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8.秘密は秘密であって秘密でなく

オティーリエは夕食を自室で一人で摂っていた。

父であるホルトノムル侯エリオットが議会のために王都に行っている時はいつもそう。

もちろん、部屋の中には従者のヨハンや侍女達がいるけれど、歓談したりは出来ないので、食器の音だけが響く。


オティーリエにとっては、これが当たり前の食事風景。

侍女達も控える中、部屋の中で唯一の男性であるヨハンに給仕されながらの夕食である。

アーサーも今は左肩から降りて、テーブルの上のオティーリエのすぐ傍で木の実を与えられて食べている。


食事を終え、食器の片付けも済むと、オティーリエは軽く手を上げて人払いを命じた。

部屋の中から、ヨハンを除いた全員が退室していく。


全員が退室して部屋の扉が閉められたところで、ヨハンはオティーリエの横に椅子を持って来て座った。

背もたれを前にして腕を乗せている行儀の悪い座り方は、従者としてのカチッとした服装とは不釣り合いだが、ヨハンはそんなことは気にしない。

オティーリエもそんなことは気にせず、ヨハンの方を向いて座り直す。

アーサーもテーブルの上に座ったまま、ヨハンの方を向いた。

ちなみにヨハンは従者の当然の義務として、オティーリエの給仕の前に夕食を終わらせている。


「さて、お嬢。

 話してもらおうか。」


ヨハンがオティーリエの目を見ながら話しかける。

ちょっと睨むような鋭い視線だけど、オティーリエを心配して怒ってくれているのが分かっているので怖くないし、大きな声では言えないけれど、この視線にはもう慣れっこ。

いつも心配をかけていることについては申し訳ないな、とは思うけれど。


「分かっています。

 そのために人払いをしたのですし。」


そう答えつつも、今まで秘密にしていたことを話さないといけないので、オティーリエの口は重い。

それでも、ヨハンはオティーリエが口を開くのを待ってくれる。

少しの間、沈黙が流れたけれど、しばらくして、ようやくオティーリエが口を開いた。


「・・・その、今まで黙っていて申し訳なかったのですけれど。

 私、魔法が使えるのです。」


本当に言いにくそうに言うオティーリエに、ヨハンは何でもないと言うように頷いた。


「ああ、知ってる。」

「ですので・・・って、え?

 知ってる?

 ・・・えっ?」


説明を続けようとしたオティーリエだったけれど、ヨハンから返ってきた答えに目を丸くして言葉が止まってしまった。


「お嬢が魔法を使えることは、旦那様から聞いてる。

 だから、そこは飛ばしてもらっていい。」

「え、お父様から、ですか?」


オティーリエはますますビックリしてしまい、開いた口が塞がらなくなってしまった。

そんなに大きく開けているわけではないけれど、開きっぱなしなのは事実。

そんなオティーリエを、ヨハンがジト目で見る。


「口が開いたままだぞ、お嬢。」


ヨハンの指摘に、オティーリエは慌てて両手で口を塞ぐ。

そんなオティーリエにヨハンは一つ溜め息をつくと、口を開いた。


「旦那様がどうやって知ったかについては、旦那様に聞いてくれ。

 俺もそこまでは聞いてない。」


オティーリエの反応から、ヨハンはどうして自分がオティーリエが城を抜け出すのを手伝っているのか、理解されていないことを知った。

ヨハンがオティーリエが抜け出すのを手伝っているのは、魔法を使われると、どんなに手を回しても抜け出されてしまうのが目に見えているので、それくらいなら、抜け出すのを手伝って所在を把握した方がいいと考えたからだ。

とはいえ、今、そんなことを指摘しても仕方ないので、話を先に進める。


「そんなことよりも、今日のことを話してくれ。

 そいつも関係してるんだろう?

 どうも普通のリスじゃなさそうだけど。」


最後、アーサーを右手の人差し指で指しつつ。


「はい。

 えっと、話すと長くなるのですけれど・・・。」


そう前置きすると、オティーリエは神殿の前でヨハンと別れてから中央広場で再び合流するまでを出来るだけ細かく、聞きやすいように気をつけながら話した。

それから、再びヨハンと中央広場で別れてから西の駐車場で合流するまでも。

時々、ヨハンが質問を挟むのに答えつつ話していると、全て話すまで30分近くもかかってしまった。


「信じられない話だが、そいつがいるってことは本当なんだろうな。」


全て話し終わった後、ヨハンがアーサーを見ながら言った。

アーサーは後ろ脚で立って胸を張り、その存在を自己主張している。


それから、一つ大きなため息をついて、視線をオティーリエに戻して話を続けた。


「じゃあ、もう少し確認させてくれ。

 そいつは・・・えっと、なんと呼べばいい?」

「え、普通にアーサーと呼んであげて下さいな。」

「そうじゃない。

 名前じゃなくて、何という種類の兵器なのか?という質問だ。」


そのヨハンの言葉に、オティーリエが再び大きく目を見開く。


「その表情は兵器という認識がなかったな?」


ヨハンに言われたオティーリエは、一度首を振って気を取り直すと、アーサーが作られた経緯を思い出す。

それから、アーサーに手を伸ばしてその頭から背中にかけてを軽く撫でると、視線を下げて、言いにくそうに答えた。


「確かに・・・アーサーは兵器、ですね。」

「それも、とびきり強力なやつだ。

 それで、アーサー達はなんと分類されていた?」

「単に、騎士、と呼ばれていました。」


オティーリエは気持ちを持ち直して、ヨハンにきちんと向き合う。

ヨハンは真剣な表情をしていた。

その真剣な表情の大半は、オティーリエを心配する気持ちから出来ている。


「なら、その騎士というやつは、何体いる?

 今はどこにいるんだ?」

「他の騎士は今はいない・・・いいえ、少なくとも、ホルトノムル領内にはいません。」

「つまり、領外にはいる可能性がある、ということか?」

「高くはないでしょうけれど、ゼロとは言えませんね。」

「高くない、と言える理由は?」


ヨハンの質問に、オティーリエはきょとんとした表情で答えた。


「もしいたら、すでに広く世界中に知れ渡っているでしょう?」

「・・・ああ、確かに。」


オティーリエの答えに、ヨハンも虚を突かれたような表情になる。

そのヨハンの表情にオティーリエはくすりと笑った後、真剣な表情に戻って話を続けた。


「ただ、アーサーが作られたのはアルビオン皇国というのですけれど「待て、アルビオン皇国、と言うのは?」」


オティーリエの言葉を遮って、ヨハンが質問した。


「遥か昔に魔法の力で一大勢力を築いた国です。

 アーサーを作った国ですが、すでに滅んでいます。」

「遥か昔って、どれくらい昔なんだ?。」

「20世紀くらい昔と言われています。」

「・・・こいつ、そんな昔から存在しているのか。」


ヨハンが少し呆れを含んだ調子で、アーサーを見て言った。

見つめられたアーサーは小首を傾げた後、その場をくるりと一周して、元の後ろ脚で立ち上がった姿勢に戻った。

ヨハンにつられてオティーリエもアーサーを見た後、視線をヨハンに戻した。


「そのアルビオン皇国以外の国で騎士が作られ、アーサーが検知できる範囲の外で隠されて存在していたとしましたら、存在するかもしれません。

 ですけれど、長い年月、隠しきるのは難しいでしょうね。」

「確かにな。」


ヨハンは一つ頷くと少し身を乗り出し、真剣な表情でオティーリエの目をまっすぐに見た。

突然、そんなことをしたヨハンに、オティーリエは不思議そうな表情で見返す。


「いいか、お嬢。

 アーサーの存在は国家戦略で重要な意味を持つ。

 アーサーのことは明日には世界中に知られるだろう。

 国内には、これをきっかけに他国に戦争をしかけようと言い出す勢力もいるはずだ。

 そして、そんな超兵器を操縦できる操縦者のことが知られれば、そういった連中にどう利用されるか分からない。

 だから・・・隠せ。

 旦那様もお嬢がそんなことに駆り出されるのは忌避されるだろうし、俺もアーサーの操縦者のことを全力で隠す。

 どんな手を使っても。」


言われて、ハッとした表情をしたオティーリエは次の瞬間には真剣な表情になって、ヨハンを見返しながら頷いた。

そんなオティーリエにヨハンも頷き返した。


「じゃあ、俺は聞いた内容をまとめて旦那様に報告書を書く。

 お嬢は今日一日、疲れただろう。

 ゆっくり休んでくれ。

 おやすみ、お嬢。」

「ええ、頼みますね。

 おやすみなさい、ヨハン。」


 ◇ ◇ ◇


ヨハンが部屋を出ていくと、外で控えていたらしい侍女達が部屋の中に入って来た。

オティーリエは、そのままお風呂へと連れて行かれる。

つい、立ち上がる時にアーサーに手を伸ばして左肩に乗せてきてしまったが、途中でふと気付いた。


『アーサー、一緒にお風呂に入りますか?』

『・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。』


返事が返ってこない。


『・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。』


もう少し待ってみたけど、やっぱり返ってこない。


『・・・・・・・・・・・・・・・・・・・我が主よ、何を言っている?』


ようやく返ってきた。

思考停止していたらしい。

おかげで、もうお風呂は目の前だ。


『え、ですから、一緒にお風呂に入りませんか。

 もう着いちゃいましたし。』

『私は騎士だぞ。

 女性と共に風呂に入るなど、断じてあってはならぬ。

 そもそも我が主には恥じらいというものがないのか?』


オティーリエがアーサーと出会ってから初めて、感情的になった返事が返ってきた。

感情的、と言っても、怒りとかではなくて、困惑だけど。


『今のアーサーはリスさんですから気にしません。

 でも、ダメでしたら、アーサーは侍女に任せますので、お風呂場の端っこで大人しく洗われてくれませんか?

 さすがに洗わないわけにはいきませんので。』

『・・・まあ、それくらいなら構わない。』

『では、それで決まりですね。』


オティーリエはアーサーの了解をもらうと、侍女の一人に声をかけた。


「リズ、アーサーを洗ってあげて下さい。

 暴れたりはしないと思いますので、丁寧に扱ってあげて下さいな。」

「はい、分かりました。」


言いながら、アーサーを右手に乗せて、リズと呼ばれた侍女に差し出す。

呼ばれたリズは、おっかなびっくり差し出されたアーサーの前に両手を差し出した。

すると、アーサーは素直にリズの手に移って来る。


リズはしっかりアーサーを持つと、じっと見つめ、それから相好を崩した。

そのリズを、横を歩いていたナターリエが軽く肘で突く。

それでハッとしたリズは、すぐに表情を取り繕ったけれど、少しするとまた相好が崩れてしまう。

すると、またナターリエが肘で突いて、というのを繰り返しているうちにお風呂に着いた。


脱衣所でオティーリエが服を脱がされている間に、リズはさっさと浴室に入り、片隅で石鹸を使ってアーサーを洗った。

小さいので、すぐに洗い終わってしまう。

オティーリエと入れ替わるように浴室を出たリズは、アーサーを柔らかい布でしっかり拭くと、両手に乗せたままオティーリエが出て来るのを待った。


 ◇ ◇ ◇


オティーリエはお風呂で珠のお肌に磨きをかけられた後、全身に香油を塗ってのマッサージを受ける。

それが終わると、寝間着に着替えて軽く休憩。


いつも通り、不寝番の侍女に髪が早く乾くように梳かしてもらいながら会話をして過ごす。


今日の話題の中心はもちろんアーサー。

可愛いという話だけでなく、どうやって飼うのかについても話した。


アーサーは基本的によく言うことを聞いて逃げ出したりしないので、籠に入れたりしないで放し飼い。

食事もオティーリエと一緒に摂ることになった。


寝る場所は、こっそりオティーリエがアーサーに一緒に寝るか確認したところ、やはりダメだったので、専用のベッドを即席で作ってもらった。

アーサーが入るくらいの箱の中に綿を敷き詰め、その上に布を被せただけというものだったが、物は高級品を使っている。


 ◇ ◇ ◇


一時間ほどもすると、オティーリエは就寝。

アーサーを専用のベッドに寝かせると、天蓋付きのベッドに入って横になる。


そこで、オティーリエはふと思いついた。

アーサーと、触れ合わずに離れた位置で会話をしてみよう。


アーサーから流し込まれた情報によると、アーサーが使っている、直接、他人の頭に語りかける魔法は【念話】と言うらしい。

自分の位置と相手の位置をきちんとイメージした上で言葉を魔力に乗せて、頭の中から相手の頭の中に魔力を渡すイメージで魔力を流すことで可能になる。

言葉はいらず、イメージを魔力に乗せて流すだけだ。


と、これだけならば使い勝手がよさそうだけれど、実際には相手の位置を正確に把握していないといけないので、意外と使い勝手は悪そうだ。

ちなみに、【念話】を受け取らないようにするには、【私は、念話を、受け取らない】というように魔法で拒否の言葉を発しつつ、自分に魔力を流せば大丈夫。


と、言う訳で、オティーリエは早速試してみた。


『アーサー、起きていますか?』

『当然だ。

 私は眠るということはない。

 人間のそれに該当するのは機能停止だろうか。』


機能停止していても、緊急起動機能は動作していて、緊急事態では起動するようになっているけれど。

それはさておき、オティーリエは無事にアーサーに念話が届いたことに感激しつつ、会話を続けた。


『それでは、機能停止しますか?』

『不要だ。』

『分かりました。

 それより、今日から、この就寝後に1時間ほどの時間を使って、アーサーにシルビリア語をお教えしますね。

 この言語は周辺諸国の公用語として使われていまして、このオリベール王国の標準語でもあります。』

『我が主よ、感謝する。

 地理や歴史についても教えてもらえると助かる。』

『そのつもりです。

 でも、まずは言葉から始めましょう。

 地理や歴史には言葉のニュアンスも大事な物がありますから。』

『心得た。

 よろしく頼む。』


こうして、これから毎日、就寝後1時間は念話でオティーリエ先生による講義が行われることになったのだった。

従者に色々言われる令嬢。

それが2人の日常。

これからも、こんな2人の会話はちょくちょく出てきます。

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