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5.お供はリス

魔獣を倒した後、アーサーはメンテナンスルームへと戻った。

薄暗い中、地面に剣を突き立て、屹立して佇む。


その操縦席で、オティーリエはまだ緊張感が抜けずにいた。

転移の余波で頭痛と吐き気がするせいもあるけれど、それ以上に色々なことが一度に起こりすぎたせいで、なかなか頭の中が落ち着かない。

けれど、それは横に置いておいて、まずはきちんとアーサーにお礼を言うべきだろう。


『アーサー、よくやってくれました。

 おかげで、被害が拡がらずにすみました。』

『我が主の協力あってこそだ。

 そうでなければ、私はただ魔獣を叩き斬るだけだったので、多少の被害は出ただろう。』

『多少なりともお役に立てたのでしたら何よりです。』


アーサーにお礼を言ったことで、ようやく魔獣はなんとかなったのだと実感出来たオティーリエは、ほう、と一つ大きな息を吐いた。


まだ頭の中は落ち着かないけれど。


でも、いつまでもここにいるわけにはいかないし、アーサーとも相談しないといけないことがある。

顔を上げたオティーリエは、アーサーに話しかけた。


『ところでアーサー、お願いがあります。

この後、地上に戻るつもりですが、ここに来る機会はほとんど取れないでしょう。』


中央広場以外の転移の魔法陣については、調査の必要はあるだろうけれど、ほぼなくなっているだろう。

中央広場の転移の魔法陣が残っていることこそ、奇跡と思うべきだ。

そして、その転移の魔法陣は中央広場のど真ん中にあるので、人目を気にするならば、そう易々とは使えない。


『ですが、普段からアーサーと意思疎通を図り、相互理解を深め、その豊富な知識と経験からご助言をいただきたいと考えています。

 ですので、アーサーのかつての主達が行っていらしたように、動物の姿を取って傍にいていただきたいのですが、よろしいですか?』


アーサーの操縦珠は取り外し出来る。

そして、操縦珠を取り外している間はアーサーの意思とも言うべきものは操縦珠に移るので、そのまま会話も可能である。


さらにこの操縦珠、変身機能まで付いていて、動物に姿を変えて自分で動き回ることも出来てしまう。

ただ、あまり大きな動物にはなれなくて、最大でカラスくらいまで。


『無論だ。

 その程度のこと、確認せずとも命じてくれればよい。』

『いいえ、今はまだ、それをするつもりはありません。

 アーサーが命じられて不快なこと、そうでないことが理解出来ていませんから。

 ですので、理解出来るまでは毎回、確認させて下さい。』

『了解した。

 私にとっては主に命じられるというそれこそが名誉なので気遣いは不要だが、我が主のその心延えは良いものだと思う。』


唐突な誉め言葉だったけれど、オティーリエはそれを無言で受け入れた。

軽く笑みを浮かべた雰囲気を伝えると、話を戻す。


『では、操縦珠を外しますね。』


言うと、オティーリエは右側の操縦珠を取り外した。

片手では持てない大きさなので、両手で包み込むように持つ。


その瞬間、メンテナンスルームの中を映していた壁から周囲の光景が消え、薄らと光を放つだけになった。


『私のいた時代とは動物の姿も変わっているだろう。

 動き回るのに都合よく、我が主の傍にいても問題ない動物を思い浮かべて、魔力に流して欲しい。』


言われて、オティーリエの頭に思い浮かんだのはリス。


犬や猫でもいいのだろうけど、リスの方が小さくて持ち運びしやすいし、いざという時に隠れやすそう。

と、いう訳で、オティーリエはキタリスという赤いリスのイメージを乗せて、操縦珠に向けて魔力を流した。

もちろん、ぬいぐるみのようにディフォルメされた姿ではなく、写真で見た実物のイメージで。


そうすると、次の瞬間、操縦珠はオティーリエの手の中で、イメージした通りのリスになった。

オティーリエの両手の上に、可愛らしいリスがちょこんと座っている。


あまりの可愛らしさに思わず頬ずりしたくなるくらいだったけど、それはさすがに我慢。


『我が主は見たことのあるものなら正確に思い出せるのだな。

 リスであれば私も生態を知っている。

 擬態として問題なさそうだ。』


アーサーがオティーリエの腕を駆け上がって肩に移動する。

それから、首の後ろを通って、右肩と左肩を行ったり来たりした。

まるで本物のリスのようだ。


『では、地上に戻りましょう。』


アーサーが左肩の上に身を落ち着けたのを確認すると、オティーリエは太ももの裏から魔力を流して、椅子に描かれた転移の魔法陣を発動させた。


 ◇ ◇ ◇


白騎士が消えたのを皮切りに、第一騎士団の緊張感は解れ、弛緩した空気が流れた。

しかし、そんな中でもウィリアムとヨハンは緊張を解かず、白騎士が消えた後を見つめている。


「ああいうのが出てくるということを前提に、都市防衛構想を練り直さねばならんな。」

「はい。

 次の会議は荒れそうですね。」

「現有戦力が役に立たなかったからな。

 なかなかに頭が痛い。」


ウィリアムはそこまで言うと、ふう、と一つ息を吐いた。

そして、ようやく緊張を解くと、気安い様子でヨハンに話しかけた。


「さて、次は後始末だ。

 周辺の捜索は必要か?

 お嬢様がアレに絡んでいると貴様が知っているということは、合流前に何かあったのだろう?」


第一騎士団は他の騎士団では対処しきれない緊急事態への対応が任務のため、本来、こういった用向きでは動かない。

しかし、今回はオティーリエが白騎士に絡んでいることを知られないようにする、ということ自体が緊急事態という判断だ。


オティーリエは表舞台にはまだお披露目されていないので、城内を除けばあまりその姿を知る者は少ないが、今回に関しては大事になりそうなので、念には念を入れておいた方がいいだろう。


「私が第一騎士団に合流する前に新聞記者を一人、取り押さえた後、フィルムを押収して解放しました。

 他にもいないとは限りませんので、捜索していただけると助かります。

 あと、併せて中央広場に人が入ってこないように、規制もお願い出来ますか。」


ヨハンはウィリアムの後の質問には答えず、先の質問にのみ答えた。

ここにはウィリアムとヨハンだけでなく、運転手、ジョン、小姓もいる。

彼らには聞かれたくない。


「なるほどな。

 了解した。」


ヨハンの意図を理解したのだろう。

ウィリアムは、それ以上は何も聞かずに了解した。


「捜索も規制も15分だ。

 それでいいな?」

「はい、ありがとうございます。」


そこまで確認すると、ウィリアムはジョンの足元に置いてあるメガホンを手に取った。

そのついでに、ジョンに向かって「飛行隊は引き上げるように」と指示を出す。

ジョンが手旗で合図を送っている間に、ウィリアムは車を降りて歩兵隊の方を向くと、メガホンを口に当てた。


「整列!」


ウィリアムの号令に、緊張を解いていた第一騎士団の団員達がウィリアムの前に整列して背筋を伸ばした。

全員が整列したのを見ると、ウィリアムは続けて指示を出す。


「次の指令だ。

 中央広場周辺に何者かいないか探せ。

 見つけ次第、拘束して私の所に連れてこい。

 それと同時に、中央広場に寄って来る者には近付かないように言って追い返せ。

 時間は15分。

 経過次第、この位置に戻るように。

 それでは、散開!」


指示を聞いた騎士達が、中央広場の各方面に散って行く。

それから、ウィリアムは運転手とジョンと小姓に向かっても指示を出した。


「お前達はここで待機だ。

 西門の方を向いて、中央広場は見ないこと。

 いいな。」


そう言い置いて、ウィリアムはメガホンを置くと中央広場の中央に向けて歩き出した。

ヨハンもウィリアムに並んで歩き出す。

運転手とジョンと小姓は指示の通りに、西門の方を向いた。


 ◇ ◇ ◇


それからしばらくして。

ウィリアムとヨハンが中央広場の中央で待ち構えていると、果たして、オティーリエが忽然と姿を現した。

現れた瞬間は何かに座っているような姿勢で、態勢を整える間もなく尻餅を付く。


そのオティーリエの目の前に、すっと手が伸びてきた。

オティーリエはその手を取りながら、そちらを向く。


「ああ、ヨハン。

 ・・・と、ウィリアム卿?」


伸びて来た手は当然、ヨハン。

ヨハンはいるだろうな、というのはオティーリエも予想していたけれど、ウィリアムがいることは予想外。

けれど、驚いた様子は見せず、確認するように呼びかける。


オティーリエがヨハンに手を引かれながら立ち上がると、ウィリアムは右足を引き、右手を身体に添え、左手を横方向に水平に差し出すようにして恭しく礼をした。

ボウ・アンド・スクレープと言われる、貴族男性がする礼だ。


「やあ、ティリエお嬢さん。

 いつものバンダナはどうしましたか?」


そんな風に貴族としての礼をしながらも、言葉は庶民に対するそれで、少しちぐはぐ。


ウィリアムはオティーリエが侯爵令嬢であることを知っている。

だから、この挨拶には、今はオティーリエとしてではなくティリエとして振る舞うように、という忠告が込められている。


その忠告を受け取ったオティーリエは、ヨハンに「ありがとう」と言って手を離した後、ポケットからバンダナを取り出して、頭に巻いた。


すると、それまでの凛とした表情も貴婦人のような雰囲気も鳴りを潜め、元気で人懐こい表情になる。

その立ち居振る舞いも、お嬢様然としたものから町娘のそれに変わった。


「ウィリアム様、お久しぶりです。

 相変わらず、素敵な口ひげですね。」


だから、オティーリエの挨拶は貴族のものではなく、町娘のもの。

言いながら、軽く頭を下げる。

それを見て、ウィリアムは小さく笑みを浮かべると、姿勢を戻した。


「おかげさまで助かりました。

 詳しくお話を伺いたいところですが、今は時間がありません。

 ティリエお嬢さんは早く神殿に戻りなさい。

 もうすぐ、規制が解かれます。」

「はい、分かりました。

 ありがとうございます、ウィリアム様。」


オティーリエはウィリアムの言葉に頷くと、ヨハンの方を見た。

その瞬間だけ、お嬢様としての顔を取り戻す。


「ヨハン、昼食は外で摂りますので、お城に連絡をお願いします。

 それから、16時頃に西の駐車場へ車を回して下さい。」

「承知いたしました。

 何度も言いますが、くれぐれも、危険なことには首を突っ込まないようにお願いします。」

「分かっています。

 それでは、よろしくお願いしますね。」


オティーリエはヨハンに対しては主従の関係を変えないように言葉を選び、ヨハンもそれを心得ていて従者として接する。


とは言え、オティーリエの答えに、ヨハンの表情には絶対に分かっていないだろうという気持ちが現れているけれど。


もっとも、それもいつものことだし、それで行動を変えたりするオティーリエではないので、さらりと受け流してしまう。


それから、オティーリエは再び町娘の態度に戻ると、ウィリアムの方を見た。


「それでは、ウィリアム様、失礼します。」

「うむ。

 ああ、そうだ、ここで見たことは他言無用ですよ。」


これは、口止めと言うよりはオティーリエのための言葉。

第一騎士団長にこう言われれば、オティーリエが誰かに今回のことについて説明を求められても、騎士団から口止めされている、と言い訳が出来る。

もちろん、説明しなければならない人はいるので、そういう人は別だけれど。


「はい、分かりました、気を付けます。

 それでは。」


オティーリエは今度こそ、小さく頭を下げて神殿に向かった。

その後ろ姿を見送りつつ、ウィリアムが顎を撫でながらヨハンに言った。


「つくづく、お前も気苦労が絶えないな。

 あの変わり身は目の前で見ていても同一人物とは思えん。

 それに、お供も付けずにお忍びなんて、侯爵令嬢のすることじゃないぞ。」

「まあ、行先は見当が付きますから、なんとか見つけますよ。

 お気遣いありがとうございます。」


ウィリアムの言葉に、ヨハンが軽く肩を竦めながら答えた。


「それでは、私も失礼いたします。」

「ああ。

 我々も捜索が終われば、撤退する。」


ヨハンも頭を下げると、オティーリエとは距離を開けて、神殿の方に向かった。

神殿の横に抜け道があって、そこを通るとお城まで近道だからだ。


ヨハンも見送ったウィリアムは、西大通りの指揮車に戻った。


捜索の結果、中央広場周辺には誰も見つからず、何人かの新聞記者がやってきたのを追い返したのみだった。

とはいえ、オティーリエとヨハンの姿を見られることなく済んだので、任務としては無事に完了。

第一騎士団はその任務を終えると、お城の敷地内にある第一騎士団の本拠地へと戻って行った。


 ◇ ◇ ◇


『我が主よ。

 ずいぶんと雰囲気が変わったな。』


オティーリエが神殿へと向かって歩いている途中、肩の上にいるアーサーが話しかけてきた。


『そうですね。

 時々、こうしてお忍びで街に出かけています。』


オティーリエはアーサーが乗っている左肩から魔力を流しながら答える。

今まで、手のひらから魔力を流すことはやっていたけれど、他の所から魔力を流すなんて、オティーリエは考えたこともなかった。

これもアーサーから流し込まれた知識で知ったことで、オティーリエはすぐに出来るとは思っていなかったけれど、やってみると意外と簡単に出来たのだった。


このことは、オティーリエにとっては、魔法は言葉だけでなくイメージすることが大事だということが改めて実感出来たのと同時に、ノシェの言う通り、自分は想像力が豊かなのだろうな、と、ちょっと自分を再認識する結果でもあった。


『それは、この時代の貴族では当たり前のことなのか?』

『いいえ。

 おそらく他にはいないでしょう。』


立ち居振る舞いはすでに町娘のそれだ。

急いでいるせいもあるけれど、静々と歩くのではなくて、少し前傾姿勢で手と足をしっかり動かしながら歩いている。


言葉遣いも、オティーリエとしては本当は崩してざっくばらんな言い方にしたかったのだけど、古語だとどう頑張っても上品な言葉にしかならないので断念したのだったりする。


『現代においても、貴族女性は基本的には一人で館を出ることはないという認識で間違いないか?』

『間違いありません。』

『では、我が主はどうしてそれを行っている?』

『楽しいからです。

 あと、庶民の生活に触れることで、領内で何か問題が起こっていないかを確認する意味もあります。』

『後半は建前か。

 ・・・我が主が、いささか難ありなご令嬢であることは理解した。

 しかし、周囲が許容しているのなら、何も言うまい。』


アーサーから、どこか呆れたような返事が返ってきた。

心なしか、リスなのに呆れ顔という器用な芸当をこなしているようにも見える。


『いえ、周囲は止めるように言います。

 ただ、侯爵であるお父様が許して下さっているものですから、強くは言えないようですね。』

『それを分かっていながら、我が主は止めるつもりはないのだな。」

『はい。

 これだけは譲れません。』


オティーリエは胸を張って言った。

その顔には決然とした表情が浮かんでいる。


『我が主よ、そこは胸を張って言うところではない。

 だが、魔法が廃れたという現代において、私を起動させたのだ。

 我が主は、当たり前の人物ではないということなのだろう。』


アーサーから、呆れ半分ながら、妙に納得した雰囲気が漂ってくる。

それをオティーリエは前向きに捉えることにした。


『では、アーサーにもご納得いただけたところで、これから神殿に入るのですけれど、アーサーはこのままでよろしいですか?

 大勢の人がいる中に入りますので、隠れたいようでしたら、隠れていただいてもよろしいのですけれど。』

『どちらでも構わない。

 ただ、私の存在の説明が面倒だろうから、隠れた方がいいのではないかとは思うが。』

『いえ、アーサーがどちらでもよろしいのでしたら、このまま参りましょう。

 友人にご紹介いたします。』

『了解した。』


オティーリエはアーサーを左肩に乗せたまま、神殿へと入って行った。

事態が収拾した後で。

出迎えたのは従者だけではなくて、騎士団長も一緒に。


なにはともあれ、こうして、お忍びで街を訪れている令嬢のお供にリスが加わったのでした。

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