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5.リスって可愛いよね!ということ

ベルの横に座り、ずっとその手を握っていたオティーリエ。

ベルは俯いたままじっとしている。

しかし、手を握っているオティーリエには分かる。

かすかに震えていて、まだ恐怖から抜け出せていないようだ。

こういう時は、やはり。


「ねえ、ベル。

 わたしの秘密を見せてあげる。」


オティーリエはベルから手を離すと、ナップザックからアーサーを取り出した。

そして、でんとアーサーをベルの膝の上に置く。

なんとなくアーサーに嫌な顔をされた気がするけれど、アーサーはオティーリエの意を汲んで、鼻をスンスンとさせながら、ベルの顔を見る。


「え。

 リス・・・?」


突然リスが膝の上に乗っかるという想像もしなかった状況に、ベルがびっくりしてアーサーを見つめる。


「アーサーっていうの。

 この列車、本当は動物持ち込み不可なんだけど、家族だから持ち込んじゃったんだ。

 だから、他の人にはナイショね。」


ニコニコとオティーリエが紹介すると、ベルはオティーリエの方を見た。

それから、ベルは再びアーサーの方を向くと、そっと触れてみる。

アーサーも嫌がらずにその手を受け入れた。


「可愛い・・・。」


ベルがアーサーを見つめて、小さく笑顔を浮かべる。

アーサーはベルの膝の上でくるりと回ると、丸まって寝そべった。

その背中を、ベルがゆっくりと撫でる。

オティーリエがそんなベルとアーサーを見守っていると、ヨハンが車両に戻って来た。

そのまま、オティーリエの所にやってくる。

オティーリエはやってきたヨハンを期待に満ちた顔で見上げると、ヨハンはわずかに笑みを浮かべて頷いた。

それに、パッと笑顔を浮かべるオティーリエ。


「お兄ちゃん、ありがとう!」


オティーリエはヨハンにお礼を言うと、ばっとベルに向き直った。

勢い余ってぎゅっと抱き着く。

ベルは突然抱き着かれて、驚いた様子でオティーリエを見た。

でも、オティーリエを振り払おうとはしない。

ヨハンはその二人の様子を見て、オティーリエに後のことを任せて自分の席に戻った。


「ベル、聞いて!

 ベルを連れてた人はお兄ちゃんが捕まえたわ。

 ベルのことはわたしのお父さんに保護してもらえるようにお願いしたから、もう怖いことはないよ。

 わたしのお父さんもすごくて優しい人だから安心して。

 もう怯える必要はないよ。」


オティーリエがベルに抱き着いたまま、まくし立てるように言った。

何が起こったのか、何を言われているのか、どちらも理解しきれなかったベルは、その勢いに呆然とした顔で固まった。

ばっと言いたいことを言ったオティーリエはベルの様子に気が付いて、ばつが悪そうな顔をしながら身を離した。

びっくりした反動か、ベルの視線がオティーリエを追いかけて来る。

震えも止まったようだ。


「ごめんね、なんか一人で盛り上がっちゃった。

 えっとね、ベルを連れていた人は、わたしのお兄ちゃんが捕まえたの。

 牢に入れられて、二度と社会復帰は出来ないと思う。

 だから、もう、あなたを縛ったり、牢に入れたりする人はいない。

 どこかへ連れ去ったりする人は、もういなくなったわ。」


オティーリエがベルの目を覗き込むように見ながら、笑顔で言った。

今度は、ベルに言葉が届いた。

ベルの瞳から、つっと涙が一筋、流れ落ちた。

信じられない、という顔をしている。


「あなたが勇気を出してくれたから、出来たよ。

 ありがとう。

 あなたのおかげ。」

「本当に・・・?

 わたしは、どこにも行かなくてもいいの・・・?」

「うん。」


オティーリエが大きく頷く。

そうすると、ベルの瞳から大粒の涙が零れてきた。

オティーリエがハンカチを渡すと、両手で握りしめ、そのまま顔を覆って、泣き出してしまう。

オティーリエはそんなベルを抱きしめて、その背中をさすった。


「怖かった・・・。

 怖かったの・・・。

 もう、もう、大丈夫なんだね・・・?」


ベルがぽつりぽつりと呟く度に、オティーリエがその度に、「うん、もう大丈夫だよ。」と答える。

そうして、しばらく静かに泣いていたベルも、ようやく落ち着いたのか、泣き止んできた。

そして、ハッとしたと思うと、顔を上げて、オティーリエを見る。

見る、と言っても、オティーリエはベルに抱き着いているので、見えるのは横顔だけだけど。


「あ、その、ありがとう、助けてくれて。」


ベルがお礼を言うと、パッとオティーリエは身体を離した。

両手はベルの肩に乗せたまま、まっすぐにベルを見る。

ベルの方も、オティーリエを見返してくれた。


「どういたしまして。

 でも、ベルが勇気を出したから、こうなったんだよ。

 それだけは間違えないで。」


ね?とオティーリエが微笑むと、ベルは小さく首を振った後、小さく頷いて笑みを浮かべた。


「ベル、ここはオリベール王国。

 あなたの生まれ育ったクウェーリ公国の北にある国よ。

 今は、そのオリベール王国にある王国縦断鉄道に乗ってるの。

 途中、いくつかの駅に停車した後・・・。」


オティーリエはこの後、出来るだけベルの敏感なところに触れないように現状を説明したり、ベルの育ってきた環境を聞いたり、自分のことを話したりして、ずっとベルの横から離れずに話しかけ続けた。

ベルは最初はあまり口を開かなかったものの、徐々にオティーリエに慣れてきたようで、オティーリエの質問に答えたりしているうちに会話が出来るようになった。

あと、二人で会話をしているうちにベルはハタと気づいたようで、途中でヨハンの所にお礼を言いに行ったりもした。


 ◇ ◇ ◇


お昼も近くなってきた頃、ヨハンがベルとオティーリエの所にやってきた。


「ティリエ、そろそろオリベスクに着く準備をする時間だ。」

「え、もう?

 うん、分かった。」


オティーリエが頷くと、ヨハンは自分の席に戻った。

オティーリエはベルの方を見ると、笑顔のまま話しかけた。


「ベル、もうすぐオリベスクという駅に着くのだけど、そこであなたをわたしのお父さんに保護してもらおうと思っているの。」

「え?

 ・・・保護?」


ベルの顔に再び不安の影が浮かぶ。


「うん。

 ごめんね。

 突然、こんなこと言われても怖いよね。

 でも、出来れば落ち着いて聞いて。」


ベルの顔から不安の影は拭えないけれど、それでもベルは頷いた。


「本当はずっとベルと一緒にいられたらよかったんだけど、お兄ちゃんとわたし、どうしても外せない用事があって、まだこの列車に乗っていかないといけないの。

 だけど、途中で危険なこともあって、ベルを危険な目に合わせたくないの。

 だからね、ベルをお父さんに保護してもらおうと思って。

 わたしのお父さん、お兄ちゃんみたいにすごくて優しい人だから。

 ベルにとっては知らない場所で、知らない人の所に行くのだから、とっても怖いと思うんだけど、絶対に悪いことはさせないから。

 だから、わたしを信じて、一度お父さんの所に行ってみてもらえないかな。」

「ティリエお姉ちゃんと一緒に行けないの?」


ベルが不安そうに尋ねる。

話を聞くとベルは10歳だった。

オティーリエより3歳年下・・・だけど、身長は同じくらい。

年齢を聞いた時、オティーリエはちょっぴり傷ついたけれど、それはさておき。


「ごめんね。

 本当は一緒に行きたいんだけど、本当に危険なの。

 誰かに攫われたり、最悪、命を落とす危険もあるの。

 そんな所に、ベルを連れて行きたくなくて。

 でも、お父さんの所なら安全だし、ベルに酷いことをしないって信じられるから。

 だから、お父さんの所に行ってみてくれないかな?」


ベルはそれでも不安そうにオティーリエをじっと見つめた。

本当は不安でいっぱい。

だけど、オティーリエがベルのためにこの話をしていることはベルにもよく分かった。

だから。

こくんと頷いた。


「ありがとう、ベル。

 絶対に酷いことはさせないわ。」


オティーリエがベルの両手をぎゅっと握る。

その暖かな感触に、ベルも小さく笑みを浮かべた。


 ◇ ◇ ◇


お昼前。

ヨハンとオティーリエの乗った列車はオリベスク駅に到着した。

オリベスク駅では輸送してきた荷物を降ろしたり、新しく載せたりする必要があって、30分の停車時間がある。

到着する前にヨハンは車掌室で犯人を引き取って来た。

手錠はかけたままで、布を被せて隠している。

すっかり観念したのか、大人しくヨハンの後を付いてくる。

ベルに会わせないように、ヨハンは3両目の後ろの乗車口から降りてから前の乗車口に来て、エリオットの使いの騎士に引き渡した。

騎士は犯人を連れて、足早に去って行く。

それから少し遅れて、オティーリエがベルを連れて乗車口から降りてきた。

ベルは不安そうにキョロキョロしているが、怯えてはいなかった。


「ペスチャ。

 ありがとう、迎えに来てくれて。

 あなたなら、安心してベルを任せられるわ。」


騎士とは別に、侍女が一人、迎えに来ていた。

ペスチャという名前で、ロートリンデ侯爵家のタウンハウスの女中頭だ。

オティーリエに名前を呼ばれて、一瞬、驚いた顔をしたものの、すぐに驚きを笑みで覆い隠した。


「どういたしまして。

 その少女が保護する少女ですか?」

「うん。」


オティーリエはペスチャに頷くと、ベルの方に向いた。

ベルはオティーリエに隠れるようにして、不安そうにペスチャを見ている。


「ベル、紹介するね。

 この人はペスチャ。

 お父さんが信頼している人で、ベルを迎えに来てくれた人だよ。

 優しい人だから、怖がらなくても大丈夫だよ。」


当然、クウェーリ語で。

それから、まだ不安そうにしているベルに向かって一つ頷いた後、今ベルの後ろに回って、そっとペスチャの方に押し出した。

今度はシルビリア語で。


「ペスチャ、この子はベル。

 クウェーリ語しか分からないから、対応お願いね。」

「分かりました。」


ペスチャは一言だけ答えた後、ふっと笑みを浮かべてしゃがんで、ベルをふわりと抱きしめた。

そして、クウェーリ語で話しかける。


「はじめまして、ベルさん。

 ようこそ、ホルトノムル領へ。

 これからしばらくお世話をさせていただきます、ペスチャと申します。

 よろしくお願いします。」


ベルは抱きしめられてびくっとして身体を硬直させたけれど、すぐに緊張を解いた。

そして、そっとペスチャの背中に腕を回す。


「ありがとうございます。

 よろしくお願いします。」


ベルがお礼を言うと、ペスチャは一度、抱きしめた腕に力を込めた後、すっと手を解いて立ち上がった。

それから、右手でベルの左手を握る。


「それでは、旦那様のお屋敷に参りましょう。

 しばらく、そこで気を落ち着けて下さい。」

「あ、ちょっと待って。」


ペスチャがベルにそう声をかけて踵を返そうとしたところで、オティーリエが声をかけた。

それから、ペスチャに10枚ほどの紙束を渡す。


「これはベルの供述書よ。

 調査官に渡して。」


それは、オティーリエがベルの話を聞きながらまとめたベルに関する報告書。

これがあれば、ベルに再聞き取りを行う必要はないはずだから。


「確かに承りました。」


ペスチャはその紙束を受け取ると、左手でしっかり持った。

鞄を持って来ていないので、手で持って帰るしかない。


「それじゃあ、ベル、元気でね。

 また会おうね。」

「うん、ティリエお姉ちゃん、ありがとう。

 ヨハンお兄ちゃんもありがとう。」


ベルはオティーリエにお礼を言った後、脇で控えていたヨハンの方を向いてヨハンにもお礼を言った。

それにヨハンはわずかに笑みを浮かべて、手を振って応えた。


「さ、それでは参りましょう。」


ペスチャがベルに声をかけると、手を引いて歩き出した。

ベルはペスチャに付いて行き、少し歩いた後、一度ヨハンとオティーリエに振り返ると、手を振って去って行った。

こういう時にはやっぱり使われるアーサー君ことリス。

じゃなくてリスの姿のアーサー君。

犯人と保護した女の子は無事に侯爵に渡されました。

次回は、また改めて楽しい列車旅です。

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