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2.その頃、外では

ホルトノムル侯爵領は東側と南側が国境に面しており、古くから他国との玄関口として交易で賑わっていた。

特に東側の国境には隣国と通じる大きな街道が敷かれており、その街道を通って多くの人が出入りしている。


そちらとは異なり、南側の国境には険しい山脈が聳え立ち、細い山道を除いては人の行き来の出来ない天然の要害となっていて、そちらからの人の往来はごくわずかだ。


ただ、この山脈からは良質な鉄資源が産出されていて、製鉄業がこの領地を支える大きな産業の一つとなっている。

また、製鉄業の他にも、その鉄資源を活かした重工業も盛んで、国内でも有数の工業地帯としても栄えていた。


その領都は領内の南東の端に位置している。

オリベール王国内でも王都オリベスクに次ぐと言われる大都市で、都市の最南端に国境の山に抱かれるようにお城が建てられていて周囲を城壁で囲み、さらに、お城の北側に広がる街も城壁で囲まれた城塞都市である。

街を囲む城壁には北、東、西にそれぞれ街に入るための大きな門が設けられていて、街に入るには必ずこれらの門を通る必要があった。

その街の中心には中央広場と呼ばれる大きな広場があり、その中央広場から北、東、西の各門に向かって、まっすぐに大通りが延びて、大きく街を3つに区切っていた。


 ◇ ◇ ◇


オティーリエの目配せを受けて、ヨハンは神殿を出た。

神殿は中央広場のすぐ南側に建てられていて、神殿の前庭がそのまま中央広場に続いている。

その中央広場、普段は日曜日でも大勢の人で賑わっている場所なのだけど、今はすでに避難が完了しているようで、誰もいない。


ヨハンはその誰もいない中を西門へ続く大通りに向けて駆け出した。


上空には、第一騎士団の隊章である丸みがかった五角盾の中心に一本の剣を立てて鳥の羽を飾ったマークが入った飛行機が5機、飛んでいる。

この飛行機は小型、高出力化された蒸気機関が搭載された最新型で、都市上空で飛ぶために低速、低空飛行を重視した複葉機だ。


中央広場から西門までの間の、かなり西門寄りの位置で、5機が連なるように並んで急降下しては上昇するという飛び方を繰り返しているので、その急降下した辺りに魔獣がいるのだろう。

街中であるためか、広範囲に影響を与えるような攻撃は行われておらず、機首についている機銃で攻撃しているようだ。


上空の動きを観察しながらヨハンが西大通りの入り口に着くと、大通りは西門までまっすぐに抜けるように延びているおかげで、遠く離れているのに、そこからでも魔獣の様子がよく見えた。


その魔獣は、まさに異形としか形容できないものだった。

大きさは、全長は約8m、全高は約6m、全幅は約3mほどか。

その姿は鼻の長い犬のような感じだが、犬のような愛らしさは全くなく、その全身は毛皮ではなく、紫色の爛れた皮膚に覆われている。

大きく開いた口からは舌がだらりと垂れ下がって涎が滴り落ち、涎が落ちた石畳は酸でもかけられたように泡立って溶けていく。


その魔獣の周囲を騎士達が取り囲んで、攻撃を繰り返しているようだ。


そんな、巨大で不気味な物がゆっくりとこちらに向かって歩いて来て、その足元を1/3ほどの大きさの人間が周りを取り囲み、空からは飛行機が攻撃を繰り返しているその様は、まるで悪夢を見ているような、ひどく非現実的な光景だった。


その光景に一瞬だけ圧倒されたヨハンは、しかし、すぐに気を取り直して騎士達に向かって走っていく。

走りながら戦況を窺っていたヨハンに認識出来たのは、どうやらホルトノムル侯爵領の誇る最精鋭である第一騎士団ですら、まともに打撃を与えられていないという状況だった。


第一騎士団には最新の装備が与えられている。

蒸気剣や蒸気戦斧といった武器がそれで、背中に背負った小型化された蒸気機関からパイプで剣や戦斧と接続し、その刃を高熱に熱したり、刃の背側から圧縮された蒸気を噴出することで、威力とスピードを増した物だ。


また、武器だけではなく、その鎧の各部にもパイプが接続されており、背中や脚、腕といった箇所から蒸気を吹き出すことで、動きを速く出来るようになっている。


第一騎士団の装備はそういった個人の装備だけではない。

戦車や戦闘機といった兵器も持っていて、さらに、それらで使用出来る徹甲弾、焼夷弾、炸薬弾などといった威力が高かったり、広範囲に攻撃が出来たりする弾薬も持っている。


そんな装備を持った第一騎士団の攻撃が、まったく効果を上げていない。


魔獣は暴れたりしていない上にゆっくり歩いているおかげで、地面に脚が着いている間に斬りかかり、けして浅くはない傷をつけることは出来ている。

しかし、対象があまりにも巨大なため、その攻撃は大木に傷をつけるようなもので、しかもその傷も、次の瞬間には塞がってしまうようだ。


上空からの飛行機による攻撃も同じ。

命中した銃弾は皮膚を深くえぐり取るものの、すぐに塞がってしまっていた。

不幸中の幸いなのは、魔獣は暴れて周囲の建物を破壊したりせず、西大通りをまっすぐに中央広場に向かって歩いて来ていているのみということだろう。


第一騎士団がいるほんの少し手前、西大通りを3/4くらい来たところで、魔獣の向こう側に西門周辺の様子も見えてきた。

西門は壊滅状態で、外側から内側に倒されたようだ。

内側近辺の家屋が倒壊した西門らしい瓦礫に押しつぶされていて、第二騎士団員と近隣住民らしい人々が生存者が埋まっていないか確認しながら瓦礫を退けているのが見える。


そうして、ヨハンが第一騎士団の所に辿り着いた時には、もうだいたいの戦況は読めていて、後は必要事項を確認するだけだった。


魔獣を取り囲んで攻撃を繰り返している第一騎士団の少し手前に、一台の車と、その脇に小姓らしい少年が一人いる。

その車はボンネットが長く、真ん中より後ろ寄りに運転席と助手席が取り付けられ、さらにその後ろに人が一人乗れる台が取り付けられていた。

運転席と助手席にはそれぞれ人が座っていて、その後ろの台にも軽装の騎士が立って乗っており、両手に赤と白の旗を持って、それを振ることで合図を送っていた。

この車は第一騎士団の指揮車で、その車体の横には上空を飛んでいる飛行機と同じ第一騎士団の隊章が描かれている。


ヨハンはすぐさま指揮車に駈け寄り、助手席に座って険しい表情で魔獣を見上げている人物に問いかけた。

その人物は第一騎士団団長。

名前をウィリアム・フレデリック・ラサン・オブ・オナーと言い、赤銅色の髪をオールバックにしていて、よく手入れされた口ひげを生やし、一見すると紳士的な風貌をしているが、その身体つきはがっしりしており、一目でよく鍛えられていることが分かる。

騎士団長といってもまだ若く、30代半ばだ。


「ウィリアム卿、状況はよくなさそうですね。」

「ヨハンか。

 まあ、見ての通りだ。

 今使える装備では有効な打撃は与えられない。」


ウィリアムは答えながらヨハンを一瞥した後、それから後ろの手旗信号で合図を出している騎士を見た。


「ジョン。

 もういいから、飛行隊も歩兵隊も攻撃を止めさせろ。

 飛行隊は1機を残して帰還、歩兵隊は包囲のまま様子見だ。

 対象が西大通りを逸れようとした時だけ攻撃して、進路を戻せ。」


ジョン、と呼ばれた騎士は、足元に置いてあったメガホンを手にして一度大声で指示を伝え、それから手旗を動かして合図を送った。

ウィリアムは指示を出すだけ出すと、今度は車の脇に控えている小姓の方を向いた。


「お前は滑走路に行き、各機に爆撃準備をさせろ。

 それから、準備出来次第すぐに戻って来て、上空待機するように指示を出しておけ。」

「承知いたしました。」


小姓は指示を聞くとすぐさま滑走路に向けて駆け出した。

指示を出し終えたウィリアムは、再び険しい表情を浮かべて魔獣に向き直る。

そこに、ウィリアムが一通り指示を出し終えたと判断したヨハンが声をかけた。


「被害は?」

「死者が一名、怪我人は数名というところだ。

 日曜礼拝の時間だったことが幸いしたな。

 建物は、見ての通り、西門と西門周辺の家屋が倒壊していて、今は第二騎士団が住民の救助と捜索に当たっている。」


ウィリアムの答えにヨハンは頷くと、さらに問いかけた。


「魔獣への対処は?」

「貴様は魔獣の対処法を知っているか?」

「はい。

 体内にある核と呼ばれる箇所を潰せばよいと聞いております。」


ウィリアムは魔獣の方を向いたまま、頷いた。

魔獣は、魔石と呼ばれる、まだ何も解明されていない謎の石を生物が取り込むことで発生するとされている。

いや、正確には生物が魔石に取り込まれる、と言った方が正しい。


魔石は常に瘴気のようなものを放っていて、生物がそれに触れると狂気に捕らわれ、肉体をも変質させられてしまう。

そして、その生物は魔石を体内に取り込むことで魔獣となってしまうのだった。

そうして生物に取り込まれた魔石は、生物の体内で核と呼ばれる魔獣の一器官となり、そこを破壊すれば倒すことが可能だ。


「そうだ。

 あとは、当然ながら、バラバラにしてしまうのも手だな。

 だが、どちらの手段を取るにしても、現在の装備では見ての通り、網で風を捕まえるようなものだ。

 だから、低空からの爆撃を行う。

 あの様子ではどこまで効果があるか分からんが、他にあの巨体を吹き飛ばす手段がない。」


飛行機から投下する大型爆弾の大火力で魔獣を木端微塵に吹き飛ばしてしまおう、ということらしい。

しかし、ウィリアムの表情は険しいままだ。


「出来れば、中央広場で行うつもりだ。

 だが、ヤツが西大通りを逸れようとした時は・・・攻撃を加えて道に戻す努力はしてみるが、無駄だろうな。

 その時は、その時点で爆撃を開始する。」


爆撃はどうしても命中精度が落ちるため、ある程度、外れることも想定に入れておかなければならない。

爆弾の爆発そのものだけでなく、吹き飛ばした魔獣の身体の破片や爆風による余波も考えると、西大通りの途中で爆撃を行った場合、多大な被害が発生することは想像に難くない。


魔獣が上手く中央広場に進んでくれて、中央広場で爆撃を行ったとしても、中央広場を中心にある程度の範囲に被害が生じるだろう。


「状況は理解しました。

 それでは、私はいったん、この場を離れます。

 ご武運を。」

「ああ。

 お嬢様によろしく伝えてくれ。」


ヨハンはそこまで戦況を確認すると、踵を返して神殿へと駆け戻った。


 ◇ ◇ ◇


神殿の地下、日曜礼拝の参加者が避難している部屋は入り口に神父が立っているだけで、他には特に何も行われていない。

おかげで、この場にいる人々はそれぞれに会話をしていて、中はかなり騒がしい。

その片隅で。


「わたし、やっぱり外の様子見て来る。」


オティーリエが、その先を見透かそうとするかのように天井を見上げながら言った。


「ちょ、何言いだすかな、この子は。

 ダメだよ、危ないよ。」


今にも駆け出していきそうな勢いのオティーリエを、ノシェが慌てて止める。


「だって、気になるんだもの。

 このまま、じっとしてらんないよ。」

「気になるのは分かるけど。

 ティリエが飛び出して行ったところで、何も出来ないでしょ?」

「ううん、色々出来ることあるよ。

 逃げ遅れた人の避難誘導のお手伝いとか、救助のお手伝いとか。

 なんなら、騎士団の人達の道案内とかも。

 わたし、路地裏詳しいんだ。」

「・・・よくそれだけさらっと出て来るもんだね。

 うーん、ティリエは言い出したら聞かないからなぁ。」


ノシェは何かを考えるように腕を組みながら拳を顎に当て、首を傾げて目を瞑り。

最後に一つ頷いて、オティーリエをまっすぐ見ると、言葉を続けた。


「分かった、ティリエが行くなら、あたしも行く。」

「いいえ、ノシェはダメ。」


ティリエを止める様子のなかったセレスフィアだったけれど、ノシェは止めた。


「その服装では走ることも出来ないでしょう?

 いざという時に逃げられないし、何をするにも身軽に動ける恰好でないと。

 だから、ノシェはダメ。」


ノシェの今の恰好は侍女のお仕着せ。

スカートは足首まであるし、布がたっぷりと使われていて、あまり走ったり大掛かりな作業をするのには向いていない。


「う・・・分かった。」


ノシェが納得したところで、これで話は決まりとばかりにオティーリエが部屋の入り口に向けて踵を返した。

そのオティーリエに、セレスフィアが言葉をかける。


「ティリエ、外に出るのでしたら、絶対に危険に近寄ってはダメよ。

 ・・・本当は一緒に行きたいのですけど、足手まといになるので、我慢します。」

「そうだよ。

 何かありそうだったら、すぐに逃げて。」


オティーリエが後ろを振り返るようにセレスフィアとノシェを見る。


「ありがとう、フィア、ノシェ。

 分かった、気を付けて行動するね。」

「あ、ティリエ、必要でしたら、ウチの車を使ってもよろしくてよ。」

「うん、分かった。

 ありがとう、フィア。」


オティーリエは、それじゃ、と軽く手を挙げてから歩き出す。

セレスフィアとノシェが心配そうにオティーリエを見ていると、オティーリエは部屋の入り口の神父と少し話をした後、そのまま部屋を出て行った。

すると、オティーリエが部屋を出て行ったことに気が付いたようで、気になったらしいセリアがセレスフィアとノシェの所にやって来た。


「ねえ、ティリエ、どうしたの?」

「どうしても外が気になるから、見に行くってさ。」


セリアの質問にノシェが肩を竦めながら答える。


「え、ちょっと、どうして止めないの。」

「もちろん止めたけど、ティリエが聞くわけないじゃん。」

「あ、あー、うん、それもそっか。」


ノシェの諦めたような表情に、セリアも納得半分、呆れ半分で頷く。


「フィアは最初から止める気なさそうだったけどね。」

「ええ、ティリエですもの。

 言い出した以上、危険だというだけでは行くのを止めないでしょう?」


ノシェがちょっと咎めるような口調でセレスフィアに言うと、セレスフィアは仕方がないとでも言いたげに頬に右手を当てながら答えた。


「それに、普段のティリエならきちんと理由を説明したでしょうけど、今回は、気になるから、なんて曖昧な理由で行くと言うのですもの。

 きっと、この場にいる人には言えない、大切な理由があるのではないかしら。」

「さすがフィア、よく見ているわね。」


セレスフィアの説明に、セリアも頷く。


「なるほどね。

 でも、そうだとすると、ティリエも水臭いよね。」

「そうね。

 10年来の幼馴染なんだから、何でも話してくれればいいのに。」


ノシェのぼやきにセリアも同意する。


「そもそもティリエって、自分家(じぶんち)も教えてくれないし、隠し事多いよね。」

「本当に。

 おかげで手紙も出せないし、遊ぶのも日曜礼拝で約束した日しか遊べないものね。」

「それも、なかなか日付が合わなかったりするし。

 あの子、普段、何してるんだろうね?」

「ここの日曜礼拝に来るってことは街に住んでるんでしょうけど、街中で見ないものね。

 家からあまり出ないのかしら。」

「着ている服からすると、そんなにいい家に住んでるってわけでもなさそうだけど。」

「そうなのよね。

 まあ、いい所のお嬢様がお忍びで、なんてこともあるかもしれないけど。

 でも、フィアもいるのだし、隠さなくてもよさそうよね。」


唐突に始まったセリアとノシェによるティリエへのぼやきを横に聞きながら、セレスフィアは神殿の出入り口がある方へと視線を向けた。

そして、誰にも聞こえないくらい小さな声で呟く。


「・・・お友達だからこそ、話せないこともあるのですから。」

緊迫感のない避難をしている主人公達を他所に、外で起こっている事態と、それに対応している人達でした。

現場は対応が困難な事態に陥っています。

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