。

 それから、アーサーについて、さほど盛り上がっていないようなのは安心しました。

 このまま、立ち消えてくれればいいのですけど。」

「盛り上がるのはこれからだ。

 まだ情報が伝わりきっていないんだろう。

 まあ、白騎士については今以上の情報は出てこないだろうから、早い時点で下火になってくれるといいな。」

「そうですね。

 また、明日以降も続けて状況を見守りましょう。」


多少の希望的観測も入っているけれど、これが今時点での結論。

アーサーに関してだけ言えば、アーサーは突然現れて魔獣を倒すと姿を消しただけなので、情報らしい情報が出てくるハズもない。


出てくるとしたら、アーサー出現前後のオティーリエとヨハン、それから第一騎士団の動向だけれど、第一騎士団についてはもう情報は出てこないはずだし、オティーリエとヨハンについても、今のところ、記事にはなっていない。


「ところで、尋ね人欄は見ましたか?

 領内の上流階級の女性で尋ね人がいないか気になるのですけれど。」


ヨハンには西の駐車場からの帰り道にオティーリエが聞き込みをした結果を話してある。


「ああ、なるほどな。

 すまない、そこまで気が回ってなかった。

 ちょっと見てみる。」

「領内の分だけでいいでしょうから、手分けして見てしまいましょう。」


二人で手分けして、改めて領内の新聞の尋ね人欄を流し見する。

見る場所が分かっているので、これはすぐに終わった。


「特に気になる尋ね人はありませんね。」

「そうだな。

 姿を消したタイミングを考えれば魔獣との関連が疑われるから、迂闊に捜索依頼を出せないのかもしれないな。」

「第二騎士団の方にも情報がないか、時間があれば明日にでも聞いてみます。」

「そうだな、そっち当たった方が情報ありそうだ。」


そこまで言ったところで、二人は顔を見合わせた。

お互いに了解の表情をしている。


「当面の状況整理は以上ですね。

 それでは、アーサーに写真を紹介します。

 お持ちいただいたカメラをお借りしますね。」

「ああ。」


オティーリエは、言いながらカメラを手に取ると、テーブルにいたアーサーをすでに定位置と化している左肩に乗せた。

そして、アーサーによく見えるようにカメラを回して色々な角度から見せる。


『アーサー、これがカメラと言いまして、風景を写し取る機械です。

 ここがレンズ、ここがシャッター、ここがファインダーと言います。

 それから、このカメラの中にフィルムというものが入っていて、そのフィルムに風景を写し取ります。』


そこまで言うと、オティーリエはヨハンの方を向いた。


「ヨハン、ご面倒なのですけれど、フィルムも持ってきて下さらないかしら。」

「それは構わないが・・・それより、今、アーサーと話してたのか?

 どうもカメラの説明をしているように見えたんだが。」


ヨハンが不思議そうな顔をして二人を見ていた。

オティーリエとアーサーの会話は口に出さないので、傍から見ると会話しているように見えない。


「そうです。

 お互いに、頭の中のイメージを伝え合って、会話をしています。」

「つまり、魔法を使っていたということか。

 とてもそうは見えなかったな。

 魔法って言うと、こう、呪文を唱えて何か起こるみたいなイメージだったから。」

「基本的にはそれで合っていますよ。

 ただ、例外もあるということです。」

「ふうん。

 まあ、いいや、とりあえずフィルム取ってくるよ。」


そう言うと、ヨハンは席を立って部屋を出て行った。

オティーリエはそれを見送ると、アーサーへのカメラの説明を再開する。


『今、ヨハンにフィルムを取りに行っていただきました。

 その間に他のことをご説明しますね。』

『あの少年はヨハンと言うのだな。』


アーサーの言葉に、オティーリエは虚を突かれたような表情になった。

そう言えば、アーサーを紹介はしているけれど、アーサーには誰も紹介していない。


『失礼致しました、アーサー。

 アーサーには誰も紹介していませんでしたね。』

『いや、そのタイミングがなかったからな。

 仕方のないことなので、我が主が気にするようなことではない。』

『ありがとう、アーサー。

 そう言っていただけますと、気が休まります。』


オティーリエはアーサーを申し訳なさそうに見ながら伝えた。

アーサーから伝わってくる感じには、言葉の通り、気にした感じはしない。


『ところで、カメラについてだ、我が主。

 まだ肝心な所まで進んでいない。』

『そうですね。』


言われて、オティーリエも気を取り直した。

カメラをアーサーが見えるように構える。


『カメラは、ファインダーを覗いて使用します。』


オティーリエが構えてくれたカメラのファインダーを、アーサーが覗き込む。


『ふむ。

 とりあえず、普通に部屋の風景が映っているが。』

『シャッターというスイッチを押すと、このファインダーから見えている風景が、カメラの中にあるフィルムに映ります。

 あと、このレンズの部分に絞りという調整機構がついていて、この絞りを調整することで、遠い場所を写したり、逆に近い場所を写したりすることが出来ます。

 そして、最後にそのフィルムに映った風景を印画紙という特殊な紙に焼き付けという作業をすれば、写真という新聞に使われていたような風景を写し取った紙が出来上がります。

 詳しい仕組みについては、さすがに説明出来ないので割愛させていただきますね。』

『説明感謝する、我が主よ。

 仕組みは分からないが、使い方については分かった。

 昨日は大きな車が魔力もなしに走っていたし、アルビオン皇国のような魔法ではない技術が発達した時代なのだな。』


アーサーが興味深そうにカメラに前足を伸ばしたが、短くて全然届かない。

それで、オティーリエがカメラをアーサーに近づけたけれど、結局、ペタペタと表面を触れただけだった。

とりあえず、オティーリエがアーサーがファインダーを覗いた時にレンズの絞りを動かして、壁近くの物を拡大したりテーブルの上の物を映して見せたりする。


『ヨハンが戻ってきたら、一緒に写真を撮っていただきましょう。』


オティーリエがそう言った時に、ちょうど部屋の扉が開いてヨハンが入ってきた。

ヨハンはオティーリエとアーサーがどちらも自分を見たのに気が付くと、そのままオティーリエの傍までやって来て、円筒形のフィルムの両端を親指と人差し指で挟むようにしてアーサーに見せる。


「ほら、これがフィルムだ。」


『アーサー、これがフィルムです。』


ヨハンの言葉をオティーリエが同時通訳して伝える。

すると、アーサーは了解したとでも言いたげにヨハンに頷いた。


「お、こいつ頷いた。

 ・・・って、リスと思わない方がいいんだっけ。」

「はい。

 すでに成人している騎士と思ってご対応下さい。」

「分かった。

 なかなか難しそうだけど、気を付けるよ。」


オティーリエがカメラをテーブルに置いて両手を差し出すと、ヨハンはその両手にフィルムを落として渡した。


「ありがとう、ヨハン。」


オティーリエはヨハンにお礼を言うと、早速、そのフィルムをアーサーに見せた。


『アーサー、これがフィルムです。

 この円筒の中に、風景を写すための非常に薄い板が入っています。

 中身を出してしまうと、そのフィルムは使えなくなってしまいますので、今はお見せ出来ませんが。』

『分かった。

 そこまでは諦めよう。

 感謝する、我が主。

 ヨハンという少年にも感謝を伝えて欲しい。』

『分かりました。

 お伝えしますね。』


オティーリエはフィルムを机に置くと、再びカメラを手に取ってヨハンの方を向いた。


「ヨハン、アーサーが感謝します、だそうですよ。」

「了解。

 まあ、俺はお嬢に頼まれたからやっただけだけどな。」

「それで、ヨハン、もう一つお願いがあります。

 アーサーと二人の写真を撮って下さい。」


オティーリエが、すっとヨハンにカメラを差し出す。

ヨハンはそれを受け取ると、少しオティーリエから離れた。


「それくらいお安い御用だ。

 もう撮ってもいいか?」


ヨハンは一声かけると、カメラを構えてピントを合わせた。


『アーサー、これからヨハンに写真を撮っていただきます。

 カメラの方を向いて下さい。』

『心得た。』


アーサーがカメラの方を向いた。

オティーリエもカメラに向かって微笑を浮かべる。


「ヨハン、大丈夫です。」

「それじゃあ、撮るぞ。」


ヨハンがシャッターを押すと、パシャリと小さな音が響いた。


「よし、いいぞ。」

「ありがとう、ヨハン。」


『アーサー、もう大丈夫ですよ。』

『これで、写真とやらに撮られたのか。

 焼き付けという作業はすぐに終わるのか?』


心なしか、アーサーがわくわくしているようだ。


『いえ、さすがにすぐには終わりません。

 ですけれど、出来たらすぐに持ってきていただきますね。』

『了解した。』


そう言われても、アーサーはさほど落胆した様子もなく応じる。

オティーリエがアーサーと会話しているとは知らずに、ヨハンが一人と一匹の方に寄ってきながら声をかけた。


「それじゃあ、これは現像に出しとくよ。

 明日の午前中には出来てくるだろう。」

「お願いしますね。」

「じゃあ、今日のところは終わりにするか。

 けっこうな時間経っちまった。」

「そうですね。

 また明日にしましょう。」


オティーリエが返事をすると、ヨハンはいったんカメラをテーブルに置き、新聞の山の中から地図と何も書かれていない紙を取り出した。


「お嬢、遅くなったのに悪いんだが、転移の魔法陣の場所を地図に印を付けておいてくれ。

 あと、転移の魔法陣がどんなものなのかの図も書いておいてくれると助かる。」

「分かりました。

 就寝前にやっておきますね。」

「頼む。

 明日の朝に取りに来るよ。

 それじゃあ、おやすみ、お嬢。」

「おやすみなさい、ヨハン。」


ヨハンは新聞の山とカメラとフィルムを持って部屋を出て行った。

代わりに侍女達が部屋の中に入ってくる。


後は侍女達に伴われてお風呂に入り、小休止の時に転移の魔法陣の場所を地図に書いたり、転移の魔法陣の紋様を紙に書いたりした後、就寝。

昨日に引き続き、アーサーに言葉を教えてから、眠りに就いたのだった。

娘が可愛い領主様が他を全てうっちゃっての帰宅でした。

もちろん、領地の一大事、という建前で。

そして、そんな領主と娘を、お城やタウンハウスの使用人達は温かく見守っています。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ