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15.攫われた令嬢

それは、一瞬にも満たない、刹那の油断。


ヴェルハルン侯爵邸へ向かう道で。


オティーリエがまた珍しい物を見つけてヨハンに報告し、ヨハンがそちらに―――オティーリエと反対方向に視線を向けた瞬間。


ヨハンの反対側から伸びてきた手がオティーリエをがっしりと捕らえ、脇に抱えると同時に口と鼻を覆うように布を押し付けた。


そのまま、ヨハンとは反対方向に連れ去られる。

オティーリエが抵抗する隙もなかった。


突然の出来事にオティーリエは驚き、声を出そうとしたのに、口が動かない。

自分を抱える腕を振りほどこうと暴れようとするが、全身が軽く痺れて手足に全く力が入らない。


ヨハンのすぐ横、オティーリエが世界で最も安心出来ると信じている、何よりも安全なはずのその場所から自分は攫われたのだ、と理解した時。


オティーリエの頭は真っ白になり、恐慌をきたした。


『我が主!』


オティーリエは何も考えることが出来ず、ただ、抱えている腕を振りほどこうと手足を動かそうと必死にもがく。


『我が主!』


声を出そうとしても、抑えられていて口が開かない。

そもそも、口が動かない。


『我が主!』


三度目。

真っ白になったオティーリエの意識に、アーサーの呼びかける声が響いた。


『!

 あ、アーサー?』


その呼びかけに、オティーリエがようやく我に返った。

さっと、真っ白になっていた意識に色が戻って来る。


『落ち着け、我が主。

 焦っても何もいいことはない。』


そのアーサーの落ち着いた声音に、オティーリエは一つ深呼吸・・・をしようとして出来なかったけれど、それでも落ち着きを取り戻した。

唯一動く目を動かして、周囲を見回して状況を把握する。


今、オティーリエは何者かの脇に抱えられて、家と家の隙間の狭い通路を移動している。

身体は痺れて動かせないが、意識はあるので、眠り薬などではなく、麻痺毒を使って誘拐されたようだ。


頭を動かせないのでその顔を見ることは出来ないけれど、オティーリエを抱えている人物は人一人抱えているとは思えないほどの速さで走っているようで、景色が飛ぶように過ぎていく。


『アーサー、ありがとうございます。

 おかげで落ち着きました。

 相手を探るため、一度捕まります。

 アーサーはナップザックから出て、ヨハンに合流して下さい。

 それから、ヨハンと協力して救助をお願いします。

 ヨハンは通信用の魔法具を持っています。

 おそらく、右の胸元の内ポケットに入れているはずです。

 アーサーでしたら通信に割り込んで会話も可能でしょう。』

『了解した。』


アーサーは答えると、するりとナップザックから抜け出し、地面に降りた。

オティーリエを誘拐した人物は一瞬、アーサーに気を取られたものの、ちっと舌打ちしただけで止まることなく走って行く。

アーサーはそれを見送ることなく、すぐさま反対方向に走り出した。


 ◇ ◇ ◇


ヨハンがオティーリエの方に戻したその瞬間。


「―――え?」


ヨハンは心臓を鷲掴みにされたかのような感覚に襲われた。


そこに、オティーリエがいない。


ほんの一瞬前まで、すぐ横にいたのに。

今、オティーリエがいた所はぽっかりと穴が開いたように何もない。


ヨハンの内に次に湧き上がってきたのは、自らへの怒り。

必ず護ると誓ったのに。


ヨハンの意識は、その焦燥と怒りに、返って冷徹に、冴え渡ってくる。


状況の確認と、打つべき手を同時に計算しだす。

オティーリエは前後にはいない。

オティーリエがいた所のその向こう側に、今、大きな荷物を載せた手押し車が通っている。

おかげで、その先が見えない。

走って手押し車を回り込むと、向こう側は家と家の隙間で人が一人通れる程度の幅の通路になっていた。


間違いなく、オティーリエは連れ去られたのだろう。


鮮やかな手並みに、心の片隅で思わず感心してしまうが、そんなことはほんの一瞬。

意識にも登らない程度の刹那のこと。

ヨハンは、やるべきことをやるべく、すぐに近寄ってくるだろう2人を待った。


「ヨハン!」


予想通り、護衛として離れた所から様子を伺っていたポーラがすぐにやってきた。

ポーラの反対側からメイも合流してくる。

ヨハンは先に傍にやってきたポーラにお土産を入れた袋を押し付けた。


「え?」


押し付けられたポーラは驚いた顔で思わず袋を受け取りつつヨハンを見る。


「ポーラはすぐにヴェルハルン侯爵邸に向かって、ヴェルハルン侯爵に報告を。

 メイは一番近い警察の詰め所に連絡を。

 俺はお嬢様を追いかける。」


ヴェルハルン侯爵に連絡すれば、逃亡を防ぐために非常線を張って、他にも海軍に手を回すなど、打てる手を打ってくれるはず。

警察にも即捜査を開始してもらって、少しでも情報を入手出来るようにしておかなければ。


ヨハンはそれだけ言うと、2人の返事を待たずに通路に駆け込んだ。

逃げ道を塞ぐのは任せて、自分はオティーリエを追いかける。

そのためのアイテムを、他の誰でもない、オティーリエ本人から預かっているのだから。


ヨハンは全速力で家と家の間を駆け抜ける。


入ってすぐ、前方からリスが走って来た。

アーサーだ。

ヨハンは走る速度を落とさずにアーサーを拾い上げると、そのまま抱えて走り続けた。


思ったより長めの通路だったが、所詮は通路なので、すぐに出口に着く。

ただ、その出口のすぐ前で大きな人だかりが出来ているのが見える。

思わず抱いた嫌な予感に、ヨハンは全速力で走っている足をさらに速めた。

そのまま平和に終わるわけはありませんでした。

一瞬の油断を突かれて、令嬢が攫われます。

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