9.もうすぐ終着駅
「本当は、最後まで関わりたかったんだけどね。」
自席に戻ったオティーリエは、ヨハンにそう話し出した。
車内はさほど騒がしい感じはなく、シャーッという滑車がケーブルを滑る音がわずかに響いて来る。
「気持ちは分かるが、相手が悪すぎる。
旦那様に任せたのは、いい判断だったと思うぞ。」
「うん、まあね。」
ヨハンの慰めるような口調に、オティーリエも頷く。
なにせ、相手取るのは国内でも有力者であることが簡単に想像出来る。
そして、おそらくアントワーヌのバックも有力者と見て間違いないだろう。
「ま、後のことは旦那様にお任せして、今は旅行の最後の余韻を楽しもう。」
「そうだね。
て、ことで、最後尾の乗降口、行ってもいいよね?」
「ああ。
面倒事ももうないだろうしな。」
◇ ◇ ◇
オティーリエは列車の最後尾の乗降口にやってきた。
高速で走行する車両が風を切る音と、滑車のシャーッという音が心地よく耳に響いてくる。
さすがに頭や手を出すのは危ないことは分かっているので、それはやらないけれど、ちょっと端っこに寄れば、十分に外を流れる風を感じることが出来る。
『もう一度、飛んでみますか?』
『いや、その必要はない。』
『我が王、せっかくですから、周囲を見てみませんか?』
『・・・ふむ?
確かにそれは魅力的な提案だな。
主、構わぬか?』
『もちろんです。』
オティーリエはアーサー入りのナップザックに手を突っ込むと、中からエメラルドを取り出した。
そして、それをポーンと下手で投げる。
エメラルドはある程度離れると、ハヤブサに変身してバサッと翼を広げた。
そのまま、列車を離れて行く。
「アーサー、どうしたんだ?」
それを見て、ヨハンから当然の質問。
「飛びますか?と聞いたら、本人は不要だと言ったんだけど、ヴェディヴィアが周囲を見てみたいって言って、アーサーもそれに乗ったの。
だから、ちょっと今、周囲を見て回ってると思う。」
「ふーん。
騎士もそういう感情、持つもんなんだな。」
ヨハンがそう感想を漏らすと、オティーリエが腰に手をあてて、め、という顔をした。
「彼らも感情を持った存在なんだから。
そんな、物みたいに言っちゃダメだよ、お兄ちゃん。」
「ああ、分かった。
気を付けるよ。」
ヨハンも素直にオティーリエの言い分を聞く。
よろしい、と一つ頷いたオティーリエは、アーサーが飛んで行った方を一瞥した後、乗降口の柵に腕を乗せて上半身を預けて、顔だけをヨハンに向けて行った。
「お兄ちゃん、お疲れ様。
屋上での立ち回り、かっこよかったよ。
サミュエルさん相手にあれだけのことが出来るなんてさすがだね。」
無邪気に褒められてヨハンも満更でもない上に、かっこいいなどと言われて落ち着いた気持ちでいられるハズがない。
このお嬢様の天然は、やはりなんとかして欲しい。
もちろん、そんな気持ちは表に出したりはしないけれど。
「伊達にお嬢に仕えてないさ。
あのていど、ケーキ一切れだな。」
ヨハンが皮肉気に返す。
ちょっとした仕返し。
この場合、ティリエ、と言うと意味が違ってしまうので、お嬢、と言うのが正しい。
なので、オティーリエの方も特に指摘はしない。
「それはいい意味?
悪い意味?」
ちょっと首を傾げてオティーリエが質問した。
いい意味に取れば、オティーリエに合わせたレベルの従者として、という意味。
悪い意味に取れば、オティーリエが仕えるのに大変な主、という意味。
「そこは想像に任せる。」
ヨハンが軽く笑いながら答えると、オティーリエはちょっとだけ、む、となった。
もうお姉さんなので、頬は膨らませないけれど。
でも、それは一瞬のことで、すぐに元に戻った。
「ま、いっか。
それにしても、サミュエルさん達、どうなるんだろうね。
ジュリエッタさんを助け出せたとしても、サミュエルさんもフィリベールさんもジュリエッタさんを助けるために犯罪者になったわけだから、ジュリエッタさんとしては居たたまれないところだよね。
アントワーヌさんもどうなるか分からないし。
お父様のことだから、悪いようにしないとは思うけど。」
「確かにな。
あの3人、これから先の見通しは余りいいもんじゃない。
だが、これだけは言えるぞ。」
ヨハンがそこで言葉を切ると、オティーリエはじっとヨハンを見つめて、次の言葉を待った。
それに、ヨハンは一つ頷いて続けた。
「あいつらは、絶対に後悔しない。」
ヨハンのその短い言葉に、オティーリエも小さく頷いた。
「うん、そうだね。
だから、これでいいんだよね。」
「やっぱ気にしてたか。
ああ、大丈夫だ。
ティリエの選択は間違ってない。
ティリエは袋小路に入りつつあったあいつらに進むべき道を与えたんだ。
後のことは、あいつら自身の問題だ。」
「こちらの思惑もたっぷり上乗せして、だけどね。
でも、うん。
ありがとうお兄ちゃん。」
ふふ、と微笑んでオティーリエは前を見た。
その視線の先には、これまで列車が通り過ぎてきたケーブルとその支柱が、見える限り先の方まで続いていた。
そして、そのケーブルの下には通常の鉄道のレールが敷かれ、その周囲には野原や畑などの田園風景が広がっている。
その風景を、オティーリエは目を細めて眺めた。
ヨハンがそんなオティーリエを優しい眼差しで見守る。
少しの間、穏やかで静かな時間が流れる。
「それにしても、お兄ちゃん、そんなクサいセリフ言えたんだね。」
そして、唐突に出て来たのはそんな言葉だった。
オティーリエが重ねた両腕に頭を預け、悪戯っぽい顔だけを向けて、ヨハンの方を見て来る。
「待て。
その言い分は不当だ。」
ヨハンが眉をひそめて、ちょっと咎めるような調子で応える。
それに、オティーリエはふふ、と微笑んだ。
ちょっと待て、その可愛さは反則だろう、とヨハンは内心で思ったけれど、全神経を総動員してそれは隠した。
「そうだね。
ちょっと揶揄ってみたくなっちゃった。
ごめんね、お兄ちゃん。」
「分かってるなら、いい。」
「ありがと。
でもね。」
と、言いつつ、オティーリエの口から出て来たのはそれきりで。
オティーリエは再び、前を向いて景色を眺めた。
ヨハンもオティーリエが見ている景色を見ようと、その視線の先に視線を走らせた。
少々短いですが、第12話はこれで終わりです。
一瞬だけ交錯した2つの運命。
この交錯が、今後、どう絡まって来るかは、また先のお話をお楽しみにお待ち下さい。
文中、ヨハンの「ケーキ一切れ」は朝飯前、という意味です。
第13話は、申し訳ございません、現在、鋭意執筆中ですので、しばらくお待ち下さい。
間が空いてしまいますが、第13話を楽しみにお待ちいただけますと幸いです。
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