7.従者と子供達の情報収集
オティーリエはグライユル・ブランにやって来ると、予約した部屋に通してもらった。
予約したのは窓のない一番奥の部屋。
この部屋は普段なら大人気でまるで空いていることのない部屋らしいのだけれど、今日は幸い、ちょうど30分だけ隙間が出来た時間を予約出来たのだろう。
この部屋を使う人は、たいていの場合は2時間とか3時間とか長い時間を予約している場合が多いだろうから。
なぜ長い時間予約しているかは、秘密の会談だったり商談だったり。
他にも、人に言うのを憚られる理由だったり。
逆に言えば、店員さんから見れば、オティーリエもそう見えるということでもあるのだけれど。
もっとも、オティーリエは今まで、窓のある部屋で中年男性と一緒だったり、その後は女子校生と一緒だったり、カップル(らしき男女)と一緒だったりしていたので、店員としてもそういう目で見たりはしていなかったりする。
そんな事情はオティーリエは知る由もないけれど、オティーリエとしてはヨハンとゆっくり話せる場所がここくらいなので、ここで落ち合うことにしたのだった。
オティーリエがグライユル・ブランに来てから5分ほどして、ヨハンが部屋に案内されてきた。
ヨハンはそのまま、オティーリエのテーブルを挟んで反対側の席に座る。
「お疲れ様、ヨハン。
それと、ごめんなさい。
ここ、あと15分しか予約出来てないから、急いで話させて。」
オティーリエは顔の前で右手を拝むようにしながら言った。
でも、急いでいるので、すぐにそれを止めて話を先に進める。
「それで、どうだった?
実は私の方はほとんど情報が集まらなかったのよ。」
オティーリエは結局、特に気になる話は聞けなかった。
むしろ、ほとんどの人はオティーリエが事件について聞きたい、と言ったら事件があったことに驚かれた。
「っと、そうなのか。
了解、じゃあ、早速。
俺とチビ達で集めた情報だと、殺人を見た者はいない。
まあ、いたら、こうして捜査しないで犯人捕まってるだろうけどな。」
と、ヨハンはちょっと肩を竦めてから話を続けた。
「それから皮革工房だが、俺が行った時は普通に作業してた。
事件が起こったことも知らない様子で、ジャンが連絡なしで休むなんて何があったんだろうなとか、豚が空を飛ぶんじゃないかとか言ってたな。
あと、作業場も見せてもらったんだが、特に気になるところはなかった。
まあ、パッと見た限りでは、の話だが。」
「え?
つまり。」
オティーリエがヨハンの発言に質問しようとしたところで、扉をノックする音が聞こえた。
「どうぞ。」
ヨハンが返事をすると、店員さんがオティーリエとヨハン、それぞれが注文した物をワゴンに乗せて入って来た。
オティーリエはキュウリのサンドイッチとミルクティー、ヨハンはシュークルートという白ワインで煮た酢漬けのキャベツにソーセージやベーコン、ジャガイモなどを添えた料理とパンにコーヒー。
店員さんは手際よく配膳すると、一礼して部屋を出て行った。
予約時間が短いことを考慮して、準備も配膳も素早く行ってくれたよう。
ヨハンはオティーリエの注文を見て量が少なすぎる、と眉を顰めたものの、オティーリエはそれに気づかないフリで話を再開した。
「えっと、つまり皮革工房で気になる点があったってこと?」
どうぞ、と手で示してから、自分もサンドイッチを一口、頬張る。
ヨハンもキャベツの酢漬けを口に入れた。
それから、咀嚼して嚥下すると、オティーリエの疑問に答える。
「ああ。
仮にあそこで殺人が行われてたとしても、おそらく誰も気付かない。
リーエも知ってると思うが、皮革工房はとにかく臭いはキツイし、汚水も大量に出る。
人の血の匂いや血の痕なんて、まるで分からないと思うぞ。」
それから、ヨハンはパクパクパク、とソーセージを一本とベーコンを口に入れた。
付き人として、早食いはお手の物だ。
今度はオティーリエの方がヨハンの食事風景に眉を顰めるけれど、昼食の時間が短くなってしまったのは自分のせいでもあるので、注意は出来ない。
「ヨハンは皮革工房で殺人が行われた、と考えているのね?」
「ああ。
他にも情報があってな。
チビ達が仕入れて来たんだが、まだ陽が昇らない頃に、あの裏路地に蹲るようにしている人影があったとか、大きな革袋を引きずっていた人物がいたとかって話があるらしい。
もっと言えば、大きな革袋を引きずっていたのは、おそらく皮革工房の経理担当のベルモットってやつだ。
ベルモットは毎日、朝、昼、夜の3回、製品を運搬所に運ぶために大きな革袋に入れて運んでいるらしい。」
ミルクティーを飲もうとカップを持ち上げたオティーリエが、ヨハンの話にその手を止めた。
ヨハンはニヤリ、と笑っている。
「さすがヨハンとおチビちゃん達ね。
すごい情報収集力だわ。
捜査部よりも早いもの。」
「まあ、ほとんどチビ達が集めた情報なんだけどな。
頼りになる連中だよ。」
「本当に。
おチビちゃん達には、よくお礼をしておいてね。」
「もちろん。」
オティーリエの言葉に、ヨハンは頷く。
「私からもヨハンにまだ言ってない情報を言っておくわね。
現場になったあの裏路地、被害者が家から皮革工房に通う通り道だったそうよ。
あと、被害者の家族は妻と娘が二人。
ハイリさんが夫人に聞き込みに行ったけど、現場には来なかったわ。
少ないけど、私が入手した情報はこれくらい。」
「分かった。
偽装するため、という意味では、遺体を置くのがあの場所であった理由があったんだな。」
「ええ、そうなるわね。」
オティーリエはそう言ってから、ミルクティーを口に含んだ。
ほどよく温くなったミルクティーが喉を通る感触が心地いい。
言っている内容は物騒だけれど。
「それで、ヨハンはその経理担当者が夜明け前に皮革工房で被害者を殺害して、革袋に入れて遺体のあった裏路地まで運んだ、と想定しているのね?」
「ああ。
ただ。」
ヨハンはそこで一度、言葉を切った。
オティーリエはティーカップをソーサーに戻す。
それから。
「「話が出来すぎてる。」」
ヨハンが言うのに合わせて、オティーリエもちょっと笑みを浮かべて人差し指を立てながら言った。
そう来るだろうと思っていたので、ヨハンもニヤリと笑って頷く。
「ここまで出来すぎていると、ベルモットってやつがハメられた可能性も捨てきれないと思ってる。」
「そうね。
ただ、どちらにしても、皮革工房内で何かあるということで間違いなさそうね。」
オティーリエは皿に盛られた4つのサンドイッチのうち2つ目を食べ終わったところ。
4つも盛られているところからしてもサンドイッチ1つ1つはそんなに大きくないにも関わらず、このペース。
対してヨハンはパンも食べ終わって、シュークルートも残り少ない。
オティーリエは3つ目のサンドイッチに手を伸ばした。
「ああ、そこは間違いないだろうな。」
「じゃあ、この後、私は第二騎士団の中央庁舎に行ってから、カーペンター皮革加工工場に行ってくるわね。」
オティーリエは3つ目のサンドイッチを口に運んで、小さく口に入れた。
パンはしっとりと柔らかく、小麦の風味が強く感じられ、また挟んだキュウリも新鮮でシャキシャキ、そして、その2つの食材を繋ぐように使われているのが少し甘口のマヨネーズ。
この3つの調和が、オティーリエの口の中を幸せでいっぱいにしていた。
オティーリエがそう言うと、ヨハンが、ん?と左目を細めた。
「いや、ジャンが勤めていたのはそっちじゃない。
キュイール皮革工房だぞ。」
「え、そうなの?
それはおかしいわ。
・・・いえ、遺体がおかしいのね。」
「どういうことだ?」
「遺体は、カーペンター皮革加工工場側の通りの方に頭が向いていたの。
だから、私はてっきりジャンはそっちに勤務しているものばかり思っていたわ。」
カーペンター皮革加工工場とキュイール皮革工房は一区画挟んですぐ近くにある。
ジャンの遺体の頭側に位置するのがカーペンター皮革加工工場で、脚側に位置するのがキュイール皮革工房。
ヨハンはオティーリエの話を聞いて、腕を組んで右の拳を顎にあてた。
「ここまでの推理が正解なら、犯人はかなり計画的だぞ。
殺害がバレにくい皮革工房で殺害を行って、革袋を持っていてもおかしくない人物が現場に運んだ。
その現場は被害者が工房に通う道で、通り魔にあって殺されたとしてもおかしくない場所だ。
それなのに、死体を運んだ先の偽装は杜撰で、なんかチグハグな感じがするな。」
「そうね。
正直なところ、どうして遺体を隠さずに移動させたのかも疑問なのよね。」
3つ目のサンドイッチをもう一口。
それでようやく3つ目のサンドイッチを食べ終わった。
時間があまりないので、4つ目のサンドイッチに手を伸ばす。
「まあ、その辺りも含めて、皮革工房で調査だな。
今の情報では、犯人の意図は掴めない。」
「ええ。
ところで、もう一つ、気になっているの。
遺体を運んだ革袋、重要な証拠じゃない?」
言われて、ヨハンはしまった、という顔をした。
「そうだな、意識してなかった。
リーエが捜査部と話してる間に出来る範囲で探してみるよ。」
「ええ、お願いね。
じゃあ、だいたいこんなところかしら。」
「そうだな。
じゃあ、まずは。」
ヨハンはオティーリエが手に持ったサンドイッチを指差した。
「それを食べ終わらないとな。」
ヨハンは小さく笑いながら言った。
令嬢と従者で情報交換です。
令嬢は少食なのです。
必要があればあるていど食べますが。
ちなみに従者はいつも身体を動かしているのでけっこう食べます。




