15.お出迎え5
今回のガーデンパーティーの最後の招待客は、チャーリー・バーナード・ド・シオン。
髪は黄色に近い薄い茶色で瞳はオレンジ色。
背丈は標準で体形は中肉中背で、とりたてて特徴のない容姿。
ただ、後ろ髪を一つに束ねて後ろに垂らしていて、それが一つチャームポイントになっている。
このシオン家、古くからある商家の一つだが、当代の当主がまさに傑物で、ホルトノムル侯爵領内だけで商売をしていたところを販路を拡大して国外に進出し、進出した先の国でも営業拠点を持つほどの巨大な商会に成長させた。
そんな、ある意味新興とも言える商会ながらも、この当主、領都の他の商人達からの信認も厚く、ホルトノムル観光協会の会長にも就任している。
まさにホルトノムル侯爵領を経済と観光の両面で支える重要人物である。
チャーリーはその会長の次男。
工業製品の販路も担っていて、オストライア家とも懇意のため、チャーリーとセレスフィアは旧知の仲だ。
だったのだけれど。
ガーデンパーティー開始10分前という、失礼に当たらないギリギリの時間にやってきたチャーリー。
侍従に案内されて歩いて来るその人物は、どう見てもチャーリーではない。
太陽の照り返しを受けて鮮やかに輝く白金色の髪。
遥かな大海のごとき深い紺碧の瞳。
神が自ら丹精を籠めて作り上げたかのような完璧な美貌。
そして、なによりも誰もその道を塞ぐことなど出来ないと言わんばかりの堂々たる姿。
遠くからでもはっきりと分かるその威容。
あの人は。
その人物を認識した途端、オティーリエはスッとカーテシーの姿勢を取った。
優雅で気品に溢れた完璧なカーテシー。
王宮の謁見室などであれば跪いて頭を下げなければいけないところだけれど、ここは一領地の庭園の入り口。
さすがに、そこまでする必要はない。
後ろに控えているヨハン達も、その人物に気が付いて、さっと礼の姿勢を取った。
その人物がオティーリエの前にやってくると、オティーリエはカーテシーをしたまま、口上を述べた。
「王国に昇る朝陽にご挨拶申し上げます。
本日はご拝謁の栄誉を賜り、誠に恐悦至極にございます。」
そう、この人物こそ、オリベール王国王太子、セオドア・アレクサンデル・アルバート・ロートリンデ・オリベールその人。
どうしてここに来たのかは分からないけれど、本来、領地を挙げて歓迎しなければいけない人物だ。
「ああ、ダメだよ、リトルレディ。
今日の私はチャーリーなんだ。
そのような挨拶は不要だよ。」
セオドアは人好きのする笑みを浮かべながら、目の前で頭を下げているオティーリエに声をかけた。
そう言われて、オティーリエも顔を上げる。
「承知いたしました。
ありがとう存じます。」
セオドアが来ている服はスタンダードなデザインの上下のスーツ。
靴も普通の革靴だ。
お忍び用なのだろう、高級品ではあるけれど、特別な仕立て屋の製品ではなさそうだ。
このくらいなら、シオン家の財力なら当然の装いとも言える。
そして、今度はセオドアの方がボウ・アンド・スクレープで挨拶をし返した。
「お初にお目にかかります。
シオン家が次男、チャーリー・バーナード・ド・シオンと申します。
本日はお招きに与り、光栄に思います。
以後、お見知りおき願います。」
オティーリエのカーテシーに勝るとも劣らない、優雅さと気品に溢れた完璧なボウ・アンド・スクレープ。
でも、これは王太子の礼であって、決してチャーリーの礼ではない。
冗談半分に、わざとしているのだろう。
「ご丁寧なご挨拶をいただきまして、ありがとう存じます。
どうぞお顔をお上げください。」
セオドアは顔を上げると、茶目っ気たっぷりの表情でウインクした。
でも、オティーリエはそんなことは気にせずに、ご挨拶用の笑みを浮かべて、改めてチャーリーに対しての挨拶を口にする。
「オティーリエ・セラスティア・ロートリンデです。
チャーリー、本日はご出席いただきまして、心より感謝いたします。
公式な場ではありませんので、どうぞお気を楽にして、ごゆっくりおくつろぎ下さい。」
ちなみにセオドアは18歳。
本日のガーデンパーティーの参加者の年齢制限から外れているけれど、さすがに王族を追い返すわけにはいかない。
「お心遣い、痛み入ります。
本日はよろしくお願いします。」
セオドアはウインクを無視されたことも気にせず、返礼する。
そのセオドアに、オティーリエが問いかけた。
「僭越ながら、殿下、本日はどのような理由でこちらへおいでになられたのですか?」
チャーリーだ、と言われた直後ながら、聞くべきことは聞いておかなくては、この後の対応に困ってしまう。
セオドアの方も、特に気にせず答えた。
「それがね、私には身分的には王都に住んで王宮まで遊びに来てくれてもおかしくない、とても可愛がっている従妹殿がいるんだ。
それなのに、この従妹殿、王都はおろか、そもそも領地を一歩も出たことがなくて、会うのは領地の狩猟大会の時くらいなんだよ。」
言うまでもなく、この従妹殿というのはオティーリエのこと。
現在の王妃は、ロートリンテ家から王家に嫁いだエリオットの姉カレン。
そのカレンとオリベール国王アルバート・ネイサン・ブレイク・ヒル・オリベールとの間に産まれたのが、このセオドアである。
狩猟大会というのは、議会が閉会される8月から翌年の1月までの間に各領地で開催される催し物の一つ。
この期間は貴族間の交流と、それに付随する経済活動のために、各地の領主達が自領のみでなく他領も含めた貴族や名士を招待して、様々な催し物が開かれる。
ただ、経済活動の中心が市民へと移り、政治形態も絶対王政から立憲君主制へと移行して政治についても市民へと移った現在。
さらに不動産への税金がかけられるようになると領地を維持出来ずに領地と共に爵位も国に返還する貴族も増えていて、貴族の数も大幅に減った。
現在の王国内の地方行政は、民主的に選ばれた行政官による運営、議会によって選出されて王家が任命した執政官による運営、それから昔からの領主による統治の3種類の形態となっている。
このため、現在もこの催し物を開催出来る領地は限られている。
ホルトノムル侯爵領はその数少ない領地の一つで、10月に狩猟大会を開催している。
この狩猟大会には当然、王族も招待されていて、セオドアもこの時期にホルトノムル侯爵領にやってくる。
そうしてやってくる度に、セオドアは実の妹のように従妹のオティーリエを猫可愛がりしているのだった。
「その従妹殿が先日、ようやく領地を出て来たと思ったら王都は素通りだよ。
もう悲しくてね。」
本当に悲しそうに嘆きの表情を見せるセオドア。
でも、すぐに元の人好きのする笑みに戻る。
「ところが、今日、その従妹殿がガーデンパーティーを開催すると言うじゃないか。
だから、不躾ながらも矢も楯もたまらずに馳せ参じたというわけさ。」
多分に当て擦りが含まれたセオドアの説明を、オティーリエはさらっと聞き流した。
「本意はどちらにあられるのですか?」
「うん?
今言った通り、純粋に君に会いに来ただけで他意はないよ。
だから、そのお堅い語り口は寂しいかな。」
そこまで言われては、オティーリエとしても態度を軟化させるしかない。
年に一度とはいえ、幼い頃から来る度に遊び相手になってくれている従兄でもあるし。
オティーリエもお客様向けの作った笑顔ではなくて、普段通りの自然な笑顔を浮かべた。
そのオティーリエの表情の変化に笑みを深めたセオドアは、今、思いついたように言葉を続けた。
「そうそう、シオン翁からの伝言だ。」
言うと、セオドアはちょっと胸を張って気取った態度になった。
「我が愚息にこのような招待状はもったいない限りでございます。
もっと相応しい人物にお譲りいたしますので、よろしくお願いいたします。」
そして、いたずらっぽい表情をしてウインクをすると。
「だ、そうだよ。
と、言う訳で今日はよろしく。」
セオドアのその茶目っ気に、オティーリエもふふっと小さく笑って答えた。
「分かりました、お従兄様。
そういうことにしておきます。
ところで、本日はチャーリーと顔見知りの者も参加しています。
セレスフィア・ノレット・オストライアと付き人のノシェがそうです。
お二方ともチャーリーとしてご挨拶いただければ、察して合わせて下さる方ですので、お会いされた際に、まずはご挨拶いただけますか。
どなたがセレスフィアとノシェかは、侍女から合図をさせていただきます。」
「いや、それには及ばないよ。
君の友人は把握しているからね。
分かった、最初にその2人に挨拶するよ。」
セオドアが軽い調子で答えた瞬間、場の空気がおかしくなった。
オティーリエの後ろに控える使用人達は、当然、表情も態度も崩していないのに、なんだか引いた空気が醸し出されている。
セオドアは何気なく言ったけれど、うん、今の一言はアウトだよね、とオティーリエも思った。
その空気を察したセオドアが軽く首を傾げた。
「ん?
どうしたんだい?」
「あの、お従兄様、まさか、ストーカーだったのですか?」
オティーリエが言葉を飾ることなく、スパッと質問した。
そのオティーリエの問いにセオドアは一瞬固まって、頭をかきながら視線を上に彷徨わせてから、真面目な表情でオティーリエを見た。
「うん、失言だったね。
忘れてくれ。」
このような会話をしていながらも、オティーリエの中では、このやりとりから一つの解を導き出していた。
これは王家でオティーリエの詳細な身辺調査、それもホルトノムル城内の関係者にしか分からないような内容も含む精密な調査が行われたということ。
つまり、オティーリエを王家に取り込む準備が進められているということだろう。
それが王太子妃なのか第二王子妃なのかは、これだけの情報では分からない。
ただ、二代続けて同じ家から王妃が出るのは、いくら数が減っているとはいえ、貴族間のバランス上、あまりいいことではない。
だから、可能性としては第二王子妃の方が可能性は高いだろう。
王家がオティーリエを取り込みたい理由は、最初に思いつくのはアーサーだけれど、アーサーの出現から3ヵ月。
アーサーが理由だとすると、調査のスピードが早すぎるように思える。
アーサー以外に思いつく理由は、魔法が使えることかもしれないけれど、それこそ知っているのはごく一部だし、魔法が使えるというだけでは、王家に取り込む理由としては少し弱い気がする。
これはお父様も爺やも巻き込んで調査の必要がありそうだ、と思ったオティーリエは、今夜にでも相談の手紙を書くことにした。
もっとも。
セオドアはオティーリエにこのことを伝えるために口にした可能性もある。
と、言うより、むしろ、その可能性が高い。
でも、セオドアがこのことを伝えようとしたその真意については、オティーリエには読み取れなかった。
とはいえ、オティーリエとしては結婚というデリケートな話題をこのまま続けたいという気もなかったし、セオドアも話すのはここまでのつもりのようなので、これ以上、踏み込まないことにした。
ちなみにセオドアがこれを口にした理由はオティーリエの想定が当たっていて、王家がオティーリエを妃、それも王太子妃に考えていることを伝えるためだった。
それはつまり、遠回しにオティーリエへの好意を伝えたつもり。
それなのに、いつもは何事にも察しのいいオティーリエが全く察してなさそうなのは残念だったし、ストーカー扱いされたのも心外ではあったものの、確かにストーカー発言だったなと反省した。
今後は、つい気を緩めがちなオティーリエを相手にしても、気を抜かないで言い回しに気を付けようと気を引き締めるのだった。
なにせ、大人になればそんなことはないだろうけれど、今の年齢で4歳下、しかも年齢不相応に幼く見える少女を嫁にしたいなどと言うのは、ロリコンの誹りを受けても仕方のないことだろうから。
今はオティーリエが年相応の外見に成長したおかげで、その可能性は大幅に下がったようだが。
「分かりました。
ところで、お従兄様、ホルトノムル侯爵領まではどのような恰好でいらしたのですか?
お従兄様は目立ちますから、変装されてお越しいただいたものと考えているのですけれど。
よろしければ、ご変装なさってご参加いただけないでしょうか。」
「ああ。」
セオドアは後ろに立った従者から黒髪のかつらを受け取ると、ポンと頭に載せた。
従者が後ろからおかしくないようにかつらを直す。
かつらを直し終わった従者が一歩下がると、セオドアは人好きのする笑顔を引っ込め、陰気な表情で少し猫背気味になってオティーリエを見た。
「今は君に会うために変装していなかっただけだからね。
大丈夫、この恰好で参加するよ。
だから、君も気にしないでくれ。」
一気に太陽が陰った。
その変化は晴れ間の広がる青空に、一瞬で雨雲が広がったよう。
これなら、シオン家のチャーリーとしても大丈夫そうだ。
誰もセオドアを王太子とは思わないだろう。
セラスフィアあたりは気付くかもしれないけれど。
「分かりました。
それではチャーリー、会場に案内させます。
どうぞ、緊張なさらず、ごゆっくりおくつろぎ下さい。」
「ありがとうございます。
本日はよろしくお願いします。」
セオドアは侍女に案内されて、庭園へと向かった。
こうして、オティーリエはようやく参加者全員を迎え入れたのであった。
最後に登場したのはなんと王子様でした。
令嬢の叔母が王家に嫁いでいる関係で王子様と令嬢は面識があります。
しかも、面識がある、というレベルではなくて?
第5話もここで半分です。
もしよろしければ、今後の励みになりますので、評価やご感想等、よろしくお願いします。




