14.海辺の観光
2人はこの日、ニースで一軒だけの宿屋に泊まることにした。
夕食も宿屋の食堂で摂ることにしたのだけど、出てきたのは一つのバスケットに入った二人分のパンと、生魚の薄切りに野菜を乗せて、オイルと、あとおそらくなんらかのスパイスがかかった料理。
料理名を聞いてみると、カルパッチョらしい。
2人にとってのカルパッチョは生の牛ヒレ肉の薄切りにソースをかけたものだけど、ここでは生魚の薄切りにソースをかけるのが主流で、それに野菜を合わせたりしているらしい。
2人とも初めて見る生の魚を使った料理にちょっと驚きつつ、好奇心旺盛なオティーリエが早速、生魚のスライスで野菜を巻いて一口、口に入れた。
途端、大きく目を見開いて、左手を頬にあてた。
なんとも言えない幸せそうな顔をしている。
ヨハンもオティーリエを真似して、野菜を生魚のスライスで巻いて口に入れた。
オティーリエほどの表情の変化はないものの、ちょっと驚きの表情になる。
「お兄ちゃん、生のお魚おいしい・・・!」
「本当だな、こんなに美味いもんだと思わなかった。」
オティーリエは感動でフォークを握りしめ、ヨハンはそこまで感情を表に出してはいないものの、それに同調する。
こういう時、オティーリエはぱくぱくと一気に食べるのではなく、一口づつじっくり味わうようにして食べるので、自然と食べるのが遅くなる。
ヨハンは別にそういうこともないので先に食べ終わり、一口食べては感動に震えているオティーリエを眺めながら食べ終わるのを待っていた。
そんな、可愛がっている猫のお食事風景でも見ているようなヨハンの視線にオティーリエが気づいて、目をぱちくりさせた。
「あげないよ?」
「・・・いや、そんなつもりはないから、ゆっくり食べてくれ。」
オティーリエにはヨハンの視線が物欲しそうな視線に感じられたらしい。
そのオティーリエのちょっとズレた反応に、ヨハンは肩を竦めながら答えた。
ヨハンの反応に、オティーリエは、ん?と小首を傾げた後、何かを閃いたような顔をした。
「そういえばお兄ちゃん、明日どうする?」
「その前に、新鮮なうちに食べた方がいいんじゃないか?」
「あ、そうだね。
お兄ちゃん、ちょっと待ってね。」
ヨハンがオティーリエの皿に残ったカルパッチョを指差すと、オティーリエは食事を再開した。
正気に戻ったようで、今度は普通に食べ終わる。
オティーリエはハンカチで口元を拭きながらヨハンを見た。
「それで、お兄ちゃん、明日のことなんだけど。
わたし、出来れば侍女のみんなにお土産買いたいから、お土産物屋さんに行きたいんだけど、いい?」
「ん、分かった。
他に行きたいところは?」
「え、聞いてくれるの?」
オティーリエが胸元で両手を握りしめながら、嬉しそうな顔になった。
「ああ。
せっかくだから、お前の行きたい所にいこう。」
「わ。
じゃあ、わたし、ヴェルハルンの街中も見てみたいし、漁港と軍港も見てみたい。」
と、オティーリエはそこまで言った後、腕を組んで目を瞑り、首を傾げた。
「うーん、本当は内陸部も見てみたいけど、さすがにそこまでは無理だよね?」
オティーリエはチラッと右目だけ開けてヨハンを見る。
それにヨハンは小さく苦笑しながら答えた。
「さすがに欲張りすぎだな。
ヴェルハルンだけで勘弁してくれ。」
「残念。
でも、漁港と軍港だけでも楽しみ。」
断られたけど、オティーリエも気にしていない様子。
なので、ヨハンはこのプランで予定を組み立て始めた。
顎に手をやって、ちょっと上を向く。
「漁港ってのは、漁船が戻ってきて水揚げしてるところを見たいってことで合ってるか?」
「うん。」
ヨハンは視線をオティーリエに戻した。
「じゃあ、明日の朝、ニースの漁港に行こう。
漁船は早い時間に戻ってきてるはずだから、早起きになるけど、大丈夫か?」
「大丈夫、任せて。」
オティーリエが胸を軽く叩きながら大きく頷く。
ヨハンが一瞬、疑わし気な表情をしたけれど、まあいいかと頷いた。
そして、ここが決まれば後は流れで予定を決めればいい。
ヨハンは顎にあてていた手を下ろして、考えながら予定を口にした。
「なら、明日は朝一で漁港に行って見学して、その後、近くの食堂で朝食にしよう。
それから列車に乗ってヴェルハルンに戻れば、午前半ばくらいにはヴェルハルンに着く。
軍港はヴェルハルンにあるから、駅から大通りを眺めながら軍港に行くぞ。
昼食は途中で適当な店に入って、土産も途中で気になった店で買えばいい。
軍港を見た後は行きとは別の道を通って、15時くらいにヴェルハルン侯爵邸に戻ればいいかな。
こんな感じでどうだ?」
「さっすがお兄ちゃん、一瞬で予定組み立てちゃうんだね。
すごい。」
オティーリエが感心したように言った。
けれど、ヨハンはこれくらい当たり前という顔。
「そんな感心されるほどのことじゃないと思うが。
それで、こんな感じで大丈夫か?」
「あ、うん、ありがとう、お兄ちゃん。
わたしは満足。
でも、お兄ちゃんは行きたい所ないの?」
「特にないから心配するな。
お前が行きたい所に行ければ、それでいい。」
「ん、分かった。
ありがとう、お兄ちゃん、大好き。」
「・・・ああ。」
オティーリエが嬉しそうに言った言葉に、ヨハンは内心、心臓が破裂するかのような思いをしながらも、なんとか表面的にはなにもないように振る舞った。
◇ ◇ ◇
次の日、2人は予定通り、早朝からニースの漁港を見学しに行った。
夜の漁に出ていた船が次々と港に戻ってきて、釣って来た魚を水揚げしている様子に、オティーリエは大はしゃぎ。
ただ眺めているだけでは飽き足らず、作業している漁師さんを捕まえて話を聞いたり、水揚げ作業を手伝ったりして、ついでに売り物にならない魚をもらったりした。
そうして最後の一隻が帰港して魚を水揚げするところまで見届けたところで、港の近くの食堂に行って朝食にする。
食堂では、もらった魚を持ち込んで料理してもらった。
新鮮な海の魚の料理に舌鼓を打った後はニースの街並みを眺めながら駅に行き、列車に乗ってヴェルハルンへ。
漁港に長時間いたおかげで、ヴェルハルンに着いたのは、もうお昼前だった。
駅前のレストランで昼食を摂ってから、今日は侯爵邸ではなく、海の方に向かって歩く。
駅から海に繋がる道はメインストリートになっていて、道幅も広く、お店もいっぱい並んでいる。
メインストリートだけあって人通りも多く、ヨハンとオティーリエは離れすぎないように気を付けながら並んで歩いた。
例によってオティーリエは左右をきょろきょろと見回しながら歩いて、珍しいものを見つけるたびにヨハンに報告した。
そうして歩きながら、オティーリエはいくつかのお店に入って侍女にお土産を買う。
部屋付きの侍女は6人。
オティーリエは毎晩、寝る前に1時間ほど、不寝番の侍女と会話しているおかげで、部屋付きの侍女の好みは全員把握している。
なので、それぞれの好みに合わせて6つ、それからマージナリィの分も合わせて7つのお土産を購入した。
それから、オティーリエはヨハンにもお土産を買わせた。
ヨハンはお土産を買うつもりはなかったが、オティーリエの押しに負けて、従僕としての上司にあたる執事と、いない間の仕事を変わってもらった同僚へのお土産を購入した。
そんな風にメインストリートをしばらく歩くと、軍港に着いた。
軍港は上部に有刺鉄線のコイルがついた高い鉄条網で覆われていて、基本的に立ち入り禁止。
なので、当然、軍艦は近くでは見れないし、軍港内がどんな構造をしているかも分からない。
それでも、オティーリエは興味深そうに鉄条網から軍港をしばらく眺めていた。
マージナリィ謹製の双眼鏡も持って来ていたけど、双眼鏡で覗くのはさすがに禁止だろうと思ったのでそれは自粛。
魔法で視力を強化することも出来たけれど、軍事機密のために禁止されているのだろうから、それも自粛した。
そうして、軍港も見た後は、ここに来る時とは違う道を通って、ヴェルハルン侯爵邸へと向かった。
令嬢のご希望で侯爵領観光でした。
従者の予想に反して、何気にのどかな一日でした。
・・・ここまでは。




