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4.新しいお友達

火曜日の午後、オティーリエは東の大通りを歩いていた。

いつものようにアーサーを入れたナップザックを背負って。

最近、魔獣騒ぎのせいで西側ばかり行っていたけれど、だいぶ落ち着いてきたので、今日は違う場所に行ってみることにしたのだった。


東の大通りは国内外の商人達が行き交うメインストリートで、大勢の商人達や荷物を運ぶ車が行き来している。

オティーリエはそんな賑やかな通りを人の間を縫うように歩いていた。


向かった先はスペンサー商会。

魔獣事件の犯人であるコレット・スペンサーの夫が経営するお店だ。

かなりの額の損害賠償請求が行われたはずだが、お店は正常に運営されているようだ。

今も一人、お客様が入店していき、それを店員が笑顔で迎え入れている。

その様子にほっと胸を撫でおろすオティーリエ。


その後、スペンサー商会から目を逸らした先で、気になる光景を見た。

一人のお婆さんが立ち往生しているよう。

なので、オティーリエはお婆さんに近づくと、声をかけた。

お婆さんは背中が少し曲がって杖を突いているので、顔の高さがちょうどオティーリエと同じくらいだ。


「こんにちは、お婆さん。

 大丈夫ですか?」


お婆さんは声をかけられてオティーリエの方を向いたけれど、目の焦点が合っていない。

どうも目が悪いよう。


「お嬢さんは?」


それでも、声とだいたいの感じで相手が分かるみたい。

全く見えていないというわけではなさそう。


「わたしはティリエと言います。

 お婆さん、困ってるみたいで気になったので。

 大丈夫ですか?」


そのお婆さんは着ているものは上等だし、髪もきちんと手入れされていて、皴はあるけれど、肌も綺麗だ。

杖を持つその手も加齢で節くれだっているものの、タコやマメといった手荒れの様子はない。

おそらく上流階級の老婦人だろう。


「あらまあ、これはどうもありがとうね。

 私はナディア。

 実は連れとはぐれてしまって、困っていたところなのよ。

 見ての通り、目が悪くてね。

 人混みは手を引いてもらわないと歩けないのだけれど、連れがお店に入ったのを外で待っているうちに人混みに流されちゃったの。」

「お連れさんはどのお店に入ったのですか?」

「ベンジャミン・ベーカリーだよ。」


今いる場所から2軒ほど隣のパン屋さんだ。

ウサギの看板が目印で、国内各領に支店を持つ大きなパン屋さん。

独特の製法で作られるパンは門外不出で、冷めても柔らかくておいしいパンは、旅人や商人達にも愛好されている。

それにしても、ナディアはけっこう人混みに流されてしまっていたらしい。


「じゃあ、まずはウサギ屋さんに行ってみましよう。

 お婆さん、掴まって下さい。」


言いながら、オティーリエが左手を差し伸べた。

ナディアがその手を握り返す。

ウサギ屋さん、というのはベンジャミン・ベーカリーの通称。


「ありがとう、ティリエさん。」


ティリエでいる時にさん付けで呼ばれることは基本的にない。

呼び捨てか、ちゃん付けがデフォルト。

なので、オティーリエはちょっとくすぐったい思いをしながら、ナディアの手を引いてベンジャミン・ベーカリーに連れて行った。

二人がお店の前に着いた時、ちょうどお店から出てきた女性がきょろきょろと周囲を見回した後、こちらを見て近づいて来た。


「お待たせしました、ナディア義母様(かあさま)

 えっと、こちらの女の子は?」


その女性は軽く首を傾げてオティーリエの方を見た。

たぶん、まだ20歳になっていないだろう女性で、長くて明るい青色の髪と菫色の瞳が目を引く美人さんだ。


「ティリエさんとおっしゃって、人混みに流されて困っていたところを助けてくれたの。

 ありがとう、ティリエさん、おかげで連れと合流出来たわ。」

「そうだったのですか。

 ありがとうございます、ティリエさん。」

「ううん、お婆さんがお連れさんと合流出来てよかったです。

 じゃあ、わたしはこれで。」


オティーリエは用も済んだのでその場を去ろうとしたけれど、しかしナディアが握ったままの手を離してくれなかった。

強引に振りほどくのも申し訳ない気がしたので、オティーリエも無理に離そうとはしない。


「・・・えっと、お婆さん?」

「ティリエさん、この後、お時間あるかしら。

 よろしければ我が家へお越し下さいな。

 ぜひお礼をしたいわ。」

「え?

 ええっと。

 お礼なんていいですよ。

 大したことしてませんし。」


突然、そんなことを言われて戸惑った表情のオティーリエ。

断ったものの、しかし、連れの女性もナディアを援護するようなことを言い出した。


「いいえ、おかげではぐれずに済みましたから。

 もしよろしければ、ぜひ、ウチにいらして下さい。

 もちろん、大丈夫なら、ですけど。」


二人に言われて、オティーリエも引くに引けず。

それに、実際のところ、この後どうするか決めてない。

なので。


「分りました。

 それじゃあ、お邪魔させてもらいますね。」


オティーリエが了承すると、お婆さんと連れの女性はお互いに楽しそうな笑みを交わし合った。

それから、連れの女性はオティーリエを挟んでナディアと反対側に回ると、その右手を取って歩き出す。


ナディアの家に向かう道中で聞いた話によると、ナディアのフルネームはナディア・トリシア・エルデンシア・ウィリアムソン。


東地区に住んでいて、今は亡くなった旦那さんが残してくれた遺産で暮らしているとのことだった。

けっこうな資産家で大きな屋敷に住んでいるものの、もう人に会うこともないので体面などを気にしなくてもいいし、出来るだけ息子とこれから出来る娘に資産を残したいとのことで、一人暮らしをしているのだそうだ。


とはいえ、目が悪いのに一人暮らしというのも大変なので、連れの女性が面倒を見てくれているらしい。

連れの女性の名前はマーガレット。

義母さんと呼んでいるけれど、本当はまだ娘ではなくて、ナディアの一人息子の婚約者。

マーガレットの家は資産家でもなく、ごく一般的な家庭の娘なのだけれど、ナディアの一人息子とは幼馴染で、幼い頃からナディアにお世話になっているらしい。

ナディアにとっても娘同然の存在で、マーガレットも第二の母として慕っているそうだ。


それから、ナディアの一人息子の名前はローガン・ウィリアムソン。

王国軍に志願して入隊し、王都で暮らしていたのだけれど、事故に遭い、顔に大火傷を負って一週間ほど前に帰って来たらしい。

今は自宅、つまりナディアの家で療養中。


王国軍というのは、言葉の通り、オリベール王国が保有する軍隊のこと。

近代化が進むにつれて主力武器が剣や弓から銃や大砲といった兵器に変わり、それに伴って戦略も戦術も変化して。

その結果、騎士団そのものがなくなり、現在では軍事力は軍隊という形で持つ国がほとんどだ。

軍隊という名前の通り、その力は戦闘行為にのみ特化していて、基本的に戦闘以外の任務に就くことはない。


ホルトノムル領は国境を守るために軍隊が出来る前から軍事力としての騎士団を持っていたので、その伝統を重んじて、まだ騎士団を持っているけれど、実はそれは名前を残しているだけで、組織自体は現代的なものになっている。


オティーリエは二人に、ただティリエとだけ自己紹介した。

事情があって住んでいる所などは言えないと言うと、ナディアもマーガレットも気にしないから大丈夫、と言ってくれた。


それから、アーサーも紹介したところ、大いに可愛がられた。

もちろん、アーサーはナディアとマーガレットに触られるのを嫌がったので触れはしなかったものの、ナップザックから出した顔を可愛い可愛いと言って騒がれた。

おかげで、アーサーはすぐに頭を引っ込めてしまったけれど。


そんな風にお互いに自己紹介しながら、和気藹々で三人はナディアの家に向かったのだった。

ようやく第3話の内容に入りました。

令嬢は街でお婆さんと女性の二人組と知り合います。

人の良い二人組に誘われて、お婆さんの家に招待されます。

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