2.月に一度のお楽しみ
今日はオティーリエが待ちに待った第2日曜日。
なぜ待ちに待ったかと言うと、毎月第2日曜日は飛行機で空を飛ぶ日だから。
10歳の頃からの習慣で、当時、それはもう猛烈に我儘を言って手に入れた権利である。
その代わりに色々と勉強時間が増えて、平日の自由時間はほとんどなくなったけれど、それと引き換えにしても十分な報酬だったとオティーリエは考えている。
今日はその上、金曜日にマージナリィに見せてもらった空飛ぶティーカップ(仮)の試乗もさせてもらうことになっている。
おかげで、もうオティーリエのテンションは朝から鰻上りで、朝食が済むやいなや、ウキウキで飛行場にやってきたのだった。
もちろん、その恰好も飛行機に乗るためのものだ。
深緑色の飛行帽に飛行服に革製のしっかりしたロングブーツ。
ゴーグルを頭に装着して、首元には白いストールを巻いている。
すべて小柄なオティーリエに合わせた特注品だ。
アーサーを入れるナップザックは、今は背中に背負っているけれど、飛行機に乗る時は前にかける予定。
だけれど、とりあえず、今はアーサーはナップザックに入っていなくて、オティーリエの横をテコテコと歩いている。
こちらも、その足取りはどこか楽しそうだ。
あと、オティーリエはアーサーの他に三人の侍女を連れている。
彼女たちは当然、飛行機には乗らない。
主が戻って来て、休憩のお茶を準備するために付いて来ている。
オティーリエが滑走路の端で、今日集合予定のみんなが集まっている所に向かうと、向こうが気が付いて手を振って来た。
オティーリエもそれに小さく手を振り返しながら近づいて行く。
そこにいるのはマージナリィをはじめ、マージナリィを補佐する技術員が二人、それからオティーリエの飛行に付き合ってくれる第一騎士団の飛行隊の騎士四人だ。
本来なら今日は日曜日なのでお休みなのだけれど、オティーリエのためにみんな休日返上で付き合ってくれるのだ。
もちろん、代休は取れるけれど、わざわざみんながお休みの日にオティーリエのためにお仕事してくれることに、オティーリエはいつも感謝している。
たとえ、マージナリィのそれは趣味の一環でもあり、その部下である技術員達もその同類だとしても。
たとえ、第一騎士団の騎士達も、自由に空を飛べるいい機会を得られる上に、オティーリエに自分たちの操縦技術を教えるのを楽しんでいるのだとしても。
それはともかくとして、オティーリエはみんなの所に来ると、笑顔で挨拶と感謝を述べた。
「みなさん、おはようございます。
お休みだと言うのに、お集りいただきまして、ありがたく存じます。
今日もよろしくお願いしますね。」
オティーリエが挨拶すると、みんなからも口々におはようございます、と挨拶が返って来た。
「姫様、こちらは準備万端ですぞ。
早速、カップドローンにご搭乗下さい。」
マージナリィが前に出てオティーリエを出迎えながら、空飛ぶティーカップ(仮)を手で指し示した。
どうやら、カップドローンという名前になったらしい。
「はい、心待ちにしておりました。
試乗させていただきますね。」
オティーリエは背負っていたナップザックを前にかけ直すと、アーサーをその中に入れた。
アーサーはナップザックから顔だけ出す。
ティーカップは横に人が一人通れるだけの搭乗口が設けられていて、オティーリエはそこからカップドローンに乗り込んだ。
ティーカップの中には椅子が設置されていて、他には椅子の前に計器類が取り付けられた箱があり、その箱にはさらにレバーが一つ、取り付けられていた。
その他に、床からは操縦桿らしきものが生えている。
オティーリエが椅子に座ると、マージナリィが近づいてきて、横から指差しながら機器それぞれについて教えてくれる。
ちなみに、第一騎士団の騎士達も周りを取り囲んで、興味深そうに見ている。
「この計器類は飛行機と同じですので、姫様にはご説明不要でしょう。」
「はい。
対気速度計、姿勢指示計、高度計、昇降計、方位計、旋回計、湯温計、燃料計ですね。」
「左様でございます。
操縦は、そのレバーと操縦桿で行います。
レバーを引くと上昇、押すと下降します。」
言われて、オティーリエはレバーを引いたり押したりしてみる。
「押す量、引く量でスピードが変わります。
押せば押すほど、引けば引くほど、スピードが上がりますので、ご注意下さい。」
「分かりました。
ところで、このレバー、先が回るようですね。」
レバーの先はくるくる回るようになっていた。
オティーリエが指先で軽く回してみる。
「その部分で機体を回転させます。
回した方に回しただけ、機体が向きを変えます。
回転スピードも回す速度に合わせて回転しますので、こちらも十分にお気をつけ下さい。
それから最後に、本機は操縦桿で前後左右に動きます。
飛行機と違って、前後は上昇下降ではなく、そのまま前進後退になっていますし、左右も旋回ではなく、そちらへの移動になりますので、ここは頭を切り替えて操縦して下さい。」
「分かりました。」
オティーリエはとりあえずそのまま、レバーと操縦桿を動かしてみた。
大人の男性向けサイズなので、軽く前傾姿勢での操縦だし、レバーを操作するためには腕を中途半端に伸ばさないといけなかったりと、ちょっと動かしにくい。
とはいえ、それは今まで操縦してきた機械でもそうだったので、もう慣れっこ。
オティーリエはある程度、レバーと操縦桿を動かすのに馴染むと、マージナリィを見た。
「習うより慣れろですね。
動かしてみます。」
「承知いたしました。
外での初飛行ですので、十分にお気を付け下さい。」
オティーリエの言葉に、マージナリィと周囲を取り囲んでいた第一騎士団の騎士達がその場を離れる。
オティーリエは周囲に人がいなくなったのを確認すると、目の上に着けていたゴーグルを目にかけ直して、蒸気機関を動かすスイッチと思わしきボタンを押した。
それで、底部周辺に取り付けられた円の中のプロペラが回り出す。
少し待って、レバーをゆっくり少しだけ引くと、それに合わせて機体が上昇した。
少し離れた所にいる第一騎士団の騎士達から、おお!と歓声が上がる。
オティーリエはこれから起こることに笑みが浮かぶのを抑えきれず、その顔に笑みを浮かべると、今度はレバーの上に付いている回転する部分を回してみた。
オティーリエが回すのに合わせて、機体も回転する、
その時に少し高度が下がって来たので、レバーを引いて、ついでに今度は成人男性の背の高さくらいまで上昇させた。
次は操縦桿。
操縦桿をわずかに前に傾けると、ゆっくりと機体は前に進んだ。
でも、少し違和感。
機体がわずかに前に傾いたような?
後ろに傾けると後ろに、左右は当然、左右に。
それぞれ、操縦桿を倒した方向に動く。
でも、その度にオティーリエは違和感を感じた。
姿勢指示計でも確認すると、やはりわずかに進行方向に傾いている。
それで少し考えた後、オティーリエは操縦桿を思い切り前に倒した。
すると、オティーリエの予想通り、機体は前傾姿勢になり、真っ直ぐ前に進んだ。
そう、前傾姿勢のまま、真っ直ぐ前。
つまるところ、斜め前方に地面に突っ込むように前進したのだ。
しかし、ゆっくり動かしていた時の感触からそれを予測していたオティーリエは、慌てずにレバーを上げると、地面に平行に真っ直ぐ前に進むように調整した。
そうして、凄まじい勢いで前進した機体は滑走路の端まであっという間に着いてしまったので、そこでオティーリエは操縦桿とレバーを戻した。
そこに滞空しつつ、レバーの回転部分を回して、みんながいる方に向く。
そちらでは、みんなが両手を振り上げながら、歓声を上げている。
オティーリエはみんなの方に向かってゆっくり進みだすと、レバーの回転部分をくるくると回してみた。
向きが変わると、それに合わせて機体の進む方向も傾きも変わる。
傾いた状態のままで。
おかげで変な方向に進んでバランスも崩しそうだったので、オティーリエは操縦桿とレバーをいったん初期位置に戻した。
それで、機体はその場にまっすぐに滞空する。
それから、改めてみんなの方を向くと、今度をみんなの方を向いたまま、左に大きく迂回しながら戻る機動にチャレンジしてみた。
もちろん、スピードはゆっくりと。
操縦桿とレバー、それからレバーの上の回転部分を上手く使って。
『どうですか、アーサー、この乗り物は。』
『魔力も使わずに、これだけ空中を自由に動けることに驚いているところだ。
しかし、それ以上に我が主の適応力の高さに驚いた。
素晴らしい操縦だ。』
『アーサーに感心していただけるとは光栄です。
これくらいのスピードでしたら、なんとかなりますよ。
これより速くとなりますと、練習が必要ですね。』
などと、アーサーと軽く会話しているうちにみんなの所に着いた。
そこでオティーリエは機体を停止させると、今度はレバーを引いて、より上空へと上がった。
滑走路横の格納庫の屋根が下に見えるくらい、アーサーの操縦席で街を見たのと同じくらいの高さまで。
このカップドローンでこのくらい上空に上がると、空中に身一つで放り出されたような感じがして、少々、心もとない印象。
第一騎士団の騎士達は大丈夫と言うだろうけど、中には内心、怖いと感じる人もいそうな気がする。
オティーリエはアーサーのおかげで、もう大丈夫だけど。
椅子一つで空中に放り出されるより、よほど心強い。
ここまで上空に来ると、風も強まる。
カップドローンはその風の影響で、風を受けたのと反対方向に傾いて動いてしまうようで、風の影響を意識して操縦する必要がありそうだ。
そこまで確認すると、オティーリエはくるくると回りながら降下した。
垂直降下ていどなら、風の影響もそこまで考えなくても大丈夫。
でも、目標位置から少しズレそうだったので、途中から軌道修正しながら降下していく。
そして、最後はみんなの前に降りて来てあるていどの高さで回転を止めると、そのままゆっくりと機体を着陸させてスイッチを切り、ゴーグルを目の上に上げて機体から降りた。
みんなが拍手で迎えてくれる。
それに、オティーリエはドレスは着ていないけれど、背筋を伸ばしたまま右足を斜め後ろの内側に引いて、左足を軽く曲げて優雅に礼をした。
「さすがオティーリエお嬢様、初めての操縦とは思えない滑らかな機動でしたね。」
「本当に。
これなら、すぐにでも街の上を飛べそうですよ。」
「みなさまもご体験下さい。
素晴らしい飛行体験でしたよ。」
オティーリエを囲んで口々に褒めそやす第一騎士団の騎士達に、オティーリエは笑顔で応えながら隙間を抜けて、侍女達が用意してくれていた椅子に座った。
すると、一人の侍女が簡易テーブルにお茶を入れて差し出してくれて、また別の侍女がパラソルをかざしてくれる。
オティーリエはそれぞれにお礼を言うと、一口、お茶を口に含んだ。
アーサーはオティーリエが前にかけたナップザックから、ひょっこり顔を出したままだ。
そこに、マージナリィが技術員を伴って近づいてきて、声をかけた。
「姫様、いかがでしたかな。」
「大変、楽しかったです。
これでしたら、市街地の低空でも飛ばせそうですね。
少し大きくして、街中での災害時の救助活動などに大きく貢献しそうな気がします。
そのような意味では、第二騎士団向けの機械かもしれませんね。」
オティーリエの感想に、マージナリィは笑みを浮かべたまま首を振った。
「姫様はまず領民のための使い道をお考えになられますが、どのような機械でも、兵器に使おうとする者はいるものです。
つまり、姫様のお言葉を変えると、市街地の掃討戦などに向いているということになりますかな。」
「それは分かっておりますが、そのような考え方は好ましくありません。」
マージナリィの言い分に、オティーリエは少し憂いを含んだ表情になると、また一口、お茶を口に含んだ。
「それで、乗り心地はいかがでしたかな?」
マージナリィが一番聞きたいのはそこ。
マージナリィの後ろで、技術員達がメモのために鉛筆と手帳を構えた。
さらにその後ろでは第一騎士団の騎士達が興味深そうに耳を澄ましている。
質問されたオティーリエは、今度は打って変わって楽しそうな笑みを浮かべて答えた。
「操作は簡単ですけれど、きちんと飛ばすにはかなりの熟練が必要だと感じました。
操縦桿を傾ければ傾けるほど機体も傾きますので、軌道が想定から外れていきます。
ですので、それに合わせて操縦桿とレバーで進行方向を調整する必要がありました。
まっすぐでしたら直感的に対応も分かるかもしれませんけれど、左右への移動や旋回などをしようとしますと、どう操縦桿とレバーを動かせばどう機体が動くかを把握していなければ、想定と違う軌道を飛ぶことになると思います。
最悪の場合、姿勢が制御出来ずに墜落する危険があると感じました。
それから、操縦の反応は今くらいがちょうどいいと思いました。
これより速くても遅くても、操縦しずらくなると思います。
あと、風の影響を飛行機以上に受ける印象です。
常に風を意識していないといけません。」
「ありがとうございます。
なるほど、やはり動かしてみないと分からないことは多いですな。
姫様、申し訳ございませんが、もう少しお付き合い下さい。」
「はい、分かっております。」
マージナリィが一歩下がると、恐縮しきりで技術員の二人が前に出てきた。
そして、長い挨拶の後、細かい聞き取り調査を行う。
オティーリエは技術員の質問に、一つ一つ丁寧に答えていった。
二人の技術員の後ろでは、マージナリィと第一騎士団の騎士達も真剣にその問答を聞いている。
それと言うのも、この後は集まった第一騎士団の騎士達がテスト飛行を行うから。
そうして、オティーリエの聞き取り調査が終わると、今度は第一騎士団の騎士達が順番にテスト飛行を行って、同じように聞き取り調査が行われる。
態勢を崩して墜落しかかったり、実際に墜落したり。
ワザと難しい機動を試して明後日の方向に飛んで行ったり。
ちょっとした怪我をした人は出たけれど、幸い大怪我には至らず、なんとか全員無事にテスト飛行を終えた。
途中、墜落した後の機体チェックや整備、燃料補給などを行ったこともあって、終えた頃にはもうお昼時。
マージナリィと技術員達はさらなる改良のためにカップドローンを持ってさっさと引き上げていき、残ったみんなはこの場で一緒に昼食をとることになった。
オティーリエは椅子に座って、他のみんなは滑走路の横の芝生に直接座っての昼食。
侍女達は一緒にはとらずに給仕に専念している。
料理はオティーリエがお城の料理人に作ってもらった物だ。
この昼食も、第一騎士団の騎士達が休日返上で参加する理由の一つ。
それから、実はもう一つ理由があって。
オティーリエが侍女を連れて来るということで、男所帯の騎士達にとって、女性と触れ合える貴重な機会だから。
なので、侍女達も給仕をしながらも、会話の輪の中に入れられてしまう。
オティーリエも城内なら立場上、それを咎めなければならないけれど、この場は別。
日曜日のお昼で格式ばった場ではないし、もともとはお休みなので、咎めたりしない。
そして、これは騎士達からだけではなくて、侍女達から見ても、第一騎士団の精鋭というエリートと知り合える貴重な機会である。
そんな訳で、参加者全員にとって、この時間はとても有意義な時間となっていた。
オティーリエは年配の騎士と午前中のカップドローンの話題で盛り上がり、若い騎士と侍女達はお互いのことを紹介し合って過ごした。
午後は前半は飛行機で街の上空をフライト。
後半はお城の上空で模擬戦闘。
こうして、オティーリエにとって3月の第二日曜日はとても充実した一日となった。
まだ第3話の内容に入れませんでした。
今回はオティーリエの日常です。
今日は飛行機で空を飛んで英気を養っています。
ついでに爺やの新発明もあって、テンションダダ上りの日曜日でした。




