4.路地裏の遺体
次の日にはもう日常に戻っていた。
戻っていた、とはいえオティーリエにとっては、これから半年は待望の父親と一緒の生活。
まずは領主一族の食堂で朝食を一緒に摂る。
その後はそれぞれ、エリオットは領主の執務室へ。
オティーリエは自室に戻ってダンスの授業。
昼食を2人で一緒に摂ると、エリオットは再び執務室に向かい、オティーリエは自習時間となる。
普段ならこの時間にお城を抜け出すところなのだけれど、今日はエリオットが戻って来た次の日。
なので、さすがのオティーリエも今日の所は自重して、エリオットの執務室に向かうと執務の手伝いをした。
引継ぎもあるし。
そして、親子で執務をした後は、そのまま食堂に移動して夕食。
夕食後はおやすみなさいの挨拶をして、それぞれの部屋に戻る。
なんでもない。
でも、お父様のいる一日。
この日、オティーリエは、そんな当たり前の平和な一日を存分に堪能して、幸せな気持ちで眠りに就いた。
◇ ◇ ◇
とは言え、そこはオティーリエ。
次の木曜日はきっちりお城を抜け出していた。
もっとも、今日、抜け出してきたのには理由がある。
『建前、ではないか?』
『きちんとした理由だと思うのですけれど。』
『いや、そもそもの前提として、城を抜け出す、という点が間違っている。』
『それは的確なご指摘ですね。
返す言葉もございません。』
オティーリエは9月に領地へのお披露目が控えていて、狩猟大会も引き続きで行われることになっている。
貴族社会へのお披露目は来年の議会シーズンの最初に王都で行われるデビュタントの予定だけれど、実際の所は狩猟大会に各貴族を始めとする上流階級の人々が集まるので、領地へのお披露目と共に上流階級の人々へのお披露目も行う予定となっている。
狩猟大会そのものやお披露目の準備は父親であるエリオットが取り仕切ることになっているが、その裏方。
特に狩猟大会中の各パーティーや食事の準備、父、夫、息子、将来の夫などが狩猟を行っている間に待っているご婦人方や子供達をおもてなししたりするのはオティーリエの仕事になる。
これにお披露目に向けた自分自身の衣装の準備などもあって、今月からオティーリエはお仕事で大忙し。
なので、今日はその直前、最後のお忍びの日。
明日以降、3ヵ月ほどはお城を抜け出さない予定。
オティーリエが言っている理由というのは、このこと。
今日はお父様の許可を得て午前のお勉強の予定もキャンセルして、オティーリエは朝から街に出てきている。
そして、門限ギリギリまで、出来るだけ多くの場所を訪れようと考えていた。
『それで、今日はどのような予定だ?」
『とりあえず西の端から順に街を歩いてみようと思っています。』
『了解した。
それにしても、何か事件に遭遇しそうな一日だな。』
『私も同意いたします。』
『確かに、久しぶりのホルトノムル侯爵領都、しばらく外出出来ない、普段と違って朝から外出しているなど、事件に遭遇しそうな条件が揃っていますね。』
『待て、主。
外出ではない。
抜け出した、が正しい。』
『あれだけご協力下さる方がいらっしゃるのですから、抜け出したという表現は正しくない気がするのですけれど。』
『主が街に出ていることを認識しているのは主の協力者だけで、他の多くの者は知らないであろう。
抜け出した、で間違いない。』
◇ ◇ ◇
ホルトノムル侯爵領都は城塞都市。
それはつまり、護りの都市であるということ。
実際、この場所は遠い過去から北と南、東と西を繋ぐ要衝で、所有することに非常に大きな意味を持つ。
そのような都市であるため、この都市には他の大都市にはよくある物がない。
例えば、鐘楼や時計塔といった、都市のどこからでも時間が確認出来る物。
そういった背の高い建物は攻め込まれた時に標的となる危険性があるため、この都市では城壁よりも高い建物の建立は禁止されている。
領主の住まうお城部分だけは例外で、お城は南の山肌に抱かれるように建っていることと、都市の象徴という意味で、遠くからでも目立つ背の高い建物になっている。
現代においては一部を除いて貴族はその影響力を削がれ、市民が力を持ち、国際論理があるていど成熟していて、戦争はなかなか起こらない
そのような状況で戦争に備えるのは、些か過剰ではないかという世論もあるものの、過去からの遺産でありその文化的価値を守るということ、その歴史を軸に観光業を成立させていること、そして何より。
城塞都市という、その領民、そしてその背後の国家を護るための都市に住まうという住人の誇りが、この都市の形を成立させていた。
オティーリエは中央広場からバスに乗って西門に移動して、城壁沿いに北門に向けて歩き始めた。
西地区はホルトノムル侯爵領都の中で、いわゆる労働者階級が多く住む区域。
職人達もここに住んでいることが多く、工房などもここに集中している。
もちろん、大通りやそこから一本入った裏通りくらいまでは工業地区目当ての商店や宿屋などが並んでいて、それより奥に比較的安価な集合住宅や個人経営の小さな工房などが建っている。
城壁沿いの道は各門を繋ぐ道でもあるので、大通りほどではないものの、それなりに大きく、整備されている。
その道をオティーリエは城壁を見上げたり、内側の街並みを眺めながら歩くこと数分。
城壁沿いの道から少し外れた裏道で。
事件は起こっていた。
◇ ◇ ◇
オティーリエが街の中の方を見た時に、人だかりが出来ている場所を見つけた。
おそらく家と家の間にある細い裏道の中で何かあるようで、その出入口に非常線が張られて、その外側に10人ほどの人が集まって人だかりが出来ていた。
オティーリエは人だかりへ近づいて行くと、そのまま人だかりに紛れ込んだ。
「こんな所で殺人だなんて。」
「あれ、ジャンなんでしょう?
いい人だったのに。」
「恨みを買って、って人じゃないよな。
と、すると通り魔か?」
人だかりで、そんな会話がされているのが聞こえる。
その人だかりの会話を聞きながら、オティーリエは非常線の中を見た。
まず、非常線の手前に制服を着た第二騎士団員が裏路地入口に1名、それから、裏路地の向こう側にも同じように第二騎士団員が立っているようだ。
非常線の中に一般人を立ち入らせないための警備だろう。
非常線の中では、捜査員らしき私服の第二騎士団が二人と、鑑識の第二騎士団が一人、現場検証を行っている。
殺人現場、となると普通はもう少し多い人数をかけるものなのにこの人数なのは、おそらく現場が狭くて人があまり入れないためだろう。
『やはりな。』
『やはりですね。』
オティーリエはアーサーとヴェディヴィアの言葉には応えなかった。
ここでこの会話に参加するのは、ちょっと不謹慎な気がしたから。
アーサーとヴェディヴィアについては、ただオティーリエについての事実を述べているだけなので、不謹慎というわけではない。
「亡くなられたのはジャンさんという方なのですか?」
オティーリエは話をしている人だかりの人に尋ねた。
話しかけられた人々は一瞬、誰?という顔をしたものの、新しく話が出来る人物が加わったということで、むしろ積極的に話しかけて来た。
「ああ、そうだよ。
ここから少し離れた皮革工房の最年長の職人さんだ。
人が良くてね。
ご近所さんの評判もいい人だよ。
そんな人が殺されるなんて、何があったんだろうね。」
「だから、通り魔じゃないかって。」
「まあ、他に考えらんないよなぁ。」
「この辺りに通り魔がいるってこと?
え、夜、歩けないじゃない。」
再び盛り上がり始めた人だかりの人々の会話を聞きつつ、オティーリエは現場をよく見ようとじっと見つめた。
そうやってオティーリエが現場を見ていると、現場検証を行っていた二人の捜査員のうちの一人がオティーリエの方にやってきた。
「久しぶり。
少しいいかな。」
「お久しぶりです。
はい、大丈夫です。」
ウォードだ。
もう1人の捜査員はマシュー。
マシューもこちらを見て、軽く頭を下げて来たので、オティーリエも軽く頭を下げた。
オティーリエがそう捜査員から声をかけられて、周囲の人だかりはぎょっとした。
「俺、なんかマズイこと言ったかな。」
「いや、大丈夫、ジャンさんのことしか話してないよ。」
「あっちも気にしてなさそうだぞ。」
などと、それはそれで会話が続いている。
ウォードはオティーリエに声をかけてOKをもらうと、非常線のロープの一方を外してリーエを現場に招き入れた。
もちろん、オティーリエが中に入った後は、ロープは忘れずに戻す。
そのまま、ウォードは特に説明はなく、被害者の傍にオティーリエを案内した。
オティーリエは内心、人だかりの人々にお騒がせしてごめんなさいと思いつつ、ウォードに付いて行った。
オティーリエは被害者の傍まで来ると、ちらっとウォードを見た。
すると、ウォードが小さく頷く。
オティーリエは頷き返すと、遺体の傍にしゃがみこんで、注意深く観察を始めた。
もちろん、鑑識の人の邪魔にならないように。
遺体はうつ伏せに倒れていた。
おそらく50代半ばの男性で、それなりに贅肉も付いているけれど、その腕はよく鍛えられているようで筋肉質に見える。
背中に刺し傷があって、そこから血が流れていたようだけれど、今はもう止まっている。
遺体の状態から、死後3時間ほどに見える。
オティーリエが気になったのは、刺された背中から流れ出たであろう血の付き方とその量。
ズボンを血が濡らすのは、立った状態で刺されたのだとすると当然のこと。
傷痕周辺と、それから身体の左右に流れ落ちるのも、自然な流れ方だろう。
ただ。
本の少しだけれど、傷痕の周囲の血の痕から、少しだけ、さらに上に広がるような血の痕があった。
それから、血だまりは背中から遺体の下に流れて円形に広がるように出来ているけれど、その量はかなり少なく見える。
さらに、その血だまり。
普通なら刺されれれば、被害者は救けを求めるために路地の外に出ようとしそうなものだけれど、そのような痕はなく、刺された後すぐに倒れて、まるで全く動きもしなかったようだ。
オティーリエはそれらの気になった箇所を見た後、背中の傷痕を触らずに覗き見た。
おそらく大振りのナイフで刺された痕。
刃が内蔵まで達して、致命傷になったのだろう。
オティーリエは少し考えた後、周辺の路地裏を見て回った。
特に気になる点はない。
それはつまり、争った形跡はないし、凶器もないということ。
一通り見て回った後、オティーリエはウォードの脇に戻って来た。
そして、しばらく街に出ることが出来なくなる最後の一日。
当然の如く事件に遭遇します。
久しぶりのウォードさんと捜査部第一グループのメンバーの登場です。




