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10.もう一人の騎士1

騎士の眠る森は、大きな木が生い茂り、その葉っぱによって日の光があまり入らない鬱蒼とした雰囲気の森だった。

ヨハンはどこに行けばいいのか分かっているので、時々方位磁石で進行方向を確認しながら、オティーリエを先導して木々の間を抜けて歩いていた。

オティーリエが少しでも歩きやすいように、足元の背の高い草などを踏んで道を作りつつ。

そうして歩いていると、オティーリエが前向きにかけているナップザックから顔を出していたアーサーが、鼻をひくひくさせて周囲を見回し始めた。


『アーサー、どうかしましたか?』


オティーリエはアーサーの様子に、少し訝し気な表情をしながら尋ねた。


『ベディヴィアの気配がする。

 我が主よ、脇道に逸れてもよいか?』


ベディヴィア、というのはアーサーと同じ騎士の一体で、最初に制作された3騎の騎士のうちの1騎。


『気配のする場所は分かりますか?』

『無論だ。

 私が案内する。』

『分かりました。

 ヨハンに提案してみます。』

『頼む。』


「お兄ちゃん、ちょっといい?」


オティーリエはアーサーとの会話を追えると、先を歩くヨハンの背中に声をかけた。

森に入ってから、ずっと見続けている大きくて広い背中。

6年前はまだ少年だったヨハンも、オティーリエの知らない間に大人になっていたことを感じさせた。


「どうした?」


ヨハンが草をかきわける手と足を止めて、顔だけオティーリエの方に振り返った。


「アーサーが、仲間の気配を感じるって。

 確認したいらしいんだけど、寄り道してもいい?」

「アーサーの仲間?」


ヨハンは一瞬、何を言われたのか分からなかったけれど、すぐに理解した。


「って・・・え、近くに別の騎士がいるのか?」

「うん、たぶん。」


アーサー以外に騎士がまだいるのだとしたら、それは最重要の確認事項だ。

ヨハンは考えるまでもなく結論を出した。


「分かった、案内してくれ。」


オティーリエが返事を返す前に、アーサーがナップザックから飛び出した。

アーサーは今まで進んでいた方向から、少し右手に逸れるところで止まって、じっと二人を見つめる。

オティーリエとヨハンは顔を見合わせると頷き合って、アーサーに導かれるままに森の奥へと入って行った。


 ◇ ◇ ◇


アーサーが二人を案内してきた場所は、他の場所と変わらない鬱蒼とした木々が立ち並ぶ場所。


『ここだ。』


「ここだって。」


アーサーがオティーリエに言うと、オティーリエがヨハンに伝えた。


「うーん、特に変わったところはないな。」

「そうだね。

 でも、アーサーが言うからには間違いないと思うんだけど。

 ちょっと待ってね。」


オティーリエがヨハンとの話を止めて、アーサーとの会話に集中する。


『アーサー、ベディヴィアはここにいるのですか?』

『この地下だ。

 おそらく、横たわった状態で待機モードに入った後、長い年月の間に土や草木が堆積して覆い隠してしまったのだろう。』

『そうなのですね。

 ベディヴィアとは会話出来ますか?』

『可能だ。

 我が主はベディヴィアの位置が分からないであろう。

 私が中継する。』

『お初にお目にかかります、我らが王の主よ。

 私の名はベディヴィア。

 我らが王に仕える騎士の一人です。』


アーサーとの念話に、別の意思が混じって来た。

それがベディヴィアなのだろう。

なんとなくのイメージだけど、オティーリエは物静かで柔らかな印象を受けた。

我らが王というのは、もちろんアーサーのこと。

騎士は12騎作られた。

アーサーが騎士達の王として君臨し、アーサー以外の11騎は王であるアーサーに仕える騎士だ。


『最期に我らが王とその主にお会いできるとは幸運でした。

 それも、このようにお美しい方が我らが王の主となられるとは、万感の念でいっぱいです。

 これで思い残すことはございません。』

『お待ち下さい。

 せっかくお会い出来たのです。

 これで最期にするつもりはありません。』


すでに覚悟が出来ていたのだろう。

ベディヴィアが最期を迎えるかのような発言をしたことに、オティーリエは待ったをかけた。


『ですが、私の身体は我らが王と違い、自己修復能力を持ちませんので、すでに朽ちかけています。

 朽ち果てるまで、もうほとんど時間は残っていないでしょう。』

『ここにアーサーがいます。

 この意味は分かりますね。』


騎士の操縦珠は取り外し可能で、騎士間で取り換えも可能。

そして、騎体に付与された能力もあるが、基本的に騎士の能力はその操縦珠が司っている。

アーサーが20世紀もの間、騎体が全く朽ちることもなく正常な状態を保っていられたのは、自己修復能力を持っていたおかげ。

この自己修復能力はアーサーにしか与えられていない。

しかし、ベディヴィアにアーサーの操縦珠を取り付ければ、アーサーがベディヴィアの騎体に自己修復をかけることが出来る。


『そんな。

 我らが王が私の身体を使うなど恐れ多いことです。』

『いや、私としても其方がただ朽ちるのは惜しい。

 一度、私にその身を委ねよ。』


辞退しようとするベディヴィアに、アーサーが命じる。

騎士にとって王の命令は絶対。


『いえ、ですが。

 破損状況は我らが王の力を持ってしても、修復可能な域を超えています。』


それでもベディヴィアは固辞した。

しかし。


『我が主を信じよ、ベディヴィア。』


アーサーの一言に、ベディヴィアが息を飲んだ気配が感じられた。

そして、その一言が決め手になったようで、ベディヴィアは観念したように答えた。


『分かりました、我らが王の主、我らが王。

 お二方のご温情に深く感謝申し上げます。』


ベディヴィアが受け入れてくれたことに、オティーリエはホッと胸を撫でおろした。


『それでは、ベディヴィア。

 貴方の操縦席への正確な座標と内部の形状を教えて下さい。』

『分かりました。』


オティーリエが言うと、ベディヴィアがイメージを送って来た。

今、ベディヴィアはオティーリエの直下、つまり地下65フィートほどの所にいる。

操縦席はアーサーより少し大きいようだ。


「お兄ちゃん、わたし、ちょっとベディヴィアに会って来るね。」


すぐ脇の木にもたれかかって腕を組んでオティーリエを見ていたヨハンに、オティーリエが声をかけた。


「ベディヴィアってのが、アーサーの仲間の名前か?」

「うん。

 地下にいる・・・と言うか、埋まってるみたい。

 ちょっとベディヴィアの所まで跳ぶから姿が消えたように思うかもしれないけど、大丈夫だから心配しないでね。

 すぐ終わると思うから、少しだけ待ってて。」


ヨハンが腕を解いて、もたれていた木から身体を起こしてオティーリエに近寄ってきた。

少し不機嫌そう。


「それだけ不穏な単語を並べ立てて、よく心配しないでなんて言えるな。

 跳ぶってどういうことだ?」

「転移。」

「転移って、魔法陣でするものじゃないのか?」


ヨハンはオティーリエの前で止まると、腰に手を当てて尋ねる。


「魔法陣でも出来るけど、なしでも出来るよ。

 座標の指定に失敗すると大事故だから、簡単には使えないけど。」

「そうなのか。

 あ、いや、そうじゃなくて。

 大事故って、どんなことが起こるんだ?」

「今回のケースだと、土の中に生き埋めになったりとかかな?」

「そんな危険なことさせるわけないだろ。」


ヨハンは頭痛でもするかのように手をこめかみにあてた。


「今回は座標が分かってるから大丈夫。

 安心して。」

「生き埋めの危険があるんだろ。

 そんな気楽に言うな。」

「絶対に大丈夫だから。

 ほら、アーサーも大丈夫って。」


オティーリエはアーサーを両手で持ってぐいっとヨハンの鼻先に突き出した。

アーサーがこくりと頷く。


「いや、アーサーはこの際、関係ない。」


あくまで譲らないヨハンに、オティーリエはアーサーを肩に戻して、ヨハンに対抗して両手を腰にあてて強気に言い出した。


「うーん、じゃあ、理詰めでいくね。

 騎士の所在が確認できて、さらに動かせるって分かるのは重要な情報でしょ?

 今から、それを確認してくるの。

 もっと言うと、その騎士はもう寿命が来てるから、延命処置をしてくるつもり。

 これでどう?

 お兄ちゃん。」


こう言われてしまっては、さすがにヨハンもオティーリエの言い分は認めざるを得ない。

じっとオティーリエを見下ろしたヨハンが、はあ、と大きなため息をついた。


「本当に大丈夫なんだな?」

「うん、絶対。」


呑気に答えるオティーリエからは、緊張感は全く伝わってこない。

ヨハンを安心させるため、というわけではなく、本当に大丈夫だと疑っていない様子だ。

ヨハンはオティーリエに背中を向けると、再び木にもたれて腕を組んだ。

それから、オティーリエをまっすぐに見据えながら言った。


「分かった。

 お前を信じるよ。

 出来るだけ早く帰ってこい。」


その真剣な表情に、オティーリエはにっこりと笑顔を返した。


「うん。

 じゃあ、ちょっと行ってくるね。」


オティーリエはアーサーを抱きかかえると、ヨハンの方を向いたまま、目を瞑って自分の全身とアーサーに満遍なく魔力を満たし始めた。

オティーリエがこれから使おうとしている魔法は、オティーリエがもともと知っていた、全て言葉で表現して発動させる魔法ではない。

アーサーに流し込まれた知識の中にあった、アルビオン皇国の魔法。

魔法陣は魔法の言葉をシンボル化した図を描いて作られる。

なら、図や記号ではなく、言葉でシンボル化することも出来るのではないかと考えた魔法使いがいた。

そうして研究、開発されたのが、このシンボル化した言葉を用いた魔法。

ただ、シンボル化するということは、定型化するということでもあって、決まった機能しか持たせられないので、アルビオン皇国ではそれまでの言葉で表現する魔法とシンボル化した魔法は、適材適所で使い分けられていた。


(Telepor)(tation)準備(Ready)

 (Teleporta)(tion for)、オティーリエ・セラスティア・ロートリンデおよび(and)アーサー。

 座標(Coordinate)設定(Set)、X-0.1、Y+0.05、Z-19.26。

 (Teleporta)(tion Start)。】


ヨハンが見ている前で、オティーリエの姿が一瞬揺らいだかと思うと、次の瞬間にはその姿が消えていた。

おもむろに騎士発見。

ちょっと脇道にそれて、その騎士に会いに行きます。

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