2.鉄道に乗って
王国縦断鉄道には、二つの路線がある。
一つは従来通りの地面を走る普通鉄道。
もう一つは最新式の高い支柱に支えられたケーブルに吊り下げられる形で走る軌上鉄道と呼ばれる鉄道だ。
この二つの鉄道は同じ場所を走っていて、普通鉄道の上を軌上鉄道が通っている。
もともとは普通鉄道だけだったけれど、運送料を増やすために軌上鉄道が開発された。
軌上鉄道が敷設されてからは、普通鉄道は重量物を運搬出来るように馬力はある代わりに遅い路線として使用され、軌上鉄道は停車駅も少なく、重量物は積めない代わりに高速で運搬できる路線として使用されている。
ヨハンとオティーリエは朝日が昇る前に宿を後にして駅に向かった。
昨日、大興奮だったオティーリエはなかなか寝付けず当然のように寝坊したけれど、アーサーに起こしてもらって、ヨハンとの約束の時間にはなんとか間に合った。
アーサーに起こしてもらわなければ、ヨハンに大目玉を喰らっていたことだっただろう。
二人の恰好はいつも街に出る時に着る服よりも少し上等な物。
オティーリエに至っては、いつも巻いているバンダナも外している。
それというのも、今回、二人が乗るのは軌上鉄道の方で、軌上鉄道は速い分、運賃も高く普通鉄道の5倍ほどする。
このため、乗客も中流以上の家庭が多いので、二人も周囲に合わせた格好にしたのだった。
オティーリエは宿を出る前から上機嫌。
それもそのはず、ずっと憧れだった軌上鉄道に乗れるから。
なので、駅に着いた時点で大興奮だったし、改札を通る時点から周囲をきょろきょろ見回して、完全にお上りさんだった。
ちょっと目を離すとどこかに飛んで行ってしまいそうなオティーリエを、ヨハンはなんとか列車に乗せて、自席に誘導する。
普通鉄道の客車は基本的に向かい合わせの4人席が通路を挟んで二列並ぶ形だけれど、軌上鉄道は違って、前向きの2人席が廊下を挟んで並ぶ形になっている。
軌上鉄道は全席指定席。
ヨハンとオティーリエの座席は6両編成のうちの3両目の車両の一番前の座席。
ヨハンとしては本当はオティーリエのために客車の最前部、つまり1両目が機関車なので2両目の一番前の座席を取りたかったのだけれど、いかんせん、準備の時間がなくて予約済だったので、仕方なくこの座席を取ったのだった。
窓側は当然、オティーリエに。
実はどちらが窓側かということでお互いに譲り合って少し揉めたのだけれど、最後はヨハンの「怪しい人物がいた時に庇えるように。」という一言でオティーリエが引いた。
とはいえ、実は車窓からの風景も楽しみしていたオティーリエにとっては、願ったり叶ったりだったりもする。
オティーリエは席につくと、貴重品を入れるためのウエストポーチは腰に付けたまま、アーサー入りのナップザックは足元に置いて、ヨハンがやると言うのを断って、キャリーケースを自分で頭上の荷物棚に乗せた。
なんでも自分でやってみたいのだ。
それから、じーっと座席を見た後、ポンポンと座席を触って確認し、ゆっくりと腰を下ろした。
ちょっと身じろぎして腰を落ち着けてから、足元に置いたアーサー入りのナップザックを抱きかかえる。
軌上鉄道は長距離移動の客が多く、それだけ乗車時間も長いので、座面はもちろん、背もたれにもクッションが張られている。
もちろん、ふかふか、とまではいかないまでも、しばらく座っていても痛くならないていどには柔らかい。
満足そうにオティーリエが座席に座ると、その頭上が空いたので、今度はヨハンが荷物を荷物棚に乗せて、自分の座席に座った。
すると、オティーリエが急にヨハンの手を取って胸元で両手で握りしめると、キラキラした目でヨハンを見た。
「じゃあ、お兄ちゃん、食堂車行こ。」
「列車内を見て回るんじゃないのか?
絶対最前部から最後部まで見てまわると思っていたんだが。」
「もちろん、それは後でやるよ。
でも、まずは食堂車!
食堂車で食べるご飯はきっとおいしいよ!」
「ティリエ、落ち着け。
声が大きい。」
ヨハンは、ああ、やっぱりやるんだな、と思いつつオティーリエの両手から手を抜くと、大きな声を出すオティーリエに注意した。
ちなみに食堂車は4両目で、長時間乗車する人のために、食堂の他にもお手洗いや洗面所なども併設されている。
「あ、ごめんなさい。」
言われて、途端にオティーリエが静かになる。
さすがにこういうところで騒いではいけないくらいの分別はつく。
「それで、食堂車は。」
「残念ながら、まだやってない。
開くのは7時だ。」
今はまだ6時25分。
そろそろ出発時刻。
「えー、残念。
じゃあ、車両探検行ってこようかな。」
「動き出すところを窓から見なくていいのか?」
「ううん、見る。」
「じゃあ、うろちょろしないで席で静かに待ってろ。」
「はぁい。」
オティーリエは結局、窓から外を眺めることにした。
窓を開け、窓べりの頬杖をついてプラットホームを眺める。
プラットホームではぱらぱらと人が行き交っている。
まだ早い時間なせいで、乗客もまばらなようだ。
オティーリエは何かを発見しては、ヨハンに報告して、ヨハンはその度にはいはいと相槌を打つ。
そうして、オティーリエが外を眺めていると、ジリリリリ、と発射のベルが鳴り出した。
オティーリエがパッと窓から身を乗り出そうとしたところで、ヨハンに首根っこを掴まれた。
「危ないから頭を出すのはダメだ。」
「ちょっとだけ。
前を見るだけ。」
それでもオティーリエは頭を出そうとするのを止めない。
とはいえ、全身の力を使ってもヨハンの右腕一本に叶わないのだけど。
「ダメだ。」
列車が動き出した。
頑として譲る気配のないヨハンに、オティーリエはぷくーっと頬を膨らませると、頭を出すのを諦めた。
信用できないらしいヨハンは首根っこを掴んだままだけど、オティーリエはそれを無視して出来るだけ窓に顔を寄せて外を見る。
プラットホームを出ると、すぐに街道が見えて、その周囲にはまだ街が広がっていた。
軌上鉄道はかなりの高さを走るので、見えるのは屋根ばかりだ。
しかし、初めて見るその光景に目を奪われたオティーリエは、膨れていたのも忘れて目を輝かせる。
しばらく進むと街はなくなり、田園風景が現れた。
その遥か遠くまで広がる平原を時間を忘れて見ていると、徐々に光が差して来た。
地平線から昇って来る太陽の光を照り返して輝く平原。
そういえば、普段は曇ってばかりの空が、今日はわずかに雲を残すだけの晴天だ。
「お兄ちゃん、お兄ちゃん。」
オティーリエは窓の外を見つめながらヨハンを呼んで、さらに見える景色をそのまま抱えているナップザックの中にいるアーサーに伝える。
軌上鉄道は動物持ち込み禁止なので、アーサーをナップザックから出してあげられないのは残念なところ。
ヨハンはオティーリエの横から覗き込むように外を見ると、感嘆の声を上げた。
「すごいな。」
「うん。」
『感謝する、我が主。
素晴らしい景色だ。』
『はい、本当に。』
その雄大な景色をヨハンとオティーリエとアーサーは感動しながら見つめた。
しばらく二人+一匹でその光景を眺めていると、太陽は完全に顔を出して辺りを照らしだした。
ヨハンは自分の座席に戻り、オティーリエは感動の溜息をつきながら、背もたれに身体を預けた。
アーサーへの中継もいったん終了。
それから、パッとヨハンの方を見る。
「お兄ちゃん、そろそろ食堂車開くよね?」
「ああ、うん、そうだな。
じゃあ、行くか。」
「うん!」
ヨハンが席を立つと、オティーリエも追いかけるようにアーサー入りのナップザックを持って立ち上がった。
前日に引き続き、興奮しっぱなしの令嬢でした。
リスと一緒にお上りさん状態です。
従者はそれに落ち着いて対応します。




