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9.偽物の真実

オティーリエは屋敷の外には出ず、ジェイムスの書斎にやってきた。


「マーガレットさん、ごめんね、もう少しだけ付き合って。

 これが終われば、教会に行こう。」


オティーリエが途中でマーガレットにそう声をかけたけれど、マーガレットは虚ろな表情のままで何も反応しなかった。

でも、これからすることは、きっとマーガレットにも意味があることのはず。

気絶した直後のマーガレットは心配だし、辛いことは分かっているけれど、これだけはやっておきたい。


オティーリエは書斎の扉をノックすると、返事も待たずにがちゃっと開けた。

中には、予想通りローガンの偽者がいる。

扉が開いたことに気が付いたローガンの偽者はマーガレットとオティーリエの方を見ると、それまで読んでいた書物を書棚に戻した。


「わたしはティリエです。

 あなたのお名前は?」


オティーリエは扉から一歩入ったところで、マーガレットを抱いたまま、ローガンの偽者をまっすぐに見つめながら言った。

ローガンの偽者はそれで動きを止め、真意を測るように目を細めてオティーリエを見た。


「マーガレットさんを早く教会に連れて行きたいから、単刀直入に言うね。

 あなたはローガンさんじゃない。

 だけど、ローガンさんの意を受けて、ここに来たのでしょう?」


オティーリエの言葉に、マーガレットがピクっと反応した。

虚ろだったその顔に、表情が戻って来る。

マーガレットはオティーリエの顔を見た後、ローガンの偽者の方に視線を移した。


「想い人への贈り物のこととローガンさんのこと。

 その両方を知っている人は限られる。

 そして、あなたの立ち居振る舞いは軍隊で訓練を受けている人のものだった。

 同じ軍隊に所属して、ローガンさんが決して口にしないだろう想い人への贈り物のことを聞ける人物。

 つまり。」


オティーリエはここで一つ間を置き。

そして。


「あなたは、ローガンさんに想い人への贈り物を託されて来たのでしょう?」


オティーリエは今日、ナディアの真実を知るまでは、ローガンの偽物が想い人への贈り物を狙ってローガンのフリをして探しているのだろうと考えていた。

でも、違う。

想い人への贈り物のこととローガンの死の両方を知っていることの意味は、偽者という色眼鏡を外せば簡単に分かることだった。


オティーリエの指摘に、一瞬、目を見張ったローガンの偽物は目を伏せ、それから優し気な眼差しで顔を上げた。


「はじめまして、聡明なお嬢さん。

 私はカインと申します。

 ひとまず、大変そうなのでマーガレット嬢をお預かりしましょう。」

「ううん、マーガレットさんはさっき気絶してたの。

 だから、まっすぐ横になれるところに案内して欲しい。」

「分かりました、それでは、客間にご案内しましょう。

 多少、埃っぽいかもしれませんが、ローガンの部屋は今は私が使っているので失礼ですし、ナディアの部屋はふさわしくありません。」


ナディア、と呼び捨てしたことに、マーガレットがビクッとした。

怯えた表情を浮かべている。

オティーリエは抱いている腕に力を籠める。


「私の配慮に欠けた言葉で傷つけてしまい申し訳ございません。

 今はまず、客間へご案内します。

 後ほど、詳しく説明させて下さい。」



カインは二人の傍にやってきて頭を下げながらそう言うと、さっと踵を返して二人の脇をすり抜けた。

部屋を出て、二人に振り向く。


「こちらです。

 付いて来て下さい。」


そう言って先に立って歩き出した。

オティーリエはマーガレットに安心させるように微笑みかけてから、カインの後ろについて歩き出した。

もちろん、アーサーもその後をついていく。


 ◇ ◇ ◇


ウィリアムソン家の屋敷の客間で、マーガレットをベッドに寝かせて、カインとオティーリエはその横に椅子を置いて座った。

アーサーはナップザックに入れられてオティーリエが抱えている。

マーガレットはオティーリエから、気絶していたのだから今は上を見ているように言われたので天井を見つめ、不安そうな表情をしているけれど、オティーリエが手を握るとわずかに緊張を解いてくれた。


「まず、私はローガンの偽者としてこの家に現れましたが、顔を焼かれたことは事実ですので、この顔の包帯についてはご容赦下さい。」


カインがそう言うと、頭を下げた。

それから、顔を上げてマーガレットとオティーリエを見ながら話を続けた。


「手短に、ということでしたね。

 私は王国軍でローガンの同僚でした。

 青臭い話ですが、親友、と言ってもいいでしょう。

 同じ色の髪と瞳、背格好も似ているということでお互いに興味を持ち、意気投合したのがきっかけです。」


マーガレットとオティーリエは静かにカインの話に耳を傾ける。


「お互いに、何でも話しました。

 生まれも、育った環境も、それまで歩んできた人生も。

 その中で、ローガンはマーガレット嬢という幼馴染の婚約者がいて、落ち着いたら王都に呼んで一緒に暮らすんだ、という夢も聞きました。」


つーっと。

マーガレットの目の端から、涙が流れた。

オティーリエは握っている手に力を籠める。


「カインさん、教えて下さい。

 ローガンは、王国軍でどのように暮らしていたのですか?」


マーガレットが、天井を見上げながら、口を開いた。

気絶した後、一言も発さなかったマーガレットが口を開いたことに、オティーリエが少しだけ安堵をその顔に滲ませる。


「ローガンは誰に対しても公明正大で誰かを蔑むようなこともなく、多くの仲間に囲まれていました。

 そして、何事にも懸命に取り組んでいました。

 一日でも早くマーガレットさんと一緒になるのだと、いつも全力でした。

 その甲斐あって、最年少で分隊長を任されたのです。

 ですが、それが仇になりました。」


カインはそこまで言って、目を伏せる。

膝に置いた手をぎゅっと握って。

懺悔をするように。


「あの日、ローガンは分隊長として先頭を切って演習場の調査を行っていました。

 それで、未調査区域についても調査しなければならないと最初に踏み込んで、それで・・・。

 私の顔も、その時に焼かれました。

 しかし、ローガンが前にいてくれなければ、私も死んでいたでしょう。

 私は、彼に助けられたのです。」


カインが顔を上げた。

そして、天井を見たままのマーガレットの顔を見つめる。


「マーガレット嬢は私を詰って下さって構いません。

 ローガンのおかげで、私はこうしてここにいるのですから。」


カインの目に浮かぶのは自身の悔恨だろうか、マーガレットへの憐憫だろうか。

マーガレットはカインの方を向いて、その目を直視した。

そして、小さく首を振る。


「ううん。

 あなたも苦しんだことくらい分かる。

 それに、そんなことをしてもローガンは帰ってこないわ。」


そう静かに言って、再び天井を見つめた。

そのマーガレットを見つめて、カインは懐から布に包まれた直系15㎝くらいの球体を取り出した。

手の平に乗せて、その布を取り払う。

その手には、カットを施されていない巨大なピンクダイアモンド。

想い人への贈り物があった。


「マーガレット嬢。

 これを受け取って下さい。

 ローガンが軍に入る時に、唯一、私物として持ち込んだ物です。

 父親から、ローガンと未来の花嫁、つまり貴女達のために贈られた物なのだそうです。

 父親が貴女との結婚を喜んでくれた証だと言って、大切にしていました。

 だから、これは貴女が持つのが相応しい。」


カインはそう言って、マーガレットにそっと想い人への贈り物を差し出す。

しかし、マーガレットは上を向いたまま、首を振った。


「そんな物いらない。

 あたしは、ローガンに帰ってきて欲しかったの。

 ローガンが帰って来てくれれば、それだけでいいの。」


マーガレットはオティーリエが握っていない方の腕で目を覆った。

涙が次々に溢れて来る。

カインは痛まし気にマーガレットを見た後、オティーリエを見た。

オティーリエはそのカインの視線に首を振る。


「今は、まだ。

 ここまでにして、教会に行きましょう。」

「そうですね。

 それがいいでしょう。」


カインは想い人への贈り物を布で包むと、懐にしまった。


「マーガレット嬢、私が抱き上げてもよろしいでしょうか?

 気絶されたとのことですので、一度、教会へ行って診ていただきましょう。」

「歩けるから大丈夫。」


マーガレットはぐいっと涙を拭うと、身体を起こした。

でも、拭った後からさらに涙が流れて来る。

オティーリエはマーガレットの手を離してハンカチを取り出すと、マーガレットに渡した。

マーガレットは「ありがとう」と言ってそのハンカチを受け取ると、ハンカチで涙を拭く。

でも、次から次に溢れて来る涙は止まらない。

オティーリエは席を立ち、ベッドに座ると、マーガレットの肩をそっと抱きしめた。

オティーリエがカインを見ると、カインはその意を汲み取って静かに部屋を出て行く。

それから、オティーリエはマーガレットが落ち着くまで、ずっとそばでマーガレットを抱きしめていた。


 ◇ ◇ ◇


マーガレットが落ち着いた後、マーガレット、カイン、オティーリエの三人で教会へ向かった。

もちろん、マーガレットの診察のため。

結局、マーガレットは歩けると強く主張したので歩いて教会に行った。

ウィリアムソンのお屋敷を出たところで、ヨハンが通りすがりのように横を通り過ぎて行ったので、その時に頷いて合図を送って、お城に帰ってもらった。

そして、教会でマーガレットが診察を受けている間に、オティーリエはカインの事情を聞いた。


カインはローガンが犠牲となった不発弾の爆発事故に一緒に巻き込まれて、顔だけでなく左半身にも大火傷を負ってしまったのだそうだ。

その大火傷でカインも命を落としかけたけれど、同じ隊の仲間が大急ぎで中央神殿に運んでくれたおかげで、一名を取り留めたとのこと。

ただ、折悪しくどんな怪我も治せるという治癒術師は遠出していてその治療を受けられず、火傷痕が残ってしまった。

しかし、カインはそれも親友を犠牲に生き残ってしまった自分への戒めとして受け入れた。

王国軍は辞めてきたらしい。

ホルトノムル領に来たのは、もちろん、ローガンが大切にしていた想い人への贈り物を届けるため。

ローガンのフリをしてウィリアムソン家にやってきたのは、ナディアとマーガレットが想い人への贈り物を渡すのに相応しい人物かを見極めたかったから。

カインとしては、すぐに偽者だとバレると踏んでいたらしいのだけど、ナディアは何も言わないしマーガレットも最初から疑わしい目で見ながらも言葉にはしなかったらしく、それでずるずると長居することになったそうだ。


そうしてオティーリエがカインの話を聞いているとマーガレットの診察が終わり、診察室から出てきた。

特に異常はないけれど、念のため、少しの間、大人しくして様子を見て欲しいとのことだった。

特に別状なしということで、安堵の溜息を漏らすオティーリエ。


それから三人は、マーガレットの家に向かった。

息子の真相。

それは、マーガレットにとって残酷な現実でした。

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