5.スパイとの対峙
オティーリエは中央広場の中心上空に転移した。
【浮遊】
これは、アーサーからの知識にあった魔法。
空中に浮遊し、イメージした進行方向に移動することが出来る。
オティーリエは中央広場に何が置かれているか分からなかったので、安全策として上空5mほどに転移してきた。
この高さだとさすがに落下すると危ないので、転移した直後に、この魔法で空中に留まる。
周囲を見渡すと何もなく、足元にも当然、地面はない。
狙い通り、中央広場の中央上空に転移出来たようだ。
上空から中央広場内を見渡すと、中央から東西南北それぞれの方向に延びた道沿いに屋台が並んでいるのが見えたが、今は誰も人がいない。
そして、オティーリエの足元。
ちょうど真下の位置に、両手を地面につけるようにしゃがみこんでいる人物がいた。
黒い外套のようなものを着て、フードを被っているようで上空からではどのような人物かまるで分からない。
とりあえずオティーリエはゆっくりと高度を下げて行き、もう飛び降りても大丈夫だという高さまで来ると、浮遊の魔法を切った。
当然、そこから自由落下したオティーリエは、足元のしゃがみこんでいる人物に、どさりと覆いかぶさるように落ちた。
「?!」
しゃがみこんでいた人物は突然、覆いかぶさって来た何かに驚いて立ち上がった。
その首根っこに細い腕が巻き付いている。
しゃがみこんでいた人物は必死で首に巻き付いている腕を引き剥がして、後ろを向こうとする。
しかし、巻き付いている腕はまったく剥がれないし、なかなか後ろに張り付いている人物も見えない。
もっとも、この時、オティーリエは地面に足が付いておらず、相手の首に巻き付かせた腕で、ぶらんとぶら下がっている状態だった。
なので。
「どこのスパイですか?」
相手が次の動きを取る前に、オティーリエはそう呟いた。
ことさら低い声で。
オティーリエがしがみついている人物は、首に巻き付いている腕を剥がそうとしていたのを止めて、懐に腕を入れた。
それに反応してオティーリエは首に巻き付けていた腕を解くと、全体重をかけて、どんと相手を押した。
もちろん、自分は態勢を崩さないように気を付けて。
そうして相手を突き飛ばして、オティーリエはすたっと着地する。
押された相手は数歩たたらを踏んだ後、その勢いを利用してオティーリエから距離を取り、振り向いて両手で銃を構えてオティーリエに向けた。
しかし、相手は驚いた表情で立ちすくんだ。
今、オティーリエの姿は魔法で見えない。
だから、その相手にしてみれば、そこに誰かいるだろうと思っていた場所に、誰もいなかったということ。
【私の、魔力は、目の前の人物の、両腕と、両脚を、拘束する、縄に、なれ。】
オティーリエは相手の動きを見て、両腕と両脚を拘束する魔法を使った。
ティリエとして様々な事件に首を突っ込んでいた時に逃げる犯人を捕まえるために何度か使ったことのある魔法だ。
だから、この魔法の効果についてはオティーリエはよく知っていて、その思惑通り、目の前の人物はオティーリエに銃を向けたその両手首を見えない何かで締め上げられ、両脚も足首で締め上げられて、ぱたりと倒れた。
【魔力固定】
オティーリエはさらに、相手が魔法を使えないようにする魔法を使った。
どういう魔法かと言うと、一定範囲の魔力が動かないように固めてしまう魔法だ。
意思を持たない自然にある魔力には簡単にかかる魔法だけれど、人間相手の場合は意思を持った対象の魔力に働きかける魔法なので、基本的に強い抵抗に遭い、非常にかかりにくい。
だけれど、今回はうまくかかったようで手応えがあった。
それは、相手も分かったのだろう。
自分の身に何が起こったのか分かった瞬間、ガリッと奥歯を噛んだ。
それで、身体がビクッと大きく痙攣したと思うと、全身から力が抜けた。
「毒っ?!」
オティーリエは慌てて倒れた相手の横に座り込むと、その拘束を解き、仰向けに寝かせて両手をその身体にかざす。
【毒素解析】
魔法による解毒は、単純に【解毒】の魔法を使えばいいというものではない。
まずは毒の種類を特定し、その毒に合わせた対処や中和を行う必要がある。
なので、まずは毒の種類の解析。
これはアーサーから流し込まれた知識にあった魔法だけれど、魔法を使う人が知らない毒は検知出来ない。
なぜなら、魔法を使う人が知らない毒は毒だと認識出来ないから。
最近、オティーリエは襲撃に備えて、夜にヨハンから毒について教えてもらっている。
今回は幸い、ヨハンに数日前に教えてもらった毒だったようだ。
神経毒の一種で、全身の神経を麻痺させる毒。
もちろん、即効性。
だから、間に合わないかもしれない。
でも、救けられるのなら救けたい。
例え、敵性的な相手だったとしても。
【毒中和】
毒を中和させる成分を頭に浮かべながら、相手の身体に魔力を流す。
一通り、オティーリエの魔力が相手の全身を巡ったところで、オティーリエは魔力を流すのを止めて、相手の表情を見た。
目を瞑ったままだが、苦し気な様子はない。
口元に手をかざしてみると、息はしているようだ。
少なくとも、死んだりはしていない。
毒の影響でどのような障害が出るかは分からないけれど。
オティーリエがほっと肩を撫で下ろしていると、カップドローンがこちらに向かって飛んできているのに気が付いた。
マージナリィだけでなく、ヨハンも一緒に乗っている。
オティーリエは立ち上がると、カップドローンに向かって手を振った。
しかし、相手からは何の反応も返ってこない。
おかしいな?と首を傾げたところで、オティーリエははたと気が付いた。
魔法で姿を見られないようにしているのだから、マージナリィとヨハンからはオティーリエが見えていないのだろう。
ポンと手を叩いたオティーリエだったけれど、姿隠しの魔法は解かずに2人が来るのを待った。
令嬢によるほぼ一方的な捕縛劇でした。
相手にしてみれば、不意打ちの上に想定していなかった魔法による攻撃でしたので、抵抗する間もなく捕まってしまいました。




