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1.帝国の影

技師誘拐事件の次の日。

オティーリエは午後の勉強の時間の後、夕食までの小休止の時間を利用して、マージナリィの工房に来ていた。

今日は城外からではなく、自室から来ているので正装。


本当に隙間時間を利用しての訪問で、マージナリィと会話した後すぐに夕食の時間になるので、少し時間は早いけれど、イブニングドレスを着て髪もきちんと編み込まれている。

さすがにドレス姿でナップザックを担ぐわけにはいかないので、アーサーは左肩の上。

それから、侍女が三人。


お茶の用意もオティーリエの持ち込みで、お茶請けのクッキーやマージナリィの好物のショートブレッドなどを侍女達が応接セットに準備してくれる。

夕食前なので、量は少なめで。


侍女達が準備をしている間、マージナリィとオティーリエはマージナリィの執務机で開発談義に花を咲かせ、準備が済めば、お茶の時間。

今日はお茶を淹れるのも侍女達だ。

オティーリエがソファに座ると、アーサーはオティーリエの肩から降りて、ソファのオティーリエの横で丸くなった。


今日、オティーリエがここを訪問した理由。

それはもちろん、昨日の車について語りつくすため。


ヨハンでは車の話題を振っても反応が薄いけれど、マージナリィは乗り気で聞いてくれるはず。

そんな期待を込めて、オティーリエはクッキーを一口、口にして、お茶を口に含んだ後、早速話し始めた。

もちろん、勢い込んで身を乗り出すなどといった淑女にあるまじき行為はしない。


「爺や、昨日、凄い車を見たのです。」


でも、胸の前で両手を組んでいたり、頬が薄くピンクがかっていたりと、かなり興奮気味なのは簡単に見て取れる。


「ほお、姫様をそれだけ夢中にさせたのは、どのような車ですかな?」


マージナリィが膝の上に肘をついて両手を組み、その上に顎を乗せて質問した。

真剣な表情で、目を細めている。

かなり熱を入れて話を聞きに来ている姿勢だ。


「空を飛んだのです。」

「ほお?」


ピクッとマージナリィの片眉が上がる。


「その車はかなりのスピードで走っていたのですけれど、屋根から棒が出て来て、その棒が3つに分かれたかと思うと、ハンググライダーのような大きな二等辺三角形になったのです。

 その後、フワリと浮いて、タイヤを内側に格納した後、後部からプロペラを二基出して、そのまま飛んで行ってしまいました。

 あ、最後はヨハンが爺やの作った銃で撃ち落としたのですけれど。」

「なるほど、聞く限りでは姫様の仰る通り、ハンググライダーの技術を応用して作った物のようですな。

 世の中にはパラシュートを出して、背中に推進器を付けて空を飛ぶという技術もありますから、それに着想を得たのかもしれません。

 ただ、車のような重たい物を持ち上げるだけの揚力をどのように生み出したのか・・・確かに気になりますな。」


マージナリィは顎を両手に乗せたまま頷いた。

ヨハンが撃ち落としたという下りはこの際、主題ではないので無視。

オティーリエはマージナリィが話に乗って来たことに勢いを得て、さらに言い募ろうとしたけれど、マージナリィの方が一瞬早く口を開いた。

右目の端をキラリと光らせつつ。


「ですが姫様、そのような車にうつつを抜かしている場合ではございません。」


マージナリィが芝居がかった調子で身を起こし、両腕を広げた。


「これより、我が新発明をご覧にいれましょう。

 そのような車など、霞んで見えるに違いありません。

 本当はもう少し完熟飛行を行ってからと考えていましたが、姫様にお見せするのは今しかないと思い至りました。」

「え?

 えっと、爺や?」


突然のマージナリィの行動と話題転換に、オティーリエは戸惑った様子でマージナリィを見た。

オティーリエの想定では、誘拐犯の車についてマージナリィとあれこれ話すつもりだったのに、なんだか話の流れが違う。


マージナリィは、そんなオティーリエの様子は気にせず立ち上がると、オティーリエの傍にやって来て左手を差し出した。

どうやらエスコートする、ということらしい。


とりあえず、オティーリエは訳が分からないけれども立ち上がって、差し出された左手に右手を重ねると、工房の奥の少し開けたスペースにエスコートされて連れて行かれた。


侍女達は、そちらは作業スペースであることを知っているので、応接スペースにて待機。

アーサーはソファから降りて、オティーリエを追いかけてきた。


「こちらでお待ち下さい。」


マージナリィは、ある機械の前にオティーリエを案内すると、手を離してその機械に乗った。

その機械は、巨大なティーカップのような形をしている。

そして、その底を取り囲むように4つの円が取り付けられていて、円の中はプロペラのようになっていた。


その機械に乗ったマージナリィが椅子に座り、ティーカップの中に設置されているボタンとレバーを操作すると、円の中にあるプロペラのような物が回り出す。

そして、少しすると、ティーカップが僅かに浮いた。

それを見たオティーリエの顔が輝く。


「ついに完成したのですね。

 爺や、素晴らしいです。」


オティーリエが感心したような声を上げた。

その声を、ご満悦の顔で受けるマージナリィ。

なんのことはない、マージナリィはオティーリエが他人の車に強い関心を持ったことに対抗心を燃やして、自分の発明品を見せたかっただけのことだ。


マージナリィは、そのまま機械を少し前後左右に動かした。

飛行機のように前にだけ進むのではなくて、前後左右いずれの方向にも動かせるらしい。

その後、天井スレスレまで上昇した後、すぐに降下して着陸し、機械を停止させた。


マージナリィはそれから機械を降りると、まるで観客の拍手を受ける俳優のように見事なボウ・アンド・スクレープでオティーリエに礼をした。

パチパチパチ、とオティーリエが拍手する。

そして、マージナリィが満足げにその顔を上げた時。

オティーリエは少し睨むようにマージナリィを見ていた。


「ど、どうなさりましたか、姫様。」


そのオティーリエの表情に動揺を隠せないマージナリィ。

自信満々に機械を披露して、拍手までもらった直後なのだから、仕方のないところ。


「だって、爺やが意地悪なのですもの。」

「い、意地悪、ですか?」

「はい。

 どうして、ドレスを着ている時にそのような物をお見せ下さるのですが。

 乗れないではありませんか。」


プイッと顔を横に向けながら言うオティーリエ。

マージナリィの発明品は、基本的に最初にオティーリエに見せるし、試運転もオティーリエが最初に行う。

それは全てマージナリィがオティーリエの歓心を買うため。

でも、今回は他人の車への対抗心で、ちょっと先走ってしまったのだった。


「あ、いや、これはその。

 そうですな、外でのテストフライトの際には姫様に一番にご搭乗いただきますので。

 ご機嫌を直して下され。」


慌てて言い募るマージナリィに、オティーリエは横を向いたまま、視線だけをマージナリィに向けた。

そして、プッと小さく吹き出すと、クスクスと笑いながらマージナリィの方を向いた。


「冗談です、爺や。

 もう子供ではありませんので、このようなことでへそを曲げたりしません。

 ですけれど、爺やの珍しい姿が見れましたので、やってみた甲斐はありました。」


オティーリエは楽しそうに笑っている。

マージナリィはそんなオティーリエを見て、同じく楽しそうな笑みを浮かべた。


「姫様もお人が悪うなられましたな。

 そのようなところは御父上に似られなくてもよろしいのですよ。」

「あら、お父様に似るのでしたら、不可抗力というものですね。」

「なるほど、そういうことにしておきましょうか。」


マージナリィが笑みを浮かべたまま頷く。

そして、これでこの会話は終わりとばかりに話題を変えた。


「ところで姫様。

 姫様はネルガーシュテルトをご存じですかな?」

「はい、我が国から2つの国を挟んだ先にあるネルグ皇帝が治める軍事国家で、同時に我が領と並ぶ工業大国です。

 そのネルガーシュテルト帝国がどうかしましたか?」


マージナリィの突然の問題に、オティーリエは淀みなく答える。

この急な話題転換はわざとだろう。

ここから先は、おそらく第六騎士団としての話。


なので、侍女達に気付かれないように、オティーリエは笑顔のまま。

マージナリィも、もちろんそう。


「かの国の産業面を支えるアベレアド大臣という御仁がおりましてな。

 まあ、その手の広さと器用さは呆れるほどなのですよ。

 そうですな、指先で石を弾いて、小さな穴に落とせるていどには。

 そのことを姫様にお伝えしておきたいと思いましてな。」


オティーリエは瞬時に理解した。

これは、先日の魔獣事件の犯人の裏にいる人物の情報だ。


わざわざ石で例えて穴に落としているのは、魔石を使って命を落とした魔獣事件の犯人のことで、アベレアドは、その犯人を指先一つで破滅に導ける存在であり。

それはつまり、強固な主従関係であると同時に、従う側は簡単に切り捨てられる存在でもあるということだろう。


それから、魔獣事件の犯人に関することだけではなく。

アベレアドは各国に間諜を潜ませていて、意のままに操っているとも言っている。


「ありがとう存じます。

 それで、アベレアド大臣に繋がる証拠は、どのようなものなのですか?」


マージナリィは力のある情報を渡す、と言った。

だから、今、話すということは、証拠を掴んだということだろう。


「そこなのですよ。

 姫様は、かの大臣に手が届くとお思いですか?」

「いえ、どのような証拠があろうとも、実際には何も出来ないと思います。」


オティーリエの答えに、マージナリィが我が意を得たりとばかりに頷く。


「左様です。

 ですが、その指先がどこを指しているかは把握出来ました。

 かのご婦人から伸びている糸は断ち切らせていただきましたが、他の糸はそのままで、織り手を押さえもうした。

 かの国はこれから数年、開発に後れを来すことでしょうな。」


つまり、直接、アベレアドに対して何かをすることは出来ないけれど、ホルトノムル領内にあるアベレアドに繋がる組織は掌握出来たということだろう。

そして。


「分かりました。

 つまり、今まではアベレアド大臣に繋がる糸を把握しきれていなかったということですね。」

「ははは、これは手厳しいですな。

 ですが、事実ですので受け入れましょう。」


オティーリエの指摘に、マージナリィは笑みを崩すことなく答えた。


「でも、今後は把握されていることを怪しまれないように不要な情報だけを流して、必要な情報は流さないようにする、ということですね。」

「左様でございます。」


マージナリィは大きく頷くと、わざとらしく懐から懐中時計を取り出して時間を見た。


「さて、そろそろいい頃合いですな。

 姫様、お戻りになられた方がよろしいでしょう。」

「あら、もうそのような時間なのですか。

 分かりました。

 あの車については、また後日、お話させていただきますね。」

「いえいえ、次は我が発明について、とくとご説明させていただきますよ。」


二人はにっこりと笑顔を交わす。

どちらも引く気はなさそう。

そのまましばらく見つめ合っていたけれど、不意にどちらからともなく視線を逸らした。


「それでは、部屋に戻ります。

 おかげさまで楽しい一時でした。」

「こちらこそ、楽しく過ごさせていただきました。

 やはり、姫様との語らいはとても有意義な時間です。

 また、いつでもお越し下さい。」

「ありがとう存じます。

 それでは、失礼いたしますね。」


オティーリエはアーサーを抱き上げると応接スペースに戻り、侍女達にも声をかけてマージナリィの工房を後にした。

第3話の始まりです。

・・・と言いつつ、第1話のつづきです、すみません。


爺やは軍事国家相手にこれでも頑張ったのです。主に部下が。

と言うのは冗談で、本文には出てきませんが、爺や自身も色々と頑張りました。

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