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1.雰囲気のおかしな列車

セレスフィア、セリア、ノシェと別れて、オティーリエとヨハンは王国縦断鉄道に乗車した。

オティーリエは列車が走り始めてすぐ、鼻歌でも歌い出しそうなほど上機嫌に車内見学に向かったのだけれど、それから戻って来る時には難しい顔をしていた。

ついでに言うと、見学に行った割に時間も短い。


戻って来たオティーリエは座席に座ると、口元に手をあてつつヨハンの耳に顔を寄せて、小声で話しかけた。

ヨハンもオティーリエの方に耳を寄せる。


「ヨハン、最後尾の車両見て来て。

 何かおかしい。」

「ん、りょーかい。」


それだけで、ヨハンは席を立って後部車両を見に行った。

ちなみにオティーリエとヨハンの座席は最前部。


しばらくして、ヨハンも難しい顔をして戻って来た。

座席に座ると、跳ね上げ型のテーブルを降ろして、紙を乗せた。

筆談するつもりらしい。

オティーリエもアーサー入りナップザックから紙とペンを取り出すと、自分の座席のテーブルを降ろして乗せた。


《確かに不穏な空気が流れていたな。

 まさかお嬢の気まぐれが役に立つ時が来るとは思わなかった。》

《とりあえずノーコメントにしとく。

 それより、お兄ちゃん、どう思った?》


今回の旅行でも、2人でいる時間は兄妹の設定である。

ヨハンとしては、今回はそんな設定不要だと思ったのだけれど、オティーリエに押し切られた。


《どう思ったも何も、あれだけあからさまじゃあな。》


ヨハンが、書きながら、やれやれ、というジェスチャーをする。

それもそうだろう。

最後尾の車両の後ろ3列に1つのグループが陣取っているのだけれど、そのグループ、一般人のフリをしているけれど、どうにも物々しい雰囲気。

おかげで、その車両の他の乗客はどうにも所在なさげにしている。


そのグループは、真ん中にこの季節にも関わらず、上着を着た男性が周囲の様子を気にしないで座っていて、その周囲を囲むような形で一般人のフリをしている人物が座っている。

その人数は真ん中の人物を除いて4人ほど。


《・・・だよね。

 でも、あの囚人(被疑者かもしれないけど)、見覚えないよね?》


囚人の護送、とオティーリエは見当を付けていた。


《ああ。

 まあ、さすがにオリベール王国全土の犯罪者は把握出来ないしな。》


そして、それはヨハンも同じ。


《うん、もちろん。

 もし知ってたらラッキーって思っただけだから。

 ちなみにわたしも知らない。》

《まあ、だが、護送しているだけなんだから、あそこに行かなきゃ、特に何も関係ないんじゃないか?

 と、言う訳で、最後尾の車両に行くのは禁止な。》

《ええー?!

 最後尾の乗車口から外、眺めたかったのに!》

《仕方ないだろ。》

《う、まあ、そうなんだけど。》


最後、無念そうに書いたオティーリエを、ヨハンがちょっと安心したように見た。

なにせ自分の興味のためなら、多少・・・以上の危険を冒すお嬢様だから、今回は分別を持ってくれたようでよかったと思ったのだった。


 ◇ ◇ ◇


そうして、2人が筆談をしていると。

1人の男性が車両の一番前に出て来た。

その男性は赤黒い髪に赫い瞳の精悍な顔をしていて、この暑さの中、膝丈のコートを着ているけれど、汗一つかいている様子はない。


そして、機関室への扉の前に立つと。

懐から銃を取り出して、天井に向けて一発。


ドン!


車両内は満員ではないけれど、それなりには乗客がいる。

一瞬、シーンとした車両内は、次の瞬間、悲鳴と怒号に包まれた。


「きゃああ!」

「なんだお前は!」

「え、何?何?」


逃げ出そうと立ち上がりかけた人もいる。

しかし、そこで銃声がもう一発。

それで、車内は再びシーンとなった。


オティーリエとヨハンは筆談していた紙とペンをパッとポケットに突っ込んだ。

それから、オティーリエは怖い!と顔を伏せて、ナップザックと頭を一緒に両手で抱え込み。

ヨハンは怯えた表情を浮かべて、愕然とした様子で男を見上げた。


「さて、それではみなさん、お静かに。

 これから、袋を持って回るので、そこに貴重品と財布を入れてくれ。」


そこまで言ってから、車両内にいる人々を睥睨するよう見渡して。


「怪しい動きはするなよ?

 なにせ、こんな物も用意しているからな。

 出来れば、こっちも使いたくない。」


にやりと笑いながらそう言うと、男はコートの前を広げた。

お腹の辺りに大きな箱が括りつけられている。


問うまでもなく、爆弾だろう。


オティーリエとヨハンは一番前に座っていたので、男をよく観察することが出来た。

男の表情に狂気のようなものはなく、理知的に振る舞っているように見える。

つまり、本人の意思で列車強盗のような真似をしているということ。

軌上鉄道は比較的、富裕層が利用する鉄道なので、金品目的なら、確かに有効かもしれない。

ただ、列車内という限られた空間で行われる犯行なので、よほど上手く逃走ルートを計画する必要があるけれど。


ちなみに、さすがのアーサーも物体の組成解析までは出来ないので、爆弾が本物かどうかは判別出来ない。

ただ。


『本物だと思いますか?』

『で、あろうな。

 そう言ったところでブラフをかけるようなタイプには見えない。』

『同感です。』


男はコートを広げたついでに内ポケットから無地の大きな袋を取り出した。

それから、車両内全体に注意を払いつつ、オティーリエとヨハンに銃を向ける。


「さて。

 この車両内で一番要注意なのはお前らだな。

 お前ら、何者だ?」


ヨハンは怯えた表情を男に向けたまま、銃口がオティーリエに向かないように、身体をわずかにズラす。

気付かれないように、ごくゆっくりと。

しかし、その動きは気付かれたようだった。


「演技は無駄だ。

 俺が事案を開始した時に筆談してた紙を隠しただろ。

 あの時点で、お前らが只者じゃないことは察している。」

「なんだバレてたか。

 だが、生憎、こっちは本当に只者でね。

 ただの旅行者で、今、旅先から帰っている所なんだ。

 妹が怖がってるだろ。

 早く別の車両に行ってくれ。」


ヨハンは演技を止めると、突き付けられている銃口を気にもせずに懐に手を入れた。

それから、取り出したのは小さいながらパンパンに膨らんだ財布。


「妹の貴重品は全て俺が預かっている。

 俺は銃もナイフも持っちゃいるが、それは出さないどいてやるよ。」


ヨハンの不敵な態度に、男はフッと笑った。


「とても一般人には見えん態度だがな。

 だが、気に入った。

 それで勘弁してやる。」


男はそう言うと、袋をヨハンに突き出した。

ヨハンは素直に財布をその中に入れる。


「よし。

 この後も怪しい動きはするんじゃないぞ。」


そう言って、男は次の乗客が座る座席へと向かった。

もちろん、ヨハンに対して警戒を緩めることなく。


 ◇ ◇ ◇


強盗犯が車両を出て行くと、車両内の緊張感が解け、弛緩した空気が広がった。

それから、乗客達が口々に会話をしだす。

そんな、騒々しい中で、オティーリエとヨハンも相談を始めた。


「やべーぞ、あいつ。

 隙がねぇ。」


『ヨハンの言う通り、優秀な騎士のようだ。

 そもそも主がナップザックの蓋をしてしまったので私が動くことは出来なかったが、動けたとしても、どうにも出来なかっただろう。』


「お兄ちゃんにそう言わせるなんて、凄いね。

 それと、アーサーも同じこと言ってる。」

「まあ、そうだろうな。

 だが、ティリエと俺を見逃すあたり、甘ちゃんではありそうだが。」


ヨハンんはそう言ってから、ふむ、と顎に手を当ててオティーリエを見た。


「それでどうする?

 俺としては、このままやり過ごしたいところなんだが。」

「そんなわけにいかないでしょ。

 お兄ちゃんも気付いたでしょ?」


あの強盗犯の違和感に。

そう言われて、ヨハンは頭をがりがりとかいた。


「まあなぁ。

 ありゃ、たぶん、囚人と関係アリだな。

 つまり、どっちも訳アリって訳だ。」


ハッと短く息を吐きながら、呆れたように言う。


「まあ、ティリエが見逃せるハズないとは思ってたさ。

 じゃ、ちょっと行ってくるとするか。」


ヨハンが立ち上がろうとすると。


「ちょっと待って。

 お兄ちゃんは顔見られてるでしょ。

 わたしは顔見られてないから、わたしが様子見に行く。」

「いや、待て。

 お嬢にそんなことさせられるわけないだろ。」

「心配してくれてありがとう。

 でも、大丈夫。

 いざって時はアーサーも護ってくれるし。

 お兄ちゃんも少し離れて付いて来て。」


オティーリエはウインクなんかしつつ言った。

しかし、ヨハンは渋い顔で。


「ダ・メ・だ。

 と言う訳で行ってくるが、大人しく座っていてくれ。」


そう言って、今度こそヨハンは立ちあがった。

ちらっとオティーリエを見る。

オティーリエは返事はしないし、不満そうな顔をしているけれど、とりあえずヨハンの言い分は聞いてくれる様子。

ヨハンが一つ頷いて席を離れると、オティーリエは小さく言った。


「気を付けてね。」

「ああ。」

第12話の開始です。

旅行先だけで終わらず、帰りの列車でも事件に巻き込まれる令嬢。

セットで巻き込まれる従者は気が休まる暇もありません。


第11話であまり活躍する機会のなかったヨハンがメインのお話です。


よろしければ今後の励みになりますので、評価、ブクマ、ご感想等、よろしくお願いします。

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