4.白き騎士
ヨハンは第一騎士団に合流してからも、指揮車の横を魔獣の方を向いて後ろに歩きながら、しきりに中央広場を気にしていた。
オティーリエが忽然と姿を消したことがその最も大きな理由だが、それとは別にもう一つ。
状況が動かないのである。
魔獣は相変わらず、西大通をゆっくりと中央広場に向かって歩いているだけだ。
騎士達もそれを取り囲んで魔獣に合わせて移動しているだけで、特に手を出していない。
なので、ヨハンは最低限そちらに注意を払いつつ、中央広場の方に視線を向けるのだった。
「どうした、ヨハン。
中央広場に何かあるのか?」
ウィリアムが指揮車の助手席から、そんなヨハンに声をかけた。
こちらは魔獣から一時も目を離さない。
「いえ、お気になさらず。」
ヨハンも、まさか主が姿を消したなどと言うことも出来ず、簡潔に誤魔化す。
魔獣はすでに西大通りを3/4ほど進んでおり、中央広場に着くまでもう少しだ。
上空には滑走路に戻っていた4機の飛行機が、その胴体下に爆弾を抱えて戻って来ている。
残っていた1機も4機が戻って来たのに合わせて滑走路に戻り、爆弾を抱えて戻って来ていて、現在は5機で編隊を組んで上空を旋回している。
それから、滑走路に行っていた小姓もすでに指揮車の横に戻って来ていた。
「・・・そうか。」
話す気が無いのだと理解したウィリアムは、それ以上追及しなかった。
ヨハンが魔獣と中央広場に視線を行ったり来たりさせている中、ふと、その目にきらりとした光が飛び込んできた。
その光の場所を見て見ると、どうやらカメラを構えた新聞記者らしい人物が、狭い路地から魔獣をカメラに収めようとしているのが目に入った。
ちなみに、先ほどのオリバーとは別人だ。
「ウィリアム卿。」
ヨハンが新聞記者を見たままウィリアムに声をかけると、ウィリアムはその声の調子から視線をヨハンに移し、それからその視線の先にいる新聞記者を見やった。
思わず一つ、溜め息をつく。
「おい。」
ウィリアムは小姓に一声かけると、新聞記者に向かって顎をしゃくる。
小姓はそれで指示を理解し、新聞記者をその場から避難させるために駈け寄って行った。
「職業意識は大いに結構だが、危機管理の意識が足りんな。」
ウィリアムは再び、魔獣へと視線を戻す。
ヨハンは小姓と新聞記者が揉めている様子を一つ確認した後、中央広場へと視線を向けた。
その視線の先。
先ほどまでは何もなかった空間に。
巨大な白い騎士が立っていた。
身長は16mほどもあろうか。
頭頂部から後ろ向きに突き立てられたように紅い房飾りが飾られ。
両肩からは紅い裏地の豪奢な白いマントが翻り。
金色の紋様で美しく彩られた白い鎧が、その全身を覆っていた。
両手で剣を地面に付きたてた、その堂々たる姿は。
異様であると同時に。
ひどく神々しいものだった。
ヨハンは思わずそちらに向き直り、足を止めた。
しかし、驚きに捕らわれるのは一瞬のみ。
すぐに第一騎士団へ指示を出そうとしたその時。
「まずい!」
隣で指揮車に乗ったウィリアムが、立ち上がりながら大きな声を上げた。
常に冷静沈着なこの指揮官にしては珍しい。
ヨハンが咄嗟にウィリアムの方を見ようとしたところで、突然、頭上に大きな影が差した。
同時にすぐ横を巨大な何かが通り過ぎていく。
ヨハンがウィリアムではなく頭上を見上げると、そこには魔獣がいた。
そして、影が差したのは一瞬だけで、魔獣は騎士団の包囲も指揮車も跨ぎ越して、中央広場に向けて猛然と駆けて行く。
「ウィリアム卿!」
「分かっている。
歩兵隊は魔獣を追え。
飛行隊は現状維持だ。」
魔獣に飛び越えられて、茫然と台の上に立っていたジョンは、その指示を聞いて慌てて歩兵隊に向かってメガホンで指示を出した。
その後、手旗信号を振って、さらに指示を出す。
その指示に、騎士団員達は整列して、整然と魔獣を追いかけ始めた。
指揮車の脇を通って、魔獣を追いかけて行く。
幸い、駆け出した魔獣に巻き込まれて怪我をした者はいないようだ。
「よし、我々も後を追うぞ。」
ウィリアムが助手席に座り直しながら言うと、指揮車はタイヤを軋ませながらバックして向きを変え、魔獣に向かって騎士団を追いかけるように走り出す。
その横で、ヨハンも走り出した。
◇ ◇ ◇
転移した先は中央広場の真ん中。
アーサーは地面に剣を突き立てた姿勢のまま、そこに聳え立っていた。
操縦席にいるオティーリエは、全周囲に外の風景が映し出されているので、まるで空中に浮かんだ椅子に座っているよう。
先ほどまでいたメンテナンスルームは殺風景な上に明かりも薄暗かったのであまり現実感がなかったものの、こうして見慣れた街を映し出されては急に現実に引き戻される。
オティーリエは何度も飛行機で街の上空を飛んでいて見慣れた光景だったので、幸い恐慌状態に陥ることはなかったものの、空中にただ椅子に座っているだけという状況は、かなりの恐怖を覚えることは禁じ得ない。
その恐怖に加えて、転移の際の違和感からくる軽い頭痛と吐き気とも戦いながら、オティーリエは自分を鼓舞するように、ぐっと操縦珠を握る手とお腹に力を入れて、前を見据えた。
オティーリエの視界に魔獣が入って来る。
魔獣は猛然とした勢いで、こちらに向かって来ているようだ。
その周囲には誰もおらず、少し離れた後方に騎士団らしき一団が魔獣を追いかけているのが見えた。
上空には、飛行機が5機、旋回飛行をしている。
『本当に不気味ですね。』
その魔獣は、オティーリエがアーサーに見せたイメージとは似ても似つかない不気味な生物だった。
『魔獣とはあのようなものだ。
では、我が主よ、核の位置を探り出してくれ。』
『やってみます。』
オティーリエは魔力の探知などやったことはない。
母親に教えられた、いくつかの魔法の定型文を知っているが、その中には魔力の探知などなかった。
アーサーに流し込まれた知識の中にもない。
だから、自ら言葉を紡いで、核を探し出す魔法にしなければならない。
しかし、考えている間にも、魔獣はものすごい勢いで近づいて来る。
あまり時間はない。
ただ【魔力を見たい】という言葉だけを魔力に乗せて流しても、それでは魔法にならない。
魔法は、きちんと対象をハッキリさせ、どうしたいのか、させたいのかを言葉にしないといけないから。
オティーリエはアーサーからの知識のおかげで、魔法は魔力に言葉を乗せるだけではなくて、頭の中に思い描いたイメージを乗せて出来ることを知った。
だから、言葉とイメージ、その両方をきちんと出来れば、なんとかなるはず。
【私に、魔力の、最も、高い、場所を、教えなさい。】
これでは魔法にならないだろう。
何に対して教えなさいと指示しているのか、分からないから。
【私の、目に、魔力の、違いを、見せなさい。】
これでも魔法にならないだろう。
どう見えればいいのか分からない。
ならば、例えば赤から徐々に青くなっていく色の段階をイメージしつつ。
【私の、目に、魔力の、高い、低いを、色を、付けて、見せなさい。】
で、どうだろうか。
オティーリエは操縦珠から手を離すと、両腕をまっすぐ前に伸ばして手のひらを魔獣に向けた。
それから、魔獣を見ながら、色のイメージを浮かべつつ。
「【私の、目に、魔力の、高い、低いを、色を、付けて、見せなさい。】」
言葉とイメージを乗せて、魔力を流す。
果たして、オティーリエの目には、目に見える風景に重なって、魔力の違いが色となって映った。
そのまま周囲を見渡すと、空気や地面にもわずかに魔力が籠っているようで、全体的に薄く青色がかって見える。
建物は魔力を持っていないようで、何の色も付いていない。
しかし、残念ながら魔獣は一個の個体として赤く映った。
もう一息、言葉を追加すれば出来そうだ。
いったん、魔力を流すのを止める。
魔獣はあと2、3歩で中央広場に入るところまで近づいて来ている。
アーサーはオティーリエならやり遂げると信じているのだろう。
焦れた様子もなく、オティーリエからの情報をじっと待っている。
オティーリエは一度両手を降ろして目を瞑ると、自分を落ち着けるように軽く息を吐いた。
そして、再び魔獣を見ながら両手を向けて。
頭の中で赤から徐々に青くなっていく色の段階をイメージしつつ、言葉を紡ぐ。
「【私の、目に、その、体内の、内側を、見せて、魔力の、高い、低いを、色を、付けて、見せなさい。】」
その上で、さらにただ魔力を放出するのではなく、魔獣にのみ流すようなイメージで魔力を流す。
そうして、今度こそ。
オティーリエは魔獣の体内の魔力の高低を目で見ることに成功した。
魔獣は、身体の中心ではなくて、前脚の付け根の間、やや左寄りに最も魔力の高い箇所があった。
オティーリエは魔力を流すのを止め、操縦珠に手を置く。
『アーサー!』
そして、魔獣の中の魔力の一番高い箇所をアーサーに伝えた。
『心得た!』
中央広場に足を一歩踏み入れた魔獣は、駆けて来る勢いをそのままに一度姿勢を低くして、それからアーサーに向かって飛び掛かってきた。
魔獣が飛び掛かって来たのと、アーサーが剣を構えたのは同時だった。
そのアーサーの一挙手一投足が、操縦珠に流している魔力を通して、オティーリエに流れ込んでくる。
オティーリエは、その、なんとも言えない感覚に身を震わせながらも、しっかりとそれを受け止めた。
そして、その次の瞬間。
アーサーが突き出した剣は、正確に魔獣の核を刺し貫いていた。
◇ ◇ ◇
白騎士の動きは一瞬だった。
剣を構えたと思った次の瞬間には、もう魔獣を刺し貫いていた。
魔獣は飛び掛かって行った態勢のまま、背中から剣を生やして停止している。
それはまるで、物語の中から飛び出してきたような光景だった。
ウィリアムの乗った指揮車と、その横を走るヨハン、それに騎士団の全員が、その光景に動きを止めた。
皆、視線を釘付けにされて。
そうして皆が見つめる前で、魔獣は塵になるように徐々に消えていき。
やがて、完全に消えてなくなってしまった。
魔獣が消えると、白騎士は再び剣を地面に突き立てて。
一瞬、景色がぼやけたかと思うと、忽然とその姿を消したのだった。
まるで蜃気楼のように。
突然現れ、魔獣を退治して姿を消した巨大な白い騎士。
その中では、初めて騎士に乗って戦う令嬢の奮闘がありました。