8.これにて終幕
オティーリエが止まった場所から一歩も動かず、逃げて行った犯人の車を見送っていると、すぐにヨハンがやって来た。
「大丈夫か、お嬢?!」
オティーリエはヨハンの声にそちらを向くと、コクンと頷いた。
「うん、わたしは大丈夫。
でも、逃げられちゃった。」
「お嬢が無事ならそれでいい。
それで、ヤツらは?」
「うん、あ・・・れ?」
西の街道は工業地帯の端まで伸びているが、その先は道はなくなり、野原が広がっている。
犯人の車は、もうすぐその西の街道の端、道の途切れ目に着く所。
オティーリエがその犯人の車を指差すと、その指差した先で展開する光景に、思わず語尾が上がってしまった。
犯人の車の屋根から長い棒が伸びてきたかと思うと、その棒は3つに分かれてバサッと広がり、前方に長い巨大な二等辺三角形になった。
横幅は西の街道とほぼ同じくらいあるほど巨大だ。
そして、犯人の車はふわりと浮き、そのまま陸を離れていった。
タイヤは車体に格納され、さらに後部から2つのプロペラが出て来て、飛んで行ってしまう。
『我が主よ。
あそこまでの代物は、この時代でも初めて見たぞ。』
『はい、犯罪者とはいえ、素晴らしい技術です。』
アーサーはいつの間にかナップザックから頭を出して、オティーリエの肩越しに犯人の車を見ていたようだ。
そのアーサーの感想に、オティーリエも感心したように同意する。
いや、感心どころか、胸の前で手を組んで、その目はキラキラと輝き、その様はまるで心を奪われた乙女のそれである。
「それで、お嬢。
もう追いかけないのか?」
ヨハンがそんなオティーリエの様子はバッサリ無視して質問すると、オティーリエは犯人の車から目を離さないまま答えた。
「うん、燃料切れ。
この靴、3分しか走れないんだよね。」
オティーリエとしては本当はまだ追いかけたかったのだけれど、靴の方が時間切れ。
靴底にこれだけの仕掛けを仕込むのは物凄い技術だけれど、やはり弊害はあって、超小型になった分、燃料はほとんど搭載出来ないのだった。
「そっか。」
ヨハンはオティーリエの答えに一つ頷くと、懐から一丁の銃を取り出した。
地下で使っていた物とは違う銃。
携行用に小さくするため、本体と銃身が別々になっている。
ヨハンは本体に銃身を取り付けると、一度全体を眺めてチェックした。
そして、ヨハンはその銃を構えると、もうだいぶ小さくなってしまった犯人の車に向けて、一度だけ引き金を引いた。
普通の銃のような銃声は響かず、パスッと空気が抜けるような音だけが耳に届く。
オティーリエとアーサーがようやく犯人の車から目を離して、揃ってヨハンを見た。
「ヨハン?」
「爺の特製は、お嬢だけが持ってるわけじゃないってこと。
取り逃した犯人に、せめて一矢報いてやろうと思ってさ。」
ヨハンが使った銃も、マージナリィ特製。
火薬ではなく、超小型蒸気機関で超高圧縮した空気で弾を撃ち出す銃だ。
一発撃つ度に熱を持つので連射は出来ないが、普通の銃より射程距離は長く、威力も高い。
それを聞いたオティーリエは、背中のナップザックに手をやり、横のポケットから小さめの双眼鏡を取り出すと2つに分けて、1つは自分の目にあてながら、もう1つをヨハンに渡した。
「はい。」
「ん?
単眼鏡?」
「うん。
小さいのに、双眼鏡にも、こうして2つに分けて単眼鏡にもなるの。
これも爺や特製だよ。
あ、なんか爆発した。」
オティーリエが単眼鏡で犯人の車を見ていると、ボン、と小さな爆発が見えた。
ヨハンも単眼鏡を目に当てて、犯人の車が飛んで行った方を見る。
「ダイアルでピント調整してね。
あ、なんか煙吹いてるよ。
さすがヨハン、この距離で当たったんじゃない?
犯人の人達、大丈夫かな。」
ヨハンが言われた通りにダイアルでピント調整すると、くっきりと犯人の車が見えた。
この単眼鏡、小型なのに倍率が高い。
「本当だ、煙吹いてるな。
このままだと、落ちる、か、な?」
「中から人出てきたよ。
三人!
よかった、パラシュート開いた。」
犯人の車から、白いタキシードの人物と黒いスーツの人物が二人、飛び出してきた。
そして、パラシュートを開いて、ゆっくりと降下する。
その三人が飛び出した車は、次の瞬間、ボンと爆発して、地面に真っ逆さまに墜落してしまった。
そして、地面に落ちた所で、もう一爆発。
もうもうと煙が立っている。
「とりあえず、一矢は報いた、かな。」
「そうだね。
あそこはもう何もない所だから、爆発しても被害はないと思うし。
犯人の人達も爆発に巻き込まれなくてよかった。
捕まえられなかったのは残念だけど。」
「まあ、救出が目的で、捕まえる算段はしてなかったからな。
仕方ないさ。」
オティーリエが目から単眼鏡を離すと、ヨハンも単眼鏡を離してオティーリエに返した。
オティーリエは受け取った単眼鏡を自分の物と組み合わせて元の双眼鏡に戻すと、ポケットにしまった。
「そうだね。
じゃあ、三人での初任務、大・・・とは言えないけど、成功ってことで。」
オティーリエは右手を肩より少し高いくらいの高さ、つまり、アーサーが右肩に乗って、ちょうど届くくらいの高さに上げた。
『アーサー、ハイタッチをしましょう。』
『ハイタッチ、とは?』
『みんなで何かを成した時、こうしてお互いを称え合うのです。』
『なるほど、心得た。』
オティーリエはアーサーにハイタッチのイメージを乗せて、呼びかけた。
アーサーもそれに納得してナップザックから出て来ると、タタタッとオティーリエの右肩に収まる。
オティーリエとアーサーが揃ってヨハンを見ると、ヨハンも仕方ないという顔で軽く溜息をついてから、小さく笑みを浮かべた。
そして。
「そうだな。」
ヨハンも右手を上げると、二人と一匹で、パチンと手を打ち合わせた。
このお話で第2話終わり、です。
ちょっとドタバタを意識して書いてみましたので、楽しくお読みいただけましたら幸いです。
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