7.追跡
オティーリエが待っていると、さほど経たずに、ヨハンがやって来た。
人が出入りする側の出入口から、駆け出してくる。
それから左右を見渡し、通りにオティーリエがいるのを見つけると、全速力で駆け寄って来た。
「よかった、お嬢、無事だったか。
あとの二人は?」
「第二騎士団を呼びに行ってもらったよ。
それより、ヨハンが無事でよかった。」
オティーリエが、ほっと胸を撫でおろすと、ヨハンは心外だ、という顔になった。
「俺があのていどの連中を相手にどうにかなるわけないだろ。
ただ、一つしくじった。
犯人に逃げられた。」
「え、ヨハンが逃げられるなんて。」
オティーリエが信じられない、という顔でヨハンを見ると、ヨハンは仕方ないとばかりに肩を竦めて見せた。
「奥の部屋に隠し部屋があってさ。
そこに螺旋階段があったんだ。
それで、そこから逃げられた。
ひょっとして、お嬢達と鉢合わせてないかと思ったんだが、それはなかったようでよかったよ。」
「そ。」
オティーリエが何か言おうとしたその時。
ドカン!!!
廃工場のシャッターが爆発した。
正確には、シャッターの内側で爆発が起こり、シャッターを吹き飛ばした。
大きな爆音が辺りに轟く。
ヨハンは咄嗟にオティーリエを庇うように抱き留めると、爆風に背中を向けてしゃがんだ。
その背中に爆風で吹き飛ばされた小石や土がぱらぱらと降り注ぐ。
幸い、大きな石などは飛んでこず、ヨハンにも怪我はなかった。
オティーリエはヨハンに庇われながらも、その肩越しに爆発した出入口を見ていたが、そのオティーリエの目に、爆風を切り裂いて一台の車が通りに飛び出してきたのが見えた。
その車は、工場から出ると西の街道がある方、つまりヨハンとオティーリエがいるのと反対方向に走り去って行く。
オティーリエは爆発が収まるとヨハンの腕の中から飛び出し、車の走り去って行った方へと駆け出した。
「ヨハン、ありがと!」
という一言を残して、まだ立ち上っている黒煙の中に突っ込んで行く。
「あ、待て、お嬢!」
ヨハンもそのオティーリエを追いかけて走り出す。
本来なら、ヨハンの方が足が速いので、オティーリエに簡単に追いつけるハズだった。
しかし。
オティーリエは黒煙を突っ切り、爆発の跡がない普通の道まで来ると、走りながら軽くジャンプして両足を打ち合わせた。
すると、靴の底から小さなタイヤが片足につき4つづつ、計8つが出てきた。
そのタイヤは靴の前側のタイヤは小さく、また靴底から見えているのはタイヤ半分くらい。
後ろ側のタイヤは前側のタイヤより大きなタイヤで、しかも全体が見えるくらい出ている。
オティーリエは右足を太ももとふくらはぎが付くくらい曲げて、左足は後ろに伸ばして着地すると、右膝が胸に付くくらい思い切り前傾姿勢になった。
そして、次の瞬間。
爆発的な加速で車を追いかけて行った。
オティーリエの靴は、マージナリィ特製のもの。
普段はちょっと厚底な靴だけど、いざという時はこうしてタイヤを出して凄まじい速度で駆け抜ける。
その名をスチーム・ダッシュ・シューズ。
超小型化した蒸気機関とタイヤを靴底に仕込み、出し入れ出来るようにした物だ。
「くそっ!
爺だな?!」
そんな物を使われては、さすがのヨハンもオティーリエに追いつけない。
それでもヨハンは、全速力でオティーリエを追いかけたのだった。
◇ ◇ ◇
「博士、なんか後ろからスゴイスピードで女の子がやってきたよ。」
「何を言って・・・何ィ?!」
ヤンセンが博士と呼ばれている人物に声をかけると、博士は言い返そうとしながらバックミラーを見て、驚きの声を上げた。
生身の女の子が、凄まじいスピードで追いついてこようとしている。
「二人とも、何をぼーっとしている!
早く追い返せ!」
博士が後部座席に座る黒スーツの二人に声を荒げる。
「言われなくても分かってまさぁ!」
太った男の方が博士に言い返すと、両手に銃を構えて窓から身を乗り出そうとした。
しかし。
「追いついた!」
その時、オティーリエはちょうど車の真横に追いついた。
オティーリエは車に並走しながら、中に乗っている人物を確認する。
アーサーが見せてくれた三人だ。
運転しているのは、白いシルクハットにタキシード、左目にモノクルを着けた人物。
後部座席にいるのは二人。
どちらも黒いスーツに黒いネクタイ、そして、一人は針金のように細く、もう一人は太っている。
真横に並んでいるので、顔もバッチリ見えた。
「くそ!」
太った男は一つ悪態をつくと、その中途半端な姿勢のまま、オティーリエに銃口を向けた。
銃口が自分に向けられたのを見たオティーリエは、銃撃を避けるために、身体を起こして小さくジャンプ。
そして、身体を捻って横向きになると、進行方向と逆向きに身体を倒して急ブレーキをかけた。
でも、それは一瞬だけ。
着地したのと同時に、勢いを利用してもう一度小さくジャンプして前傾姿勢に戻る。
ただ、この急ブレーキのおかげでオティーリエは犯人の車に少し引き離されてしまった。
改めて追いかけ始めるオティーリエ。
太った男の方は、オティーリエが急ブレーキをかけたおかげで一瞬で視界から消えたので、目標を見失って焦って左右を見渡した。
そして、後方にいるオティーリエに気が付くと、今度こそ窓から身を乗り出してオティーリエに銃口を向ける。
オティーリエは、そんな男の動きを見て、男が身を乗り出した窓の反対側へ加速した。
そちらなら、車の後部が邪魔になって死角になるはずだから。
「こら、ヤンセン、お前もやれ!」
太った男が、オティーリエが回り込んだ側に座っているヤンセンに怒鳴る。
しかし、ヤンセンはお手上げとばかりに両手を上げながら、銃を見せた。
「ダメなんだ、兄貴。
俺の銃は地下で壊れちゃった。」
ヤンセンの言う通り、ヤンセンの銃はひしゃげて使い物にならないようだ。
「ええい、なら、どけ!」
太った男がヤンセンに覆いかぶさるようにして、オティーリエがいる側の窓から身を乗り出そうとする。
その時、車が急に向きを変えた。
西の大通りに交わる十字路に差し掛かったからだ。
博士は西の大通り沿いに門とは逆方向に進んで領都を出るつもりなので、この十字路を右に曲がる必要がある。
だから、博士は十字路を前に華麗にドリフトターンを決めながら西の街道に出て、そのまま西の街道を爆走する。
その後部座席では急な方向転換に対応出来なかった二人の男が、絡まったように転がっていた。
オティーリエも西の街道が見えてきたところで追跡を諦め、動力を切って小さくジャンプすると、足を打ち合わせた。
それでタイヤを引っ込めると、急ブレーキと同じ要領で身体を横向きにしながら着地して、進行方向とは逆方向に横倒しになった。
でも、今度は身体を起こさない。
勢いに反するように体勢を低くしつつ、でも倒れないように上手くバランスを取って、ザザザザっと横滑りに滑る。
スカートがめくり上がらないように両手で押さえながら。
そして、狙った通り西の街道に出て、十字路の中心でピタリと立って止まった。
誘拐犯を相手に追いかけっこ。
ようやくスチームパンクらしいアイテムを出すことが出来ました。
本文で書けなかったのでここで書いてしまいますが、オティーリエはこのアイテムを使いこなすために、1年かけて練習しました。
まあ、1年もかかってしまったのは、忙しくてあまり練習時間が取れなかったせいもありますが。




