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23.告げた別れ

オティーリエが書いた3通の手紙は、全て同じ文章。

封筒に書いた宛先は、それぞれフィア、セリア、ノシェだ。


オティーリエは旅の途中で決心した。

自分の問題に、大切な人達を巻き込まないことを。

これまでのことはあるけれど、これ以上会わなければ、巻き込んでしまう可能性はずいぶん減るはず。


だから、みんなと別れることを決めた。

寂しいけれど、みんなを危険な目に合わせる方が怖いから。


オティーリエは手紙を書き終えると、丁寧に畳んで、封筒にしまった。

その3通の手紙の宛名に手をかざし、愛おし気に見つめてから、横に置いた。


そして、ティリエとして過ごした時間にも別れを告げる。


これからは、ティリエとして街にいるだけでも、周りの人を巻き込んでしまう可能性がある。

だから、もう、ティリエとして街に出ることはしない。


オティーリエは紙をもう1枚用意すると、これまで親しくしてくれた人々の名前と住所と特徴を、その紙に書き出した。


事件で関わった被害者や犯人。

誤って容疑をかけてしまった人。

捜査を手伝ってくれた人。

通りかかる度に声をかける露店のおじいさんやおばさん。

よくランチで使っていた食堂のご亭主や看板娘のお姉さん。

事件の捜査の途中で仲良くなった東の壁外の孤児院のみんな。

ヨハンにはナイショで、こっそり会っていた浮浪児グループにいた姉弟。

もちろん、ナディア、マーガレット、カインも。

オティーリエは様々な別れに思いを馳せ、想いを籠めて、それぞれの人について紙に綴っていった。


ヨハンは、そんな、真摯に想いを籠めて、手紙と別れを惜しむ人々の名前を書いていくオティーリエの様子を身じろぎ一つしないで見守っていた。


その胸の内は、オティーリエの大切な時間を守れなかったという自責の念に苛まれている。

オティーリエが別れを惜しむように字を書いている様子を見れば、尚更。


しかし、ヨハンはそのような様子は表に出さない。

今は、ただ、オティーリエの傍で、日常と変わらない様子で寄り添うことが大事だから。


そんな時間も、やがて終わりが来る。

オティーリエは全ての人々の名前を書き上げると、ゆっくりと顔を上げて、ヨハンを見た。


―――オティーリエにとって、ティリエとの別れは、子供であった時間との別れでもあった。


それは、ヨハンも初めて見る顔。


どこかに残っていた幼さは鳴りを潜め。


凪いだ海のような静けさをその瞳に湛え。


ただ、穏やかな笑みを浮かべている。


そのオティーリエの表情にヨハンは思わず目を奪われたが、オティーリエはヨハンの様子に気付かないで、ヨハンに手紙と大勢の名前が書かれた紙を差し出した。


「ヨハン、この手紙をお願いします。

 それから、ご面倒をおかけしますが、こちらの紙に書かれた方々へ、もう会えない旨をお伝え下さい。

 特にマーガレットとカインには、約束があったのに守れなくなったことをお詫び申し上げて下さい。」


オティーリエの言葉と共に、ヨハンは3通の手紙と一枚の紙を受け取った。

たった数枚の紙が、ひどく重たい。


「かしこまりました。

 必ず、お伝えします。」


両手で大切に、胸に抱くように持つと、ヨハンは頭を下げた。

それから、すっと頭を上げ、立ち上がって部屋を出て行く。


その表情に、オティーリエを気遣う様子はない。

しかし、それこそが、ヨハンなりのオティーリエへの気遣い。

オティーリエも、そのことは分かっている。


そして、そのことにどれだけ力をもらったことか。


だから、ヨハンが部屋を出て扉が閉まる直前。


「ありがとう。」


一言、呟いた。


 ◇ ◇ ◇


「入るぞ。」


ヨハンが部屋を出て少しした後、扉を開けて部屋に入って来たのは、侍女達ではなく、エリオットだった。


オティーリエは入って来たエリオットを見ると、慌てることなく優雅に立ち上がって、エリオットに歩み寄って出迎えた。

1か月前とは全く異なる雰囲気を纏ったオティーリエを見て、エリオットは一瞬、目を見張った。

すぐにいつもの表情に戻ったけれど。


「お父様、お帰りなさいませ。

 いつ、お戻りに?」


オティーリエの部屋というプライベートな場所だし、エリオットも軽い調子で入室してきたので、フォーマルな挨拶は抜き。


「ただいま。

 今、戻ったところだ。」


エリオットはオティーリエの挨拶に答えると、そっとオティーリエを抱きしめた。

突然の行動だったけれど、オティーリエは、そもそもこのタイミングでエリオットが帰って来たということは、街に出るのを止めることに関する話をするためだろうと感づいていたので、特に驚きはしなかった。


「すまない、オト。

 本当なら、あと2年、街に行かせてやれるはずだった。

 それが、俺の力不足で、今、行かせてやれなくなった。」


あと2年というのは、オティーリエが16歳になる年まで。

つまり、デビュタントを迎え、社交界に出るためにお披露目する年までということ。

オティーリエ自身も、そのつもりだったのだけれど、それは叶わなかった。


「いいえ、お父様のせいではありません。

 自ら決断したことですから。」


オティーリエも、そっとエリオットに腕を回すと、ぽんぽんとその背中を叩いた。


「お父様が気に病まれる必要はありませんよ。

 ですけれど、そのお気持ちは頂戴いたしますね。

 ありがとう存じます、お父様。」


そう言って、オティーリエはエリオットの身体に回した腕に少し力を込めた。


「まあ、オトならそう言うと思っていた。

 これは俺なりのけじめだ。

 付き合ってくれ。」


エリオットも、オティーリエを抱きしめる腕にぎゅっと力を入れた。

オティーリエもそれに応えるように、エリオットの胸に頭をもたれさせる。

そうして、お互いに抱きしめ合うと、しばらくして、どちらからともなくその腕を解いた。


「それじゃあ、今日は早く休め。

 色々あって疲れているだろう。

 ついていてやれなくてすまないが、俺は明日、早朝に王都に戻る。

 見送りは不要だ。」

「分かりました。

 お言葉に甘えさせていただきます。」


エリオットは一歩、後ろに下がると、オティーリエの頭の上から足の爪先まで眺めた。

見違えた姿に、目を細める。

それから、エリオットはぽんとオティーリエの頭に手を置いた。


「では、おやすみ、オト。

 いい夢を。」

「はい、おやすみなさい、お父様。

 幸せな夢が訪れることを願っています。」


おやすみの挨拶をすると、エリオットはオティーリエの部屋を出て行った。


 ◇ ◇ ◇


その日の夜、オティーリエは不寝番の侍女が付くのを断った。

この日ばかりは、アーサーもリズに預かってもらった。


一人になりたかったから。


そうして、ベッドの上で一人になった時。

ようやく。


つぅっと。


その目から一筋の涙が零れ落ちた。

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