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2.列車内の偵察

ヨハンは足音も立てず、気配を消して3両目の入り口の扉の横に背を付けて、まずは扉にそっと耳をあてて中の音を探った。

車両内はすでに静まり返っていて、列車の走行音の中で、男が歩く音、貴重品を袋に入れる音、嗚咽を漏らす音が聞こえてくる。


それから、そっと扉の窓から中を覗くようにして3両目の車両の客室内を伺った。

もちろん、相手に視線を向けて気取られるなどという失敗は冒さない。

視点を固定せず、車両内全体を俯瞰するように見る。


その瞬間。


強盗犯がヨハンの方に顔を向けた。


ヨハンはパッと顔を引っ込めると足音を立てないように気を付けながら、急いでその場を離れた。

とりあえず一時撤退。

まだざわざわしている2両目の車両の客室に入ると、そのまま自分の座席に戻って来た。

物問いた気にヨハンを見上げるオティーリエの視線に首を振ると、座席に座った。


「どうしたの?」

「客室内を覗こうとしたら気取られた。」


オティーリエではなく正面を見ながら、厳しい顔で答えるヨハン。

その背中では、この車両の後部扉を開けて男が入って来ないかと警戒している。


「お兄ちゃんでそれなの?

 凄い人だね。」

「ああ。

 ありゃ、ただの強盗じゃないな。

 だが、それならなぜ強盗の真似事をしてるんだ?」


ちょっと驚いたオティーリエに、答えるともなしにヨハンが呟いた。


「乗客の反応を見てるんじゃない?」


その呟きに、オティーリエが答えた。

ヨハンが驚いた様子で、バッとオティーリエを見る。

その反応に、ん?とちょっと意外そうに首を傾げたオティーリエが、説明を付け加えた。


「えっとね。

 囚人が目的だとすると、救出か、復讐。

 目的はそのくらいでしょ?

 聞きたいことがあるだけって場合もあるけど、それは救出に含むね。

 それで、囚人のいる所はわたし達でも分かるくらいあからさまだから、あの強盗も知ってると思うんだよね。

 ただ、復讐なら停車前に強襲してそのまま逃走すれば逃げれるだろうから、救出が目的だと思う。

 そうすると、あの最後尾だけじゃなくて、他に護送者がいないかとか退路の確保とか、色々考えないといけないでしょ。

 そのためには、各車両の状況も確認しておかなくちゃ。

 これは、発車してからじゃないと確認出来ないでしょ?」


ヨハンはまじまじとオティーリエの顔を見たかと思うと、次の瞬間には背もたれから顔を出して後ろを確認した。

強盗犯はやって来ない。

ここまでやって来ないのなら、来る気はないのだろう。

それで、ヨハンは警戒して張っていた気を抜いた。

それから。


「さすがおじょ。」


ヨハンはオティーリエに向き直って、お嬢、と言いかけて、オティーリエに睨まれて慌てて言い直した。


「ティリエ。

 よくそこまで分かるな。」

「普段のお兄ちゃんなら同じ結論になってたと思うよ。

 今は、あの危険な強盗犯に目を付けられて、わたしに危害を加えられることを心配して、それに気を取られてたんでしょ?」

「あー、うん、まあ、そうだな。」


そのオティーリエの指摘に、ヨハンは頭をぽりぽりとかいた。

さすが、オティーリエはヨハンのことをよく分かっている。

そのくせ、ヨハンがオティーリエのことをどう想っているかまでは気付いていないのはオティーリエのオティーリエたる所以だろう。

もちろん、ヨハンは気付かれないようにしているので、気付かれてもそれはそれで困るのだが。


「えーっと。

 もう落ち着いたみたいだけど、念のため確認しておくね。

 お兄ちゃんは、何?」

「何?とは?」

「どういう立場の人か?て質問。」


オティーリエがヨハンを少し心配そうに覗き込みながら質問する。

その質問に、ヨハンは内心、ドキッとした。

このお嬢様には本当に敵わないな、と。


しかし、表面上はその動揺を抑えて、右手を胸の添えてオティーリエに答えた。

本当なら立ち上がって執事としての礼を取るべき場面だが、さすがに車両内の一番前の席でそれをやるわけにはいかないので、これで敬意を表する。


「従僕にして、お嬢様の従者にございます。」


その答えに、オティーリエは満足したように頷いた。


「よかった。

 お兄ちゃん、今、ちょっと昔に戻ってたよ。

 久しぶりに同じ匂いのする人に会って、当てられちゃったんだね。」


昔、というのはホルトノムル侯爵家に拾われる前。

ストリートチルドレンのまとめ役をしていた頃の話。


「そうだな。

 気を付ける。」


ヨハンは大きく息を吐くと、感謝の笑みでオティーリエを見た。

それに、オティーリエも笑顔で応える。


「さてと。

 どうやら、あいつはこっちを要注意人物とは思ったかもしれないが、注視すべき人物とは思っていないようだな。

 まあ、単独犯のようだから、そこまで手が回らないだけかもしれないが。」


気を取り直して、ヨハンが言った。


「どうするの?」

「目的を見極めた上で、どうするか考えるよ。

 盗まれた物は返すつもりだろうから、そっちはあまり心配してない。

 まあ、鉄道会社は大変だろうが。」


最後、ちょっと苦笑いを浮かべつつ、ヨハンが答えると、オティーリエは頷いた。


「そうだね。

 じゃあ、また偵察に行くの?」

「ああ。

 とりあえず、最後尾の車両に着いた頃を見計らって、もう一度行ってくる。

 最後尾の車両の乗客が一番心配だ。」

「偵察はアーサーに頼んでみる?」


オティーリエが抱えているアーサー入りのナップザックの袋の口を開けて、ヨハンに向けた。

どうした?と言わんばかりの表情でアーサーがヨハンを見上げるけれど、アーサーもオティーリエを通して話は聞いている。


「・・・そう言えば、その手があったな。

 頼めるか?」


ヨハンがアーサーを覗き込みながら尋ねる。


『主、私が乗っている者に見られると具合が悪いのであろう?

 天井裏などあるか?』

『リスが入り込めるだけの隙間はないかと思いますので、鳥の姿で飛行して、外から中を伺って下さい。』


オティーリエはアーサーにそう答えると、ハヤブサのイメージを送った。


『了解した。

 それでいいのなら、最初からそれでよかったのではないか?

 私をナップザックに入れて移動するのは重たかったのではないかと思うのだが。』

『アーサーはリスなのです。』

『・・・了解した。』


アーサーは覗き込んで来るヨハンに頷き返した。


「アーサーにハヤブサの姿で飛んでもらって、外から列車内を見てもらうね。

 アーサーが見ている光景はわたしが中継するから。」

「なるほどな。

 ところで中継ってなんだ?」

「現実を自分の目で見ずに信じるわけないよね。

 実際にやってみせるから、ちょっと待ってね。」


オティーリエは、まずアーサーにエメラルドになってもらった。

エメラルドなのは特に理由はなく。

単にオティーリエの髪色に合わせてなってもらっただけ。

それから、そのエメラルドを窓を開けて外に軽く投げた。

ヨハンに視線を送って外を見るように促すと、ヨハンは軽く腰を上げて窓の外が見えるようにする。


すると、少ししてからハヤブサが下から舞い上がって来たと思うと、オティーリエとヨハンに挨拶するように身体を揺らしてから、そこを離れて行った。


「今の、アーサーか?」

「うん。

 カッコいいでしょ。」

「ああ。」


ヨハンが座席に座りながら答えた。

同意してもらえて、オティーリエも満更ではない顔。


次に、オティーリエは一枚の紙を取り出した。

その紙を後ろや隣の座席から見えないようにしてから、心言で魔法を使った。


映写(Projection)


すると、その紙にアーサーが見ているであろう光景が映し出された。

その不思議な状況に、ヨハンは感嘆するばかりで少しの間、言葉も出てこなかった。


ヨハンが見ている間にも、アーサーは猛スピードで列車に並ぶように飛びながら、わずかに列車より遅いスピードに調節して、徐々に後部車両に移っていく。


強盗犯がいる車両にはすぐに辿り着いた。

すでに最後尾の車両の一両前まで来ている。


「6両編成だから、それほどかからなかったんだね。」


オティーリエが言うと、ヨハンはハッとして紙を食い入るように見ていたのを、普段の態度に戻した。

そして、なんでもなかったようにオティーリエに答える。


「ああ。

 あいつの手際の良さもあるだろうがな。」

「そうだね。

 そろそろ行く?」


オティーリエの質問に、ヨハンは頭を振った。


「いや、まだだ。

 最後尾の車両でどう動くか見てみたい。」

「それだと遅いんじゃない?」

「そうだが、これ持って行けないだろ。」


さすがに他の乗客にこの映像を見せるわけにはいかない。

それはオティーリエも分かっているので、さらに心言で魔法をかけた。

【この紙を、ヨハン、以外には、白紙に、見せなさい。】

ちなみに、【映写(Projection)】の魔法をいじってヨハンにだけ見えるようにするとか、他にもいくつか方法はあるのだけれど、一番楽なのがこの魔法だったので、オティーリエはこの魔法にした。


「ヨハン以外の人には白紙に見える魔法をかけたよ。

 これで他の人に見られても大丈夫。」

「分かった。

 じゃあ、ちょっと行ってくる。」

「あ、わたしも行く。」

「ダメだ。」


オティーリエの発言に、即座にダメだしするヨハン。

顔もちょっと怖い顔をしている。

しかし、そんな作った顔を怖がるオティーリエではない。


「だって、わたしが一緒に行かないと、その紙、映写出来ないよ。

 わたしが見ている物にしか映写出来ないから。」


オティーリエの答えに、ヨハンはジロッとオティーリエを横目で睨んだ。


「最初からそのつもりだったな?」


今度は作り物ではなく、本当に怖い顔。

でも、やはりオティーリエは笑顔で受け流した。


「うん、もちろん。」

かけた文字数自体は少ないですが、アーサー君ならではの活躍シーンでした。


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