10.事件の爪痕
マーガレットの家の居間。
カインとオティーリエは今、そこでマーガレットの母親であるフリージアに向かい合って座っている。
二人は、今日、マーガレットの身に起こったことを説明するために、マーガレットについて家までお邪魔したのだった。
マーガレットは部屋で休んでもらっている。
最初、カインの包帯が巻かれた顔を見たフリージアはびっくりしていたけれど、びっくりしただけで、忌避したりすることなく、家に上げてくれた。
カインはナディア、マーガレット、オティーリエの話し合いの場にはいなかったので、説明したのはオティーリエ。
ローガンが亡くなっていたこと、それを聞いてマーガレットがショックを受けて気絶したこと、ナディアとの話、カインがローガンの遺品を持って来たのだけれど、マーガレットに受け取ってもらえなかったこと、それから教会でマーガレットを診てもらって問題なかったことを話す。
そして、最後に。
「ごめんなさい、わたしが考えなしに話してしまったばかりに、マーガレットさんに辛い思いをさせてしまいました。」
オティーリエは、そう言って説明を締めくくった。
「そう、そんなことが・・・。」
フリージアが心配そうにマーガレットの部屋の方に視線を向けた。
オティーリエもつられて、その視線を追う。
その顔には痛まし気な表情が浮かんでいる。
それから、すぐにフリージアの視線がオティーリエに戻って来た。
その視線を感じて、オティーリエが慌ててフリージアに向き直る。
「ティリエちゃん、マーガレットを心配してくれてありがとう。
でも、そんなに気にしないで。
ティリエちゃんのせいじゃないんだから。」
「でも、もう少し言い方があったと思います。
もう少し、気を付けて話していれば。」
オティーリエがさらに言い募ろうとしたのを、フリージアは首を振って止めた。
オティーリエが途中で口を噤む。
「ティリエちゃん、手を出して。」
フリージアがそう言いながら、オティーリエに向けて手の平を上にして両手を伸ばした。。
オティーリエが訳の分からないままにその両手に自分の両手を重ねると、フリージアがオティーリエの両手を包み込むようにぎゅっと握った。
「ティリエちゃんには辛い役割を押し付けてしまったわね。
でもね。
ティリエちゃんが責任を感じる必要はないの。
あたし達、あの子の親の責任。」
フリージアが優しい笑みを浮かべて、オティーリエを見た。
そんなフリージアに、オティーリエが首を振る。
「そんな。
ご両親に責任はありません。
ローガンさんが亡くなったことも、ナディアさんのことも、今日、分かったことですから。」
「いいえ。
全てあたし達の責任。
だって、あたし達はあの子の親だから。
子供に起こったことは、全て、親の責任よ。
ローガン君のことも、ナディアさんのことも、本当はあたし達がきちんと子供の状況を見て、あたし達から言わないといけなかったことよ。」
オティーリエはフリージアの言葉に驚いた表情になった。
それから、じっとフリージアの優しい笑みを見つめた後、俯いて両目を瞑り、安堵の表情を浮かべる。
そして、握りしめられた自分の両手をフリージアの両手からそっと抜くと逆にフリージアの両手を握りしめた。
顔を上げて、小さな笑みを浮かべて、フリージアを見つめる。
「ありがとうございます。
素敵なご両親で安心しました。
マーガレットさんのこと、よろしくお願いします。」
「ええ、もちろんよ。
それと、ありがとうはこっちの方。
ショックを受けたあの子にずっとついててくれてたんでしょう?
ありがとうね、ティリエちゃん。」
それから、フリージアはオティーリエの手を解くと、カインの方を見た。
「カインさん。
マーガレットのためにわざわざこんな遠くまでありがとうございます。
でも、今はあの子も気持ちの整理が出来ていないのだと思います。
ローガン君の遺品は、あたし達で預からせていただけますか?
あの子の気持ちの整理がついたら、渡したいと思うのですが。」
そのフリージアの言葉にカインは逡巡した後、首を振った。
「いえ、私が時折、様子を伺いに参ります。
その時に大丈夫そうでしたら、お渡しさせて下さい。」
「いつになるか分からないのに、そんなご面倒をおかけするわけには。」
「大丈夫です。
私はここに留まります。
私を護るようにして亡くなった親友の、大切な婚約者が立ち直るのを見守らせて下さい。
それが、命を救われた私に出来るせめてもの償いですので。」
静かに決意を湛えて見つめるカインの目に、フリージアは仕方ないと溜息をついて頷いた。
「分かりました。
それでは、ご面倒をおかけしますが、よろしくお願いします。」
「いえ、こちらこそご面倒をおかけして申し訳ございません。」
フリージアとカインが、お互いに頭を下げ合う。
これで、話は一区切り。
オティーリエはやりたいことがあったので、二人に声をかけた。
「あの、すみません、フリージアさん、カインさん。
わたし、マーガレットさんと二人きりでお話したいので、お話してきていいですか?
その、カインさんには待ってて欲しいから、大変、失礼なのですが、フリージアさん、カインさんにここで待っててもらってもいいですか?
カインさんもちょっと待ってて欲しいんだけど、いいかな?」
ちょっと不躾なお願いをするので、オティーリエが焦って早口でまくしたてるように言ったものだから、それがおかしかったのか、フリージアとカインは顔を見合わせて少し笑った。
「ええ、大丈夫よ。」
「私も大丈夫です。
フリージアさん、すみませんが、少し待たせて下さい。」
「あ、ありがとう、フリージアさん、カインさん。
それじゃあ、ちょっとマーガレットさんのところに行ってくるね。」
二人の反応に恥ずかしそうに顔を赤らめたオティーリエが、誤魔化すように勢いよく立ち上がって、部屋を出て行った。
◇ ◇ ◇
オティーリエはマーガレットの部屋の前まで来ると、その扉をノックした。
少し待つと、中から「どうぞ」と声が返ってきたのでそっと扉を開けてマーガレットの部屋に入ると、マーガレットはベッドに腰掛けるようにして待っていた。
オティーリエはマーガレットが起き上がって座っているのを見て安堵の表情を浮かべた後、その泣き腫らした目に、すぐに気遣う様子でマーガレットの傍に来た。
それから、マーガレットの両手を取ってぎゅっと握ると、俯いてその手を額に当てながら言った。
「ごめんなさい、マーガレットさん。
わたしが、事件を解決したいから。
それを自分がしたんだという満足感を味わいたいから。
そんな自分勝手な理由で、遺族の気持ちも考えずにローガンさんのことを無神経に言ってしまって。
もっと遺族のことを考えて話せば、マーガレットさんが気絶するほどショックを受けずに済んだかもしれないのに。
わたしが考えなしだったばかりに、深く傷つけてしまって。
その上、さらに傷つけるような話を続けて。
こうして謝ることしか出来ないけど・・・本当にごめんなさい!」
オティーリエがそれまで溜まっていたものを吐き出すような勢いで言うと、マーガレットはオティーリエの手から自分の手を抜いて、オティーリエの頭を撫でた。
「ううん、大丈夫よ、ティリエちゃん。
そりゃ、ショックだったけど・・・。
でも、本当のことだもの。」
マーガレットがオティーリエを安心させるように笑みを浮かべる。
もちろん、その笑みには力はないし、無理をしているのがハッキリと分かるけれど、頑張って浮かべてくれた笑みだ。
顔を上げたオティーリエは泣き出しそうな目をしていて。
でも、マーガレットのその笑みを見て、小さく頷いた。
すると、マーガレットがオティーリエの頭に手を乗せたまま、顔の高さが合うように身を乗り出して来た。
オティーリエの顔のすぐ間近にマーガレットの顔が来る。
「それに、ナディア義母様にあんなことを言ったの、あたしのためでしょ?
だから、ありがとう、ティリエちゃん。
そんなに気にしないで。
あたしは大丈夫だから。
今は、あたしよりティリエちゃんの方が大丈夫じゃないみたい。」
マーガレットはそう言うと、手を離して姿勢を戻した。
それから、ぽんぽん、とベッドの自分のすぐ横を叩く。
それに、オティーリエがおずおずといった感じでマーガレットの横に来ると、えいっとベッドに座った。
アーサー入りのナップザックは膝の上に両腕で抱えて。
オティーリエが座った途端に、マーガレットがオティーリエの肩を抱き寄せた。
「本当に、そんなに抱え込まないで。
ティリエちゃんは、あたしのために頑張ってくれた。
だから、何も悪くないの。」
オティーリエはマーガレットに抱き寄せられると、その身に頭を預けて目を閉じた。
オティーリエにとっても、ナディアのことはショックだった。
マーガレットに対しても、本当は泣き出したいくらいに申し訳なくて。
ローガンが亡くなったことを無神経に言ったのは、ナディアに対しても同じ。
あの涙の中に、幾ばくかの本当があったかもしれない。
だから、本当のところ、オティーリエもいっぱいいっぱいだったのだ。
それに、こうして人の温もりを感じられる触れ合いも、久しぶりのことで。
だから、オティーリエはマーガレットの好意に甘えることにした。
マーガレットもオティーリエの頭に自分の頭を寄せて、軽くもたれかかる。
そのまま、静かな時間が流れて。
少しの間そうしていたけれど。
唐突に、オティーリエがぱっと身を起こした。
「ありがとう、マーガレットさん。
自分が辛いのに、わたしを気遣ってくれて。
おかげで、元気出たよ。
だから、次はわたしの番。」
アーサー入りのナップザックを足元に置いて、マーガレットに向けて両腕を広げた。
さあ、とばかりに両腕を広げるオティーリエに、マーガレットは鳩が豆鉄砲を喰らったような顔になると、くすくすと笑い始めた。
思っていたのと違う反応に、あれ?とオティーリエが首を傾げる。
「ティリエちゃん、そういうことはお姉さんの仕事。
まだ小さな女の子が背伸びしなくても大丈夫よ。」
オティーリエは屋敷の客間でのことを思い出したけれど、それを指摘するとマーガレットが悲しい気持ちまで思い出してしまいそうなので止めた。
ようやく無理矢理ではない笑みを浮かべたマーガレットに、そんなことを言う必要はない。
「わたし、今年で14歳だから、もう小さな女の子じゃないよ。」
わざわざ、今年で、とつけるのは、少しでも大きく見せたい微妙な気持ちの表れ。
オティーリエの言葉に、マーガレットの動きがピタッと止まった。
それから、驚きの声を上げる。
「ええ?!
ティリエちゃんって、あたしと3つしか違わないの?
てっきり10歳を少し超えたくらいかと思ってたのに。」
「ちょっと待って、マーガレットさんって16歳なの?!」
オティーリエも驚いた声を上げた。
マーガレットはオティーリエを年下に、オティーリエはマーガレットを年上に見ていたらしい。
二人はお互いに顔を見合わせた後、くすくすと笑い出した。
「マーガレットさん、大人っぽいんだもの。
もう少し年上だと思ってた。」
「あたしは逆ね。
ティリエちゃん、可愛いから、もう少し年下だと思ってたわ。」
不意に。
オティーリエが手を伸ばしてマーガレットの頬に触れた。
「マーガレットさん、笑えてよかった。
笑顔は、悲しみの一番の特効薬だもの。」
「あら。」
マーガレットはオティーリエの手に自分の手を重ねる。
「ふふ。
きっと、夜になるとまた泣くと思うけど。」
「でも、今だけでも笑ってくれて嬉しい。」
オティーリエは手を離すと、今度は自分からマーガレットに身を寄せて、もたれかかった。
マーガレットには、きっと、抱きしめるのではなくて、こうして寄り添う方がいいのだろうと思ったから。
「じゃあ、お姉さんに甘えちゃうね。」
「ええ。
好きなだけ甘えてちょうだい。」
マーガレットも、さっきと同じように、オティーリエの頭に自分の頭を乗せて、軽く身をもたれかけた。
◇ ◇ ◇
とはいえ。
カインを待たせてもいるし、この後にやらないといけないこともたくさん残っている。
というわけで、オティーリエは名残惜しいながらも少ししてマーガレットから身を離した。
そして、正面からまっすぐにマーガレットを見つめる。
その真剣な眼差しに、マーガレットも顔を引き締める。
「マーガレットさん、これからどうするの?」
オティーリエの質問に、マーガレットは首を振った。
「分からないわ。
でも、考えてみる。
だって、幼い頃からナディア義母様にお世話になっていたのは本当だもの。
あのナディア義母様の愛情が、嘘だなんて思いたくない。」
「わたしも、最初から今のナディアさんだったわけじゃなかった、と思う。
だから、マーガレットさんがそう思うのも当然だと思うし、間違っていないと思う。
どこで変わってしまったのかは分からないけど。」
オティーリエが言うと、マーガレットはゆっくりと頷いた。
「そうよね。
あのナディア義母様が最初からそうだったと限らないのよね。
なら、やっぱり大切にしてもらったご恩は返したいな。」
「そっか、分かった。
それと、マーガレットさんには、ご両親がついてるから。
それだけは忘れないで。」
先ほどのフリージアの言葉を思い浮かべながら、オティーリエが言う。
オティーリエの言ったことはマーガレットには不意打ちだったようで、ハッとした顔をした。
それから、大切な物をしまうように両手を胸にあてた後、頷いた。
「そうね。
ありがとう、ティリエちゃん。
父さん母さんとも話してみる。」
「それと、わたしも味方だよ。
もし、わたしでも話し相手に欲しいなぁと思ったら、神殿の日曜礼拝に来てくれれば、わたしは絶対そこにはいるから。
来てくれると嬉しいな。」
「あら、ウチには来てくれないの?」
「うーん、これでも意外と忙しくて。
本当は来たいんだけど、難しいの。
ごめんなさい。」
オティーリエが困ったように答えると、マーガレットもオティーリエの頭をぽんぽんとして、頷いた。
「分かったわ。
じゃあ、お姉さんが会いに行ってあげる。
こんな話、ティリエちゃんにしか出来ないから、話を聞いてくれると嬉しい。」
「うん。
待ってるね、お姉さん。
そうだ、そこでわたしのお友達も紹介するね。
みんないい人ばかりだから、きっとマーガレットさんも仲良くなれると思う。」
「そう。
楽しみにしているわ。」
二人は微笑みを交わし合う。
それから、オティーリエは先に立ち上がるとマーガレットに両手を差し出した。
マーガレットがその両手を取ると、オティーリエが後ろに体重をかけて、マーガレットをぐいっと引っ張って立ち上がらせる。
それから手を繋いで二人で居間に行き、四人で挨拶をしてから、カインとオティーリエはマーガレットの家を後にした。
◇ ◇ ◇
オティーリエはカインと並んでマーガレットの家を出ると早速話しかけた。
この後の色々を考えると、なにせ、時間が足りない。
とりあえず、最初の目的地に向かって歩きながら相談する。
と、言うことで、二人はオティーリエが先導する形で歩き始めた。
「カインさん、これからどうするの?
もうウィリアムソンのお屋敷には戻らないんでしょ?」
「ああ。
適当にアパートでも借りて、ゆっくり就職活動するつもりだ。」
オティーリエに合わせてか、突然、カインが話し方を崩した。
でも、オティーリエとしてもこっちの方が話しやすくていい。
「でも、その包帯、取らないつもりでしょ?
就職、難しくない?」
「容赦ないね、ティリエちゃん。
まあ、その通りなんだけど。」
カインが苦笑いを浮かべてオティーリエの指摘に答えた。
「うーん・・・でも・・・うん、とりあえず、就職相談所に案内するね。
その後は宿屋さんかな。」
オティーリエが腕を組んで考えながら言うと、カインはポカンとした後、再び苦笑いを浮かべた。
「ティリエちゃんは、ひょっとして、僕の面倒を見ようとしてくれてるのかな?」
「え?
ううん、そんなんじゃないよ。
カインさん、この街、不慣れでしょ?
だから、必要な所に案内くらいはしないと。」
オティーリエの言葉に、カインは今度は目を細めた後、眩しそうにオティーリエを見た。
包帯でぱっと見は分からないけれど、優しく微笑む。
それから、足を早めるとオティーリエの前に回り込んでオティーリエの方に向き直った。
そのカインの行動に、どうしたんだろう?と首を傾げたオティーリエが足を止めてカインを見上げる。
すると、カインは屈んでオティーリエと視線の高さを合わせて、オティーリエの頭にポンと手を乗せた。
「ティリエちゃん、僕はもう大人だ。
自分の面倒くらい、自分で見れるよ。
でも、ありがとう。
その気持ちは、受け取らせてもらうよ。
大丈夫だよ、なんとかなるさ。」
「あ、ごめん、余計なお世話だった?」
ちょっと気にした様子でオティーリエが言うと。
「そんなことないよ。
でも、ティリエちゃんの貴重な時間を、これ以上、僕のために使う必要はないってだけ。
だから、ここまでで大丈夫だよ。」
カインの言い分にオティーリエは納得出来ないのか、腕を組んだまま、うーん、と唸った。
でも、すぐに腕を解いてカインを見る。
「分かった。
じゃあ、ここまでにしておくね。
でも、どうしようもなくなったら、この街の神殿の日曜礼拝に来て。
毎月最後の日曜日の11時から開かれてるの。
わたしは、そこにだけは必ずいるから。
その時、本当は紹介したくないけど、最後の手段と思って、一つ就職先を紹介してあげる。」
「ありがとう、助かるよ。
その時は、遠慮なく頼らせてもらうよ。」
そう言うと、カインはオティーリエの頭から手を離して、立ち上がった。
「じゃあ、ティリエちゃん、ここまでありがとう。」
オティーリエはまだ納得しかねるという顔をしていたけれど、プルプルと頭を振ると、にっこりと笑顔になった。
「分かった。
じゃあ、また、どこかで。」
「そうだね。
また、どこかで会おう。」
そう言って、二人はここで別れた。
◇ ◇ ◇
オティーリエは、それからウォードの所に寄って事の顛末を話すと、ウォードは我が事のように憤慨してくれた。
もちろん、事件としては立件出来ないし、オティーリエもそのつもりはなかったので、ウォードとは話だけしてお城に戻った。
オティーリエがお城に戻ったのは夕食の直前。
これ以上、使用人達に迷惑をかけないように、急いで着替えなどの夕食の準備をして夕食の席に着いた。
もちろん、気落ちした様子など見せることなく、普段の通りに。
まだ十分ではないけれど。
それでも、マーガレットは前を向こうと頑張ります。
でも、やっぱり愛する人への想いは断ち切れず。
まだまだ立ち直るまでには時間がかかりそうです。




