表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/110

7.捜査開始

オティーリエは西門で車から降ろしてもらうと、セレスフィアとノシェと別れた。

西門は壊滅状態だけれど、人の通行を妨げるわけにはいかないので、往来に落ちている瓦礫を最優先でどけたようだ。

おかげで人の出入りが出来るようになっている。

セレスフィアとノシェとパリトは西門を顔パスで通行できるので、特に止められることもなく西門を通過して帰宅していった。


西門をはじめ、領都の各門の管理は第二騎士団が管轄している。

第二騎士団は、この各門の管理を含む領都内の治安維持がその主たる任務だ。

このため、領都の各地に騎士が配置され、領都に住む人々の暮らしを守っている。


また、火事などの災害が発生した時の救助活動や救急患者の搬送などもその活動範囲に入るので、領都内における人命救助や社会秩序を守ることに主眼を置いた装備が支給されている。


ちなみにこの第二騎士団、そのかっこいい制服と領民の暮らしを守るという使命から領都の男の子達の憧れの的だ。


オティーリエはセレスフィア達と別れた後、とりあえず西門周辺の様子を見た。

西門は内側に倒れるように崩れたようで、西門周辺の家屋がその瓦礫の下敷きになってしまっているようだ。

すでに昼食の時間になっているものの、今も生き埋めになっている犠牲者がいないか確認しながらの瓦礫の撤去作業が行われている。

この撤去作業には第二騎士団だけでなく、ボランティアも参加しているようだ。


この西門の倒れ方は、つまり、魔獣が西門の外側から来たということだろう。

瓦礫の撤去作業は、力のないオティーリエが手伝うと返って邪魔になりそうなので、とりあえず西門を出ることにした。

本当は西門を守っている騎士から話を聞きたいところだったけれど、忙しそうなので、それは我慢。

とりあえず、オティーリエも西門は顔パスで通過出来るので、顔馴染みの騎士に頭を下げながら西門から出た。


西門の外側にも、街が広がっている。

領都は拡大の一途を辿っていて、現在は城壁からこぼれ出るように周辺に街が出来ているのだ。


それは特に西門の外側で顕著。

領都の西側をしばらく歩くと大きな川があって、さらにその西側に工場が林立する工業地帯があるので、その工場で働く人々の家が西門から工業地帯までずっと続いているためだ。

そして、西の街道沿いに住む人々を相手にする日用品や食料品を販売する商店や教会なども建てられ、領都における第二の街のようになっているのだった。


西門から出たオティーリエが左右を見渡すと、西の街道の北側には特に被害はなく、南側に多くの被害が出ているようだった。

ここでも、瓦礫の撤去と救助活動が行われていて、第二騎士団やボランティアと多くの人が出ている。

そんな、災害救助に頑張っている人達には申し訳ないと思いつつ、オティーリエは街道の北側で経営している中で西門に一番近い定食屋さんに向かった。


でも、そのお店に入る前に。

オティーリエは左肩のアーサーの前に右手を差し出す。

アーサーがその右手に移ると、オティーリエはアーサーを目の前に持って来て、視線を合わせた。


『アーサー、申し訳ございませんが、ポケットに入って隠れていただいてもよろしいですか?

 お食事を摂る場所に入りますので、本来、動物は連れて入れないのです。』

『了解した。

 ポケットの中で大人しくしていよう。』


オティーリエは、アーサーをポケットに入れるということにちょっと抵抗があったけれど、アーサーは特に気にしていない様子。

なので、オティーリエはちょっと気にしつつも、右手をポケットの入り口に移し、中に入ってもらった。

アーサーはポケットの中で身を丸めて隠れる。

オティーリエはアーサーが完全に見えなくなったのを確認すると、お店に入って行った。


 ◇ ◇ ◇


お店の中は座るところもないくらい大勢の人で賑わっていた。

着ている服からすると、国内の他領の商人が多いようだ。

もともと、こういう門近くの飲食店は通過待ちの人々で賑わっているものだけど、今日は特に人が多い。

この人の多さは、きっと南側のお店が潰れたりしたせいで、このお店に人が集中しているのだろうな、と見当をつける。

オティーリエはそれでもなんとかカウンターの隅に空席を一つ見つけると、そこに座った。


オティーリエが席に座って少し待っていると、給仕のお姉さんがやって来た。


「いらっしゃい。

 あら、お嬢ちゃん一人?

 ひょっとして南側の子?」

「ううん、壁中から来たの。

 ちょうどお昼の時間だったから。」


領都では、城壁の外側を壁外、城壁の内側を壁中、と言っている。

南側、と言うのは、西の街道の南側か北側か、ということ。


「そっか。

 なら、よかった。

 一人だったから、災害に巻き込まれた家の子かと思っちゃったわ。」

「災害って、何があったの?

 西門の周りがひどいことになってるけど。」


オティーリエは何があったか知らないフリで情報収集。

街中でどんな話が流れているか把握するため。


「無茶苦茶でっかい怪物が出現したのよ。

 それで、西門壊して壁中に入って行っちゃった。」

「でっかい怪物って、どんなの?」


オティーリエが興味津々といった様子で軽く身を乗り出して質問する。

それに、お姉さんは軽く考えるように頬に手を当てて答えた。


「うーん、二階建ての家くらいの大きさあったかな?

 犬みたいな形しててね。

 まあ、犬って言っても、全然可愛くなくて、なんか気持ち悪い感じだったけど。」


後半、顔を顰めつつ。

本当に気持ち悪かったらしい。


「お姉さん、見たの?」

「ええ。

 店の前通ってったし。」

「うわぁ。

 あ、怪我した人とかもいっぱいいるの?

 ずいぶん家壊れちゃってるけど。」

「ううん、そうでもないみたい。

 あのでっかい怪物、ばかでかいだけで暴れたりしなかったし、動きが遅かったから逃げるの間に合ったみたいね。

 まあ、通り道になったお家はご愁傷様だけど。

 っと、それより、ご注文は?」


カウンターの中から給仕のお姉さんに早くしろとでも言うようにジェスチャーが飛んできて、それに気付いたお姉さんは慌てて話を打ち切って、注文を聞いてきた。


「あ、ごめんなさい。

 えっと、ランチセットでお願いします。

 サイズはSで。」

「りょーかい。

 じゃあ、少し待っててね。」


お姉さんはオティーリエの注文を聞くと、カウンターに一言言って空いたテーブル席を片付けに行った。


このお店は日替わりでランチセットが用意されていて、量によってサイズの指定が出来る。

これは一日の食事のうち、朝食と夕食は軽めに済ませ、昼食を多めに摂る習慣のため、昼食の量が人によって大きく異なることに対応するためのメニュー構成である。

ちなみにこの日のランチセットは、ライ麦パンに豆やキャベツなどの野菜が入ったスープ、豚肉のソーセージ、鶏むね肉のマスタードソース和えという内容。

サイズによってスープの量、ソーセージの本数、鶏むね肉の大きさが違う、といった具合である。


注文してわずかに待っただけで料理が出て来た。

給仕のお姉さんではなくて、カウンターの中で料理をしていた料理人が、直接カウンター越しに皿を並べる。

オティーリエはそれにお礼を言うと、食事を始めた。


 ◇ ◇ ◇


昼食を終えたオティーリエは店を出ると、ごめんなさいしながらアーサーをポケットから出して左肩に乗せ、南側の倒壊している家屋の脇を通って、魔獣が来ただろう方向に進んでいった。

Sサイズだったのにお昼ご飯の量がちょっと多かったので、お腹がちょっと苦しい。


魔獣が通ったのだろう、家屋が立ち並ぶ中を削り取るように開けた道を進んで行くと、ほどなく魔獣の出現場所だと思わしき場所に着いた。

削り取られたような道が、そこで途切れている。

その場所は周囲を立ち入り禁止のロープで囲われていて、さらに四方に第二騎士団員が立っていて、中に人が入らないように警備していた。

それから、この場所を、さらに四人ほどの第二騎士団員が這いつくばるようにして懸命に何かを捜索しているようだ。


四方に立っている第二騎士団員と、捜索をしている第二騎士団員は制服が違う。

これは、同じ第二騎士団員でも管轄によって制服が異なるためだ。

四方に立っている第二騎士団員は治安維持を主な任務とする団員で、捜索をしている第二騎士団は捜査部と呼ばれる、事件の捜査と解決を主な任務とする団員だ。

治安維持を主とする第二騎士団員は普通に第二騎士団員と呼ばれているが、捜査部に所属している第二騎士団員は捜査員と呼ばれている。


オティーリエは、四方を囲む四人と捜索をしている四人とはまた別に、この場を囲うロープの端っこで腕を組んで立っている私服の男性に近寄ると、声をかけた。


「ウォードさん、こんにちは。

 大変なことになってますね。」

「ああ、ティリエちゃん、こんにちは。

 そろそろ来る頃だと思っていたよ。」


ウォードは私服だけど、捜査部に所属している捜査員だ。

捜査部も内部でさらに細かく役割分担がされていて、この場を捜索している制服を着た四人は、現場に残された指紋や血痕などの見つけにくい証拠の捜索や遺留品の鑑定を行う鑑識と呼ばれる部署に所属している。

ウォードは聞き込みなどの捜査を行い、事件に関する証拠を集めて、犯人を逮捕する部署の所属だ。

聞き込みを行ったりと、一般人と関わる部署なので、警戒されないように制服ではなく私服で活動している。


その、犯人を逮捕するべく活動する部署は、さらに第一から第五のグループに分かれていて、ウォードはそのうちの第一グループのリーダーである。

40がらみの恰幅のいいオジサマで、荒事の多い職場の中にあっても人の好さそうな顔をしている。


ちなみに、ウォードはオティーリエが侯爵令嬢であることは知らず、あくまでティリエとして認識している。

それでも、こうして気安く会話をするのは、オティーリエはティリエとして領都内で発生した事件に首を突っ込んで回っているために、捜査部において善意の協力者という立場を確立しているおかげだ。


「ん?

 今日は可愛らしいお供を連れているね。

 ずいぶん慣れているようだ。」

「はい。

 アーサーって言います。」


ウォードはオティーリエに顔を向けると、アーサーに気が付いた。

ウォードの言葉に、オティーリエはちょっとアーサーに視線を送りながら、笑顔でアーサーを紹介する。

アーサーは視線が自分に向いたのを感じてか、右肩に移動した。


「ははは、そうか。

 アーサー君、初めまして。

 ティリエちゃんは無鉄砲だからな。

 しっかりナイトになってあげてくれ。」

「えええ、そんなことないですよ。

 そりゃ、おしとやか、とは言いませんけど・・・。」


アーサーを眺めて笑いながら言うウォードに、オティーリエはちょっと頬を膨らませながら返す。

最後は、ちょっと尻すぼみになりながらだったけれど。

オティーリエはちょっと俯きかけて、そこでハッと気が付いて再びウォードを見た。


「そんなことより、事件です、ウォードさん。

 どなたか亡くなられたのでしょうか?

 怪我人はどれくらい出たのでしょう?」


オティーリエの質問に、真剣な表情に戻ったウォードが、この場を捜査している四人の方に視線を戻しながら答えた。


「現時点では、死者は一名。

 怪我人は、一般人に六名、第二騎士団員に三名だ。

 いずれも軽傷で、重傷者はいない。」


第二騎士団の手際を考えれば、負傷者はすでに治療のために教会に運ばれているだろう。

だから、オティーリエもそんなことを質問したりしない。


「亡くなられたのがどなたかは分かっているのですか?」

「うーん、それが、皆目、見当もつかなくて困ってるところなんだ。

 唯一の目星は金持ちのご婦人だろうってことくらいかな。」


ウォードは苦虫を潰したような表情でオティーリエの質問に答えた。

視線はこの場所の捜査をしている四人の捜査員に向けたままだ。


「お金持ちのご婦人・・・?

 えっと、どこで被害に遭われたのでしょう?」


怪訝な表情でオティーリエが質問する。

オティーリエの疑問は当然のことで。

今回、被害が出ている場所は工場関係者の家屋や西門の通過待ちをする人向けの商店が立ち並ぶ場所で、お金持ちの、それもご婦人が来るような場所ではない。


「ここだよ。」


ウォードがくいっと顎で、この開けた場所の中心を指した。

オティーリエがそちらに視線を向けると、そこには人が寝転がったのより少し大きいくらいの広さで赤く塗れていた。

水滴を落としたように周囲に赤を飛び散らかして。

それを見たオティーリエの目が大きく見開かれる。


「・・・え?

 あの、ひょっとしてあの赤い痕は・・・。」

「被害者の血痕だ。」


ウォードが答えた瞬間、オティーリエは強烈な吐き気に襲われた。

両手で口を塞いで我慢したけど、お昼ご飯に食べきれない量を食べた後だったこともあって抑えきれず、その場に嘔吐してしまった。

そのまま両膝を地面についてしゃがみこんでしまう。


「うわぁ、ティリエちゃん、ごめん!

 そりゃ刺激強すぎるよね、無神経だった!」


ウォードが慌ててオティーリエの横にしゃがんで背中をさする。

ウォードは、考え事をしながらなこともあって、つい他の捜査員と接するように無造作にオティーリエと話してしまっていた。

それで、話の流れで、ついつい血痕についても説明してしまったのだけど、さすがにオティーリエには刺激が強すぎたらしい。


この時、オティーリエは急にしゃがみこんだけれど、アーサーは上手くオティーリエの左肩から背中に回り込んだ後、地面に降りて、オティーリエの傍らに佇んで見守っていた。


しばらく、そのまま胃の中の物を吐き続けていたオティーリエ。

胃の中の物を全て吐き出して胃液しか出なくなってからも、まだしばらく胃からこみあげてくるものがあったのだけれど、それも落ち着いて来ると、ようやく顔を上げた。

ウォードはそれまで、ずっとオティーリエの背中をさすり続けていた。


「ご、ごめん、なさい、もう大丈夫、です。」

「いや、こっちこそ本当にごめん。

 今度から気を付ける。」


オティーリエが苦し気な様子ながらそう言うと、辺りの土を集めて、吐いた物の上にかけ始めた。

ウォードも同じようにオティーリエの横で土をかけ始めると、アーサーまで真似して土をかけ始めた。

前足では無理なので、後ろ向きで後足で。


そうして二人プラス一匹でオティーリエが吐いた物の上に土をかけ終えると、二人とも立ち上がった。

オティーリエはアーサーを手のひらに乗せて、ありがとうと言いつつ左肩に乗せながら。

何も考えずに土をかけるという単純作業をしたおかげか、オティーリエも落ち着きを取り戻せたようだ。


「お騒がせしました。

 えっと、ちょっと場所変えませんか?」

「ああ、そうだね。

 僕は捜査員の監督をしないといけないから、あっちに行こう。」


ウォードはオティーリエの言葉に頷いて、ロープに囲われた中の、少し違う所を指差した。


「分かりました。

 お願いします。」


オティーリエも頷いて、二人で場所を移動する。

オティーリエはこの場所の中心の方を見ないようにしつつ。


「じゃあ、気を取り直して・・・っと。

 ひょっとして、被害者が第一容疑者ですか?」


この事件は人為的なものだ。

こんな街中に魔石が突然現れたりしないのだから。

だから、オティーリエもウォードも、それは共通認識として話を進める。


「そういうことだね。

 理由は三つ。

 見ての通り、一つは魔獣の発生場所と思われる場所の中心で圧死していたことと、もう一つ、ここはお金持ちが来るような場所じゃないってこと。

 それから、もう一つあってね。

 おそらく聖別されたと思われるハンカチが遺体の傍に落ちていたんだ。

 今、教会で鑑定してもらってるけど、間違いないだろう。」


魔石は、ただあるだけで周囲に影響を与えるけれど、唯一、神殿や教会で聖別という特別な処置をされた物のみがその影響を遮断することが出来る。

聖別さえされていれば物は何でも大丈夫なので、箱だけではなく、布で包むだけでも大丈夫。

だから、聖別された白いハンカチが傍に落ちていたというのは、容疑を深める一因になる。

ただ、聖別された物というのは神殿や教会から持ち出されることはほぼなく、一般には出回っていない。


「つまり、被害者が、ここで聖別されたハンカチに包まれた魔石を、何か・・・おそらく犬に取り込ませた可能性が高いのですね。」

「そういうことだね。」

「他に遺留品はないですか?」


二人は最初にいた所から少し離れた所で立ち止まった。


「あとは、血まみれでボロボロの服と靴だけ。

 服がかろうじてスカートなのが分かったのと、あと生地が高級品でね。

 それで、金持ちのご婦人だと断定した。」

「服と靴ですか。

 他に装飾品などはないですか?

「今のところ、ない。

 まあ、今、探してるところだね。」


ウォードが組んだ腕から右手を解いて四人の捜査員を指差す。

それにオティーリエは頷くと、会話を続けた。


「服か靴から購入者を見つけられませんか?

 高級店でしたら、買った人のこと覚えてると思うんですけど。」

「女の子だとそこに気付くのかな。

 僕は想像もしなかったけど、ハイリも同じことを言っていたよ。

 だから、ハイリに聞き込みに行ってもらってる。

 ただ、服も靴も血まみれだし、飾りがまるで分からないくらい破損していたから、ちょっと難しいかもしれないな。」


ハイリ、というのはウォードの部下で、第一グループ唯一の女性捜査員だ。

オティーリエも可愛がってもらっている。


「そうなのですね、残念。

 そうすると、今の捜査方針は被害女性の身元の確認と、聖別されたハンカチと魔石の出どころを探って行く、という感じですか?

 あ、あと、魔獣になった犬と思わしき生き物についてもでしょうか。」

「そんなところだね。

 まあ、そんな簡単に出て来るとは思えないけど。

 頭が痛いよ。」


ウォードが言いながら、軽く頭をかく。

しかし、表情は真剣なままで、何かを考えている様子だ。

そんなウォードに、オティーリエはその顔を見上げながら左腕を軽くポンと叩いた。


「昼行燈のウォードさんでしたら、きっと事件の謎を突き止められますよ。

 頑張って下さいね。」

「ああ、ありがとう。

 ティリエちゃんも何か分かったら教えてくれ。」

「はい、もちろんです。

 それでは、失礼しますね。」

「ああ、またね。」

「はい、また。」


オティーリエはウォードに背中を向けると、西の街道の方へと戻って行った。

時々、後ろを振り返ってウォードに手を振ったりなんかしつつ。

ウォードの方も、そんなオティーリエに手を振り返す。

オティーリエの姿が見えなくなったところで、ウォードはその場を捜索している第二騎士団員に集合の声をかけた。


 ◇ ◇ ◇


ウォードと意外と長く話し込んでいたオティーリエは、西の街道の辺りまで戻ってくると、周辺の商店や見かけた住人に話を聞いてみた。

聞けたのは、どこの家が潰れた、誰が怪我して教会に連れて行かれたなどといった情報。

もともと聞いていた通り、日曜礼拝に参加している人が多かったようで、魔獣を直接見た人は少なく、また怪我人も少なかったようだ。


この西の街道沿いの教会は神殿と違い、9時から日曜礼拝を行っている。

神殿の日曜礼拝は10時から開始で、魔獣の連絡が来たのは始まる少し前だったので、西の街道の教会では、まさに日曜礼拝を行っている時に魔獣が発生したということで合っているようだ。


オティーリエは、そうやって聞き込みをしているうちに16時近くになってしまったので、西門を潜って西の駐車場に向かった。

この西の駐車場というのは、単にオティーリエとヨハンがそう呼んでいるだけで、実際には壁中の西門近くにある普通の宿屋の駐車場のことである。


領都は東門から中央広場を通って北門にかけてが商人が通るメインストリートになっているので、この通り沿いに商人向けの商店や宿屋が建ち並んでいる。

中央広場から西門にかけての西大通りは、工場関係者や工場への訪問客が通る場所になっていて、こちらは住居と工場への訪問客向けの宿屋などが建ち並ぶ。

このため、鉄製品や工業製品の搬送を行う大型車両も行き来していて、そういった客向けに宿屋には大型の駐車場が備えられていることが多い。


二人が西の駐車場と呼んでいるのはそういった宿屋のうちの一件の駐車場である。

普通車が一台止まっても目立たないので、二人は西側で落ち合う場合の待ち合わせ場所にしている。


 ◇ ◇ ◇


西の駐車場へ向かう道すがら、アーサーがオティーリエに話しかけてきた。


『我が主は魔獣を作り出した者を特定したいのだな?』

『それもありますけれど、それは途中経過で、最終的には降魔石がどのようにしてこの領都に持ち込まれたのか知りたいのです。

 現代においては、魔獣は滅んだと思われているのと同様に、降魔石も非常に珍しい存在です。

 それがこの領都に現れたということは、裏に何者かの意図、それもホルトノムル領への悪意を感じずにいられません。

 ですので、それを知りたいと考えています。』

『魔獣も滅んだ存在?』


アーサーは少し驚いた様子。

アーサーが稼働していた時代、アルビオン皇国において、魔獣は一般的に存在するものだった。

さすがに街中に現れるようなものではなかったけれど、街から少し離れれば、それなりに出現していたものだ。


また、降魔石、というのはアルビオン皇国においての魔石の呼び方。

アルビオン皇国時代では、降魔石とは別に魔石と呼ばれる純粋に魔力が結晶化した石があったので、ここを混同してしまうとアーサーとの会話はかみ合わなくなってしまう。


『はい。

 国内においても、この10年、出現の報告はありませんでした。』

『なるほど、了解した。

 そのような存在が都市の中に現れるというのはよほどの異常事態だな。

 その裏を探るというのは正しいことだと思うが、貴族はこのように自ら足を運んで情報を集めるものではないだろう?

 人を使って情報を集めるものではないのか?』


アルビオン皇国時代と現代の差を推しはかるためだろう。

アーサーがそんな確認をしてくる。


『はい、普通の貴族は人を使って情報を集めて、その情報を元に推論を組み立てます。

 ですけれど、現場に赴かなければ分からないことが多いことも事実なのです。

 ですので、事実を取りこぼして間違えた解釈をしないように、こうして自分で赴いて情報を集めています。』

『ふむ。

 また、楽しいから、と言われればどうしようかと思ったのだが、きちんと理由があって安心した。

 その心がけは正しいと思う。』


アーサーのその言葉に、何と答えたものか詰まってしまったオティーリエ。

不謹慎ながら、徐々に真相に迫って行く過程や全ての謎が詳らかになって解決するまでを楽しんでいないと言えば嘘になる。

もちろん、関係者への想いもあるし、事件に対して真剣に全力で解決に当たっているけれど。


『どうかしたか、我が主?』

『いえ、アーサーの的確な人物評価に恐れ入っていました。』


オティーリエは出て行った時とは違う顔馴染みの第二騎士団員に頭を下げながら西門を通過する。


『では、アーサー、本日の情報収集で、何か気がかりな点はありましたか?』


アーサーには情報収集の合間合間で、今日集めた情報をすでに話してある。


『状況から、被害者が犯人なのは間違いないだろう。

 ただ、被害者が、どうして人を使わなかったのか疑問だ。

 こうなることを知らなかったのか。

 金を出して人を雇えなかったのか、もしくは雇わなかったのか。

 我が主のように身分を隠そうとはしなかったのか。

 そもそも、なぜこのようなことをしたのか。

 被害者についてだけでも、情報が足りていない。』

『ありがとう、アーサー。

 さすが、アーサーはよく気が付きますね。

 足りていない情報についてはこれから集めていきますので、アーサーも協力して下さいね。』


言いながら、オティーリエはアーサーの頭を軽く撫でた。

アーサーは特に気にした風もなく、じっとしている。


『それでは、被害者以外のことについてはどうですか?』

『ここの騎士団はよく訓練されている。

 魔獣が出現した時点で、すぐに作戦を立案し、必要な避難を終えていた。

 あの働きは評価に値するだろう。』


ちょっとズレた答えが返ってきた。

アーサーにとっては、そういった事柄が重要なことなのだろう。


『それから、この時代では魔力を帯びた物が全くないことも把握した。

 魔獣は間違いなく、私に誘き寄せられていた。』


魔獣は魔力に誘き寄せられる習性を持っている。

そして、この領都において、最大の魔力源と言えばアーサーに他ならない。


『やはり、そうなのですね。

 あえて聞かないようにしていたのですけれど。』


オティーリエも、なんとなくそうかなと思っていたのだけれど、合っているのも、なんだか怖い気がして聞けなかったのだ。


『どうして聞かないようにしていた?』


アーサーに質問されて、オティーリエはそのなんとなく怖い気持ちを言葉にするとどうなるのか少し考えた。

それで出て来た答えは。


『なんとなく、アーサーが今回の騒ぎの中心にいるような気分になってしまって怖かったのですね。』

『確かに、中心にいると言えば言える。』

『でも、それは魔獣が誘き寄せられる、という点についてですから。

 むしろ、アーサーに誘き寄せられたからこそ、被害が抑えられたという見方が正しいでしょう。』


アーサーから、頷いたような気配が伝わってきた。


『他に、何か気が付いたことはありませんか?』

『気になる点は他にもたくさんある。

 場所で言えば、降魔石を犬に取り込ませたのが、なぜあそこだったのか?

 あの場所には魔法的に特筆すべき点はないし、これといった特徴のある場所でもなかった。

 それから、犬だ。

 犬はどこから連れて来た?

 そもそも被害者と犬の関係は?

 それによっては城壁の内側に目撃者がいるかもしれないな。

 降魔石と聖別された布については言わずもがな、だな。

 いずれにしても、情報が足りていない。』

『ありがとう、分かりました。

 では、明日・・・は無理ですので、明後日から、気になった点について調べていきましょう。

 アーサー、よろしくお願いしますね。』

『心得た。』


 ◇ ◇ ◇


オティーリエが西の駐車場に着くと、オティーリエ所有の車がすでに止まっていた。

助手席には工場勤務の人が被っているような青い帽子を目深に被って腕を組んだヨハンが乗っている。


この車は、運転席と助手席、蒸気機関、操縦系に駆動系と、最低限必要な機能のみが搭載された小型車で、外見は少し型落ち品。

しかし、中身はフルチューンアップされた特別仕様車だ。


「ヨハン、ありがとう。」


オティーリエは周囲を見渡して視線がないことを確認すると、ヨハンにお礼を言いつつ運転席に置いてあった幅広の麦わら帽子を被って、運転席に座った。

そして、計器のチェックをして出発前確認。

それから、おもむろにハンドルを握ると、アクセルをゆっくり踏み込んだ。

車はゆっくり動き出すと、駐車場を出て、そのまま城を目指す。

・・・アーサーはずっとオティーリエの左肩に乗ったまま。

魔獣はすでに滅んだ存在。

なら、どうして出現したのか?

しかも街中に?

疑問を追いかけて、令嬢が捜査を開始します。

そした、リスはすでに左肩の上が定位置に。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ