11.癒しの時間
夕食後、オティーリエはヨハンと二人きりになると、その日に起こったことを全て話した。
ヨハンはあまりの急展開に呆れかえっていたけれど。
「まあ、とりあえず決着はついてよかった。
これで、いったん、ウィリアムソンからは手を引くんだよな?」
「はい。
しばらく様子を見ようと思っています。」
「分かった。
でだ、お嬢。」
「はい、なんでしょう?」
ヨハンがなんだかずいぶん据わった目でオティーリエを見つめた。
いつものお叱りじゃない雰囲気。
内心、冷や汗をかきながら、表面上はなんともない表情でオティーリエがヨハンを見つめ返す。
「マーガレットに慰めてもらったから、これ以上、落ち込んじゃいけないとか考えてるだろ。」
ヨハンが言うと、オティーリエは目を大きく見開いてヨハンを見た後、視線を下げ、わずかに俯いて小さく頷いた。
ぎゅっとその両手でスカートを握りしめる。
オティーリエは貴族のご令嬢だ。
貴族は必要がない限り、決して下を向いてはならない。
それは女性の方がより顕著で、頷くということすらしてはいけないほど。
幼い頃から貴族としての教育を受けてきたオティーリエにはそれが染みついている。
なのに、今、オティーリエはわずかにでも下を向いて頷いた。
かなり参っている証拠だ。
「ヨハンはなんでもお見通しですね。」
オティーリエが視線を下げたまま、ポツリと呟く。
伏せられた長い睫毛のせいで、ヨハンからはオティーリエの目がよく見えない。
しかし、ヨハンにはどんな目をしているのか容易に想像がついた。
「話してみろよ。
少しは気が楽になるかもしれないぞ。」
先ほどとは打って変わって、優しく、ヨハンが声をかける。
この少女はいつもこうだ。
城を抜け出しては事件に首を突っ込み、人の悪意に傷つき、被害者を思って嘆き、そして、誰かを傷つけたと言っては自分を責める。
事件を解決に導くためだったとしても、誰かを助けるためだったとしても。
それで、誰かが傷ついたのなら、自分のせいだと自らを責めるのだ。
こういう時、本当なら抱きしめて、思う存分、泣かせてあげるのがいいのだろう。
でも、ヨハンが触れることはない。
ヨハンはオティーリエに仕える平民の従者。
決して、触れてはいけない相手。
だから、せめて、言葉で。
その気持ちの整理をする手助けになれるように。
「ありがとう、ヨハン。」
それでもオティーリエはヨハンを見ることが出来ず、視線を下げたまま話し出した。
「ナディアは、このままでよろしいでしょうか?
マーガレットにお任せするのが一番で、私に出来ることはないのだと理解はしているのですけれど、それでも、このままでいいのか分かりません。
マーガレットもです。
おそらく、マーガレットはこれからもナディアの面倒を見に行くでしょう。
マーガレットの意思を尊重したいと思いますが、それはただの綺麗事で、面倒を押し付けてるだけではないでしょうか。」
「いや、お嬢はこれでいいと俺も思う。
これまでのウィリアムソン家の状況はいいものじゃなかった。
今日、お嬢はそれを見つめ直すきっかけを作って来た。
お嬢はきっかけだけでいい。
これからのことは、ウィリアムソンが自分たちで築いていくことだ。」
ヨハンがそう言っても、オティーリエは目を伏せたまま。
一度、口を開きかけて閉じ、首を振った。
それから。
「そうですね。
これからも時々マーガレットの様子を見て、見守っていきたいと思います。」
「まだ言い足りなさそうだな。」
オティーリエの様子にヨハンが眉をひそめて指摘すると、オティーリエは小さく首を振った。
「いいえ、今、ヨハンの下さった答えが全てです。
まだ何かすべきではないかと考えてしまいますけれど、すべきではないとも思いますので。」
「それでも、気持ちの整理がつかないんだな。
お嬢、何度も言うが、俺はお嬢の対応は間違っていないと思う。
だから、あまり自分を責めないでくれ。」
ヨハンが言うと、オティーリエは少し考えた後、完全に下を向いてしまった。
まるで、今、顔を見られたくないとでも言うように。
「私はとても悪い子でした。
事件を解決したいばかりに、ただ、自分が満足したいがために、遺族の気持ちに配慮出来ませんでした。
そのために、マーガレットは気絶するほどのショックを受けたのです。
ナディアに対しても、無神経な言葉だったことでしょう。
そして、その上、勝手に必要だろうからと判断して、とても辛いお話をしました。
聞かせました。
心優しいマーガレットは許して下さいました。
温かい温もりを下さいました。
でも、私は。」
「お嬢。」
ヨハンが静かにオティーリエの懺悔を遮った。
完全に下を向いてしまった顔。
普段なら決して使わない、私、という言葉。
このままだと際限なく自分を責めてしまいそうだったから。
その気遣う想いのこもった呼びかけに、オティーリエがびくっとして口を閉ざす。
「いいか、お嬢。
お嬢は、マーガレットの今後のために必要な情報を与えたんだ。
それは、決して間違ったことじゃない。
それに、自己満足のためだった、と言うが、それだけだったか?
違うだろ。
もともとは、ウィリアムソン家のために事件を疑い、解決しようと思って行動を始めたはずだ。
そして、その過程で、事実を告げる必要があったんだ。
それに、マーガレットが気絶したのも、別にお嬢のせいじゃない。
いつかは知ることで、知ったその時、同じように気絶しただろう。
ナディアの悪意を見せたこともだ。
マーガレットにとって辛い状況だったかもしれないが、今日、その時、その状況だったからこそ、見せることが出来たんだ。
マーガレットが気絶していると思ってなければ、マーガレットがいる状況で、ナディアはその本性を表さなかっただろう。
だから、今日なんだ。
その機を逃さず、お嬢はマーガレットに正しい解釈を与えたんだ。
だから、お嬢。
そんなに自分を責める必要はないんだ。」
ヨハンはそこまで言うと、口を閉じた。
オティーリエの反応を伺うが、オティーリエは俯いたままだ。
そうして、しばらく沈黙が部屋の中を支配した。
『我が主よ。』
沈黙が降りたことで、ヨハンが言いたいことを言ったと判断したアーサーがオティーリエに声をかけた。
アーサーは今、机の上で立ってオティーリエをじっと見ている。
『状況は見ていた。
我が主が何に気を病んでいるのか、正確に把握できているわけではないが、これだけは言える。
あの屋敷での我が主の行動は正しかった。
自身が心理的に衝撃を受けたにも関わらず、だ。
誇りこそすれ、後悔するべきことではない。』
オティーリエが、意識に直接語り掛けて来るその声に、俯いたまま、ちらりとアーサーに視線を向けた。
ようやく、顔を上げることが出来そうだ。
アーサーに感謝の視線を向けた後、オティーリエはようやく顔を上げた。
無理に作ったような笑みを張り付けて。
でも、これでもオティーリエとしては頑張ったのだ。
ヨハンが叱ってくれたおかげで、涙が落ちるのはこらえることが出来た。
でも、それを押しとどめるのは、本当に難しかったのだ。
「ヨハンはすごいですね。
落ち込むと、いつも、こうして落ち着く言葉を下さいます。
懸命に、言葉を尽くして下さいます。
いつもの澄ました姿が信じられないくらいに。」
オティーリエの言いように、ヨハンがいささか憮然とした顔で腕を組む。
「いつもありがとう、ヨハン。
貴方のお心遣いが、とても嬉しいです。」
そうして、今度こそ、作り物ではない、感謝の笑みを浮かべて言った。
ヨハンがそんなオティーリエを憮然とした顔のまま見返す。
憮然としてはいるが、その視線は気遣うようにオティーリエを見ている。
「ヨハンに叱られてしまいましたので、これ以上、自分を責めるのは止めます。
でも、反省はします。
これはけじめです。」
そう言うと、オティーリエは、パンッと両手を打ち合わせた。
いい感じに打ち合わさったようで、思わぬ快音にオティーリエ自身がびっくり眼になる。
それから、落ち着いた笑みを浮かべると、ヨハンをまっすぐに見た。
「では、このお話はここまでにします。
ヨハン、その憮然としたお顔を戻して下さいませ。」
「こんな顔にさせたのはお嬢だろう。
だけど、まあ、分かった。」
ヨハンも安堵したようにふう、と息を吐いて、苦笑いを浮かべた。
それを見たオティーリエが、今度はアーサーの頭を撫でる。
「アーサーもありがとう。」
あえて、念話ではなく口に出して言う。
その方が、気持ちが伝わる気がしたから。
それに、アーサーがこくりと頷いた。
「なんだ、アーサーとも何か喋ってたのか。」
「はい、アーサーにも励ましていただきました。
幸せ者ですね。
ヨハンにもアーサーにも気遣っていただけるのですから。
マーガレットにも。
侍女達も気遣って下さっている様子でしたね。
気落ちしていることを悟られるなんて、淑女修行の道は険しいです。」
オティーリエが嬉しそうに言う。
まだ、ほんの少し翳りはあるけれど。
それには、ヨハンも目を瞑ることにした。
◇ ◇ ◇
「ヨハン、岬への出発なのですけれど、火曜日に出来ませんか?」
落ち着きを取り戻したオティーリエは、ヨハンに相談事があったので、その話を切り出した。
「うーん、まあ、どうしても、というなら仕方ないが。
何か用事が出来たのか?」
「はい、お城を長くて一週間、空けるのですから、皆様にご挨拶していかないといけませんので。」
ヨハンはオティーリエの意図が読めず、眉を顰めた。
「ちょっと待て。
その皆様ってのは誰のことだ?」
「もちろん、お城で働いて下さっている皆様です。
身近な方はこの後でも話せますけれど、他の方々は月曜日じゃないとお話出来ませんから。」
「・・・は?」
ヨハンはオティーリエの言葉の意味が理解出来ず、思わずそれだけ口を突いて出た。
常に冷静沈着なヨハンの珍しい様子に、オティーリエが目をぱちくりとさせてから、話を続ける。
「あ、ご心配には及びませんよ。
お仕事の邪魔にならないように、こちらから伺って、行ってきますと後をお願いしますと言うだけですから。」
「いや、お嬢、気になるところはそこじゃない。
なんだろう、俺にはお嬢が、この城に勤める全員に挨拶して回ると言ってるように聞こえたんだが。」
「はい、そう申しました。」
ヨハンの反応にきょとんとした表情をしたオティーリエが、平然と肯定する。
それに、ヨハンはガックリと肩を落とした。
「お嬢、普通の貴族はそんな挨拶回りなんてしない。
やるとしても、全員を集めて、声をかけるんだ。」
「え、でも、さすがにそんなに広い場所はありませんし、集まっていただくだけでも大変ではないですか。
それに、皆様、お忙しいのですから、こちらから伺った方がいいですよ。」
「いい。
分かった。
お嬢の言い分はよーっく分かった。」
ヨハンはオティーリエの口を止めるように片手を上げて、もう片手で顔を覆って溜息をついた。
それからチラッとオティーリエを見ると、頭の上に疑問符を浮かべているオティーリエを見て、さらに深い溜息をつく。
とりあえず、それでヨハンは気を取り直すと、オティーリエを見た。
「お嬢、今回、お嬢が城を出ることは極秘で、城の使用人にも秘密だ。
どうしても知らせないといけない一部の者にしか言わずに行くから、そのつもりでいてくれ。
それから、その一部の者へも俺の方から話を通してある。
お嬢がそいつらを訪ねると、それを見て不審に思う者も出て来るだろうから、それは控えてくれ。」
「そうだったのですね、分かりました。
でしたら、侍女達にだけご挨拶するようにいたします。
準備を整えて下さって、ありがとう、ヨハン。」
「いや、それが仕事だから、礼を言う必要はない。」
ヨハンがなんでもないとばかりに言うと、オティーリエはふふ、と笑って話題を変えた。
「ところで、ヨハン。
もう一つ気になっていたのです。
二人で旅をしている間、二人の関係をどういう設定にしましょう?
二人旅なら、夫婦でしょうか。」
だから、このお嬢様の天然ぶりをなんとかしろ、とヨハンは心の中で叫んだ。
「兄妹がいいところだろ。
似てないが、まあ、兄妹だからって似ている必要もないしな。」
「いいと思ったのですけど。
分かりました、それでは兄妹ということでよろしくお願いします。」
ともあれ。
ヨハンとオティーリエは二日後、月曜日の早朝から兄妹として出発することに決まった。
そして、色々なことを気にして落ち込む令嬢。
そんな令嬢の気持ちを立て直す手伝いをする従者。
これで、第3話は終わりです。
よろしければ、今後の励みになりますので、評価やご感想などいただけますと幸いです。
次回はいよいよ二人旅に出発です。




