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6.捜査依頼

オティーリエはナディアの家を辞した後、いったん東の大通りに戻り、東門と中央広場を繋ぐバスに乗って中央広場に戻った。

それから、次は第二騎士団の中央庁舎へと向かう。


『アーサー、怪しい方でしたね。』

『素顔を曝せない者は往々にして怪しいものだ。

 事情がある以上は仕方がないことだとは言えるが。』


その道中で、アーサーとローガンについての相談。

周囲にはそうと悟られないように、何食わぬ顔で念話で会話をする。


『事情、ですか。

 その事情、本当だと思いますか?』

『それを判断するには情報が足りない。

 だが、そのようなことは関係なく、我が主はあの人物が怪しいと考えているのだろう?』

『はい。

 マーガレットさんがローガンさんを怪しんでいるのが一番の理由ではありますけれど。

 あと、ローガンさんが部屋を出て行く時に、マーガレットさんの視線を避けている様子が伺えましたので。』

『あまり論理的な理由とは言えないが。

 だが、それでも我が主はあの家族のために何かするつもりなのだろう?』

『はい。

 少なくとも、ローガンさんについて情報を集めることは無駄ではないと思いますので、ローガンさんのことを調べてみます。

 それから、ローガンさんが偽者だとした場合、目的についても調べてみるつもりです。』

『そうだろうと思っていた。

 私が力になれることはあるか?』

『そうですね。

 とりあえず、その可愛らしさを振りまいて下されば、多いに助けになります。』

『・・・可愛らしさ?』

『いえ。

 普段通りにしていただいているだけで、十分、助けになりますので大丈夫ですよ。』

『幾分、ひっかかる物言いだが、了解した。』


 ◇ ◇ ◇


オティーリエは捜査部に着くと、キョロキョロと中を見回した。

今日はハイリがいない。

もともとウォードに用事があったので、ハイリがいなくても大丈夫と言えば大丈夫なのだけれど。

でも、肝心のウォードも姿が見えない。

なので、とりあえずオティーリエは第一グループの一番近くに座っている人に声をかけることにした。

オティーリエがその人物のデスクに向かうと、気配を感じたのか、その人物が顔を上げてオティーリエを見た。


「すみません、ピクトさん。

 少しいいですか?」


彼はピクト・トーマス。

第一グループの中堅の捜査員で、いかにも捜査員といった印象の強面の男性だ。


「ん?

 ああ、嬢ちゃん。

 俺に何か用か?」

「ウォードさんはどちらでしょう?

 ちょっとお願いがあって。」

「キャップ?

 なら、今は会議中だな。

 10分くらいで戻ってくると思うが。」

「ありがとうございます、分かりました。

 それでは、少しお待ちしますね。」

「ん。」


ピクトは生返事をすると書類に向き直った。

オティーリエは通路に戻ると、壁際に立って待つことにした。


『我が主よ、前回も思ったが、ここは空気が悪い。』


立っていると、アーサーから苦情が聞こえてきた。

実際、部屋の中は煙草の匂いが充満していて、かなり空気が悪い。

オティーリエがここに来だした頃にハイリに同じことを言ったことがあったのだけど、捜査部は捜査そのものが原因だったり、夜遅くまで働いていたり、休日も急な出勤があったりとストレスが多く、ヘビースモーカーの多い職場だと説明を受けた。

換気扇は付いているけれど、換気が追いつかないらしい。


『少し我慢して下さい。

 ここで調査を依頼しますので。』

『分かってはいるが。

 みな、よくこのような空気の所にいれるものだ。

 どうしてこの部屋だけこんなに空気が悪いのだ?』


アーサーはナップザックから顔を出してはいないものの、騒がしさから人が大勢いることは把握出来たので、この感想が出てきたようだ。


『喫煙が原因です。

 喫煙はご存じですか?』


オティーリエは質問しつつも、アーサーは知らないことだろうと思っていた。

古語に該当する単語がないので、喫煙という言葉だけは古語ではなくて現代語だ。


『いや、聞いたことがない単語だ。』

『やはりですか。

 喫煙、というのは、煙草という植物の葉を燃やして、その煙を吸うことを言います。

 なんでもストレス解消になるそうで、この部屋にいる方々のお仕事はストレスが多いらしく、かなり喫煙される方が多いらしいですよ。』

『喫煙をする当人にしてみればいいのかも知れぬが、喫煙しない者にしてみれば迷惑な話だな。』

『そうですね。

 正直、この部屋に長時間いると、気持ちが悪くなります。』

「やあ、ティリエちゃん、今日はどうしたんだい?」

「え?

 あ、ミヤリさん、こんにちは。

 ちょっとウォードさんにお願いがあって。」


オティーリエがアーサーと会話していると、ボーっと立っているオティーリエを気にしたのか、声をかけてくる人物がいた。

声をかけてきたのはミヤリ・スミス。

捜査部第3グループの新人捜査員で、オティーリエも顔馴染み。

そもそも、オティーリエは捜査部全員に顔を覚えられている。

中にはオティーリエを邪険にする人もいるけれど、こうして親し気に話しかけてくれる人もいる。


『アーサー、話しかけられたので、こちらの会話に集中します。』

『了解した。』


ミヤリとの会話の隙間で、アーサーに伝える。

さすがに、まだオティーリエは他人と会話しながらアーサーとの念話を同時にこなすのは無理。


「ああ、ウォードリーダーか。

 そういえば例の魔獣事件、ティリエちゃんのおかげで早期解決出来たんだって?

 さすがティリエちゃんだね。」

「ううん、わたしじゃなくて、第1グループのみなさんの捜査のおかげです。」

「そんなことないよ。

 第1グループの連中、感謝してたよ。

 それで、ティリエちゃん、土曜日、時間ある?」

「え?

 いえ、ごめんなさい、土曜日はすでに約束があります。」

「そうなんだ、残念。

 なら。」

「こら、お前は職場で何をやってるんだ。」


ミヤリが言葉を続けようとしたところに、横から声がかかった。

ウォードだ。


「ティリエちゃんがウォードリーダーをお待ちのようでしたので、時間潰しのお相手をしていました。」


ミヤリがウォードに胡散臭そうに見られながらも、ハキハキと答えた。

それにハァと小さく息を吐いたウォードが、眉を顰めながらミヤリに言った。


「なら、俺が来たからもういいぞ。

 ティリエちゃん、待たせたようで申し訳ない。

 俺に用事なのかい?」

「はい、ウォードさんじゃないと頼めないことをお願いしたくて。

 ミヤリさん、お相手下さってありがとうございました。

 おかげさまで、暇を持て余さずにすみました。」


前半はウォードの方を、後半はミヤリの方を向いて。


「いや、こっちこそ、急に声をかけてごめんね。

 それじゃ。」


ミヤリが頭をかきながら立ち去ろうとすると、オティーリエが呼び止めた。


「あ、ミヤリさん、わたしに何か用事だったんじゃないんですか?」

「ああ、ティリエちゃん、それは気にしなくて大丈夫。

 それじゃあ、場所を移して話を聞こう。」


オティーリエの疑問に答えたのはミヤリではなくてウォード。

でも、ミヤリは気にしないで手を振ってそのまま自席に戻って行った。

ウォードも歩き出したので、オティーリエは首を傾げつつ、ウォードに着いて行った。


 ◇ ◇ ◇


「なるほど、そのローガンが怪しいから、調べて欲しいということだね?」

「はい、そうなんです。

 お礼も出来ないし、事件として立件出来るかも怪しいので、ウォードさんの手を煩わせるのも申し訳ないのですけど。」


取り調べ室に場所を移して、オティーリエはウォードに、かくかくしかじかと今日あったことを話した。

オティーリエはただ頼むだけなのが後ろめたいせいで、少し上目遣いになっている。

ちなみにアーサーはナップザックから出されて机の上。


「いや、我々第二騎士団は領都に住む人々の安全を守ることが使命だからね。

 ティリエちゃんが気にする必要はないよ。」

「ありがとうございます。

 それで、その、ウォードさんにお願いしたいのは、王国軍にローガンさんが今、何しているか問い合わせてもらえないかなと思って。」

「ああ、なるほど、確かに上手くすればそれで一発だね。

 じゃあ、ホルトノムル領の第二騎士団が捜査の一環で知りたい、と理由をつけて問い合わせてみるよ。」

「ありがとうございまっ!・・・す。」


オティーリエはぱっと立ち上がると、勢いよく頭を下げた。

机の高さがオティーリエの想定より高く、勢いあまって机に頭をぶつけて、ガンッと大きな音が響いたけれど。


「ちょ、大丈夫かい?

 今、ものすごい音がしたけど。」


ウォードが思わず腰を浮かせて、オティーリエを心配そうに見る。

オティーリエはぶつけた所をさすりながら頭を上げて椅子に座り直すと、ちょっとばつが悪そうに笑った。

アーサーからなんとなく呆れたような雰囲気が漂っている。


「すみません、大丈夫です。

 それより、それならすぐに返事も来そうですね、助かります。」


オティーリエはさっきのことはなかったことのように嬉しそうに言った。

そんなオティーリエにウォードも腰を下ろすと笑みを浮かべて頷いた。


「これくらいお安い御用だよ。

 ティリエちゃんにはいつもお世話になってるしね。

 それで、返事はどうやって知らせればいいかい?」

「とりあえず、4日後のお昼過ぎにまた来ますので、その時に教えて下さい。」

「分かった。

 じゃあ、この後、すぐに手配しておくよ。」

「よろしくお願いします。」


オティーリエも今度は落ち着いて、座ったまま軽く頭を下げた。


「後は、その偽者と思わしき何者かの調査だね。

 直接本人に話を聞くのが一番だけど、それは避けたいんだよね?」


ウォードが顎をさするようにしながら確認する。

それにオティーリエは頷いた。


「はい。

 まずはナディアさんとマーガレットさんにどうしたいか確認してからにしたいと思っています。」

「分かった。

 今のところ、危害を加える感じではないようだし、第二騎士団として手を出すのは控えるよ。

 その辺りの警邏部に巡回を増やすようにだけは伝えておくね。」

「はい、何から何までありがとうございます。」


こうしてオティーリエからのウィリアムソン家に関するお願いが終わると、オティーリエが気にしているだろうから、ということでウォードは魔獣事件の結末についてオティーリエに話せる内容だけ話した。

その内容は第二騎士団長が報告した内容とほぼ同じだけど、固有名は全て伏せて。

オティーリエも自分を気遣っての配慮だと受け取ったので、それについては質問しなかった。


ウォードとオティーリエ、それぞれの話が終わると、オティーリエは中央庁舎を後にした。

オティーリエは本当はもう一ヵ所、行きたい場所があったのだけれど、時間がもう遅いので、それは明後日にすることにして、今日のところはお城に戻ることにした。

第二騎士団(警察)に捜査依頼。

普通はなかなか出来ませんが、令嬢は捜査員と良好な関係を築いているおかげで、あまり気にせずに依頼してしまいます。

現実で言うところの警察署なんていう、普通は緊張する場所になんでもない顔で入っていくティリエは、総合庁舎に勤務する人で知らない人はいなかったりします。

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