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8.襲撃

ニースは長閑な漁師町。

鉄道の駅は小さな無人駅で、町の外れにあった。

無人駅なので売店などはなく、近くに人もいない。

おかげで騎士の眠る森の由来を尋ねる相手も見当たらない。

とはいえ、わざわざそれだけのために町の方へ行くくらいなら先を急いだ方がいいので、オティーリエとヨハンは駅を出ると、すぐに騎士の眠る森へと向かった。

騎士の眠る森への道は、とりあえず最初は鉄道の路線と並走するように敷設されている大きな街道沿いに東に向かって歩いて行く。


もちろん、ヨハンは何も言わずに自然な流れで街道側を歩き、車の往来はほとんどないとはいえ、車の接触事故など起こらないようにガードする。


・・・いや、本当に。

このお嬢様、海と町の方を見ていたかと思うと、次の瞬間にはヨハンの向こう側を見ようと街道側に身を乗り出すように覗き込み始めるので、ヨハンはそれを首根っこを掴んで引き戻したりしないといけなかったのだった。


そんな、(主にヨハンにとって)慌ただしい道中。

もうすぐ脇道に入る所で、事は起こった。


 ◇ ◇ ◇


「危ない!」


オティーリエとヨハン、二人の後方から鋭い声が飛んできた。

それと同時に銃声も聞こえてくる。

その声と音に反応したヨハンが、ちょうど首根っこを捕まえたオティーリエを抱え込むと、庇うように抱き上げて、街道とは反対方向に勢いよく跳んだ。

次の瞬間、ヨハンの身体があった所を銃弾が飛んでいく。

鍛えているヨハンにとって、オティーリエの体重などないに等しい。

と言うより、それで平気なように鍛えてある。


『アーサー、襲撃です。

 状況を伝えて下さい。』


オティーリエはヨハンに抱きかかえられたまま、アーサーに話しかけていた。

アーサーは指揮官機。

戦況の把握に分析、それから作戦の指揮が本領だ。

その力の一つとして、[広域戦況把握]という能力がある。

アーサーを中心に広範囲の状況を把握する能力で、リアルタイムにその範囲内にある物全てを把握出来る。

本体なら一国家規模の広範囲の状況を把握出来るけれど、今は操縦珠のみの状態なので本体ほどの力はなく、直径約3300フィートほどに留まるけれど、今はそれで十分。


『心得た。』


アーサーが周囲の状況を走査して、その結果をそのままオティーリエに送る。

オティーリエの脳裏に浮かぶのは、箱庭のように周囲を小さくした風景。

オティーリエはそのイメージで、さっと状況を把握した。


アーサーから送られてきた箱庭のイメージの中には人間が6人いて、うち2人はオティーリエとヨハン、その後方から車が1台走ってきていて、3人が乗っている。

そのさらに後方に人間が1人いて、その人物が注意の声をあげた人物だろう。


オティーリエがそこまで確認したところで、次の銃声。

ヨハンは着地すると、いったん、そこで足を止めた。

その横、このままさらにジャンプしていたら当たっていた位置を銃弾が抜けていく。


さらに遠くから銃声がしたかと思うと、パン!という大きな破裂音がした。

破裂音に続いて、「うわああああ!」という大きな悲鳴と共に、キキーッという大きなブレーキがした。

それから、大きな物が転がる音が続いたかと思うと、少しして静かになった。


アーサーからのイメージの中では、車の後輪が破裂してバランスを崩し、横転した様子が見えた。

オティーリエがヨハンの肩越しに後方を確認すると、アーサーから送られてきたイメージの通り、車が横転しているのが見える。


それから、車の向こう側、銃を手に車に向かって駆け寄って行く人物。

状況からして、車からヨハンを狙って発砲され、駆け寄って来た人物が危険を知らせてくれて、車のタイヤを打ち抜いたのだろう。


「ヨハン、キリヤの応援を。

 車の中に3人。

 半径3300フィート内に他には何もありません。」

「了解いたしました。」


襲撃があった瞬間、一瞬で二人の関係は兄妹から主従に戻った。

この状況なので、説明は最低限。


ヨハンは、その指示に従ってオティーリエをその場に下ろすと、懐から銃を取り出して車の方に駆け寄って行った。

ヨハンにとって、主として命令を下す時のオティーリエの指示は絶対。

そして、主従としての関係以上に、その判断力に全幅の信頼を置いている。


ヨハンは走りながら車の状況を把握しようと注視した。

転んだ拍子に扉が開かなくなったのだろう。

ひっくり返った車の窓から、襲撃犯が1人、出てこようとしている。

オティーリエは3人と言っていたので、残りの2人は出てこれないか、反対側から出ているかのどちらか。


キリヤはもうすぐ車に辿り着く。

キリヤとはヨハンに危険を知らせ、車のタイヤを狙撃した人物のこと。

その素性はホルトノムル侯爵領の近衛騎士団に所属する騎士。

近衛騎士団はホルトノムル城内の警備と要人警護を任務とする騎士団で、今回、オティーリエにも秘密でオティーリエの警護に就いていたのだった。


そのキリヤは車の傍まで来ると、這い出てこようとしていた襲撃犯が気付いて銃を向ける前にその銃を蹴り飛ばし、そのまま首の後ろに手刀を落として気絶させた。


「下、気を付けろ!」


ヨハンからキリヤに注意が飛ぶのと同時に、銃声がした。

その銃声は、ヨハンが発砲した音。

車の反対側から這い出たらしい襲撃犯が車の向こう側で銃を構えたのが見えたので、ヨハンがその銃を狙い撃った。

狙いは違わず、襲撃犯の手から銃が弾け飛ぶ。


そして、その足元、車の中から銃声がした。

車に残ったらしい襲撃犯からの銃撃。


しかし、ちょうどキリヤはヨハンの声に反応して横っ飛びにジャンプしたので、狙いは外れた。

そのキリヤを追って、さらに銃声が響く。


着地と同時にジャンプした勢いを利用して前転したキリヤはその銃撃も躱すと、前転しながら車の下の状況を見極めて、前転し終えると同時に襲撃犯に応射する。

車の中にいるので、オティーリエには見えないという計算込み。


ひっくり返った車の中という身動きの取れない空間にいた襲撃犯は、キリヤの射撃を躱せるはずもなく、頭を撃ち抜かれた。


キリヤが車の中の襲撃犯に対応している間に、車の近くまで来たヨハンは車の向こう側から銃撃してきた襲撃犯に対応していた。


その襲撃犯はヨハンに銃を弾き飛ばされた後、かろうじて手の痛みを堪えて予備の銃を取り出そうとしたが、そこに車を回り込む手間も惜しんだヨハンが車の上に飛び乗り、そのまま車の上から飛び掛かった。

全体重に加えて飛び降りる勢いもまともに受けた襲撃犯は堪らず地面に倒れ、ヨハンは馬乗りになって襲撃犯を抑え込んだ。

両腕を頭の上で重ねると片手で押さえている間に襲撃犯のズボンのベルトを抜き取り、そのベルトで両手をきつく縛る。

さらに身動きできないように踏みつけながら立ち上がると、ズボンを脱がせて、ズボンで両足も縛った。

それから襲撃犯を引きずりながら車を回り込んで、同じように気絶させた襲撃犯を縛り上げているキリヤに渡す。


ヨハンはそこまで済ませると、後のことはキリヤに任せてオティーリエの方に駆け戻った。


 ◇ ◇ ◇


オティーリエはアーサーに周囲の状況を中継してもらいながら、ヨハンに下ろしてもらった所から一歩も動かないでヨハンとキリヤを待っていた。

自分を護るために二人が動いているのに、近づいて自ら自分を危険に晒しては意味がないから。


オティーリエがアーサーの[広域戦況把握]で周囲の状況を見ながら待っていると、突然、強烈な不快感に襲われた。

他の誰かが意識の中に入って来るような感覚。

いや、入って来るような、ではなく入って来た。


それはもう、生理的な嫌悪感、拒絶。

オティーリエにとって初めてのその感覚は、簡単には耐えられそうになかった。


アーサーの[広域戦況把握]は、物理的な存在だけでなく、魔力的、精神的な存在までも取り込み、全てを主に伝える。


つまり、襲撃犯の一人が射殺されたその瞬間。

身体を離れた魂が消えてなくなるその一瞬。


その痛み、怨嗟、悲嘆、後悔、生きてきた軌跡の走馬灯。

それら全てが、オティーリエに流れ込んで来たのだった。


彼の名は、オティーリエの従者と同じ、ヨハン。

オリベール王国のカラディン領の出身。

父親が早くに亡くなり、母親に育ててもらったらしい。

それでも、親子で手を取り合って幸せに暮らし、成長してからは母親に楽をしてもらいたいと王国軍に入隊。

働きが認められて領主の私設軍に引き抜かれ、懸命に働いていた。

そんなある日に任命された他領主の娘の誘拐という任務。

成功しても失敗してもいい結果にならない最悪の任務。

その任務に任命された不幸を嘆きながらも、仕方なく任務につき、この結末に。


オティーリエは、この人物の人生に、それから、彼を取り巻く人々に、胸が締め付けられる思いがした。


この、オティーリエの中に入って来た人はどうしようもない状況に巻き込まれて不本意に人生の幕を閉じた。


だから。


この不快感は苦しいけれど。


この、自分の中に入って来た彼を。


拒絶するのではなく、受け入れようと。


自分に関わったために亡くなった命を、大切に覚えておこうと。

そう、心に決めた。


その気持ち悪さは、一瞬で通り過ぎた。

オティーリエにとってはとても長い時間に感じられたけれど、実際にはほんの一瞬。


オティーリエは気持ち悪さが過ぎ去り、閉じていた目を開くと、地面が近くに見えた。

それで気が付くと、いつの間にか右手で口元を覆い、左手で胸元を押さえ、跪いて下を向いていたようだ。

まだ心の中は落ち着いていないけれど、ヨハン達が心配しないように、まずは立ち上がった。

だけど、心を落ち着かせようと、アーサーの入ったナップザックを前掛けにかけ直して、ぎゅっと抱きしめた。


『大丈夫か、我が主。

 ずいぶんと憔悴しているのが感じられるが。』

『大丈夫です。

 少しの間、このままでいさせて下さい。』


アーサーは、この能力が主に与える影響のことを知らない。

アーサーから流し込まれた知識の中にも、このことはなかった。

過去の主も、アーサーに黙っていたのだろう。

わざわざ、アーサーに気を使わせる必要はないのだから。


 ◇ ◇ ◇


「お嬢様。」


オティーリエがしばらくそうしていると、いつの間にかヨハンが傍にいた。

その呼びかけに、下を向いていたオティーリエが顔を上げてヨハンを見る。


「お嬢様、顔色が真っ白です。

 何があったのですか?」


ヨハンがオティーリエの前で姿勢を正して話しかけた。

どこか焦った様子なのは、オティーリエの顔色があまりにも悪いせいだろう。

今、オティーリエの顔はまったく血の気がなく、真っ青を通り越して真っ白だ。


「いえ、何でもありません。

 大丈夫です。

 ありがとう、ヨハン。」


オティーリエは少し強張った微笑を浮かべてヨハンに答えると、車の方へと歩き出した。

しかし、その道を塞ぐように、すっとヨハンが立ち位置を変える。


「お嬢様。」


説明しようとしたヨハンを、オティーリエが片手を上げて止めた。


「ヨハン、あそこに何があるかは存じています。

 お気遣いいただいていることも分かっています。

 ですけれど、ここで行われたこととその結末は、全てこの目で見ておかなければなりません。」


そう言うと、オティーリエは再び車の方に歩き出した。

ヨハンは道を開けるように脇に退いて礼をすると、今度は止めたりせず、オティーリエが横を通り過ぎたところで頭を上げ、その一歩後ろを付いて行く。


『アーサー、ありがとう。

 もう大丈夫です。』

『了解した。』


歩きながら、アーサーに[広域戦況把握]の解除を告げる。

長時間使い続けるのは、さすがに操縦珠のみのアーサーでは荷が重い。


「キリヤ。」


オティーリエは車の傍に来ると、縛られた襲撃犯2人を車の窓枠に括り付けるために背中を向けているキリヤに声をかけた。

声をかけられたキリヤは振り向くと、途端に背筋をピンと伸ばして敬礼した。

その横で、ヨハンがキリヤに代わって襲撃犯を窓枠に括り付ける作業を始める。


「あ、あの。」


あわあわと言葉にならない言葉を呟くキリヤ。

キリヤにとって、オティーリエは声をかけてもらうことすらおこがましい存在だ。

緊張するキリヤに、オティーリエは微笑を浮かべて声をかけた。


「ありがとう存じます、キリヤ。

 見事な働きでした。

 無事に切り抜けることが出来たのは貴卿のおかげです。」

「は、はい!

 もったいないお言葉にございます。

 わずかでもお役に立てたのなら光栄にございます。」


顔を赤らめて必死に言うキリヤに、オティーリエはほんの少しだけ笑みを深めた。

そのわずかな変化に、キリヤはさらに顔を赤らめる。


「あ、あの、私をご存じなのですか?」


思わず言ってしまったキリヤは、自分の発言に驚いてパッと右手で自分の口を塞ぐ。


「もちろんです、近衛騎士団のキリヤ・ブーランジュ。

 いつも誠実に、緊張感を持って任務に就いて下さっていますね。

 とてもありがたいことだと思っています。」

「あ、は、ありがとうございます!」


キリヤは緊張でそれ以上、言葉が出てこなくなってしまっていた。

そんなキリヤの様子に、オティーリエも気持ちが和んで、先ほどまでの重たい気持ちも少し軽くなった。


「キリヤ、後を頼みます。

 お嬢様と私は先を急がないといけませんので。」


襲撃犯を括り付けたヨハンが立ち上がってオティーリエとキリヤに声をかけた。


「はっ!

 後はお任せください。」


キリヤが今度はヨハンに向かって敬礼する。


「では、お嬢様、参りましょう。」

「いいえ、まだ終わっていません。」


ヨハンがオティーリエに声をかけると、オティーリエは断って車に近づいた。


「あ、お嬢様。」


キリヤがオティーリエに声をかけようとしたのを、ヨハンがキリヤの前に腕を差し伸べて止める。

オティーリエはキリヤに振り向いて、安心させるように笑みを浮かべた後、車を見つめた。


中から流れている夥しい血の痕。

オティーリエはその痕の先を見るためにしゃがんで車の中を覗き込む。

そこには、頭から脳漿が飛び散り、血を垂れ流した死体があった。

オティーリエはじっとその死体を見つめ、脳裏に焼き付けてから、立ち上がった。

それから、キリヤの方を見る。


「キリヤ、ご面倒をおかけしますけれど、後はよろしくお願いします。」

「はっ!」


オティーリエはキリヤに声をかけると、踵を返して歩き出した。

それに一歩遅れてヨハンが続く。

二人の姿が見えなくなるまで、キリヤは敬礼をして見送った。

いきなり襲撃を受けます。

密に付いてきていた護衛と、従者とリスの活躍で無事に切り抜けました。

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