5.怪しい息子
オティーリエがナディアとマーガレットに案内されて到着した家は、東地区には珍しい大きな邸宅だった。
基本的に上流階級の人々は南地区に居を構えていて、東、西地区には一般的な家庭が多い。
しかし、ナディアの家は周囲の家6軒分くらいの大きさがあって、建物も立派だ。
オティーリエが二人に案内されて門をくぐると、庭はあまり手入れされていないようで、雑草があちこちに生えている。
背の高い木は植わっていないようなので外からは分からないけれど、中に入ると一目瞭然だ。
しかし、二人は気にした様子もなくオティーリエを家の中に案内する。
オティーリエが通されたのは応接間。
ふかふかのソファに、美しい装飾の施されたソファの高さに合わせた低めのダイニングテーブル。
その他の部屋に置かれている家具も立派な物ばかりで、かなりの資産家なことが伺える。
それで、あの庭なのは少しちぐはぐな印象を受けもするけれど、ここに来る道中話してくれた通り、一人息子は王国軍に入り、主人であるナディアの夫も亡くなって人との交流がなくなっているのだろう。
ナディアが余生を過ごすのに必要なお金だけを使って、他の出費は抑えている結果が、このちぐはぐさなのだろうとオティーリエは納得した。
オティーリエがナップザックを抱えてソファに座ると、お向かいのソファにナディアが座り、マーガレットは部屋を出て行った。
アーサーがひょっこりナップザックから顔を出したけれど、ナディアはそれに気付いていないようにオティーリエに話しかけた。
「我儘言って連れて来てしまってごめんなさいね。
でも、貴女のような子と知り合えるなんて幸せなことだから、どうしてもお知り合いになりたくて。」
「幸せって、大げさだよ。
でも、わたしもこの後どうしようかと思ってたから、お誘いしてもらってちょうどよかったんだ。
だから、こちらこそ、ありがとう。」
オティーリエの返事に、ナディアは優し気に微笑んだ。
家に着くまでの道中ですっかり打ち解けてしまい、すでに口調も砕けたものになっている。
「そう言ってもらえると助かるわ。
大した物はないけど、ゆっくりして行ってね。
アーサー君も袋から出してもらって構いませんよ。」
「うん、ありがとう。
ところで、ローガンさんは?
出来れば、ご挨拶させてもらおうかと思ったんだけど。」
オティーリエがせっかくだからとアーサーをナップザックから出しながらそう言うと、ナディアは顔を曇らせた。
「あの子は顔に火傷を負ったせいで、人に会うのを極端に嫌がるようになってしまったの。
マーガレットにも用がなければ会おうとしないくらい。
それに、会話も声を出すのが辛いらしくて筆談なのよ。
だから、お気持ちは嬉しいのだけど、そっとしておいてあげてもらえないかしら?」
「あ、ううん。
そういうことなら、無理言うつもりはないから大丈夫。」
「あら、ローガンの話?」
ナディアとオティーリエが話しているところに、マーガレットがワゴンを押して部屋に入って来た。
ワゴンの上にはお皿に盛ったスコーンにクロテッドクリーム、ジャムとティーセットが乗っている。
「ええ、ティリエちゃんが挨拶したいって。
でも、あの状態でしょう?
お断りさせていただいたところよ。」
ナディアが答えている横で、マーガレットはスコーンとクロテッドクリームとジャムをテーブルに並べた後、オティーリエの前にお茶の入ったティーカップを置いた。
「どうぞ。」
「どうもありがとう。」
マーガレットは次にナディアの前にティーカップを置き、最後にナディアの横の席にティーカップを置くと、自分もナディアの横に座った。
全員が座ったところで、ナディアがティーカップに口をつける。
「それがいいですね。
ごめんなさい、ティリエちゃん。
ローガン、本当に変になっちゃって。
なんだか人が変わってしまったみたい。」
マーガレットが、まずはナディアに頷いた後、次にオティーリエの方を向いて話を続けた。
その表情は暗い。
「マーガレット、家の事情をあまり言うものではないわ。」
「あ、すみません、ナディア義母様。
ティリエちゃん、今の忘れて。
それより、スコーンとお茶をどうぞ。」
「あ、うん、ありがとう。
えっと、顔に大火傷を負っちゃったんだよね。
そんなにひどいの?」
オティーリエは勧められるまま、お茶に口を付けながら質問した。
それにナディアとマーガレットは顔を見合わせると、ナディアが右手を頬にあてて、ふうっと溜息をついてから答えた。
「あまり人様に言うことでもないのだけれど。
ええ。
顔全体の皮膚が爛れて、火傷の痕がない所がないくらい。
前髪も一部が焼けちゃってなくなってるのよね。
だから、常に頭全体を覆うように包帯を巻いて、素顔を見せないようにしているのよ。」
「そのせいか、内に籠っちゃって。
前はあんなに明るくて優しい人だったのに、今はあたしが近づくのも避けるのよ。
夜にはお酒を呷っているようだし、日中はジェイムス義父様の書斎から出てこないし、本当に前とは何もかも違うのよ。」
マーガレットも眉をひそめて話してくれる。
婚約者という立場もあって、色々と思うところがあるようだ。
「そっか。
早くよくなって、元のローガンさんに戻るといいんだけど。
そうだ、東地区の教会の神父さんより、東の壁外の教会の神父さんの方が腕がいいって評判だけどって、これくらい知ってるよね。」
怪我や病気の治療などといった医療行為は、基本的に教会が行っている。
そのノウハウは各教会間で共有されているらしく、どの教会に行っても一通りの治療は受けられるが、それでもやはり教会にいる神父によって差は出来てしまう。
ホルトノムル領都において一番の神父は東の壁外の教会の神父だというのが領都内での評判だ。
「ええ。
でも、治療を受けに行くように言っても聞かないのよ。」
マーガレットが大きな溜息をつきながら答えた。
「あ、そうだ、旦那さんの書斎を見せてもらっても大丈夫?
きっと本がいっぱいあるんでしょう?
どんな本があるか見させてもらえると嬉しいな。」
オティーリエがふと思いついたように急に話題を変えた。
でも、実際は話題は変わっていない。
「ええ、そうだけど。
ふふ、そういうことね。
分かりました。
構いませんよ。」
「え、でも、ナディア義母様。」
その真意に気が付いて微笑んで頷いたナディアに、マーガレットが戸惑った様子で声をかける。
「いいのよ。
少し、家族とは違う人と接してみるのものいい刺激になるかもしれないわ。
ティリエちゃんはその点、安心だし。」
「分かりました。
ナディア義母様がそう仰るのでしたら、あたしも反対しません。」
マーガレットも頷いたところで、ナディアはにっこり笑って手を合わせて、オティーリエを見た。
「でも、その前に、せっかくマーガレットが用意してくれたのだから、お茶を楽しんでからにしましょう。」
「あ、うん、分かった。
マーガレットさん、ありがとう。」
それからは、世間話や街の噂話で三人で楽しくティータイムを過ごした。
スコーンがなくなる頃には会話も一段落して、三人は書斎へと向かった。
◇ ◇ ◇
マーガレットは書斎の扉をノックした。
しかし、中から返事はない。
少し待っても返事がないので、マーガレットは書斎の扉を開けた。
「ティリエちゃん、どうぞ。」
「ありがとうございます。
失礼します。」
部屋に入るので、つい敬語で。
ナディアが先だって部屋に入ると、次にオティーリエが部屋に入った。
最後にマーガレットが入って来て、扉を閉める。
オティーリエは書斎に入って中を見渡すと、目を輝かせた。
応接室よりも広い部屋で、窓と扉を除いた壁全体が書架になっていて、ぎっしりと本が並べられている。
一個人の蔵書としては有り得ないほどの量だ。
書架の上の方は大人の男性でも背が届かないほど高く、書架のすぐ手前に天井から吊り下げられたパイプがあって、そのパイプに引っ掛けて使う小さな階段が設置されている。
どうやら、その階段を移動させて、上の方の書物を取るようになっているようだ。
そして、今、その階段の途中に片足をかけて立ったまま、異貌の男性が一人、本を手に持って読んでいた。
頭全体を包帯で覆い、見えているのは目と口と耳だけ。
所々、はみ出た灰色の髪が見える。
三人が部屋に入って来る音に気が付いて、その人物が顔を上げた。
ジロリと三人を見つめた後、オティーリエで視線を止めた。
オティーリエを見るその瞳も灰色で、どこか暗い光を湛えている。
鼻筋はスッキリと通っていて、包帯で覆われていても、元々は整った容姿だっただろうことが伺えた。
「あら、ここにいたのね。
ティリエちゃん、紹介するわ。
息子のローガン。
ローガン、こちらはお客様のティリエちゃんよ。」
ナディアがオティーリエとローガンをそれぞれに紹介した。
ナディアの態度は和やかだけれど、マーガレットはローガンをどこか不審そうに見ている。
「はじめまして、ローガンさん。
ティリエと言います。
よろしくお願いします。」
紹介されて、オティーリエはにっこりと笑って挨拶をした。
しかし、ローガンはそれを無視して持っていた本を書架に戻すと、そのまま三人の脇を通り抜けて部屋を出て行ってしまった。
その時のローガンの様子に、オティーリエは少し引っかかりを覚えた。
オティーリエと言うよりも、マーガレットの視線を避けているように思えたから。
それから、マーガレットも。
ローガンを見るその目が親しい人を見る目ではなく、どこか他人を見るような目だった。
「これ、ローガン。」
ナディアが声をかけたけれど、ローガンはそれも無視してどこかへ行ってしまった。
それにナディアは小さく溜息をつくと、オティーリエに向き直った。
「ごめんなさいね。
せっかく挨拶に来てくれたのに。」
「ううん、大丈夫。
わたしが無理言ってきたんだし。
でも、あまり役に立てなかったようでごめんなさい。」
ちょっとしゅんとした様子でオティーリエが謝ると、ナディアが安心させるように笑みを浮かべた。
「いいえ、いいのよ。
もともと私達家族の問題。
ティリエちゃんが気にする必要はないわ。」
「うーん、でも・・・うん、分かった。
あの、不躾なんだけど、4日後にもう一度、来てもいい?」
「ローガンのことなら本当に気にしなくていいのよ。」
オティーリエの言葉に、ちょっと心配そうにナディアが言うと、オティーリエは大丈夫と言うように小さく笑みを浮かべて首を振った。
「ううん、大丈夫。
わたしが気になるから。」
「そうなの?
まあ、ティリエちゃんが来てくれるなら、大歓迎だけど。」
「ありがとう、よかった。
ところで、蔵書を見せてもらっていい?
興味があるのも本当だから。」
「ええ、それはもちろんいいけれど。」
「ありがとう。
じゃあ、見させてもらうね。」
ちょっと心配そうな様子のナディアに笑顔で言ってから、オティーリエは部屋の中の本をみて回った。
アーサーは左肩の定位置に乗っている。
立派な装丁で背表紙にタイトルも書かれていない本も多い。
オティーリエはナディアに説明を受けながら、とりあえず全体像を把握した。
なんでも夫であるジェイムスは世界各国の歴史と宗教に興味があって、国内で販売されている物だけでなく、他国の物も輸入したり現地に行ったりして集めていたのだそう。
その結果がこの部屋で、言われてみれば本の形になっていない巻物のような物や木の板に直接書かれたような物まであった。
オティーリエは三人が部屋に入って来た時にローガンが見ていた本も収納した場所を覚えていて確認した。
他国の物ではなく、国内で販売されている歴史書。
分厚いだけあって、建国時から書かれている歴史書だったけれど、特別なところはなく、ごくありふれた歴史書だった。
オティーリエは書斎も見せてもらった後、それでナディアとマーガレットに挨拶をして、ナディアの家を後にした。
誰がどう見ても怪しい息子の登場です。
でも、母親であるお婆さんは受け入れている様子で。
むしろ婚約者の方が怪しんでいる様子。
この家族を見て、令嬢の想うところは?




