11.もう一人の騎士2
オティーリエが転移した先は、狙い通りにベディヴィアの操縦席の中。
真っ暗で何もない空間に転移したオティーリエだけれど、一番安全な操縦室のど真ん中に転移しただけに、当然、足元は宙に浮いていて。
ほんの少し落下した後、柔らかい場所に着地して尻もちをついた。
「いたたた。
とりあえず、無事に転移は出来たかな?」
オティーリエはちょっと口に出して言ってみた。
目の前も見えないくらいの真っ暗闇でちょっと怖かったから。
でも、アーサーで一度経験しているので、あの時ほどの恐怖はない。
『このような所にご足労いただきありがとうございます、我が王の主、我が王。
ですが、申し訳ございません、すでに操縦室を照らす力も残っておらず、ご不便をおかけすることをお許し下さい。』
ベディヴィアからの申し訳なさそうな声がオティーリエの脳裏に響く。
『お気になさらないで下さい。
それよりもメンテナンスもなく、2000年近くもの長きをよく耐えてくれました。』
『・・・はい。
ありがたきお言葉にございます。』
『アーサー、元に戻って下さい。』
オティーリエがアーサーに言うと、アーサーは丸い操縦珠に戻った。
ころんとオティーリエの両手の中に納まると、薄明るい灯りで周囲を照らした。
それでようやく周りが見えるようになったオティーリエは、周囲を見回した。
今、オティーリエがいるのは操縦席の背もたれ。
ベディヴィアは横たわっているので、操縦室も当然、正面が上になる状態。
その状態でオティーリエはなんとか脚を上にして操縦席に座ると、ベディヴィアの操縦珠に触れた。
『ベディヴィア、今、貴卿の主はどなたですか?』
『現在、我が主はクレルアンシア・ヒカサナンド・ユーリ・ベスチャリス様です。
すでにご存命ではありませんが、登録は抹消されておりません。』
『分かりました。
今はそのままの方がいいでしょう。
アーサー、よろしいですか?』
『いつでも大丈夫だ。』
『ベディヴィアはよろしいでしょうか?』
『はい。
よろしくお願いいたします。』
二人から答えが返って来たところで、オティーリエはまずベディヴィアの操縦珠を外した。
次に、アーサーの操縦珠をベディヴィアの操縦珠のあった所に嵌め込む。
オティーリエはベディヴィアの操縦珠をお腹の上に乗せると、軽く身を乗り出して両手でアーサーの操縦珠をぎゅっと握った。
『いきますよ、アーサー。』
『心得た。』
オティーリエは目を瞑って、アーサーの操縦珠に向かって全力で魔力を流し始めた。
最初こそ特に変化はなかったものの、徐々に操縦席の中が明るくなってくる。
操縦席にいるオティーリエには分からないが、その骨格、動力、外装も徐々に元の形を取り戻しているところだろう。
『もういいだろう。』
オティーリエが時も忘れて魔力を送ることに集中していると、アーサーから声がかかった。
その声にハッとして、両目を開けた。
それでも、どこかぼうっとしていて、目は開けたものの焦点が定まらずにそのまま魔力を送り続ける。
『もういいぞ、我が主。』
『あ、はい。』
アーサーが改めて注意をすると、ようやくオティーリエは魔力を送るのを止めた。
意識が戻ってきて、視点が定まる。
操縦席の中は普通に見えるほどの明るさがあって、外の様子も操縦席の壁に映されている。
映されている、と言っても土と根っこに覆われているので、何も見えないに等しいけれど。
『これでベディヴィアは大丈夫ですか?』
オティーリエは全身から力を抜いて、どさっと背もたれに身体をもたれさせた。
上向きに椅子に座っているので、脚は開かないように気を付けて。
全身が気だるく、軽い頭痛もするので右腕を額に乗せた。
この頭痛と気だるさの原因は、一度に魔力を使いすぎたせい。
だけど、ベディヴィアの修復は出来たことで、オティーリエには達成感もあって、悪い気分ではなかった。
それに、実際のところ、魔力はすぐに回復出来る。
周囲にある魔力を、少しづつ分けてもらえばいい。
オティーリエは目を閉じて祈るように胸の前で両手を合わせると、周囲の魔力を探った。
今回は周囲と言っても、ベディヴィアは対象から外して、その周りの土や木から。
これは、母親のセレスティアから教わった魔力の回復方法。
普段、魔法を使う機会がないので、基本的には使うことはないけれど、母親の教えはしっかりオティーリエに根付いている。
『大丈夫だ。
すぐにでも動けるだろう。』
『それでは、ベディヴィアに確認していただきましょうか。
少しお待ちください。』
消費した魔力が多かったので、オティーリエはかなり広い範囲から魔力を分けてもらった。
その分、少し時間はかかったけれど、これで魔力は万全。
一気に使って一気に回復したから、頭痛とだるさは残るものの、こればかりは仕方がない。
魔力を分けてくれた土や木への感謝を心の中で呟くと、オティーリエは目を開けた。
それから、アーサーの操縦珠をベディヴィアの操縦席から取り外して、お腹の上のベディヴィアの操縦珠を操縦席に戻した。
『お待たせしました。
ベディヴィア、状態を確認して下さい。』
『万全です。
我が王の主、我が王。
再び仕える機会をいただき、幾百、幾千、いえ、幾万もの言葉をもってしても、この感謝を伝えきれません・・・!』
ベディヴィアから、感謝の念が溢れるほどに伝わってくる。
アーサーはオティーリエのお腹の上でリスに戻った。
戻った、というのは少し語弊があるけれど、オティーリエの感覚では、すでにアーサーはリスが通常状態である。
『万全でしたらなによりです。
ただ、機会が訪れるかは分かりません。
貴方方がご活躍されていた時とは時代が変わりました。
今は魔獣も姿を消していまして、騎士がご活躍する場面はありません。
ですので、現状はここで待機いただくことになります。』
『それは残念・・・いえ、よかったと言うべきでしょうか。』
先ほどとは打って変わって、心底残念という気持ちがベディヴィアから伝わってきた。
『機会が訪れた際にはよろしくお願いします。
それまでは、よろしければご同行されますか?』
騎士が従うのはその主。
それから、王であるアーサー。
だから、主が亡くなってしまっている今のベディヴィアは、アーサーからの言葉でのみ動くことが出来る。
そして、アーサー同様、ベディヴィアも、と言うより、騎士は全て操縦珠に変身機能が付いていて、本体から離れて行動出来る。
だからこそ、この質問。
『よろしいのですか?
ぜひ、お願いします。』
ベディヴィアから、再び感謝の念が返って来た。
感情の浮き沈みが激しい性格なのかもしれない。
そういえば、騎士の性格付けってどうやったのだろう?と、オティーリエはふと思った。
『アーサー、よろしいでしょうか?』
『是非もない。
ベディヴィア、これより私と共に我が主に仕えよ。』
『拝命致します。
重ね重ね、お二方には感謝の言葉もありません。』
感謝と共に真摯な気持ちが伝わって来た。
アーサーとオティーリエの前で跪いて頭を垂れている様子が目に浮かぶようだ。
『それでは、ベディヴィアがどのような姿で同行されるのか、決める必要がありますね。
ベディヴィアにご希望はありますか?』
『待て、我が主。
私の時にその問はなかったように思うが。』
オティーリエがベディヴィアに質問すると、アーサーが割り込んで来た。
確かにこういう質問はしていない。
『あの時は話の流れで、アーサーからご質問いただいたためですよ。』
『確かにそうだが。
ならば、私に希望があれば、改めてそれを聞き入れてもらえるのか?』
『はい、もちろんです。
そうおっしゃるということは、その姿は気に入っていただけていなかったのですね。』
オティーリエが申し訳ございません、と続けようとしたところで、アーサーがそれを遮った。
『ああ、いや、我が主から与えられたこの姿は気に入っている。
少し気になったので確認したまでだ。』
『でしたら、よかったです。
その愛らしい姿にはいつも癒していただいていますので。』
『いや、だから、その愛らしいというのは・・・。
まあ、構わぬのだが。』
『お二方は、とてもよい関係を築かれていらっしゃるのですね。』
ベディヴィアの感想に、オティーリエは微笑み、アーサーは黙り込んだ。
『はい、そうなのです。
それで、ベディヴィアはどのような姿がよろしいですか?』
『特に希望はありません。』
『動物以外がよいのではないか?
ただでさえ、我が主は私を連れていることで目立っているようだが。
城にもこれ以上、動物を連れ込めないであろう?』
『確かにその通りですね。
とは言いましても、装飾品も常に同じ物を付けてはいられませんし。』
アーサーと同じく可愛い動物がいいかなと漠然と考えていたオティーリエだったものの、アーサーの意見ももっともなので、それに賛成した。
ただ、オティーリエの立場上、装飾品は毎日変えなければならないので、装飾品として傍にいてもらうことも出来ない。
オティーリエは腕を組んでうーん、と唸りながら考え込んだ。
アーサーとベディヴィアからも意見が出てこない。
『ベディヴィアについてはいったん後回しにすることにして、我が主に詫びておきたいことがある。』
『なんでしょう?』
沈黙を破って、アーサーがオティーリエに言った。
後回しにされたベディヴィアから、どことなく哀愁が漂ってくる。
『先ほどのヨハンとの会話だ。
[広域戦況把握]を使用すると、我が主に負担をかけているのだな。
把握していなかった。
負担をかけて申し訳ない。』
アーサーに言われて、オティーリエは先ほど、余裕がなくてアーサーに気が回らず、ヨハンに話してしまったことを悔やんだ。
これは、アーサーに言う必要はないと決めたことだったのに。
『こちらこそ、アーサーのことを気遣わずに話してしまって申し訳ございません。
アーサーの力を使う者として背負うべき覚悟だと思っていますので、アーサーが気にされる必要はありませんよ。』
『だが・・・いや、言うまい。
了解した。
我が主の意思を尊重する。』
『ありがとう、アーサー。』
アーサーは何か言いたそうだったが、それを飲み込んだ。
それで、オティーリエは場の雰囲気を変えようとパチンと手を打ち合わせた。
アーサーが声をかけてくれたおかげで、思いついたこともあるし。
『それで、ベディヴィアについてですが。
アーサーの首飾りはどうでしょう?
これなら、つけっぱなしにしても問題ありませんよ。』
『いや、それは。』
『私は構いません。
むしろ、光栄です。
・・・我が王、発言が被ってしまい申し訳ございません。』
アーサーが何か言おうとしたのに被さるようにベディヴィアが発言した。
ベディヴィアは謝罪しているものの、どことなくわざと被せたようにも思える。
しかし、オティーリエもそのベディヴィアに乗っかった。
『アーサーもそれでよろしいですか?』
『・・・分かった。
確かにそれが一番よさそうだ。』
いささか憮然とした様子ながら、アーサーも了承した。
『それでは、ベディヴィア、お願いします。』
オティーリエがベディヴィアの操縦珠を取り外して両手で持つ。
『ベディヴィア、私の首飾りになれ。』
アーサーが命令すると、ベディヴィアの操縦珠が姿を変えて小さな輪っかになって、オティーリエの両手に収まった。
オティーリエが、その輪をアーサーの首にかける。
サイズピッタリ。
似合っているかと言われると、アーサーはあくまでリスなのでちょっと微妙な感じはするけれど。
『これで決まりですね。
それでは、ヨハンも待っていますし、そろそろ外に戻りましょう。』
オティーリエは二人に声をかけると、外への転移の準備を始めた。
もう一人の騎士との邂逅。
2000年の時の積み重ねを、令嬢とリスが力を合わせて修復します。




