6.従者の応戦
ヨハンの狙い通り、隣の部屋からやってきた男は目の前で勢いよく開いた扉に吹き飛ばされて、後ろに倒れた。
手足が針金のように細長く、全身もそんな印象の男。
上下きっちりした黒のスーツに黒いネクタイをしている。
その男はすぐに立ち上がると、懐から銃を取り出しつつ、出てきた部屋に向かって大声を上げた。
「兄貴ー!
ヤロウとガキが逃げた!」
ヨハンは扉を90度開いた状態でキープすると、顔と手だけを出して男の銃を狙い撃ち、すぐに扉の影に隠れる。
地下の廊下に、大きな銃声が鳴り響く。
ヨハンの狙いは違わず、針金のような男の銃は後方に吹き飛んでいった。
針金のような男は開いた手をニギニギして見た後、ササッと後退して、ちょうど扉が開いた出てきた部屋に慌てて飛び込む。
「大丈夫か、ヤンセン!」
「ありがとう、兄貴。」
針金のような男と入れ替わるように部屋から出てきたのは、背は低いながら恰幅のいい男。
両手に銃を持っている。
この男も針金のような男と同じく、きっちり黒の上下のスーツに黒いネクタイをしていた。
その太った男が部屋から一歩踏み出すと、再び銃声が響き、その足元に銃弾が着弾した。
太った男は慌てて部屋に引っ込むと、顔だけを覗かせて、ヨハンの方の様子を伺う。
「くそっ!
とりあえず、博士に報告だ。
行くぞ、ヤンセン!」
「分かったよ、兄貴。」
太っている男が、ヨハンが隠れている扉の横、ヨハンが顔を出す辺りを狙って、両手の銃を交互に撃つ。
そうしてヨハンが顔と手を出せないように牽制しながら、スーツ姿の二人の男は一番奥の部屋に向かった。
ヤンセンは途中で弾き飛ばされた銃を回収しつつ。
ヨハンは銃弾が間断なく飛んでくるおかげで顔を出して相手の様子を伺うことも出来ない。
ただ、先ほどの会話と遠ざかっていく銃声から、アーサーから聞いていた通り、隣の部屋にいたのは二人だけで、今はその二人ともが奥の部屋に向かっていると見当を付けた。
それなら、あえて無理に飛び出す必要はない。
もともと三人を逃れさせて、自分も逃げきれれば、ヨハンとしてはそれで目的は果たせるのだから。
それから、さほど時間がかからずに扉の閉まる音が聞こえ、銃声が止んだ。
アーサーの情報が確かならば、犯人は三人。
その三人ともが、奥の部屋にいることになる。
だから、ヨハンは奥の部屋に犯人を閉じ込めることにして、扉の影から出て奥の部屋に近づいて行った。
その途中にも、奥の部屋の中から声が聞こえてくる。
「何ィ?!
技師と子供を逃がしただと?
それでおめおめここに来たのか!」
「だけど、博士。
相手に手強いやつがいてさ。」
「そうだよ、博士。
あっちも銃を持ってて、何の躊躇いもなく撃ってくるんだよ。」
「ええい、もういい、私が自ら追いかける!」
すでにヨハンは奥の部屋の扉に辿り着いていて、背中で扉を押さえている。
その扉を、中から押された。
しかし、ヨハンが押さえているので、扉はガチャガチャと音を立てるだけでビクともしない。
「くっ。
どうして開かん?!」
「俺が押さえているからさ。
もうお前達は袋のネズミだ。
大人しく観念するんだな。」
中からの声に、ヨハンが答えた。
すると、中から。
「ええい!」
一際大きな声がしたかと思うと、ドンと力いっぱい蹴りつけたと思わしき衝撃が、扉越しにヨハンに伝わって来た。
それでも、扉はビクともしない。
「博士、このままだと、あいつら、第二騎士団を呼んで来るんじゃないですか?」
「ひょっとして、もう来てるかも。」
「仕方ない、ズラかるぞ!」
そんな声が中からしたかと思うと、ガタンと大きな音が中から聞こえてきた。
直前の会話と音。
それで、中で何が起こっているか悟ったヨハンは、扉を押さえるのを止めてバッと開いた。
途端に銃声が響いて、とっさに扉を閉める。
その一瞬で見えたのは、扉の正面に机と椅子があり、その横の壁に設置されている本棚の一部が扉のように開いていて、何者かがそこに入って行く光景。
銃を撃ってきたのは、殿にいた太った男だ。
ヨハンが扉を閉めるのと同時に銃声は止み、今度は小さなカンカンという足音が聞こえてきて、その音はどんどん遠ざかって行くようだ。
ヨハンは再び扉を開けて部屋の中を見ると、そこはもぬけの殻。
本棚の一部が開いたままで、ヨハンはその開いた本棚に駆け寄った。
中には螺旋階段があり、どうやら犯人はそこを登っているようだ。
螺旋階段は上にいる方が圧倒的に有利だし、後を追っても後塵を拝すだけで意味がない。
ヨハンの一番の気がかりは、犯人がどこを出口とするかということ。
逃げた三人と鉢合わせると危険だ。
ヨハンは逸る気持ちを抑えて、来た道を駆け戻って行った。
◇ ◇ ◇
男の子、オティーリエ、オルセンの三人は背後に銃声を聞きつつも、まっすぐに階段に向かって走った。
正確には、男の子が何度か振り返ろうとしたりしたのだけど、その度にオティーリエが後ろから背中を押して先を急がせたのだった。
階段に辿り着いても足を止めず、一気に階段を駆け上がる。
「もう一息頑張って!」
階段を登り切った時にはオティーリエは先頭で走っていて、そう二人に声をかけると、そのまま出口まで走った。
もちろん、男の子の足に合わせて、少しペースは落として。
オルセンは最後尾を付いてきている。
そうして、三人は無事に人が出入りする側の出入口から、工場を脱出した。
出入口を出たところで、三人は足を止める。
男の子はそこでばたりと地面に転がり、ぜえぜえと荒い息を吐く。
オティーリエとオルセンは軽く息を弾ませているけれど、どちらもまだ平気そうだ。
「ようし、よく頑張ったぞ、フェル。
お嬢さんもありがとう、おかげで無事に脱出できたよ。」
フェルと呼ばれた男の子は、転がったまま親指を立てて右手を上げた。
オティーリエも、軽く頷いて応える。
「いえ。
それよりも、オルセンさん、フェル君を連れて、ご自宅まで戻れますか?
奥様が、ご自宅近くの第二騎士団の詰め所に事情説明に行きましたので、そこだと話が通りやすいと思います。
奥様と一緒に、第二騎士団を呼んで来て下さい。」
「君は?」
問われて、オティーリエは、今出てきた地下の方に視線を向けて答えた。
「彼に状況を説明するために残ります。」
「それなら、君が行ってくれ。
僕は彼の手助けに戻る。」
「ううん、わたしが行っても、第二騎士団の人はきっと取り合ってくれないもの。
誘拐されたオルセンさん本人が行かないと。」
オティーリエの言葉に、オルセンがうっと詰まる。
確かに、本来、無関係な少女が行って説明しても、まともに取り合ってもらえるとは思えない。
オルセンは少し悩んだ後、「くそっ!」と一言漏らすと、息切れして身動き出来ないフェルを抱き上げた。
「分かった、行ってくる。
いいかい、第二騎士団が来るまで待っていなさい。
くれぐれも無茶をしないように。」
「ちょ、俺も兄ちゃん手伝う!」
途端に暴れ出したフェルを抱え直して、オルセンは駆け出して行った。
オルセンはフェルに何やら言い聞かせながら走っている様子。
オティーリエはオルセンとフェルの二人を見送ると、人が出入りする側の出入口を離れて、通りの方に移動した。
通りを出てすぐ、大きなシャッターの降りた出口と人が出入りする側の出入口の両方が見える位置に陣取る。
通りは、中途半端な時間なせいか、今は人も車も通っていなくて、閑散としている。
ヨハンは、自分が食い止めると言った。
なら、間違いなく犯人が追いかけてくるのを食い止めた上で、折を見て戻って来るだろう。
オティーリエはヨハンが戻って来るのを、ここで待つことにした。
お約束の犯罪者三人組の登場です。
そして、従者大活躍。
基本的に荒事の対処は従者の役目です。




