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17.令嬢を追いかけて

通路を抜けたヨハンの目の前に広がっていたのは、歩道で何かを囲むようにしている人だかりだった。

その光景に悪い予感に襲われたヨハンは、人だかりを押しのけるようにしてその中心に出た。


ヨハンの目に映ったのは、頭から血を流して仰向けに倒れた男。

額に銃弾を一発、あびたようだ。


中心にいたのがオティーリエではなかったことに胸を撫で下ろしつつ、状況的にこの男がオティーリエを誘拐したのだろうと当たりを付けて観察する。

とは言っても、人だかりが出来ているので、男の傍に寄って行ったりはしない。


ざっと見た限り、男は30前後。

それなりにいい服を着ていて、中流階級くらいに属していそうだ。


なぜ、この男がオティーリエを誘拐し、なぜ殺されているのか。

情報が足りない。


ただ、すでにオティーリエは別の者の手に渡り、連れ去られたのだいうことだけは理解した。

もうしばらくすれば、近くの警察官がやってくるだろうが、調査を開始して結果が出るまでは時間がかかる。


ヨハンは人だかりを出てこの場から離れると、先ほど出て来た通路に戻って、人目に付かないようにしながら、オティーリエから預かった石を取り出した。

オティーリエのいる方向を光で指し示すという石。

今、この石の光はこの通り沿いに海と反対側をまっすぐに指している。


また、男は歩道で車道スレスレの位置に倒れていた。

このことから、ヨハンはオティーリエが車で移動中なのだろうと推測した。


そういう風に考えを巡らせていると、懐に入れた通信の魔法具がぶるぶると振動しだした。

ヨハンは、この忙しい時に、という思いを抑えつつ、通信の魔法具を懐から取り出して通話のスイッチを入れた。

途端に聞きなれない声が響いて来た。

太くて低い、大人の男性の声。


「ヨハン、アーサーだ。」

「・・・は?」


あまりにも想定外の言葉に、ヨハンも思わず間抜けな声を出してしまった。

ぷらーんと左腕で抱えているアーサーを見ると、アーサーはヨハンを見上げていた。

とりあえず地面に降ろすと、ヨハンを見上げてくる。

ヨハンはつい、右手をこめかみにあてた。


「どういうことだ。

 旦那様じゃないのか?」

「そうだ。

 今、私がこの通信機の通信に割り込んで(hackingして)、お主と会話している。」


アーサーが何をしてこんなことが出来たのかは分からないが、どうやら本当にアーサーと会話しているようだ。

いくつも湧いてくる疑問を全て飲み込んだヨハンは、今、必要なことを尋ねた。


何を置いても、オティーリエの身柄の確認が最優先。


「分かった。

 お前、お嬢と一緒にいたんだろ?

 お嬢はどうした。

 どこにいる?」

「残念ながら、我が主の現在位置は把握出来ていない。

 この路地を通っている間に離れたからな。

 我が主は相手を見極めるためにあえて捕まった。

 そして、お主と協力して救出するようにとの命を受けている。

 状況を把握したい。

 救出のために、どのような手を打った?」


アーサーもオティーリエの所在を知らなかった。

しかし、それに文句を言っても仕方ない。

とりあえず、今、オティーリエの所在を示すのは、手に持った石の光だけだ。

そして、この状況から推測できることは、おそらく今は車で移動中で、その車は海ではなく内陸部に向かっているということ。


「領主と警察に手の者を向かわせた。

 ここの領主は優秀だ。

 すぐにでも非常線が張られて、捜査も始まるはずだ。」

「了解した。

 網を張るのはその力を持つ者に任せて、自らは追跡するというのが今の計画で間違いないな?」

「そうだ。

 ところで、お前、[広域戦況把握]ってのが使えるんだろ?

 それでお嬢の位置を特定できないか?」


ヨハンからしても、アーサーと協力することに否やはない。

むしろ、使えるものは全て使う。


「すでに範囲外だ。

 範囲外に出る時には、目の前の通りを車で抜けていった。」

「分かった。

 急いで追跡するぞ。」


言うと、ヨハンは肩からかけている鞄をひっくり返して中身をその場に捨てると、アーサーを鞄の中に入れた。

それから、通信用の魔法具を右手に、オティーリエから預かった石を左手に握りしめて走りだした。

走りながら、通信用の魔法具に話しかける。


「ところで、俺も確認したい。

 お嬢が攫われて、お前が離れるまでにあったことを教えてくれ。」

「我が主は、誘拐犯に両腕ごと抱え込まれて、鼻と口を布で覆われていた。

 意識ははっきりしていたが、全身に力が入らないようで、抱え込まれて全身がだらりと垂れ下がっていた。

 そのまま、私は命を受けて我が主から離れてお主に合流した。

 攫われた際、魔法は使われていなかったが、現代では身体の自由を奪う技術はあるか?」

「ある。

 意識があったのなら、全身麻痺させる薬だろうな。

 麻酔の方が入手しやすいから、何か意図があって麻痺薬にしたのかもしれない。

 まあ、ここでは麻痺薬の方が入手しやすい可能性もあるから、断定は出来ないが。」

「麻酔とは何だ?」


アーサーは、ほぼシルビリア語をマスターしているが、それでも時々、分からない単語がある。


「簡単に言えば眠らせる薬だ。」

「なるほど。

 現代では眠らせたり麻痺させたりを薬で出来て、しかも一般人が入手できるのか。

 想像以上に物騒な世の中だな。」

「そんな簡単に入手できるもんでもないけどな。

 まあ、否定はしない。

 だが、今はそんなことを話している場合じゃない。

 お嬢を追いかけるのに集中するぞ。」

「了解した。」


ヨハンは通信用の魔法具を懐に入れると、オティーリエの追跡に集中した。

すぐにでも拝借できる乗り物がないか探しながら通りを走っていると、向かっている先に乗り物屋があるのを見つけた。

車やバイクを展示販売しているようで、試乗車も置かれている。


ヨハンはその店に駆け込むと、試乗車の中で一番出力の高そうなバイクに跨って蒸気機関をスタートさせた。


「お客様、何をされているのですか!」


慌てて店員が駆け寄ってくる。

その店員に、ヨハンはホルトノムル侯爵領の紋章入りの短剣を見せた。


「ヴェルハルン侯爵邸に世話になっているホルトノムル侯爵領のヨハンだ。

 緊急事態のため、徴発させてもらう。

 代金は迷惑料を上乗せして、ヴェルハルン侯爵邸まで請求してくれ!」


ヨハンは店員に答えると短剣をしまい、最初からフルスロットルの急加速で店を飛び出した。

店員が呆然とそれを見送る。


ヨハンは車体を横倒しにして後輪を滑らせながら右折して通りに出ると、巧みなクラッチとペダル操作で一気にギアを上げて最高速まで加速した。

そのままスピードを落とすことなく、車と人を避けながら、時に押しのけるようにして通りを駆け抜ける。


ヨハンは途中、一度もスロットルを緩めることなく、オティーリエの追跡を開始した。

従者とリスが共同戦線で令嬢の追跡開始です。

こうして見ると、つくづくリスの性能は規格外ですね。

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