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蒸気と白騎士 ~お忍び令嬢と従者とリスの事件手帖~  作者: 桐原コウ
第2話 きっかけは、ほんの小さな出来事
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4.令嬢と従者とリスの共同作戦

オティーリエはびっくりしたものの、それはほんの一瞬だけ。

慌ててもがいているフリをしながら、この状況をなんとかしようと必死に考える。


相手は力が強い上にこういうことに慣れているようで、腕を振り解こうともがいてみても、相手は腕一本だけだというのに、まったく身体が動かせない。

口もそう。

手を外そうと左右に首を振ろうとしても、ほんのわずかにしか動かせない。

ならば足。

相手の立ち位置からだいたいの爪先の位置を想定して、気づかれないようにそっと足を動かして踏みつけようとしたその瞬間。

耳元で聞き覚えのある声がした。


「お嬢、落ち着け、俺だ。」


その声に、オティーリエは途端に動きを止めた。


ヨハンだ。


オティーリエが動きを止めたのを見ると、ヨハンはゆっくりと両腕を解いた。

途端に、オティーリエが物凄い勢いでバッと振り向いて、ヨハンを上目遣いに睨みつける。

それでも、ヨハンはどこ吹く風。

腰に手をあて、呆れたような表情を浮かべて注意をする。


「油断しすぎだ、お嬢。

 簡単に捕まりやがって。」

「ヨハンの気配消しに気付けるわけないでしょう。」


ぷくーっと頬を膨らませて抗議をするオティーリエ。

今は街中で主従を示さないといけない相手もいないので、ヨハンに対しても町娘のティリエとして対応する。


「まあ、それはそうだが。

 しかし、俺じゃなかったら一大事になっていたところだぞ。」

「ヨハンじゃなければ気付けるもん。

 だいたい、どうしてわたしを捕まえたの?

 声かければいいじゃない。」


完全に負け惜しみ。

オティーリエのそんな態度が少しおかしかったようで、ヨハンは小さく笑みを浮かべた。


「自分がどれだけ危険なことしてるのか、身を以て知ってもらういい機会だと思ったんだよ。

 少しは身に染みたか?」

「そんなことより、どうしてヨハンがここにいるの?」


オティーリエは状況不利と見て、強引に話題を変えた。

そのあからさまな話題転換に、ヨハンはオティーリエが行動を反省する気はない、と言うより、反省はしても変える気はないのだと悟り、はあっとわざとらしく息を吐いた。

そんなこと、最初から分かっていたことなので、今更、これ以上言っても意味はないだろう。


ちなみにオティーリエも反省はしていた。

ただ、反省の方向が違っていて、こういうことをしないのではなくて、背後に注意を払っていなかったことを反省していたのだった。


「俺は、チビの捜索。」

「え?

 どういうこと?」


ヨハンの簡潔な答えに、オティーリエが戸惑った様子で質問する。


「この工場・・・については説明不要か。

 廃工場なのに、一か月前から毎日のように人が出入りしているらしいんだ。

 それで中で何してるか興味を持ったチビが一人、入り込んだらしいんだが、戻って来ないって連絡があってさ。

 チビ達に任せるのも不安なんで、俺が様子を見に来たってわけ。

 まさかお嬢と鉢合わせるとは思わなかったが、お嬢は何しに来たんだ?」


ヨハンが肩を竦めながら説明した。

チビ、というのは、もちろん、ヨハンが面倒を見ている浮浪児グループの浮浪児のことだ。


「わたしは、誘拐事件を追って来たの。

 スペシャル・マシナリー・ギアっていう会社の技師さんが2週間、家に戻ってなくて、会社を無断欠勤してるんだけど、家には毎日、手紙が届いてて。

 それで、その手紙をよく見てみるとメッセージが隠されていて、誘拐されたって書かれてたの。

 今いる場所までは書かれていなかったんだけど、手紙の消印から推測して、ここに当たりをつけて、調査しに来たところ。」

「ふーん。

 なんかお互い、関係のありそうな話だな。」

「だね。

 じゃあ、一緒にここ捜索しよ。」

「もちろん、それで構わないが・・・なんか楽しそうじゃないか?」

「え?

 あ、そう?」


言われて、オティーリエが自分の顔をペタペタと触る。

ヨハンは呆れた顔でオティーリエを見ていた。


「ヨハンと一緒に何かするなんて滅多にないから、嬉しかったんだよ。

 ちょっと不謹慎だけど、少しくらいいいよね。」


そう言って、オティーリエはヨハンに笑顔を向けた。

その輝かんばかりの笑顔に、ヨハンが右手で顔の下半分を隠しながら、顔を横に向ける。


「どうしたのヨハン?」


そんなヨハンの態度に、オティーリエはきょとんとした表情でヨハンの顔を覗き込む。

すると、ヨハンはさらに顔を背けた。


「ねえ?

 本当にどうしたの?」

「な、なんでもない、気にするな。」

『我が主よ。』

「あ、来た。

 ごめん、集中したいから、少し静かにしてて。」


さらにヨハンが顔を向けた方に回り込もうとしたオティーリエだったけれど、その時、ちょうどアーサーから念話が届いた。

ヨハンのことはひとまず置いておいて、念話に集中しだす。

ただ、オティーリエはアーサーの位置が分からないので、アーサーからの一方通行の念話になる。


『我が主の目算通り、地下に降りる階段を見つけた。

 私はこのまま、地下を捜索する。

 我が主はもうしばらく、そこで待機していて欲しい。』


言葉と共に、廃工場の内部の見取り図っぽいイメージも送られてきた。

至れり尽くせりだ。

こういう時、この念話という魔法は本当に便利。


伝えるだけ伝えると、地下に移動しだしたのだろう、アーサーからの念話は終わった。

オティーリエは念話に集中して、いつの間にか俯いていたので、パッと顔を上げてヨハンの方を見ると、ヨハンはすでに普段の顔でオティーリエを見ていた。


「終わりか?」

「うん。

 アーサーが地下への階段見つけたって。

 あ、地下っていうのは、誘拐された人からの手紙で地下に捕まっているみたい、と書かれてたから、地下室探してたの。

 このまま、地下も偵察するから、もう少し待っててって。」


オティーリエはさっきのヨハンは何だったんだろうと思いつつ、普通の態度に戻っているヨハンに、よく分からないけど追及されたくないんだろうなと考えて、それ以上突っ込んで聞くのは止めた。

それから、オティーリエはナップザックからメモ帳と鉛筆を取り出すと、しゃがみこんでアーサーから教えてもらった工場の見取り図を書き始めた。


ヨハンは立ったまま、曲げた人差し指を顎に当てつつ、上から覗き込む。


オティーリエは少しして書き終えると、立ち上がって両手でメモ帳を広げてヨハンに見せた。

見開き2ページかけて見取り図が書かれている。


大きな扉のある場所は、中に非常に広いスペースが取られているようだ。

ここには工場から会社が撤退した時に残していったらしい段ボール箱が一角に高く積まれているらしい。


他の部屋は、それよりは小さいけれど、広い部屋が4部屋。

3つは今は何も置かれておらず、1つは事務スペースらしく一人用の机がいくつか並んで置かれている。

地下室へは廊下の一番奥から階段で降りられるようになっているようだ。


「ヨハン、工場の見取り図。

 地上部分だけだけど。

 地下はこの後かな。」

「へえ、なかなかやるな。

 あいつ、こういう時便利だな。」


ヨハンがちょっと感心したように言った。

ヨハンがこうして他人に感心するのは珍しい。


「うん、すごいでしょ。

 騎士のお仕事っぽくないから、ちょっと気が引けるんだけどね。」

「やってくれるんだから、任せておけばいいさ。

 それより、あいつが地下に行ったなら、地下への階段まで行っておくか?」

「ううん、念話って、あ、アーサーとの会話の仕方の名前なんだけど。

 その、念話って、相手の場所が分かっていないと出来ないから、アーサーからの連絡を受け取るために今は動けないんだ。

 アーサーが今いる場所が分からないから、わたしからはアーサーに話しかけることも出来ないしね。」

「ふーん、便利だけど、それなりに制約もあるんだな。」


オティーリエの説明に、ヨハンは納得したように頷いた。


「うん、魔法も万能じゃないから。

 それに、失敗するととんでもないしっぺ返し食らうこともあるしね。

 使うために知識や注意が必要という意味では、魔法も機械も同じだよ。」

「なるほどな。

 ちょっと魔法の見方変わったよ。

 やっぱ想像するのと実際とでは違うものなんだな。」

『我が主よ。』

「あ、ごめん、アーサーから連絡来た。

 ちょっとこっちに集中するね。」

「ああ、分かった。」


アーサーからの呼びかけに、オティーリエはヨハンに一言断りを入れてから集中した。

まずは、地下室の見取り図らしいイメージが送られてきた。

それによると、地下には階段を降りると長い廊下があって、右側に3部屋、突当りの奥に1部屋があるらしい。

右側の3部屋は階段手前側に広い部屋が1部屋あって、奥の2部屋はそれに比べて1/3くらいしかない。

最後に奥の部屋は、階段手前の部屋ほどではないものの、残りの2部屋よりは大きな部屋になっているようだ。


『階段手前の大きな部屋に、なにやら大きな物が置かれていた。

 おそらくは、機械というやつだろうが、どう動くのかまでは私には分からなかった。』


その言葉と共に、置かれてたという機械のイメージが送られてきた。

オティーリエも詳しくはないけれど、どうもプレス機のように思える。

そして、片隅には鉄板がうず高く積まれているようだ。


『それから、次の部屋に男が一人と子供が一人。

 どちらも寝台に寝転がって、特に何もしていない様子だ。

 その次の部屋には男が二人。

 こちらはなにやらゲームらしき物をしていたが、私の知らない物だった。』


アーサーはどうやら天井に沿って伸びている通風孔のようなものから部屋の中を覗いたらしい。

それぞれの部屋の様子のイメージが送られてきた。


2つ目の部屋は殺風景で簡易ベッドが二つあるだけの部屋。

そのベッドの上に、それぞれ男性と子供が寝転がっている。

男性の方は、ワイシャツにセンスのいいチェックのベストを着ていて、ズボンもフォーマルな物をはいているよう。

ただ、惜しむらくはずっと着っぱなしのだろう、かなりくたびれた感じになってしまっている。

子供の方はうつ伏せで顔は見えないけれど、髪は短くて、ハイネックのセーターにズボンという恰好。

きっと男の子。


次の部屋も同じように殺風景な部屋だったけど、こちらにはベッドの他に真ん中に丸テーブルが置かれていて、中にいる男性二人が向かい合ってゲームをしているようだ。

この二人の男性は同じ格好をしていて、どちらも黒の上下のスーツ。

襟もきっちりしめて黒いネクタイもしている。

この二人の男性、一人はふくよかな体形で背が低く、もう一人は針金のように細くて背が高い。


『一番奥の部屋には、調理場に食事スペース、それから書斎のように机、椅子、本棚が並べられていて、椅子には一人の男性が座っていた。』


一番奥の部屋の光景もイメージが送られてきた。

ここだけ生活感溢れるスペースになっていて、一番奥にキッチンがあり、洗い物が山のように積まれている。

その手前に丸いダイニングテーブルが置かれて椅子が3つ並べられていて、さらに手前、扉が正面に来る位置に机と椅子、それからその横の壁に本棚が置かれていた。


そして、その机には一人の男性。

部屋の中だというのに白いシルクハットを被り、白いタキシードに黒いマントを付けて、左目にモノクルを付けている。


『以上が報告だ。

 地下への階段の所で落ち合おう、我が主よ。』


オティーリエはそこまで聞くと、再びメモ帳を取り出して、地下の見取り図をささっと書いた。

簡単な構造なので、すぐに書き終わる。


「ヨハン、これが地下の見取り図。

 最初の部屋になんかプレス機っぽい機械が置かれてて、次の部屋に男性と男の子が、その次の部屋にスーツを着た怪しい男性二人。

 最後の部屋になんか変な雰囲気のおじさんが一人いるみたい。

 どうやら当たりみたいだね。」

「そうだな。

 それにしても、すごいな、あのリス。

 俺にも一匹欲しいくらいだ。」

「ダメ。

 アーサーはわたしのだからあげない。

 それから、アーサーは騎士だよ。」

「その騎士をリスにしてるのお嬢だろ。

 そんなことより、どうやって救出するか作戦立てるぞ。」


横道に逸れた話をヨハンが元に戻す。

ヨハンに指摘されて頬を膨らませかけたオティーリエだったけど、言われて、真面目な顔に戻った。


「とりあえず、地下への階段の所に行きながらお話しよ。

 アーサーがそこで合流しようって。」

「了解。

 ところで、本当はお嬢にはここで待っていてもらいたいんだが?」


ヨハンがジト目でオティーリエを見るものの、オティーリエは一切、意に介さず。


「アーサーと会話出来るのは、ヨハンじゃなくてわたし。」


胸を張って答えた。


「いや、もうアーサーと会話出来なくても、俺一人で十分だぞ。」

「アーサーを階段前に放っておくわけにはいかないでしょ。

 それに、きっと二人の部屋は外側から鍵がかけられてる。

 ピッキングは、ヨハンより、わたしの方が上手だよ。」


得意げに言うオティーリエに、ヨハンは溜息をついた。


「いや、だから、ピッキングが得意なご令嬢ってどうなんだよ。

 まあ、いいや、今はそんなこと言ってる場合じゃない。

 行くぞ。」


オティーリエとヨハンは、そっと入口を開けると、ヨハンが前に、その背中をオティーリエが守るようにして中に入って行った。

タイトルに出ている3人(?)の共同作戦でした。


令嬢を捕まえたのは従者でした。

理由はお灸を据えたいから。

それはもう何事にも優先されるほどの至上命題。

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