5.現場からの推理
「どう思ったか、聞かせてもらえるかい?」
傍らに戻って来たオティーリエに、ウォードが問いかけた。
現場にいるので、いつもの柔和な笑みではなく、真剣な表情。
オティーリエはウォードの方を向いて一つ頷いた後、自分の見解を話し始める、その前に。
「亡くなられたのはジャンさん、とおっしゃられるのですね。
ご家族はどうされていますか?」
ウォードはオティーリエの問いにちょっと驚いた顔をした。
それに、オティーリエがちらっと人だかりの方に視線を送ると、それを追いかけたウォードが納得したように頷いた。
「被害者の家族は夫人と娘が二人。
夫人にはハイリが連絡と事情聴取に行ってもらってるよ。
しばらく経つから、こちらには来ないつもりかもしれないね。」
「亡くなったご家族を見るのはツライことですからね。」
と、オティーリエは一瞬、痛まし気な顔になった後、気を取り直すように小さく首を振ってから改めてウォードを見た。
「それで、現場を見させていただいて思ったことですが。
殺害はこことは別の場所で行われたものだと思います。
それから、犯人は少なくとも被害者の知り合いだろうと思います。」
「根拠を聞いても?」
「はい。
別の場所で行われたことにつきましては、この場の血の量が少ないこと、周囲に血痕が飛び散っていないことと、あと背中の血痕が不自然に上に広がっていることから、どこかから運ばれたのではないかと推測しました。」
と、オティーリエはここで一拍置いてから、さらに話を続けた。
「犯人が少なくとも被害者の知り合いではないかと考えた根拠ですが、こちらは背中から刺されている上に遺体に争った跡がないことから、被害者にとって背中を見せても大丈夫な相手だと推測しました。
そして、これらのことから、犯行は計画的に行われたと考えられます。
ただ、遺体を処分するのではなくて、こうしてここに置かれたことについては、その意図が読み切れません。」
オティーリエの説明に、ウォードは感心したように頷いた。
「さすがだね。
この現場からそこまで読み解くなんて。」
「いえ、申し訳ございません、最も肝心な犯人の意図が分かりませんでした。
ウォードさんはすでにある程度、目星を付けていらっしゃるのですよね?」
「いや、僕達もまだ手を付け始めたばかりでね。
これからなんだよ。
だから、推理を聞いておいて申し訳ないんだけど、こちらから提供できる情報はなくてね。
むしろ、君の方が捜査が進んでるくらいだ。」
ウォードがちょっと申し訳なさそうに言うと、オティーリエはそれを謙遜と受け取った。
ちなみにウォードが先ほどからオティーリエの名前を呼ばず、君、などという言い方をしているのは野次馬がいる前でリーエという個人名を出さないため。
「いえ、機密事項もあると思いますので大丈夫です。
ところで、通報者はどうされましたか?」
「いや、事実なんだけどな。」
ウォードは苦笑い。
「まあ、いいか。
通報者は、すでに証言と住所名前を聞いて帰ってもらったよ。
なんでも通りすがりに倒れている人を発見して、心配になって見に来たら亡くなっていたから、慌てて近くの第二騎士団に通報してきたらしい。」
「承知しました。
教えていただいてありがとうございます。」
「いやいや。
ところで、他に聞きたいことはあるかい?」
「いえ、もう大丈夫です。
本日は現場をお見せいただきまして、どうもありがとうございました。」
オティーリエとしては、しばらく街に出られないので、今日、ここでウォードに会えたのも嬉しかったし、とはさすがに言わなかったけれど。
「こっちこそ、ありがとう。
貴重な意見が聞けて助かったよ。」
「それでは、これて失礼させていただきますね。」
「ああ。
また何か分かったら教えてもらえると助かる。」
「承知いたしました。
その時は、こちらか、総合庁舎に窺いますね。」
「よろしく頼むね。」
それで、オティーリエはペコリと頭を下げると、その場を後にした。
◇ ◇ ◇
オティーリエは最初とは逆方向から路地裏を出た。
そちらにも群がっていた野次馬にちょっとギョッとされつつ。
そうして、街道側に向かって歩いて少しすると、ヨハンがオティーリエとすれ違うように通り過ぎて行った。
これは、一度合流しようという合図。
それから、オティーリエはそのまままっすぐ歩いて行くと、人のいない路地裏に入った。
その路地裏の真ん中辺りで待っていると、オティーリエとは反対側からヨハンがやってきた。
「リーエ、また首を突っ込むつもりだろ。」
「ここまで関わって手を引くのも、寝ざめが悪いと思わない?」
「いや、思わない。
まだ現場見ただけだろ。」
「それに加えてウォードさんに意見を求められたわね。
これだけ関われば十分よ。」
オティーリエの答えを聞いて、ヨハンは、はぁ、と溜息をついた。
「まあ、そう言うだろうと思った。
手伝うから情報をくれないか。」
「え、いいの?」
意外、という顔のオティーリエ。
基本、ヨハンは話は聞いてくれるし、助言もくれるけれど、こうして直接手伝うことはない。
これは別にヨハンがオティーリエを突き放しているのではなくて、オティーリエが自力で解決したいと思っているだろうから、直接手を出さないようにしているため。
「ああ。
今日中に決着付けないといけないんだろ?
さすがにリーエと言えども難しいだろ。」
「わ、ありがとう。
えっと、それじゃあ。」
オティーリエはかくかくしかじか、とヨハンに先ほどの現場で分かったことを説明した。
「なるほど、分かった。
とりあえず皮革工房調べてみるか。」
「じゃあ、、そっちはお願いね。
私はこの辺りの聞き込み調査するわ。」
「ん、りょーかい。
聞き込みについては、チビ達にも頼んでみるよ。
ところで、お嬢はこの辺りにいるんだな?
じゃあ、連絡は俺がお嬢を探して見つけるよ。」
「分かったわ。
お願いね。」
二人はそれぞれ、別の方向から路地裏を出て行った。
◇ ◇ ◇
オティーリエは再び事件現場の辺りに戻ったけれど、すぐには聞き込み調査は始めなかった。
それと言うのも、ちょうどマシューが野次馬に集まっていた人々に聞き込みを始めていたので、野次馬に混じってそれを聞くことにしたから。
マシューはオティーリエが混ざったことに気が付いたけれど、特に気にした様子もなく、そのまま聞き込みを続けた。
この聞き込みでは、ジャンの家族構成以外にもいくつか分かったことがあった。
ジャンは毎朝、この路地裏を抜けて工房に通い、夜遅くまで働いて、遅くにやはりこの路地裏を通って帰宅するらしい。
ただ、ジャンがこの路地裏を通る時間は日によってマチマチで、この証言をした人物は毎朝、同じ時間に路地裏ではなくてその表通りを通るけれど、ジャンは見る日もあれば見ない日もあったそうだ。
今日に関しては、この人物が通りかかった時にはすでに非常線が張られていて、野次馬の第一号だったらしい。
あとの人達からは特に目ぼしい情報は出てこなかった。
なので、マシューは野次馬を解散させると、この聞き込みで得た情報をウォードに報告すべく、ウォードの横に戻った。
オティーリエは一瞬、目が合ったウォードに会釈するとウォードも軽く会釈を返して来て、それでその場をいったん、後にした。
ウォードに尋ねられて、現場を見た上での推理を話す令嬢でした。
ただ、まだまだ犯人に繋がる証拠は抑えられていません。
これから捜査開始ですが、今回は非常に心強い味方が付くことになりました。




