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2.変わりゆく環境

時は少し遡って3月最後の土曜日。

ヨハンがオティーリエの代理で挨拶行脚をしている頃、オティーリエは第一騎士団の宿舎にある待合室に向かっていた。


第一騎士団は、演習場も宿舎もお城の敷地内にある。

なので、オティーリエはドレスを着て、髪は軽く編み込みをするというお城で過ごす侯爵令嬢としての姿での訪問。

アーサーは当然のように肩に乗っている。


訪問の理由は、カインに会うため。

ウィリアムソン家に関わった時に出会ったカインは、なんと事件後すぐに第一騎士団に入団していた。

それも、最精鋭の飛行隊に。

オティーリエは旅から戻って来て、旅の間に溜まっていた報告書に目を通している時に、第一騎士団増員の報告書を見て知った。


第二~第五の各騎士団の増員減員は人数が人数だし、領主直轄ではないので、さすがにお城まで報告は回ってこないけれど、精鋭部隊である第一騎士団と、お城の警備を務める近衛騎士団については、報告書が回って来る。

そんなわけでカインが第一騎士団の、それも飛行隊に入団したことを知ったオティーリエは、カインに会いに来たのだった。


待合室に着くと、後ろに付いて来ていた侍女が前に出て扉を開け、脇にどくと頭を下げる。

オティーリエは小さく「ありがとう。」と侍女にお礼を言いながら、部屋に入った。


部屋の中にはに第一騎士団長ウィリアムとカインがいて、ソファから立ち上がって敬礼でオティーリエを迎え入れた。

カインは顔に包帯を巻いておらず、火傷痕の残る素顔でいるようだ。

オティーリエは2人が並んでいる前のソファに立つと、テーブルに手を伸ばしてアーサーに降りてもらい、それからにこやかな笑みを浮かべて2人を見た。


「ごきげんよう、ウィリアム卿、カイン。

 どうぞ、顔をお上げ下さい。

 公式な場ではありませんので、畏まった態度は不要です。」


オティーリエが言うと、2人は顔を上げてオティーリエの方を見た。

カインはオティーリエを見て戸惑った表情を浮かべたものの、すぐに表情を取り繕った。


そのカインを見て、オティーリエは悪戯っぽい笑みを浮かべると、その態度を変えた。

明るくて人懐っこい町娘のティリエに。


そのがらりと雰囲気の変わったオティーリエに、カインが愕然とした顔をする。

カインの様子を見ていたウィリアムが、いたずらが成功した子供のような表情を浮かべた。

幸い、ウィリアムはカインの横に立っているので、カインにその表情は見えていない。


「オティーリエ・セラスティア・ロートリンデです。

 初めましてのご挨拶は不要ですよね、カイン。」

「はい。

 改めまして、カインと申します。

 よろしくお願いします。」


態度を戻したオティーリエが声を掛けると、慌てて姿勢を正したカインが、必要最低限の言葉だけを返した。

緊張している様子が見て取れる。


「そんなに緊張される必要はありませんよ。

 街中で接していた時のように、お気軽にお話し下さい。

 さ、それより、お二人ともお座り下さいな。」


言うと、オティーリエもソファに座った。

ウィリアムもソファに座り、少し遅れてカインも一礼してから腰を下ろした。

すると、オティーリエが連れて来た侍女がお茶と簡単なお茶請けを用意して、3人の前に並べる。


「どうぞ。」


オティーリエは2人にお茶を進めると、先に自分が一口、口を付ける。

それを見て、ウィリアムとカインもお茶に口を付けた。

それから、2人がティーカップを置いたところでオティーリエが口を開いた。


この部屋の中で一番身分の高いのはオティーリエ。

正式な場ではなくても、何をするにしても、オティーリエから始めなければならない。


「今日はカインに大事なお話があってお呼びしました。

 察していらっしゃるとは思いますが。」


オティーリエが様子を伺うようにカインを見ると、カインも真剣な表情で頷いた。


「はい、まさかティリエちゃんがオティーリエ様とは想像もしておりませんでした。

 それで、お話というのは、オティーリエ様がティリエちゃんだということは他言無用だということですよね。

 大丈夫です、誓って、誰かに話したりはしません。」

「ありがとう存じます。

 カインのことは信用していますので、わざわざこのような場は不要かとも思ったのですが、先に説明はしておかないといけないと思いましたので、場を設けていただきました。」


オティーリエが困ったわ、という雰囲気で軽く小首を傾げて頬に手を当てつつ説明する。

別に本当に困っているわけではないのだけれど、そこは雰囲気で。


「説明、ですか?」


カインは少し怪訝な様子。

カインの疑問に答えたのはウィリアムだった。


「お嬢様とお前に今後も接点がなければ、必要なかったということだ。

 まだ説明していないが、第一騎士団の飛行隊は、月に一度、第二日曜日にお嬢様と飛行訓練をすることになっていてな。

 お前もそれに参加することになるだろうから、事前に説明しておいた方がいいだろうというお嬢様のお気遣いだ。

 感謝しろ。」

「そうだったのですね。

 オティーリエ様、お気遣いありがとうございます。」


ウィリアムの説明に、カインがオティーリエに頭を下げる。


「そして。」


ウィリアムはいたずらっ子の表情で話しを続けた。


「これで、お前もホルトノムル侯爵領の最重要人物の一人になった。

 なにせ、このことは最高機密だからな。

 ここから、そう簡単に逃げれると思うなよ。」


しかし、カインは納得顔でウィリアムを見た。


「心得ました。

 もともと、この地に留まるつもりでしたので、問題ありません。」


カインが頷くと、今度はオティーリエが2人に向かって発言した。


「それから、もう1つ。

 ここからは今週になって発生した事案ですので、ウィリアム卿も初めてのお話です。」


その言葉に、ウィリアムは表情を改めてオティーリエを見た。

カインもオティーリエの方を見る。


「ある事情のため、ティリエはネルガーシュテルト帝国を始めとする不特定多数の組織に狙われています。

 ある事情、については伏せさせて下さい。」


そこまで言ったところで、ウィリアムは納得の表情で頷いた。

白騎士の操縦者であることだろうと見当を付ける。


カインはそのようなことは知らないものの、ネルガーシュテルト帝国という固有名詞まで出してティリエが不特定多数の組織に狙われていると説明されたという事実に、それだけでも機密事項を聞かされているのは分かったので、さらに緊張の面持ちになった。

それに、ネルガーシュテルト帝国自体、侵略による国土拡大と、侵略国の支配層に対する徹底した排除のため、あまりいい印象が持たれていない国でもある。

2人の反応を見て、オティーリエはさらに言葉を続けた。


「このため、街の人々が巻き込まれないように、ティリエは街へ出かけることを控えることにしました。

 今後、ティリエがホルトノムル侯爵領都に現れることはないでしょう。」

「それは・・・マーガレットが悲しみますね。

 ティリエちゃんとは懇意になっていましたから。」

「それはこちらとしても残念なことなのですが、ティリエの事情に巻き込んで危険な目に合わせるわけには参りませんので。

 マーガレットには、ティリエの代理の者を立てて、危険な組織に狙われているために街に出られないと説明させています。」

「細やかなお気遣い感謝します。」

「よろしければ、マーガレットのその分の心の隙間も、カインが埋めてあげて下さい。」


オティーリエが真面目な表情のまま、さらっと言った言葉を、カインは一瞬、呑み込めなかった。

理解した後は、苦虫を噛み潰したような顔でオティーリエに答える。


「オティーリエ様、ひょっとして楽しんでいらっしゃいますか?」

「いえ、いたって真面目ですが。」


実際、オティーリエの顔にカインをからかっているような様子はない。

オティーリエの意図を探ろうとじっと見つめてしまったカインの肩を、ウィリアムがぽんと叩いた。


「お嬢様はこういう方だ。

 諦めろ。」

「お待ち下さい。

 今、何か不当な評価を受けたような気がしたのですが。」


少し咎めるような調子でオティーリエが割り込む。


「いえ、いたって正当なお嬢様評ですよ。

 いつも真面目で、一生懸命だ、と言いたいだけです。」


ウィリアムが何食わぬ顔で返すと。


『我が主よ、私も同じ評価だ。』

『私も我が王に同意いたします。』


アーサーとベディヴィアにまで言われて、オティーリエは内心、納得しかねながらも引き下がることにした。


「少しニュアンスの違いを感じますが。

 いいです、分かりました。

 ここで食い下がっても話が進まないだけですからね。」


オティーリエは、ちょっとすねたような様子ながらも話を先に進めることにした。

2人の様子を見ていたカインが、ちょっと笑みを浮かべた後、ふう、と小さく息を吐いた。

それから、オティーリエに向き直ると、真面目な表情で軽く頭を下げた。

その表情から、緊張感は抜けているようだ。


「失礼いたしました。

 しかし、私のような粗忽者に、その任は重すぎます。」

「カインなら大丈夫ですよ。

 難しく考えず、お会いする時にお話し相手になってあげて下さい。」


それまでとは一転。

オティーリエはにっこり笑ってカインに言った。

カインはちょっと眉を顰めつつ、軽く頷く。


「分かりました、その程度であれば。」

「よろしくお願いしますね。」


そこで、横でにやにや笑って見ていたウィリアムが、パンと手を叩いた。


「さて、じゃあ、真面目な話はここまで。

 カイン、そのマーガレットっていう女性について教えろ。

 お嬢様もご存じのようですので、よろしければ教えて下さい。」

「はい、喜んで。」


ウィリアムの要請に、オティーリエも笑みを浮かべて応じる。

こうして、突然、カインをイジる会が発足した。

この後は、和気藹々としたティータイム。

カインだけは、ただひたすらに焦る場だったけれど。


 ◇ ◇ ◇


神殿で月末に開催される日曜礼拝に参加出来なくなったオティーリエは、お城の礼拝堂で行われている日曜礼拝に参加することにした。

お城の礼拝堂は、主にお城に住み込みの騎士や使用人達が使う場所。

通いの使用人は地元の教会や神殿に行くので、ここにはやってこない。


このため、礼拝堂自体、それほど大きなものではなく、せいぜい、入れて100人ていどの大きさだ。

その礼拝堂では毎週、日曜礼拝が行われている。

だけど、もともと熱心な信者ではないオティーリエは、今までの習慣で月末のみ参加の予定。


ところで、どうしてオティーリエがお城に礼拝堂があるのにわざわざ神殿の日曜礼拝に行っていたかと言うと、それは母親の影響から。

セラスティアはお城だと周囲が遠慮して、どうしても肩ひじ張った場になってしまうので、堅苦しくなく周囲と接することが出来るように、身分を隠して、神殿の日曜礼拝に参加するようにしていた。


オティーリエが生まれてからはオティーリエも神殿に連れて行くようになり、その流れで、オティーリエはセラスティアが亡くなってからも神殿の日曜礼拝に参加するようになった。

もちろん、親友3人と出会たことも大きい。


そんなオティーリエが、初めてお城の礼拝堂に姿を現した時は、大騒ぎだった。

オティーリエは騎士や使用人達と触れ合えると思って、少し早めの時間に礼拝堂にやって来た。

もちろん、アーサーを肩に乗せて。


礼拝堂の入り口は開け放たれていて、オティーリエは中が見えるくらい近くに来ると、歩きながら礼拝堂の中を見渡した。

礼拝堂の中には30人ほど。

正確には28人の騎士や使用人がいる。


1人で静かに椅子に座っている人もいれば、立ったまま輪になって会話をしている人達もいる。

そんな、思い思いに過ごしている使用人達のうち入口近くにいた使用人が、オティーリエが礼拝堂に入って来たのに気が付いて驚きの声をあげた。


「え、お嬢様?!」


そんなに騒がしいわけではないけれど、ざわざわとしていた礼拝堂内にその声が大きく響き、続いて、しーんとした静けさが訪れた。

そして、礼拝堂内にいる全員が、オティーリエの方を見る。


「ごきげんよう、みなさん。

 今日から、神殿ではなく、礼拝堂で日曜礼拝に参加することにしました。

 お気軽にお声かけ下さいね。

 よろしくお願いします。」


急にオティーリエに視線が集まったけれど、オティーリエはそれで気後れしたりすることもなく、にっこり微笑んで礼拝堂全体を見返すように見た。

それから、左右に並んだ長椅子の間、中央の通路を一番前までゆっくりと歩く。

歩いている間に、アーサーが話しかけてきた。


『荘厳で美しい場所だな。

 あの絵のように形作られているガラスなど、素晴らしい芸術だ。』


オティーリエの肩の上で、アーサーは礼拝堂中をキョロキョロと見回している。

ベディヴィアはネックレスなので様子は分からないけれど、きっとアーサーと同じような感じだろう。


『ステンドグラスと言います。

 一流の職人の手による物で、このお城でも自慢の逸品です。

 あの絵は、この世界の創生の神話が描かれているのですよ。』

『ふむ。

 見たところ、私の知っている神話とは異なっているように見受けられる。』

『20世紀もの時間がありますからね。

 その間に神話が変化したとしても、不思議はないかと思いますよ。』


オティーリエの言葉に、アーサーも頷いた。

このそれぞれの時代の神話の違いについては、オティーリエはすでに知っていた。

アーサーの時代の神話はアーサーからの知識で知ったし、現代の神話はもともとオティーリエが教わってきた神話だから。


『類似点も見られる。

 その点こそが、真理というものなのだろうな。』

『そうですね。

 研究してみると、面白い結果が得られそうです。』

『しかし、ステンドグラスという物以外の物も美しく、手入れも行き届いているな。』


アーサーにはあまり興味のない話題だったらしく、急に話が変わった。

いや、戻った、という方が正しいかもしれない。


『ステンドグラスだけが美しくても調和が取れませんから。

 この礼拝堂自体が、一つの芸術なのです。

 そして、信仰の証として、常にお手入れがされています。』

『ああ。

 言わずもがな、だな。』


そんな話をしているうちにオティーリエは一番前の長椅子に着いた。

そっと中央の通路側の端っこに座る。


今、この場で一番身分が高いのはオティーリエなので、一番前の中央がオティーリエの座るべき場所。

オティーリエが席に着くと、オティーリエ付きの侍女達もオティーリエの横と後ろに座った。

すると、一瞬の間が空いた後、礼拝堂にいた騎士や使用人がオティーリエの所に集まって来た。

もちろん、全員ではないけれど、半分くらいはオティーリエを囲っている。


「お嬢様、ようこそお越し下さいました。」

「これからよろしくお願いします。」

「どうして、こちらに来るようにされたのですか?」

「ご一緒できるなんて光栄です。」

えとせとらえとせとら。


集まって来た人々が、口々にオティーリエに話しかける。

オティーリエは普段から視察と称してお城のあちこちを歩き回って、そこにいる使用人に声をかけている。

そのおかげで、オティーリエはお城の人々にとって、親しみのある、身近な存在だった。

こうして、お城の人に仕える人達から、壁を作らずに話しかけてもらえる。


ただ、今は集まった人が競うように話しかけてきているので、返事をすることも出来ない。

オティーリエはちらっと横に座った侍女に視線を送ると、その侍女が立ち上がって集まって来た人々に一度、頭を下げてから、大きくはないけれどよく通る声で語り掛けた。


「みなさま、落ち着いて下さい。

 一斉に話しかけられては、お嬢様もお返事のしようがありません。

 お嬢様は逃げも隠れもしませんので、ゆっくり会話を楽しみましょう。」


それで、集まってきた人々は一斉に口を閉じた。

もともと、お城勤めの人は行儀がいい人ばかり。

落ち着けば、先ほどのように騒いだりしない。

とりあえず、誰が最初に話しかけるかをちらちらと視線で伺いあった後、騎士の1人が最初に口を開いた。


「改めまして、オティーリエお嬢様、本日はようこそ礼拝堂にお越し下さいました。

 これから、こちらにいらっしゃるということで、ご一緒できて誠に光栄でございます。」

「ありがとう、トマス。

 でも、そんなに畏まらなくて結構ですよ。

 お気軽にお話しかけ下さい。

 あと、こちらの礼拝堂へは、毎月月末に伺わせていただくつもりです。

 またお会いした際には、こうしてお声かけ下さいね。」


オティーリエがにこやかに答えると、今度は別の使用人が声をかけてくる。

そうして話しているうちに、段々と自然な会話になってきて、集まった人々の緊張感も徐々に解けて来る。

行き過ぎた発言には侍女から注意が飛んだりしつつ。

神父様が入って来るまで、わいわいと賑やかな会話の輪が広がったのだった。

街に出なくなり、令嬢の生活リズムは大きく変わりました。

まあ、正確には全く出ないわけではないのですが。

それは、また次回に。

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