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28.ある町娘の物語

ベンチに座ったオティーリエは、セレスフィアとセリアが座るのを横目に見ながら、庭園全体を眺めた。

侍従と侍女達はそれぞれ定位置につき、冷めてしまったり、温まってしまった料理や飲み物を取り替えたり、それとなく参加者の近くに控えて、声がかかるのを待機したりしている。


セオドアは相変わらず奥の方のベンチに座って地面をみつめていて、マクシミリアンとアルチュールは馬が合ったのか、東屋の円卓でなにやら盛り上がっているようだ。


そうして、セレスフィア、セリア、ノシェ、ラシェル、ヨハンがそれぞれの場所に落ち着くと、オティーリエは交互にみんなに視線を移しながら、口を開いた。


「3度目となりますが、皆様には改めて自己紹介をさせていただきますね。

 ホルトノムル侯爵エリオット・ロートリンデとその妻セラスティア・ロートリンデの娘、オティーリエ・セラスティア・ロートリンデです。」


オティーリエは開口一番、そう言った。

ルカのおかげか、特に緊張もなく自然な笑みを浮かべて。

こうして改めて名乗ったのは、ティリエではないということを強調するため。


「皆様には普段通りで、とお願いさせていただきましたけれど、お城の中に在りましては態度を崩せませんので、このままお話させていただきますね。」

「畏まりました。

 ご事情は理解いたしましたので、どうぞ、お気になさらないで、そのままお話し下さいませ。」


オティーリエの断りに、セレスフィアが柔らかい笑みを浮かべて答えた。

セレスフィアの言葉が変わらず固いのは、オティーリエを相手に話しているから。

ご事情を理解していないセリアとノシェとラシェルは、内心、首を傾げたけれど、さすがに顔には出さなかった。


オティーリエはセレスフィアの答えを嬉しく思いながら、笑みを返した。

セレスフィアは、言葉の意味をきちんと理解した上で受け入れてくれている。


「ありがとう存じます。

 それで、いきなりなのですが、まずは一人の少女について、お話しをさせて下さいませ。

 皆様にお聞きいただきたい少女のお話ですわ。」


セリアとノシェは何かに気付いたようにお互いに視線を交わし合った。

それから2人はセレスフィアを見ると、セレスフィアも2人に同意するように視線を返す。

これからオティーリエが話そうとしているのは、きっと、オティーリエ自身の話。


そう前置きしたオティーリエは、みんなの方ではなく正面を向いて。

その顔には笑みではなく静謐を湛えて。

遠くを見つめながら静かに語り始めた。

みんなが聞いてくれることは分かっているので、確認したりする必要はない。


「その少女は、ある貴族の家に生まれました。

 仲の良い家族で、少女は両親、いえ、両親だけでなく取り巻く人々からも愛されて育ちました。

 母親が日曜礼拝はお城の礼拝堂ではなく城下町の神殿で行われる日曜礼拝に参加していましたので、母親に連れられて少女も神殿での日曜礼拝に参加するようになりました。

 そして、4歳になる年に、その日曜礼拝で、3人のお友達と出会いました。

 少女はそれまで日曜礼拝以外はお城から出たことがありませんでしたので、生まれて初めてのお友達だったのです。

 少女の喜びようは、それはもう大変なものでした。

 そして、その日以来10年間、4人は変わらずに友情を育みました。」


ここでオティーリエは一度話を切って、笑みを浮かべてセレスフィア、セリア、ノシェの顔を見た。

3人とも、オティーリエ自身の話であることは分かってくれているだろうから。

そして、それぞれが優しい笑顔を返すと、オティーリエはまた正面を向いて話を再開した。


「ただ、その少女は街に出る時は貴族であることを隠していました。

 ですので、本名を名乗らずにあだ名を名乗り、どこに住んでいるかなどの質問もいつもはぐらかしていました。

 本当は本名と身分を伝えたかったのですけれど、どうしても、それを伝える上手な解決方法を思いつかなかったのです。

 少女はそのようにお友達に不誠実な態度を取り続けることを大変申し訳なく思っていました。

 ですけれど、どうしてもお友達を手放したくなかったので、その気持ちごと隠して、そのままお付き合いを続けました。

 そして、そのようなことは些細な事とばかりに気にせず接してくれるお友達に、ずっと感謝の気持ちも持ち続けていました。」


そこで、オティーリエは4人の様子を伺った。

ここが、一番、気にかかっていたところだったから。

その時の反応は四者四様だった。


セレスフィアは最初に察していると言った通りオティーリエの事情は把握していたし、話自体、ここで終わりではないということで、続きを聞く態勢だった。

セリアは心配している表情でオティーリエを見ていた。

オティーリエが、ずっと気に病んでいたことを思いやって。


ノシェは大丈夫だよ、と元気づけるような笑みを浮かべてオティーリエを見ていた。


ラシェルはこの友達の輪に入っていはいないけれど、場の雰囲気に注意を払いつつ、セリアの姉として、セリアを見守っていた。


4人が4人とも気を悪くした様子がないことにオティーリエは少し安堵した。

でも、本当に言いたいことはここから。


「少女は8歳の頃から日曜礼拝に関係なく街に出るようになりました。

 その時は当然、貴族という身分は隠したままです。

 そして、10歳になってからは週の半分は街に出るようになっていました。

 今年で14歳になります。

 実際にはお城にいる時間の方が長いのですけれど、少女の実感としては、その人生の半分を貴族として、そしてもう半分を身分を隠して過ごして来たのです。」


ここでオティーリエは徐々に緊張してきた気持ちを落ち着けるために軽く目を瞑り、そして目を開いてから話を続けた。

不安が募って来たというわけではないけれど。

それでも、緊張してしまうのは仕方のないこと。


「少女にとっては貴族としての自分も、身分を偽った自分も、等しく自分でした。

 どちらも真実なのです。

 ですので、少女は身分を偽った自分と関わった方々に対して、本当の身分を隠していることに申し訳ない気持ちを持ちつつも、謝罪は行いませんでした。

 これからも、そのつもりはありません。

 謝罪を行ってしまうと、身分を偽った自分が、嘘になってしまうと感じたからです。

 身分を偽っていたとしても、その触れ合いは真実でした。

 そう、思っております。

 そして、願わくば。

 関わった全ての方々、いえ、せめて、この真実を知った少女の愛するお友達も、同じ気持ちでいて下さることを願うばかりです。

 これで、お聞きいただきたかった少女のお話は終わりです。」


これで、ある少女の話は終わり。

オティーリエは笑みを浮かべず、静謐を湛えた表情のまま、みんなに顔を向けようとしたその時。


「オティーリエ様、一つ、質問をよろしいでしょうか?」


ノシェが、真剣な表情でオティーリエを見ていた。


 ◇ ◇ ◇


オティーリエが話を終える少し前。

ノシェはセリアを見た。

その視線を感じたセリアがノシェを見ると、ノシェはウインクを返した。

それから、真剣な表情を見せる。


セリアは、ノシェが具体的に何をしようとしているのかまではさすがに分からないけれど、何か悪戯をしかけようとしていて、セリアにも協力してほしいと言っているのだということは理解した。


オティーリエの話に出て来た通り、10年付き合って来た友人。

このていどのことは仕草とアイコンタクトで十分に伝わる。

なので、心配そうな表情でオティーリエを見ていたセリアも、表情を取り繕って真剣な表情をした。


基本的にノシェの悪戯は悪意からのものではなく、場を和ませたるための善意からくるもの。

表には出さなくても、気を張って話をしているオティーリエの緊張を解すためだろうということは簡単に想像はつく。


なので、セリアはその悪戯に乗ることにした。

セリアも同じ表情をしたことを確認したノシェは、その表情のままオティーリエを見たので、セリアもその視線に誘われるようにオティーリエを見た。


と、そんな2人のやり取りをセレスフィアも見ていた。

何をしようとしているのかはさっぱり分からなかったけれど、何かをしようとしていることは分かった。

ただ、本当に何をしようとしているのか見当もつかなかったので、ここは2人に任せて、ただオティーリエの話を聞くことにした。


ちなみに、ノシェとしては、セレスフィアは主人なので悪戯に巻き込むのは避けた・・・というわけではなくて。

セレスフィアは悪戯をしようなどとは露とも思わない人なので、意図が伝わらないだろうからと最初から数に入れていないだけなのだった。


 ◇ ◇ ◇


ノシェに声をかけられたオティーリエは、一度、全員の顔を見回してから、ノシェの方を向いた。

セレスフィアとラシェルはノシェの言葉の続きを待っているようだけれど、セリアはノシェと一緒に真剣な表情でオティーリエを見ている。

普段から、この2人は何かをしようとした時に手を組むことが多いので、オティーリエが話をしている間に2人の間で何かやり取りがあったのだろうとオティーリエは察した。


ただ、2人とも真剣な表情をしている。

おかげで意図が掴めない。

オティーリエはどうしても悪い方向に考えが向かってしまい、背筋の凍る思いをしながらも、なんとか表には出さずに答えた。


「はい、どのようなことでもご質問下さい。」


真剣な表情でノシェを見返しながら、ノシェの質問を待ち構えた。

ノシェはじっとオティーリエを見る。

そんなノシェの態度に、否が応でもオティーリエの緊張は高まる。

ノシェは少しの間、オティーリエをじっと見てから、口を開いた。


「アーサー君はお連れではないのでしょうか?

 出来れば、またお会いしたいと思っていたのですが。」


身構えていたオティーリエは、その思いもよらなかった質問にピタッと動きが止まった。

表情も身体も固まったように動かない。

質問の内容は分かったものの、その答えを考えられない。


なにせ、何を言われるかと身構えていたところにアーサーだったのだ。

拍子抜けしたと言うか、とにかく、過度の緊張状態から一気に緊張感が抜けてしまって、オティーリエの脳は一時停止してしまった。


そして、そのオティーリエの様子に、ノシェは悪戯成功とばかりに、にやっと笑った。

オティーリエには見えていないけれど、セリアもノシェと同じ。

セレスフィアはあらあらという顔している。


「オティーリエ様。

 私はセリアの姉として、皆様のことを横から見ておりました。

 ですので、断言できます。

 皆様のように強固な結びつきは、そうあるものではありません。

 お互いに思い合い、大事にしていることがよく分かりました。

 私などは、そのような友人に恵まれませんでしたので、羨ましく思っておりましたよ。」


オティーリエが大きな覚悟を持って話をしていたと感じたのだろう。

ラシェルがそう発言した。

そして、セレスフィアが優しい笑みでそれに続く。


「先ほども申しました通り、オティーリエ様のご事情は理解いたしておりますので。

 オティーリエ様は、ただオティーリエ様としてそこにいらしていただければ、それだけで周囲の者は幸せなのですわ。」


セリアは楽しそうだ。


「そうですよ、オティーリエ様。

 私達にとっても、ティリエと共に過ごした時間は、他の何物にも代えがたい、とても大切な時間です。」


ノシェはしてやったりという顔をしている。


「言いたいことは全部言われちゃったけど、あたしも同じです。

 ティリエがオティーリエ様だったとしても、それで何かが変わるわけではありません。」


緊張していたのが伝わっていたのか、ダシにされたのも気にしないでアーサーも声をかけてきた。


『長き時を経て、今、こうして主に仕える機会を得たことは、私にとっても僥倖であった。

 主の言葉を借りるならば、これはまさに運命というもので、それは喜ばしいものであったということだ。』


ふと視線を感じてそちらを見ると、ヨハンが小さく振り向いて、オティーリエを見ていた。

その目が、とても優し気に見えるのは、オティーリエの錯覚ではない。


オティーリエは、もちろん、みんなを信じていた。

本当のことを話しても、受け入れてくれることを疑っていなかった。

でも、それでも、真実の告白というものは緊張感を伴うし、一抹の不安を感じてしまうのは仕方のないことだろう。


だから。


みんなの言葉が嬉しくて。


心遣いが身に染みて。


オティーリエの胸の中は暖かさでいっぱいになった。

涙が零れ落ちそうになるほどに。


でも、この場で涙は流せない。

領主令嬢として、お城では毅然としていないといけないから。

俯くことも出来ない。

侯爵令嬢として、淑女の規範となるべき立場だから。


だから。


だから。


オティーリエは上を向いた。

うす雲のかかった空が目に入った。

涙が零れ落ちないように目を閉じる。


こういう時は。

そう、こういう時は。


「ありがとう存じます。」


ただ、一言。

心からの感謝を。


 ◇ ◇ ◇


なのだけれど。

もちろん、オティーリエはみんなに心から感謝した。

その感謝の気持ちを言葉で紡いだつもり。

でも、その言葉を口にした瞬間、気づいてしまったのだ。


あまりにも平板な言葉だったのでは?と。


皆様に心から感謝いたします、とか、もっと言い方があったのではないだろうか。

このことに気を取られたおかげで、気持ちもすっと落ち着いた。

むしろ、ちょっと凹み気味かもしれない。


まあ、おかげで涙の衝動も収まったけれど、あまりの自分の心境の変化の落差に、思わず真顔になってしまった。

気分も台無しになってしまったような気もするけれど、気が付いてしまったものは仕方がない。


でも、とりあえず、オティーリエは顔を上に向けるのを止めて、みんなを見た。

みんな、優しい笑みでオティーリエを見ている。

気持ちは伝わっている。


だから。

オティーリエもそれは気にしないことにして、自分も笑みを浮かべて、その優しい輪の中に入ることにした。

ある少女の物語でした。

優しく受け止めてもらえて、一安心の令嬢です。

でも、もう一山。

続きます。

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