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6.日常への帰還

オティーリエは神殿の地下、避難している人達がいる部屋に戻った。

途中、神官に出会うこともなく、また部屋の入り口にいる神父からも咎められることもなく、部屋の中に入る。

そして、部屋の隅にいるセレスフィアとセリアとノシェ、それから三人の横に佇んでいるパリトの方に向かった。


部屋の入り口の方を向いていたセレスフィアが、オティーリエが部屋に入ってきたのに気づくと、それまでしていた会話を止めて、セリアとノシェにそれを知らせた。

セリアとノシェが振り返ると、三人の視線に気が付いたオティーリエは大きく手を上げて手を振った。

振ったと言っても、周囲の人にぶつからないように、ちょっとだけ。


オティーリエの姿を確認したセリアとノシェは駆け寄ろうとしたけれど、部屋の中は人が多くて動きにくい。

結局、二人はオティーリエが合流するのを待って、合流した途端、勢い込んで話しかけた。


「ティリエ、無事だったのね、よかった!」

「本当に。

 心配したのよ。」


セレスフィアも二人と同じだとでも言うように、安心したような笑顔をオティーリエに向けている。

そんな三人に、オティーリエは小さく笑顔を見せて答えた。


「うん、大丈夫。

 心配かけてごめんなさい。

 ・・・でも、もう少し小さな声で話そう?」


しーっと、人差し指を口の前で立てながら。

ノシェの声が大きかったおかげで、周囲の注目が集まってしまっていた。

言われて気づいたノシェが、何でもありませんとばかりに誤魔化し笑いを浮かべて周囲にぺこぺこと頭を下げる。


「もう、ノシェったら。」

「ごめんごめん。」


周囲の注目が散ったところでセリアがノシェに言うと、ノシェも気まずそうにみんなに謝った。


「それで、外はもう大丈夫ですの?」


セレスフィアがオティーリエに尋ねると、セリアとノシェもオティーリエを見た。

パリトも傍で耳を立てている。


「うん、もう大丈夫。

 たぶん、もうすぐ外に出れるんじゃないかな。」

「そう、それは良かったわ。

 それで、魔獣はどのような姿で、どのように退治されたの?」

「えーっと、ごめん、お話出来ないの。

 騎士団の人に口止めされちゃって。」


オティーリエは、口の前で両手の人差し指でばってんを作りながら答えた。


「そう。

 残念ですけど、それでは仕方ありませんわね。」

「じゃあ、そっちは話せないってことで置いといて。

 その子、何?

 ずっと気になってるんだけど。」


ノシェが、もう待ちきれないといった様子でオティーリエの左肩に乗っているアーサーを指差しながら質問した。

ノシェにとっては、魔獣よりも気になる存在らしく、見つめる目が輝いている。

セリアも同じく、興味津々だ。


「あ、うん、外に出た時に中央広場で仲良くなったの。

 可愛いでしょ?

 アーサーって言うの。

 よろしくね。」

「うん、可愛い!

 ちょっと触ってもいい?」

「その前に、ちょっと落ち着いて。

 また注目集めちゃってるよ。」


勢い込むノシェに、オティーリエが軽く前屈みになりながら、声を潜めて言った。

ノシェは慌てて周囲を見渡すと、再び誤魔化し笑いを浮かべてぺこぺこと頭を下げる。

そして、周囲の視線が散ったところで、会話を再開した。


「で、触ってもいい?」

「うーん、分かんない。

 噛むことはないと思うんだけど。」


そう言われて、ノシェは恐る恐るといった感じでアーサーに向かって手を伸ばした。

途端、アーサーは左肩から右肩に移る。


「ごめん、ダメみたいだね。」


ちょっと申し訳なさそうにオティーリエが言うと、ノシェは残念そうにしながら手を引っ込めた。

それから、ちょっと屈んでアーサーに視線を高さを合わせつつ。


「ううん、仕方ないよ。

 無理に触ったりしないから大丈夫だよ。」


じっとアーサーを見つめながら言った。

セリアも残念そうな顔をしているけど、仕方ないといった様子。

それから、ノシェは屈んだ姿勢から元の姿勢に戻ると、気を取り直すように会話に戻った。


「それにしても、アーサーってかっこいい名前だね。

 ティリエが付けたの?」

「ううん、わたしじゃないよ。

 でも、ごめんなさい、名前の由来は言えないの。」

「と、言うことは、どうやってアーサー君と知り合ったかも言えない?」


オティーリエが申し訳なさそうに答えると、さらにセリアからも質問が飛んできた。


「うん、ごめん、それも言えない。

 ・・・さっきからわたし、ごめんと秘密ばかりだね。

 本当にごめんなさい。」


オティーリエが、スカートを両手でぎゅっと握って、俯いてしまう。

そんなオティーリエの様子に、セリアとノシェが慌てたように言い募った。


「あ、ごめんなさい、責めてるつもりはないのよ。」

「そうそう。

 ちょっと気になったから聞いただけで、答えられない事情があるんなら、仕方ないんだからさ。」

「・・・うん、ありがとう。」


それでも、オティーリエは顔を上げない。

どうしようと、セリアとノシェが顔を見合わせる。


「色々と言えないこともあるけれど、それでもみんなにアーサー君をご紹介したかったのでしょう?

 ティリエ、可愛らしいお友達をご紹介してくれてありがとう。

 みんな気にしてないから大丈夫よ。」


セレスフィアが優しくそう言うと、セリアとノシェもうんうんと頷く。

それでようやく、オティーリエは顔を上げた。

まだ沈んだ様子で、だけど無理に笑顔を作っているのが分かる。


「うん、ごめんね、ありがとう。

 これからは、いつも連れてると思うから、アーサーとも仲良くしてね。」

「もちろんだよ、任せて。」

「ええ、大丈夫よ。

 よろしくね、アーサー君。」


ノシェは大きく頷いて、セリアも最初は頷きつつ、後半はアーサーを見ながら。

セレスフィアは笑顔で了解を伝えてくれる。

オティーリエは、そんな三人の心遣いに感謝しつつも、かえって申し訳ない気持ちでいっぱいになってしまった。

でも、だからこそ、落ち込む気持ちをなんとか立て直して、感謝の笑みを浮かべる。


「ありがとう、みんな。」


それでようやく、セレスフィアとセリアとノシェの三人も安心したような笑顔になった。

ノシェが、ちょっと暗くなってしまった雰囲気を振り払うように明るい声で話題を変える。


「ところで、ティリエが戻って来るまで、セリアのドレスの話をしていたのよ。

 セリア、どこのお店で仕立てたの?」


オティーリエではなくて、セリアに話題を振って。

こういう、ちょっとした気遣いが出来るのが、ノシェという少女。

突然、話題を振られたセリアは少しだけ慌てつつ答えた。


「あ、ええ、ロザリーで仕立ててもらうことになったの。」

「え、あそこなの?

 うわぁ、いいなあ。

 さすが、オスター家ともなると選ぶお店も違うね。」


ロザリーというのは、この領都でも最高級の仕立て屋。

このお店で服を仕立てるのは、一種のステータスにもなっているほど。

だから、嬉しそうに答えたセリアに、ノシェが本当に羨ましそうに言った。


「今回だけ特別よ。

 あそこで何着も仕立てたら、家が破産しちゃうわ。」


セリアが答えたところで、部屋の入り口の方から大きな声が響いてきた。


「みなさん、お待たせしました。

 外の安全が確認出来ましたので、避難は終了です。

 本日は時間も経ってしまいましたので、日曜礼拝は中止で、このまま解散となります。

 また来月、よろしくお願いします。

 それでは、出口までご案内しますので、来た時と同じように秩序を保って、退室して下さい。」


いつの間にか入って来ていたメガホンを持った神父が告げると、部屋の中には安堵の空気が広がった。

ざわざわとしながらも、入口に近い人から順番に部屋を出て行く。


「あ、それじゃあ、(わたし)は家族の所に戻るわ。

 じゃあ、また来月ね。

 フィア、ノシェ、出来ればその前に会いましょう。」

「ええ。

 またお手紙で連絡するわ。

 またね、セリア。」

「またね。」

「うん、また来月。

 元気でね。」


セリアの言葉に、セレスフィア、ノシェ、オティーリエが返事を返す。


ノシェはセレスフィアの家に仕えているし、セレスフィアとセリアは手紙のやり取りがあって連絡が付く。

しかし、オティーリエだけは家が分からないので手紙のやり取りも出来ず、日曜礼拝で約束が出来なければ、来月の日曜礼拝まで会うことも出来ない。

今回は、この騒ぎであまり話も出来なかったけれど、仕方がない。


挨拶をすると、セリアはみんなと別れて、家族に合流した。

そして、家族と一緒に退室していく。

パリトも入れて残る四人も、とりとめもない会話をしながら、列に混ざって神殿の外に向かった。


 ◇ ◇ ◇


神殿の前庭には、数台の車が止められている。

そのうちの一台、一番大きな車がオストライア家の車だ。

大き目の蒸気機関が取り付けられていて、大きなボンネットが車体の中央から前を覆っている。

中央やや後ろに屋根のついていない一人乗りの運転席が取り付けられていて、さらにその後ろに四人ほどが乗れる屋根付きの車室が付いている。


その車の横で、セレスフィアとノシェとオティーリエは話をしていた。

パリトは車室の扉の横で、扉を開けてセレスフィア達が乗り込むのを待っている。


「フィア、もしよければ、わたしを西門まで乗せてもらえない?

 ちょっと西門の様子を見に行きたくて。」

「あら、ティリエがお願いなんて珍しいわね。

 もちろんいいわよ。

 あ、でも、代わりに一つお願いがあるわ。」


オティーリエのお願いに、セレスフィアはいいことを思いついたという顔になった。

胸元で両手を合わせて楽しそうだ。


「え、フィアがお願い?

 それこそ珍しいね。」

「ふふ、じゃあ、お互い様ね。」

「それで、お願いって何?

 フィアのお願いだったら、何でも聞くよ。」


オティーリエもセレスフィアにつられてか、楽しそうな笑みを浮かべた。


「来週、中央広場に集まってピクニックをしましょう。

 ちょっと寒いけれど、ティリエとお話したいわ。」

「来週って、日曜日?」

「ええ、そう。

 午後からでどうかしら?」

「それなら大丈夫だと思う。

 え、でも、これって代わりなんかじゃなくて、ただのお誘いじゃ?」


今度は腑に落ちないような顔をして、オティーリエが問いかけた。

セレスフィアは変わらず楽しそうな様子のまま。


「いいえ、代わりよ。

 だって、こちらからお誘いしているのですもの。

 じゃあ、午後2時に集合でいいかしら?」

「あ、うん、それで大丈夫だけど。

 うーん、じゃあ、その日は腕によりをかけてお菓子作って行くね。」


オティーリエはちょっとだけ視線を上げて考えた後、セレスフィアに視線を戻し、左手を添えながら右腕を力こぶを作るように上げて見せた。

まあ、その細腕に力こぶなんて出来ないのだけれど、気持ちだけはそのつもりで。


「期待しているわ。

 じゃあ、決まりね。

 セリアにも声をかけておくわ。

 ノシェも大丈夫よね?」

「もちろん!

 絶対に行くよ。」


セレスフィアの確認に、ノシェも勢い込んで頷いた。

楽しそうな笑みを浮かべている。


「それじゃあ、そろそろ西門に向かいましょう。

 ティリエ、どうぞ。」

「どうもありがとう。

 助かります。」


セレスフィアがオティーリエに車に乗るように促す。

お客様だから、オティーリエを先に。


そして、オティーリエは微妙に緊張気味で、思わず敬語。


「えっと、お邪魔します。」


オティーリエは誰に言うともなく呟きながら、頭を下げて、そーっと中に入った。

中は進行方向に向かって背面になる側と正面になる側の二つの長椅子が向かい合わせに設置されていて、そのどちらの椅子にも色鮮やかな布が敷かれ、車室内を華やかにしている。


普通はお客様は進行方向に向いて座るものだけど、ティリエは遠慮して背面になる側に座った。


「あら。

 ティリエ、お客様はそちらではないわ。」


と、言う訳で、オティーリエの次にセレスフィアが入って来て、それを指摘した。


セレスフィアはオティーリエと違って、最初から頭を下げたりせずに背筋をすっと伸ばしたまま踏み台を登り、車室に入る時だけ頭を下げて中に入って来る。

そして、進行方向に向いた側の椅子に座ると、隣の席をポンポンと手で軽く叩いた。


「え?

 あ、そうなの?

 でも、乗せてもらってるんだし、もう座っちゃったから、こっちでいいよ。」


オティーリエは慌てたように顔の前で両手を振った。


「そういうわけにはいかないから、ティリエはフィアの隣に座って。」


ノシェが乗り込みながらティリエに言った。

ノシェもセレスフィアと同じように、背筋を伸ばして踏み台を登って来る。

そして、オティーリエの横に座ると、その背中をそっと押した。


「う、分かった。

 じゃあ。」


二人に言われて、オティーリエはセレスフィアの隣に座り直した。

ただでさえ小柄なのに、緊張からか小さくなっているので、さらに小さく見える。


三人が車内で座ったのを確認すると、パリトは車室のドアを閉め、踏み台を片付けて運転席に座った。


「ティリエ、そんなに緊張しなくてもよろしくてよ。

 他には誰もいないのだし。」

「そうだよ。

 なんだか他人行儀に見える。」

「う、うん、分かった。」


言いつつも、オティーリエはまだ緊張気味だ。


三人がそんな風に話しているうちに、車は走り出した。

揺れを感じさせないスムーズな動きで動き出すと、そのまま中央広場の外縁部を抜けて西大通りに入り、まっすぐに西門へと向かった。

うん、まあ、突然、リスを連れてくれば、それもどうして連れてきたのか秘密なら、説明に困るよね、というお話でした。


まるでロボットモノの導入のようなお話はここまでで、次回から、本格的に探偵小説なお話に入っていきます。

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