8.捜査の鍵
オティーリエがヨハンに視線で合図を送ると、その意を受けて、ヨハンが立ちあがった。
「重要な話がありますので、騎士様のうちのどなたか、車両後部の乗降口に来ていただけますか?」
「私が行きましょう。」
ヨハンのその呼びかけに、ヒルデブランドが手を上げた。
ヒルデブランドは30代の騎士で、5人の中で最年長。
実質、5人の騎士のリーダー格。
「それでは、お願いします。
ティリエ、付いて来てくれ。」
「うん、分かった。」
「2人はちょっと待っててくれ。
今後のことを少し話して来る。」
ヨハンがサミュエルとアントワーヌに言うと、2人も頷いた。
◇ ◇ ◇
オティーリエ、ヨハン、ヒルデブランドの3人は、最後尾の乗降口に出て来た。
扉を閉めると、オティーリエがバンダナを解く。
途端に、オティーリエの雰囲気がガラリと変わった。
ここからは、町娘としてではなくて、ホルトノムル侯爵代理として話をするから。
ヒルデブランドはピシッと背筋を伸ばして敬礼をし、ヨハンは執事としての礼を行う。
「ヒルデブランド。
これより護衛の任を離れ、サミュエル、アントワーヌを伴って王都のタウンハウスに向かって下さい。
その後、二人と共にテネーブル男爵領の医術研究所への強制捜査の任に就くことを命じます。
シナリオは分かりますね?」
「はっ。」
ヒルデブランドが敬礼したまま、オティーリエの命令に応えた。
「重大犯罪者フィリベール・アンリが護送中に逃亡。
たまたま居合わせた私は、フィリベールの護送者のうちの1人、アントワーヌに協力して後を追ったところ、テネーブル男爵領の医術研究所に向かっていることを突き止めました。
フィリベールの身柄確保のために現地に向かいます。
そして、それと同時に、フィリベールが何を目的として向かったのかを確認するために家宅捜索を行います。
サミュエルはフィリベールの逃亡を手助けした者として、フィリベールを捕まえるまでの重要参考人として連れて参ります。」
ヒルデブランドの答えに、オティーリエは満足気な笑みを浮かべた。
それに、ヒルデブランドが敬礼を止めて右腕を胸に添えると、軽く一礼する。
ヒルデブランドが頭を上げるとオティーリエが扉の方に視線を送ったので、ヒルデブランドはもう一度敬礼してから、客室内へと戻って行った。
「ヨハン、通信用の魔法具を。
お父様に状況を説明いたします。」
「はい。
こちらになります。」
ヨハンが胸ポケットからエリオットとの通信用の魔法具を取り出して、捧げ持つようにしてオティーリエに差し出した。
オティーリエはその手から通信用の魔法具を受け取ると、スイッチを押した。
待つことしばし。
「今は帰宅中だろう。
どうした、何があった?」
通信用の魔法具から、エリオットの声が聞こえて来た。
「お父様、ごきげんよう。
急ぎますので、ご挨拶は省かせていただきますわね。」
「む、オトか。
どうした?」
「テネーブル男爵領の医術研究所の突破口を見つけましたの。
これよりその鍵をヒルデブランドに送り届けさせますので、よしなにお願いいたしますわ。
その鍵は少々複雑な事情を抱えていますので、出来れば、褒章と思って彼らの願いをお聞き届け下さいますと幸いですわ。」
「承知した。
急だが、時間を空けておこう。
しかし、よくあそこのことを・・・いや、言わずもがなか。」
これだけの説明だったけれど、ある程度、事情は読めたのだろう。
来ると言うことは、その時に説明も聞けるという計算もある。
エリオットは簡単に了承した。
「よろしくお願いいたします。
それでは、急ぎますので、これで失礼させていただきますね。」
「ああ。
すでに事は終わった後のようだが、気を付けて帰宅しなさい。」
「はい。」
オティーリエは通信を終えると、ヨハンにお礼を言いながら通信用の魔法具を返し、再びバンダナを巻くと、ヨハンと一緒に客車内に戻った。
◇ ◇ ◇
中では、すでにヒルデブランドがサミュエルとアントワーヌにこれからのことの説明を終えていた。
2人とも、納得の顔をしているので了承しているのだろう。
「騎士様と話を付けてくれてありがとうな。
恩に着る。」
「私からもお礼を言わせて下さい。
より確実な救出方法を見つけて下さって、ありがとうございます。」
2人が戻って来ると、サミュエルとアントワーヌからお礼を言われてしまった。
オティーリエとしては、2人を利用するも同然なので、少々、気が引ける。
「ううん、フィリベールさんとあなたが敷いたレールに、新しいレールを繋げただけだから。
お兄ちゃんもわたしも、特に何もしてないよ。
ね、お兄ちゃん。」
オティーリエがそう答えて、ね、とヨハンを見た。
「ああ。
それに、大変なのはこれからだからな。
まあ、せいぜい望みが果たせるように頑張ることだ。」
「ああ。」
「肝に銘じます。」
ヨハンの言葉に2人が頷くと。
「あ。
そうそう、アントワーヌさん。
色々と質問されるだろうから、覚悟はしておいてね。」
オティーリエが横からにっこり笑って言った。
目は笑っていなかったけれど。
むしろ心配そうに見つめていた。
「これだけお膳立てしてもらえたのです。
そのくらい、覚悟していますよ。」
アントワーヌはそう言われて少し驚いた顔をしたけれど、次の瞬間には笑顔で答えた。
「どういうことだ?
なにやら意味深だが。」
サミュエルが眉をひそめて口にした。
それに、オティーリエは言ってもいいか?と目顔でアントワーヌに尋ねて、アントワーヌは笑顔のまま頷いた。
「さっき、アントワーヌさんがフィリベールさんは囚人じゃない立場で医術研究所に入るって言ったでしょ?
それは、もともと重大犯罪者として中に入るつもりだったフィリベールさんに用意出来るものじゃないし、アントワーヌさんがフィリベールさんに接触した後に気が変わったってことだったから。
アントワーヌさんが、フィリベールさんに医術研究所に入るための方法を提供したってことだよね。
でも、それだけの物、かなりの大物でないと用意出来ない。
つまり、アントワーヌさんのバックには、大物が控えてるってこと。」
サミュエルがバッとアントワーヌを見た。
その時には、アントワーヌは、元の何の表情もない、能面な顔に戻っていた。
◇ ◇ ◇
次の停車駅で、サミュエルは手錠をかけられ、フィリベールが脱ぎ捨てて行った上着を着て、ヒルデブランドとアントワーヌに付き添われて列車を降りた。
3人はこの後、王都行きの列車に乗り換えて、ホルトノムル侯爵のタウンハウスへと向かう。
アントワーヌ以外の護送者は、まだ目を覚ましていない。
眠り薬を飲ませたのはアントワーヌで、そのアントワーヌの言によると、とりあえずホルトノムルまでは眠っている量の眠り薬を飲ませたらしい。
車両内はてんやわんやの大騒ぎ。
・・・かと言うとそうでもなく。
車掌が素早く盗品を返却していく旨を伝えたおかげで、乗客も落ち着いている。
もちろん、早くしろ!という人や、他人の物を自分の物と言ったりする人もいたりして、一部では騒ぎが起こったりしていたけれど、それは本当にほんの一握り。
そもそも、主に上流階級の人々が乗る列車なので、その振る舞いも紳士的な人がほとんどだ。
こうして、オティーリエとヨハンの帰路は、落ち着きを取り戻したのだった。
なんと2回連続で事件の解決を他人に委ねると言う暴挙をしてしまいました。
申し訳ございません。
実際のところ、最後まで描くか迷ったのですが、エリオットまで出て来てしまった以上、これから先は令嬢と従者が出て行っても、ただ付いて行くだけになりそうなので、ここまでにしました。
サミュエル、フィリベール、ジュリエッタ、アントワーヌ、そして、彼らを取り巻く人々の物語は、機会がありましたらまたどこかで書きたいな、と思っていますが、現状、『蒸気と白騎士』だけで手一杯ですので、本当に書けるかは不明です。




