8.その真相
「クロだったよ、ティリエちゃん。」
ウォードが開口一番、そう言った。
ここは第二騎士団中央庁舎3階の取調室。
昼食の後、すぐにお城を抜け出してきたオティーリエは、ウォードを訪ねてきたのだった。
もちろん、目的はローガンについて問い合わせてもらった結果を聞くため。
「やっぱりですか。
それで、本物のローガンさんは?」
「亡くなったそうだよ。
不発弾の爆発に巻き込まれたんだそうだ。」
ウォードの言葉に、オティーリエが一瞬、驚いた後、すぐに痛まし気な表情に変わった。
「そんな。
それは、あまり知りたくない情報でしたね。」
「まあ、事実だから仕方ないよ。
これが返事だよ。
ティリエちゃんに預けるから、ご家族に渡してくれると有り難い。」
言って、ウォードが一通の封筒をオティーリエに渡した。
「どうもありがとうございます。」
意気消沈した様子のオティーリエはそれを受け取ると、中身を取り出して内容を確認し、再び封筒にしまった。
「ただ、一つ疑問なんだよね。
人が亡くなっている以上、遺族には連絡が行っていると思うんだけど。」
ウォードが顎を撫でながら言う。
それにオティーリエも頷いた。
「確かにそうですね。
それも併せて聞いてみます。」
「分かった。
あと、犯人はどうするつもりだい?
ご家族が被害届を出せば、立件出来るけど。」
「逆に出さなければ、立件出来ないのですよね?」
「そうだね。
実際に被害が出ていない現状では、届がなければ立件出来ない。」
二人とも、それは分かっていたこと。
なので、確認のための会話。
二人で頷き合うと、オティーリエが先ほどの質問に答えた。
「ご家族に伝えて、判断してもらうつもりです。」
「そうだね、それがいい。
結論が出たら、教えてくれると助かるよ。」
「分かりました。
この後、伝えに行きますので、終わりましたら、また寄りますね。」
「よろしく頼むよ。」
◇ ◇ ◇
オティーリエがウィリアムソン家を訪ねると、ナディアに大歓迎された。
マーガレットもいたので、話をするのにちょうどいい。
オティーリエが応接室に通されると、マーガレットがティータイムの準備をしてくれた。
今日は一人一個づつ、ケーキを出される。
アーサーには木の実。
そのアーサーはナップザックから出されてオティーリエの横に座っている。
三人が席に着くと、オティーリエは早速、話を切り出した。
「あのね、今日はお二人に大事な話があるの。
気を失わないように気を張って聞いてくれる?」
「どうしたの、改まって。」
オティーリエのいきなりの言葉に、ナディアとマーガレットが顔を見合わせた。
「ローガンさんに関しての話。
申し訳ないけど、勝手に調べたの。」
それで、二人の顔に緊張感が走る。
ただ、その様子はそれぞれで。
ナディアはオティーリエを探るような様子で、マーガレットはオティーリエの言葉を待ち構えるような感じだった。
「それで、あの人は偽者。」
オティーリエが一言だけ言うと、ナディアは変わらずオティーリエを探るように見つめたまま頷き、マーガレットの方はやっぱり、という感じで納得の表情で頷いた。
「そうじゃないかと思っていたのよ。
さすがティリエちゃん、たった3日で調べちゃうなんて。
それで、本物のローガンは?」
マーガレットがオティーリエに質問すると、ナディアも確認するようにオティーリエを見た。
二人の視線にオティーリエは一度下を向いて目を瞑ると、意を決して顔を上げた。
「亡くなられたって。
不発弾の爆発に巻き込まれたって。」
痛まし気な表情で、でも、しっかり二人を見ながら、オティーリエが告げた。
そのオティーリエの言葉に、ナディアは呆然とした顔を。
マーガレットは信じられない、という顔で立ち上がり。
「嘘!」
叫び声を上げ、みるみる顔色を失っていく。
それから、テーブルを回り込んでオティーリエの横に来ると、オティーリエの両肩を掴んで揺さぶった。
「嘘でしょ?
ねえ、嘘だって言って!」
それでも、オティーリエはマーガレットをまっすぐに見て答えた。
「信じたくないと思うけど、本当。
第二騎士団から王国軍に問い合わせた結果だから、間違いないと思う。」
その言葉に、マーガレットは膝から崩れ落ちると、オティーリエの方に倒れこんできた。
あまりのショックに卒倒してしまったらしい。
オティーリエはぱっと立ち上がると、マーガレットを抱き留めた。
そのまま、いったんゆっくりと床に寝かせると、首と膝の下に手を入れて抱き上げる。
「ナディアさん、マーガレットさんを落ち着いて寝かせられる所ってある?」
呆然としていたらしいナディアは、いきなりそう尋ねられて、少し泡を食ったような様子で答えた。
「あ、ええ、それなら、そのソファが柔らかくていいと思うわ。
ティリエちゃんはこっちに座って。」
その言葉に、オティーリエは強烈な違和感を覚えた。
まだ会うのは二回目だけど、前回の柔らかな物腰と子供を想う気持ちからすると、こういう時は客間のベッド、いや、使用人がいなくて使えないと言うなら、せめて自分のベッドにでも連れて行くように言いそうだ。
娘として可愛がっているマーガレットなら、なおさら。
だから。
その違和感をきっかけに、オティーリエの中で、ナディア・トリシア・エルデンシア・ウィリアムソンという人物についての認識がクルリとひっくり返った。
そして、ウィリアムソン家を取り巻く状況についても。
その新たな認識は、オティーリエにも少なくない衝撃を与えた。
マーガレットをソファに寝かせるためにナディアに背中を向けていたのは幸いだった。
目が悪くて見えないかもしれないけれど、それでもオティーリエは今の自分の顔をナディアに見られたくなかったから。
オティーリエは気を落ち着かせるために、ことさら丁寧にマーガレットを自分の座っていたソファに寝かせ、胸元を広げて呼吸が楽になるようにする。
アーサーには床に降りてもらった。
『我が主よ。
私が傍についている。
ヨハンも外に控えているのだろう。
大丈夫だ。』
アーサーがオティーリエの様子に気が付いて、床から見上げながら、元気づけてくれる。
オティーリエはアーサーに向かって一つ頷くと、スッと立ち上がった。
その時には何とか気を落ち着かせて、でも、ナディアの横には行かず、向かい合わせに立ったまま、ナディアに話しかけた。
「ナディアさん、すみません、余計なことをしてしまって。
まさか、こんなことになってるなんて思ってもみなくて。」
「いいえ、ティリエちゃんのせいではないもの。
気にしないで。
でも、ああ、ローガン・・・。」
ナディアは最後は消え入りそうな声になりながら言うと、ハンカチを取り出して、わっとそれに顔を埋めた。
「それが、答えなんだね。」
そんなナディアを見たオティーリエが、ポツリと漏らした。
ハンカチに顔を埋めるナディアをじっと見たオティーリエは、両手をぎゅっと握ると、意を決して口を開いた。
「ナディアさん、知ってたよね?
ローガンさんが亡くなってたこと。」
静かに告げる。
その声色にはなんの感情も乗っていない。
淡々と、ただ事実を告げるだけ。
ナディアは涙に濡れて、化粧も崩れてグズグズになった顔を上げた。
問いかけるような眼差しでオティーリエを見る。
「王国軍が連絡してないはずないもの。
どうして、そんな知らなかったように振る舞うの?」
オティーリエの言葉に、ナディアは再びハンカチに顔を埋めた。
「・・・ええ、知っていましたよ。
でも、そんなこと・・・受け入れられないでしょう?
だから、見なかったことにしたの。」
「ナディアさん、その言葉はダメだよ。」
オティーリエは残念そうに。
本当に残念そうに言った。
「あなたが演じた、優しい誠実なお婆さんはそんなことしない。
だって、それは、お手伝いに来てくれるマーガレットさんを騙すということだもの。
娘のように思っていたという、大事な、息子さんの婚約者にする仕打ちじゃないよ。
・・・マーガレットさんには、せめて話しておくべきだったね。」
オティーリエの言葉に、ナディアはハンカチに顔を埋めたまま、ピクリと肩が動いた。
でも、それだけ。
顔を上げないし、言葉も発さない。
「最初からおかしかった。
あの荒れた庭。
息子さんに遺すためと言うなら、ほんの少しでも手入れしようとしている努力の跡があるべきだよ。
それが、親から子への想いというものでしょう。
それから、息子さんに財産を遺すと言いながら、自分のためのお金は惜しまず使ってるよね?
ウサギ屋さんは、庶民でも手が出せる価格帯だけど、それでもしょっちゅうは無理。
それに、服にお化粧品も。
一目で上流階級の人だと分かるような物を使ってる。
社交界から身を引いて、ただ一人で静かに暮らしていくだけなら、そういうところから節約していくものじゃないの?」
オティーリエはそこで一度、口を閉じてナディアの様子を見た。
まだ、ナディアは何の反応も示さない。
だから、オティーリエはさらに言葉を続けた。
「もう、お金が残っていないんだよね?
ローガンさんの偽者とどんな話になっているかは分からないけど、少なくとも渡りに船だったんでしょ?
想い人への贈り物を探してくれるし、マーガレットさんにローガンさんが亡くなってることを伝えずにすむし。
だから、誰とも知れない偽者を受け入れたんだよね?」
これが、オティーリエが改めて認識したウィリアムソン家の現状。
推測も多いけれど、大きく間違ってはいないはず。
少なくとも、ナディアについての認識はズレていないと確信している。
しばらく沈黙が流れると、ナディアは顔を埋めていたハンカチで顔を拭い、顔を上げた。
その顔には微笑が浮かんでいる。
先ほどまでの悲嘆にくれた様子は微塵もない。
「頭がいいのね、ティリエちゃんは。」
ナディアはそう言うと、一口、すっかり温くなってしまったお茶を口にした。
「それで、そのお話が本当だとすると、私はどうなるのかしら?」
オティーリエの言い分を肯定はしないけれど、否定もしない。
だけど、その顔はオティーリエの言葉が正しいと雄弁に物語っている。
どうするべきか、オティーリエは必死で頭を働かせる。
ナディアがやっていることは、表向きは子供のためと言いながら、その実は自分の欲を満たすためにお金を使い果たし、悪足掻きをしているだけ。
それも、マーガレットの善意を利用し、ローガンの偽者を利用して想い人への贈り物を探そうとしているていどのことだ。
このウィリアムソン家のために出来ることはなんだろう?
お金がない、と言ってもそれはナディアが散財したせいだし、お金を渡せばいいというものでもない。
ローガンの偽者についても、偽者と分かった上で受け入れている以上、オティーリエが口を挟むことではないだろう。
つまり、一番の問題はナディア。
昔からこうだったのだろうか?
亡くなった一人息子を迎えにも行かず、その婚約者を騙すようにその善意に付け込んで使用人のように使う。
でも、マーガレットが母親のように慕っているのだから、最初からこうだったとは思えない。
では、元のナディアはどうだったのだろう?
マーガレットが気にしていないということは、今、表向きに見せている顔が元のナディアだったのだろうか?
・・・いや。
宝石の収集家でもない旦那さんが唯一、想い人への贈り物だけを購入した理由。
お金と違って消費されず、価値の変わらない物。
そして、旦那さんは一代で富を築いたやり手の商人。
ここから推測出来る答えは。
お金とは別に、消費されない遺産を遺しておきたかったということ。
それはつまり、旦那さんはお金は消費されてしまうと見越していたということだろう。
ナディアの最も近い位置にいた人が、そう評価していたということだ。
そうすると、偽者のローガンはどうやって想い人への贈り物の存在を知ったのだろうか。
どうして、探さないといけなかったのだろう。
オティーリエはそこまで考えると、これからどうするかを決めた。
ウィリアムソン家、いや、ナディアについては自業自得で、その結末は自らが受け止めるべき。
それは、これからの未来において、受け止めていくものになるだろう。
でも、マーガレットは違う。
何も知らされず、ただ、その善意を利用されているだけ。
だから、今。
出来ることは。
すべきことは。
オティーリエはナディアの質問に、ふるふると首を振った。
「どうもならない。
犯罪を犯したわけじゃないもの。」
「そうよね。
だって、私は何もしていないもの。
なら、どうして、私はこうして糾弾されなければならいのかしら?」
ナディアが自信満々に言った。
オティーリエはそれに答えず、さらに言い募る。
聞かせたい人がいるから。
これは、きっと、今、この瞬間にしか出来ないことだから。
たとえ辛くても、知っていて欲しいから。
だから、オティーリエが言わなければいけない。
「マーガレットさんはあなたにとって、都合のいいお手伝いさんだったんだね。
使用人がいなくなっても、ただで家のことをしてくれていたのだから。」
「あら、私が頼んだ訳ではないわ。
その子が好きでやっていることだもの。」
「これからはどうするの?」
「何も変わらないわ。
だって、その子は私の大事な娘だもの。」
ナディアの言葉は、もちろん額面通りの言葉ではない。
これからもマーガレットの無私の奉仕を当然のように受け、そして、そうするだろうマーガレットを侮る言葉だ。
その答えに、オティーリエは悲しそうに首を振った。
「分かった。」
オティーリエは一言、そう言うと、ナディアに背を向け、マーガレットの横に跪いた。
その手を握り、額に手を当てる。
「マーガレットさん、ごめんなさい。
辛いことを見せてしまって。
でも、どうしても知っておいて欲しくて。」
オティーリエが本当のナディアを見せたかったのは、マーガレット。
マーガレットは、すでに目覚めていた。
そのことにオティーリエは気が付いていたけれど、ナディアは目が悪く、気絶しているものと注意を払っていなかったようで、それに気付いていなかった。
マーガレットはじっとオティーリエを見た後、目を瞑り、小さく首を振った。
オティーリエの言葉に強く反応したのはナディア。
「え?
マーガレット?」
慌てたように腰を浮かせて二人の方を見る。
しかし、オティーリエはナディアを一顧だにせず、マーガレットも焦点の合わない目で天井を見たまま。
マーガレットは、本当はもう少し寝かせておいた方がいいのだけれど、今はソファの上で足をひじ掛けから投げ出したような状態。
このままの姿勢も辛いだろうから、オティーリエはマーガレットを連れて行くことにした。
広げていたマーガレットの胸元を元に戻して、そっと抱き上げると、そのまま扉に向かう。
「マーガレット、あなたはそんな2日しか会っていない子供の言い分を信じるの?
それで私を置いて行くのかい?」
ナディアが、憐れみを誘う声音で言いながら二人の方に手を伸ばす。
しかし、オティーリエはそのまま部屋を出て行き、マーガレットも特に何も反応しなかった。
最後に、アーサーが殿を務めるように昂然と部屋を出て行った。
一見、平和な家族の真相。
マーガレットは二重のショックで茫然自失です。
令嬢は母親は早くに亡くしましたが、父親をはじめ、周囲の人に愛されて育ちました。
ですので、家族の愛情を疑うことはありません。
だからこそ、見抜けなかった真相。
だからこそ、気づけた真実。
マーガレットに真実を知ってもらうため、自分自身、ショックを受けながらも、オティーリエも頑張りました。




