5.救出作戦
二人が廊下の突き当り、地下への階段に着くと、すでにアーサーが戻っていた。
オティーリエがお礼を言いながら抱き上げると、ナップザックに入れて背中に背負う。
ここまでの道中、二人は作戦を相談しながら来たものの、地下の構造が単純なだけに打てる手も少ない。
犯人はアーサーの情報から、おそらく三人。
今はそれぞれの部屋にいるようなので、結局、最も単純な、足音を忍ばせて、かつ出来るだけ速足で囚われているだろう二人の部屋に行き、鍵を開けて、さっさと逃げ出すということになった。
途中で見つかった場合は相手と状況次第。
ただ、見つかった時点で走れば目標の扉までは辿り着けると思われるので、ヨハンが銃で牽制している間に扉を開けて中に入り、後は状況に合わせて逃げ出す算段をする。
少し雑な計画だけど、現状からすると犯人に見つからずに救出できるだろうと踏んで、二人は実行することにした。
アーサーにもそう説明すると、了解した、と返って来た。
と言うわけで、二人して足音を忍ばせながら階段を下り、廊下を進んで階段から2つ目の扉を目指す。
ヨハンは拳銃を手に。
オティーリエは武器を持っていないので素手。
だから、ヨハンは階段を降りると、音も立てずに走ってオティーリエを引き離し、先に目的の扉に着いた。
そして、そっと音を立てないようにドアノブを回して、扉が開かないかを確認する。
扉の取り付け方からすると、外開き。
なので、引いてみたけど、やはり開かない。
ヨハンは少し遅れてやってきているオティーリエを見て首を振って見せると、扉の反対側の壁に移動して、壁に背中を付けながら、油断なく周囲を警戒する。
オティーリエは音を立てずに歩ける出来るだけのスピードでヨハンを追いかけてきたのだけれど、全然追いつけずに少し遅れて扉に着いた。
オティーリエにも、ヨハンはオティーリエの安全を優先して、状況確認するために先に行ったことは分かっている。
でも、今は町娘のティリエ。
オティーリエは、地上部分を歩いた時と同じく、自分がヨハンの背中を護って、一緒に進みたかったのだ。
だから、オティーリエは扉の近くまで来ると、ヨハンを睨みつけた。
だけど、ヨハンはオティーリエの睨みなどどこ吹く風。
気にもしないでさらりと受け流す。
オティーリエはヨハンを一睨みした後、視線を外して、扉の前にしゃがんで鍵を開け始めた。
オティーリエはあっという間に鍵を開けると、そっとドアノブを回し、音を立てないように扉を引く。
この扉は外開きのようなので、オティーリエは中で何か不都合が起こった時のことを考えて、ヨハンがフォロー出来るように扉を全開にして、中に入った。
◇ ◇ ◇
部屋の中は、アーサーから念話で伝えられていた通り、ベッドが二つだけの殺風景な部屋。
一方のベッドには男性が仰向けに、もう一方のベッドには男の子がうつ伏せに寝転んでいる。
扉の開いた気配に気づいたらしい男性の方がベッドに身を起こして口を開こうとしたところに、オティーリエは立てた人差し指を口にあてて、しーっとジェスチャーした。
ついでにウインクなんかしつつ。
それを見て、男性が口を閉じる。
男の子の方はうつ伏せに寝転がったままだったけれど、男性の動く気配に気づいて男性の方を見た。
男性はその視線に気づいて、オティーリエの方を見たまま、男の子に、静かに、とでも言うかのように手を上げて見せた。
そんなことをしている間にヨハンも部屋に入って来て、そっと扉を閉じる。
ヨハンが扉を閉じると、オティーリエは部屋の半ばまで進み、声を潜めて男性に声をかけた。
「オルセンさんですね?」
「ああ、そうだが、君は?」
「に、兄ちゃん?」
オティーリエとオルセンの横で、男の子がヨハンを信じられないという顔で見ている。
「ああ、そうだ、助けに来た。」
ヨハンが頷くと、男の子の目にぶわっと涙が溢れてきた。
「兄ちゃん、兄ちゃん!
怖かった、怖かったよ!!」
男の子は泣きながら、ベッドから転げ落ちるように降り、オティーリエの横をすり抜けて、ヨハンに勢いよく抱き着いて泣き始めた。
ヨハンはそんな男の子の声が漏れないように、男の子の頭を片手で抱え込む。
もう片手には銃を持ったままだ。
そんな二人を見て、ヨハンとオティーリエを警戒している様子だったオルセンも警戒を解いたようだ。
少し厳しい表情だったのが、穏やかな表情になった。
同じく二人を見ていたオティーリエが、オルセンの方を向いて、会話を再開した。
「奥さんとちょっとしたことで知り合って、オルセンさんが誘拐されたことを知って、助けに来ました。」
オティーリエは声を潜めたまま、簡単にオルセンに説明する。
それから、ヨハンと男の子を手の平で示して、話を続けた。
「こちらは別口です。
ここの入り口で、たまたま鉢合わせたので、一緒に助けに来ました。」
「そうなのか。
うん、まあ、疑う余地はなさそうだけど。
とりあえず、助けに来てくれてありがとう。
でも、君達、まだ子供じゃないか。
無茶をしちゃいけないよ。」
その瞬間、ヨハンが男の子をオティーリエに向かって突き飛ばした。
そして、さっと扉に取り付き、ドアノブに手をかける。
男の子を抱きしめながら警戒していたヨハンの耳に、隣の部屋の扉が開いた音が聞こえてきたのだ。
オティーリエは、よろけながら後ろ向きに突き飛ばされてきた男の子を、倒れないように受け止める。
男の子は突き飛ばされてビックリして動きを止めたけれど、おかげで涙も止まったようだ。
「俺が食い止める。
二人を逃がしてくれ。」
「分かった、気を付けて。」
ヨハンが言うと、オティーリエが答えた。
状況を察して、オルセンはベッドから降りる。
「いや、追手を食い止めるのは私の仕事だ。
君は二人を連れて逃げてくれ。」
オルセンはヨハンの横に向かって歩きながら声をかけた。
しかし、ヨハンはオルセンの方を見もせずに、扉の外に注意を払ったまま鋭く言った。
「俺たちはあなたたち二人を助けに来たんです。
そのあなたが逃げなくてどうするんですか。
それに、こういうの慣れてないでしょう。
俺は慣れてる。」
言い終えると、ヨハンは扉に身を預けるようにしながら、体重を乗せて勢いよく扉を開けた。
それを見て、オティーリエは男の子の手を引き、もう片手でオルセンの背中を押す。
オルセンは背中を押されて、男の子は手を引かれて、走り出した。
「左側の壁に沿って走って下さい!
早く!」
もう声を抑える必要もないので、オティーリエは二人の背中を押すように大きな声で逃げるように促す。
「兄ちゃん、ごめん!
俺のせいで!」
男の子は状況が掴めたようで、自分が大声で泣いたせいで犯人に気づかれたのだと気づいたようだ。
オティーリエに手を引っ張られながらも、ヨハンの方に振り返って、大声で謝る。
とはいえ、ヨハンの方ももう犯人に向き合っているので、それに返す余裕はない。
ヨハンは視線は扉の向こう側に向けつつ、左手を上げるだけで応えた。
それを見て、男の子は俯きながら、階段の方に全速で走り始めた。
オルセンは助けに来た少年の気迫に押されたのと、本人の言う通り場慣れしてそうなこと、それから、すでに少年が一人で行動を開始してしまったので、下手に手を出さない方が良いだろうと判断して、この場は少年に任せて逃げることを選択した。
でも、逃げるのは男の子と、助けに来たという女の子を先に。
自分は殿を逃げる。
オティーリエは自分が殿を務めようとしていたのだけれど、オルセンもそこは頑として譲らず。
オティーリエも言い合いしている場合ではないので、仕方なくオルセンに殿を任せて、でも、男の子を前に出して、逃げ始めた。
作戦というほどの計画は立てずに突貫。
いちおう、救出を優先した結果です。
普段なら、この2人は綿密に計画を立ててから行動する・・・ハズ。
きっと。




