4.列車の屋根の上
列車の屋根の上に上がったヨハンの頭のすぐ上には、軌上鉄道の特徴である列車を吊り下げるためのケーブルがあった。
そして、車体が風を切る音と共に、列車を吊り下げるための支柱の滑車が高速で回るシャーッという音がヨハンの耳に大きく響いて来る。
高速で走行する車両の上。
風除けなどないので、かなりの勢いの強風がヨハンの身体を叩く。
しかし、普段から鍛えているヨハンにとっては行動するのに問題になるほどの強さではない。
「お前は関係ないただの一般人だろう!
なぜ追って来た!」
強盗犯が風と滑車の音に負けないように声を張り上げた。
そして、一発の銃声。
ヨハンはすぐ横にあった列車を吊り下げるための支柱の影に隠れて銃撃をやり過ごした。
強盗犯は、この車両の前側の支柱の影に隠れている。
強盗犯がかけてきた言葉に、ヨハンはふっと笑った。
それから。
「一般人だからこそ、強盗なんてことをする悪人を許せなかったのさ!
で?
お前はなんのために強盗なんてことをした?!
あの囚人は何者だ?!」
ヨハンは応射はせず、問いかけへの答えを返した。
そして、強盗犯の様子を見ようとそっと頭を出そうとしたが、そこに銃弾が飛んで来た。
「お前が知っても仕方がないことだ!
そんなことより、俺はあいつを追いかけないといけないんだぞ!
邪魔をするな!」
そう言うと、強盗犯は車両の前方に向かって走り出した。
「ちっ。
くそ!」
顔は出せなくても、強盗犯の気配を探っていたヨハンが、その強盗犯の動きに勘付いて、支柱の陰から出て強盗犯を追いかける。
強風に立ち向かう形になるので、かなり身体を押されるが、そんなことに構っている場合ではないし、まだまだ余裕で立ち向かえる強さだ。
ヨハンは強盗犯の位置と、強盗犯が隠れていた支柱の位置を計算して、支柱で射線を切るような位置取りで、全力で前方に駆け出した。
そして、駆け出しながら強盗犯に呼びかける。
「だから、その理由を話せと言っている!
俺は一般人だ!
官憲じゃない!
理由によっては協力することも出来る!
お前、訳アリなんだろ?!」
「お前には関係ないことだ!」
強盗犯も、ヨハンと同じように支柱でヨハンからの射線を切って前方に走る。
状況としては、強盗犯は車両と車両の間を跨いで飛び越える必要があるので、その間、圧倒的に不利になる。
なので、強盗犯は車両と車両の間を飛び越える間、例え当たらなくても、ヨハンに向かって牽制のために銃を連射した。
ヨハンの前方の支柱を掠めて、ヨハンのすぐ横を強盗犯の銃弾が通り過ぎて行く。
ヨハンとしても、この強盗犯が隙だらけになる場面でなんとかしたいところだったが、如何せん、距離がある上にここで銃弾を当ててしまったら、強盗犯は車両から落下してしまうことが目に見えている。
なので、まずは強盗犯を取り押さえることを目的としているヨハンとしては、強盗犯に向けての銃撃はせずに、まずは支柱の陰に隠れることを優先した。
そのおかげで、ヨハンは強盗犯が前の車両の後部の支柱に辿り着く前に、強盗犯が隠れていた支柱に辿り着くことが出来た。
そのことを強盗犯も把握して、ヨハンへの銃撃が止む。
そして、車両と車両の間を越えて、全力で前の車両の後部の支柱の陰に走った。
ヨハンはさっと支柱の陰に隠れると、半身になって強盗犯の逃げる先に銃撃を行った。
しかし、牽制射撃であることが分かっている強盗犯は足を止めない。
これではダメだと判断したヨハンは、まず、銃のマガジンを入れ替えた。
まだ撃っていない弾も入っているが、この後はいつマガジンを入れ替えられるか分からないから。
そして、強盗犯側はここで連発してきた。
強盗犯が持っている銃に装填出来る弾は7発。
ある方法を使って一発余分に装填していたとしても8発だ。
あと3発。
この差は大きなアドバンテージになる。
さらに、今はヨハンは車両の前部にある支柱から前の車両の後部にある支柱を目指すところ。
これから追いかければ、強盗犯は後部の支柱から前部の支柱を目指すことになる。
後部の支柱から前部の支柱までの方が車両一両分近い距離があるので、強盗犯が逃げる距離は長い。
ここが勝負所。
なので。
まだ強盗犯から銃撃が来るだろうし、次からは当てに来るだろうことは覚悟の上で、ヨハンは支柱の陰から飛び出した。
「ちぃっ!」
強盗犯が小さくヨハンの方を見ると、舌打ちした。
今まで隠れようとしていた支柱を通り過ぎて、さらに前方の支柱目指して走り出す。
それから、ヨハンが車両と車両と間を跨ぐ位置まで来て、跨ごうとしたヨハンに向けて一発、発砲した。
ヨハンのその車両と車両の間を跨ぐ動きはフェイント。
その瞬間に銃撃されることは想定済みだったので、ヨハンはその強盗犯の銃口の向きと引き金を引く指の動きを注視しながら跨ごうとする動きを途中で止めて、強盗犯の銃撃の射線を予測して、小さく横に避けた。
この強盗犯の銃撃は、ヨハンの右肩を狙ったものだった。
なので、ヨハンは左足を軸に半身になることで銃撃を避けた。
それから、流れるような動きで車両と車両の間を跨ぐと、この車両の後部の支柱の横で足を止めた。
強盗犯は当てるつもりで銃を撃った後、パッと前方に向けて走り出していた。
しかし、後方のヨハンは倒れず、さらに追いかけてくる気配がした。
強盗犯はまだ車両の真ん中辺り。
身を隠せる支柱にはまだ届かない。
「止まれ!
チェックメイトだ!」
ヨハンが銃口を強盗犯に向けて言った。
それに反応して、強盗犯がパッとヨハンの方に振り向くと、振り向きざまに銃を撃った。
しかし、ヨハンは強盗犯が振り向き始めた時点で、支柱に身を隠していた。
強盗犯の放った銃弾は、虚しくヨハンの横を通り抜けて行く。
しかし、ヨハンが支柱に隠れるのを見た強盗犯が、さらに前方に駆け出そうとしたその時。
「チェックメイトだと言っただろ。」
ヨハンが、その足元に銃撃を行った。
強盗犯の足が止まる。
「次は当てる。
まずは銃を捨てて両手を上に上げるんだ。」
強盗犯が観念したように頭を垂れてゆっくりと両手を上に上げた。
そして、その右手から持っていた銃を手放すと、銃は屋根の上に落ちた。
そのまま、屋根を滑って列車から落ちて行く。
強盗犯はヨハンに背を向けて両手を上げたまま、動かない。
ヨハンは支柱から出て来ると、両手に持った銃を強盗犯に向けたまま、ゆっくりと強盗犯に近づいて行った。
そして、半分ほども進んだその時。
強盗犯はバッとヨハンに振り返り、懐から取り出した銃をヨハンに向けた。
ヨハンもその程度のことは想定済み。
強盗犯が取り出した銃を狙い撃つ。
ヨハンの狙いは違わず、強盗犯の銃を弾き飛ばした。
しかし、強盗犯もヨハンの予想を超えた。
左手に持った銃とは逆の右手に持っていたナイフをヨハンに向けて投げて来た。
さすがにそこまでは予想していなかったヨハンだったが、決して、このような場面で冷静さを捨てたりしない。
銃から左手を手放し、右手で持った銃を強盗犯に向けたまま、半身になるようにして避けた。
ただ、もちろん、それだけでは避けきれない。
ナイフは心臓の辺りを狙って投げて来ていた。
なので、ヨハンの左腕を掠めながら、後方へと飛んで行った。
ナイフに切られたヨハンの左の上腕から血が流れ出す。
深い傷のようで、その血はかなりの勢いだ。
それでも、強盗犯に対して半身の状態のまま、銃を突きつけ続けるヨハン。
ヨハンと強盗犯の視線が絡み合う。
そして。
「あそこで前進を選んだお前の勝ちだ。
いい動きだったぞ。」
強盗犯は今度こそ、観念した。
コートを脱ぎ棄て、その場に座り込むと両手を上に上げる。
その表情に悔しさはなく、さっぱりした様子だ。
勝負の分かれ目は、もちろん、ヨハンが最後尾の車両の前部の支柱に辿り着いた時にそこに留まるのではなく、強盗犯を追いかけることを選択した場面だ。
あそこでヨハンが支柱の陰に留まっていたら、振り出しに戻っていたことだろう。
「おっと、腰のこいつは本物だ。
下手な所で爆発させると危ないからな。
俺が持っていることで、逆に爆発させないと解釈してもらえると助かる。」
「信じよう。
あの決死の場面で、お前は囚人を追いかけることを優先した。
つまり、まだ死ねないということだからな。」
ヨハンの答えに、強盗犯が苦笑いを浮かべた。
「俺はアダン・ルーセル。
いや、この名前はもうお役御免だな。
サミュエル・ロバンだ。
俺を負かした勇者の名は?」
「ずいぶんと芝居がかったやつだな。
だが、生憎、強盗に名乗る名などない。」
「ふ。
確かにな。」
サミュエルが小さく笑った。
そこに、キーキーと鳴き声を上げてハヤブサが2人の上に飛んで来たかと思うと、徐々に速度を落として最後尾の車両に流れて行き、それから車両の陰に降りていった。
2人はそのハヤブサの動きを揃って見送ると、顔を見合わせた。
と言っても、その表情はそれぞれ違う。
サミュエルは不思議そうな顔で、ヨハンは苦笑い。
「さて、とりあえず下に降りるぞ。
立て。
それから、先を歩くんだ。」
「ああ。」
サミュエルは立ち上がると、両手を上に上げたまま、歩き出した。
そして、今いる車両から下に降りようとしたのを、ヨハンが止めた。
「ここじゃない、最後尾から降りろ。」
サミュエルはちょっと不思議そうな顔をしたけれど、その指示に従って、列車の最後尾から降りた。
ヨハンも、もちろん、その後を追って車両に戻った。
実はヨハンは左腕の傷が深く、出血が多くて気が遠くなりそうなのをなんとか抑えているところだったが。
列車の上での従者と強盗犯の激闘でした。
スチームパンクである以上、一度は書いてみたかった吊り下げ式列車の屋上での銃撃戦です。
もう少し、アクション多くしたかったので、少々未消化気味ではありますが、書けてよかったです。




