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蒸気と白騎士 ~お忍び令嬢と従者とリスの事件手帖~  作者: 桐原コウ
第2話 きっかけは、ほんの小さな出来事
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2.こうして、今日も無事に巻き込まれる(首を突っ込む)

結局、オティーリエはノシェと一緒に応接間のソファに座っていた。

アーサーの入ったナップザックを抱えて。

帰ってもよかったのだけれど、ノシェがぜひ一緒に、と言ったから。

一人で知らない家に入るのは心細いから、ということはノシェには有り得ないので、何かオティーリエにも聞いて欲しい事情があるのだろう。

オティーリエは快諾すると、リアンにも許可をもらって、同席することになった。


「何もご用意出来ず申し訳ございません。

 せめて、お茶だけでも出させて下さい。」


リアンが恐縮しきりでお茶を出した。

オティーリエの分も。

どうやら、準備していたケーキはノシェを迎えるために用意されたものだったらしい。

オティーリエは頭の片隅で、ノシェ、残念だったね、などと考えていた。


「それで、今日はどのような御用でしょうか。」


リアンは二人にお茶を入れると、二人の正面に座ってノシェに尋ねた。

その態度からは全然、緊張感が抜けていない。


「旦那様は、今、どうされていらっしゃるのでしょうか?」

「どう?とは、どういうことでしょう?」


意味が分からないといった様子で、リアンが質問を返す。


「旦那様はこの二週間、無断欠勤をされていますね。

 それはご存じですか?」

「無断欠勤、ですか?

 いいえ、夫はお勤めで出張しているのではないのですか?」


リアンの答えに、ノシェも訳が分からないという表情を浮かべて、お互いに顔を見合わせた。


「どうして、出張だと仰っているのでしょう?」

「夫から、手紙が来ていますから。

 そうですね、ちょうど二週間ほど前くらいからになります。

 少し失礼しますね。」


言うと、リアンは立ち上がって部屋を出て行った。

ノシェはそれを見送ると、オティーリエを見た。


「どう思う?」

「え、全然事情が見えないよ。

 そもそも、どうしてノシェはここに来たの?」


オティーリエが質問されて、困惑顔で聞き返した。


「ああ、ごめんごめん、全然説明してなかったね。

 この家の旦那さん、オルセン・ヴィルさんって言うんだけど、うちの父さんが面倒見てる人なのよ。

 その人が、2週間前から無断欠勤してるから、様子を見て来てくれって父さんに頼まれちゃって。

 それで、あたしが様子伺いに来たってわけ。」

「その恰好は?」

「オストライア系列の会社だから、オストライアの使いとして来た方が都合がいいかなって。

 フィアにも、もちろん許可もらってるよ。」

「そうなんだ。

 うん、ノシェの事情は分かった。」


ノシェの説明にオティーリエは頷いた。

そこに、紙の束を抱えたリアンが戻ってきた。

ノシェがそれを見て、オティーリエからリアンに視線を移す。


「これが、夫からの手紙です。

 それより、無断欠勤というのは?」


リアンは持ってきた紙の束をテーブルに置いた。

けっこうな量がある。


「言葉の通りです。

 旦那様はこの二週間、会社に連絡なしに欠勤しています。

 出張の指示は出ていません。」

「そんな。

 じゃあ、この手紙は?」


ざあっという音が聞こえる気がしたくらいの勢いで血の気の引いた顔をしたリアンが、呆然と目の前の紙を見る。


「拝見してもよろしいですか?」

「はい、どうぞ。」

「わたしもいいですか?」

「ええ。」


ノシェとオティーリエが見る許可を求めると、リアンは頷いた。

自分も、確認するように手紙を一通手に取る。


「この筆跡は旦那様のもので合っていますか?」

「はい、夫のもので間違いないです。」


オティーリエが確認すると、リアンが血の気の引いた顔のままで頷いた。

最初に届いたという手紙には、自分が突然、出張に行くことになったということと、長期出張になりそうだということが書かれていた。

その次の手紙からは、日常の他愛ない会話や家族の様子を尋ねる内容。

そんな手紙が13通、つまり約2週間前から毎日のように届いている。


「とりあえず、旦那様は無事ではあるようですね。」

「そ、そうですよね。

 よかった。」


ノシェが思案顔のまま言うと、リアンがそこに希望を見出したように頷く。


「旦那さんって、優秀な技師なんだよね?」

「そうだよ、期待のホープだって。」


唐突にオティーリエがノシェに確認すると、ノシェが思案顔のまま、生返事で返した。


「だったら、きっと大丈夫だよ、お母さん。

 こうして手紙も出せてるし、きっと技師としての腕を見込まれて・・・っと。

 あの、お母さん、ショック受けないで聞いてね。

 ちょっと刺激的な言葉、言うから。」


オティーリエは身を乗り出して、リアンの手に自分の手を添えながら、あえて敬語を使わないで話しかけた。

少しでもショックを和らげようと、親しみをこめて。

すると、リアンの方もまだ血の気が引いたままだったけれど、覚悟を決めた顔で、まっすぐにオティーリエを見た。


「大丈夫。

 なんとなく、今までの話の流れで想像ついたから。」

「じゃあ、言うね。

 きっと、何かの事件に巻き込まれて、誘拐されたんだと思う。

 でも、技師としての腕を見込まれてのことだと思うから、酷いことはされていないと思う。

 だから、安心してって言うのも変な話だけど、安心していいと思うよ。」


それでもやはり、ハッキリ言われるのはショックだったらしい。

大きな衝撃を受けた顔をした後、オティーリエの手からするりと手を抜いて、両手で顔を覆って俯いてしまった。


「ああ、オルセン・・・。」


思わず呟きが漏れる。

ノシェとオティーリエは顔を見合わせると頷き合い、リアンの両側に席を移した。

右側からオティーリエ、左側からノシェが、身体を寄せて口を開く。


「大丈夫、旦那さんは無事だよ。

 この手紙が、そう言ってるもの。」

「そうですよ、奥様。

 だから落ち着いて、旦那様を信じましょう。」


リアンはそっと両手を顔から離すと、左右を見た。

安心させるように笑みを浮かべた二人の顔。

リアンは一つ、大きな溜息をついた後、上を向いて、それから無理矢理に笑顔を浮かべて、二人に見せるように左右を見た。


「ありがとう、二人とも。

 もう大丈夫。

 あたしがしっかりしなくちゃね。」

「うんうん、その意気、その意気。」

「お子様もいらっしゃいますしね。

 意気消沈なんてしていられませんよ。」


そうして、リアンの右手をオティーリエが、左手をノシェが、ぎゅっと握って、三人で頷き合った。


「この後、すぐに第二騎士団に相談しに行くわ。」

「それがよろしいですわね。

 会社への連絡は私が承ります。」

「ありがとうございます。

 それでは、そちらはよろしくお願いします。」


リアンが言うと、ノシェが立ち上がった。


「それでは、行動開始ということで、私はここで失礼させていただきますね。

 今後、何かありましたら、スペシャル・マシナリー・ギアのリチャードまでご連絡下さい。

 それで、話が通るようにしておきます。」

「ありがとうございます。

 よろしくお願いします。」


リアンも立ち上がると、頭を下げてお礼を言った。


「じゃあ、ティリエ、行こう。」

「うん、そうだね。

 じゃあ、お母さん、頑張ってね。

 ルーカ君のことも。」

「ええ、ティリエちゃんもありがとう。

 次は思い込みで行動しないように気を付けるわ。」


オティーリエも立ち上がって頭を下げると、リアンはその頭を軽く撫でた。

オティーリエはその感触にびっくりしながらも、その手が離れるのを少し名残惜しく思いつつ、顔を上げた。


 ◇ ◇ ◇


ノシェとオティーリエはそのまま二人で家から出てきた。


「じゃあ、あたしは早速、父さんに知らせてくるよ。

 ティリエはどうするの?」

「うーん、気になることがあるから、もう少しこの辺りにいると思う。」

「そっか。

 オルセンさんを助けに行こうなんて考えない?」


ぎくり、とした顔でオティーリエは動きを止めた。

そーっとノシェの顔を伺う。


「あ、あの。」

「やっぱりね。

 うーん、何かありそうだったから、ティリエにも知恵を借りようと思ったけど、失敗だったかなぁ。」


ノシェは小さく溜め息をついてから、さらに言葉を続ける。


「奥さんが第二騎士団に連絡するって言ってたんだし、あんまり首突っ込みすぎちゃダメだよ。

 とにかく、無茶はしないこと。」


ノシェが人差し指を立てながらオティーリエに言うと、オティーリエは渋々頷いた。


「う、分かった。

 自分で出来ないことはやらないように注意する。」


出来ないことは、というのがポイント。

つまり出来ることはするということ。


「まったく、ティリエは。

 本当に、気を付けてね。」


ノシェ相手に誤魔化しは通じない。

しっかり、言外の意味も通じてしまっている。

仕方ない、と言うように肩を落としたノシェに、オティーリエがにっこり笑って応えた。


「うん、大丈夫だよ。

 いつものことだから。」

「だから余計にダメなの!

 まったく。

 危険なことには首を突っ込まないこと。

 いいわね。」


ノシェが立てていた人差し指で、今度はビシっとオティーリエの顔を指差しながら言った。

ノシェのその剣幕に、オティーリエもこくこくと頷く。

頷くものの、どこまでが危険かの判断はオティーリエがするので、その基準はおかしいものになる。


「本当に分かってるのかなぁ。

 まあ、これ以上しつこく言っても仕方ないか。

 じゃあ、あたし、行くね。

 またね。」

「うん、またね。」


バイバイ、と二人で手を振り合って別れる。

そうしている間に、リアンも家からバタバタと出て来て、どこかへ行ってしまったようだ。

おそらく、一番近い第二騎士団の支部。

誘拐されたという話をしてくるのだから、けっこうな時間、戻ってこれないだろう。

ただ、残念ながら、第二騎士団は話は聞いてくれるだろうけれど、捜査まではしてくれないだろうとオティーリエは予想している。

それというのも、無事を知らせる手紙が届いているから。

犯行声明が届いたわけでもないので、怪しいというだけでは、第二騎士団としても動きが取れないだろう。

だから、オティーリエは、再びヴィル家を訪ねることにした。

呼び鈴を鳴らすと、ルーカが顔を出した。


「あれ、どうしたの?」

「ちょっと教えて欲しいことがあって。

 上がらせてもらってもいい?」

「うーん、姉ちゃんならいっか。

 どうぞ。」

「ありがとう。」


オティーリエは家に入れてもらうと、応接室に通された。

このあたり、ルーカはきちんと躾されているらしい。


「ごめん、散らかってるや。

 今、片付けるね。」


ルーカは机の上の紙束を見て、慌てて片付け始めた。

オティーリエはその手を取って、片付けるのを止めた。


「あ、ううん、それを見せて欲しかったの。

 お母さんが持って行ってなくてよかった。」

「え、これ、父さんからの手紙でしょ。

 何の用があるの?」

「うん、ちょっと気になることがあって。

 見せてもらえる?」

「さっきも母さんが見せたんだろ?

 だったら、別に構わないよ。」

「ありがとう。」


ルーカは持っていた手紙を戻すと、どうぞ、とオティーリエに場を譲った。

オティーリエはさっき案内されたお客様側のソファに座り、ナップザックをテーブルに置くと、手紙を読み始めた。

中からアーサーが顔を出してオティーリエを見た後、その手にある手紙を見て、ナップザックから出て来ると、たたたっとオティーリエの左肩に登った。


「姉ちゃん、そいつ、ずいぶん慣れてるんだね。」

「ええ。

 とてもいい子なの。」


言いながら、ルーカがアーサーを興味深そうに見る。

オティーリエはそれに返事を返しながら、手紙を手に取った。

まずは最初から順番に並べ直す。

消印の日付を見れば、手紙が出された日付順に並べるのは簡単だった。

それから、メモを取りながら順番に中を確認していく。


「姉ちゃん、何してるの?」


ルーカがそんなオティーリエを見ながら声をかけて来た。

父親が誘拐されたという話をこの子は部屋の外から聞いていただろうか。

一瞬、考えたオティーリエは、聞いていたとしても、自分から話すことではないと判断して、ルーカに、今やっている作業を見せないことにした。


「えっとね、今、お姉ちゃんはとても大切な御用をしてるの。

 でも、ごめんなさい、お母さんにもルーカ君にも話せないことなの。

 それで、非常識なお願いなんだけど、しばらく、この部屋で一人にさせてもらえないかな。」


オティーリエは真剣な表情でルーカを見ると、ルーカは少し気圧された様子でオティーリエから視線を逸らした。

でも。


「父さんに関係することなんだろ?

 じゃあ、いいよ。

 俺、部屋から出てるね。」

「ありがとう、ルーカ君。」


ルーカはオティーリエのお礼を聞くと、そのまま部屋を出ていった。

そっと部屋の扉を閉める。

扉が閉じるのを見たオティーリエは、ふうっと一息吐くと、再び手紙に向き合った。


最初に見た時から、違和感だらけの手紙だった。

ところどころ文字が抜けていたり、小文字であるべき箇所が大文字であったり。

文章そのものも、時々流れを無視した箇所があって、例えば、”おはよう、今日はいい天気だね。明日の夕食はなんだろう?”といった感じ。

だから、オティーリエは、この手紙の中になんらかのメッセージが込められていると踏んだのだった。


果たして、それは大当たり。


抜けた文字と大きさのおかしな文字を並べて書き出すと、文章になった。

その文章には。


自分は誘拐されたこと。

怪我一つなく無事でいるから心配いらないということ。

居場所は分からないけれど、どこに行っても窓が一つもないので、地下にいるのではないかと思われること。

といったことが書かれていた。

肝心の居場所についてのヒントが地下だろうということしかなかったことを残念に思いながらも、それで諦めるオティーリエではない。


今度は封筒に着目した。

場所は最初と同じ消印。

その消印は全て同じ郵便局によるものだった。


そこは工業地帯の郵便局。

工業地帯は領都の西側を流れる川のさらに西側にあり、その名の通り、工場が林立している場所だ。

この場所の郵便物には少し特徴があって、他の場所ではポストに投函された郵便物を郵便局員が集配するのだけれど、この場所だけは工場の事務所がまとめて郵便局に持ち込むなり、郵便局が各工場を巡回して回収するなりしている。


その上、工業地帯には一般家庭の家は建っていないので、広い工業地帯なのにポストは3カ所にしか設置されていない。

そして、消印から足が付くことに気付かずに同じ所轄の郵便局から全ての手紙を出すあたり、少し杜撰な犯人なのだろう。


オティーリエはそこまで手紙から読み取ると、手紙から手を放し、足音を立てないように気を付けながら扉の所に行って、扉を開けた。

その外側には隙間から覗き込むようなポーズのルーカがいた。


「あ、いや、これはその!」


ルーカが慌てて手足をバタバタさせる。

そんなルーカをオティーリエがくすりと笑うと、ルーカは顔を赤らめて動きをとめて、頬をかきながら斜め上を見た。


「ルーカ君、工業地帯の地図ってある?」

「え?

 ああ、うん、あるよ。

 父さんが訪問先を確認するのに使ってるやつが。」


ルーカはそう言うと、そそくさとその場を離れた。

あからさまな誤魔化しに、オティーリエはさらに笑みが深くなる。

ルーカが地図を持って戻ってきた時には、すでに笑みは収まっていたけれど。

ルーカが持ってきた地図は工業地帯の詳細な地図で、それぞれの工場の社名まで入っていた。


「ルーカ君、ナイス!

 これ、欲しかった地図だよ。」

「そう?

 それはよかった。」


へへへ、とちょっと自慢気にルーカが鼻の下をさする。

オティーリエはそんなルーカの頭を撫でた後、テーブルの上、の手紙のさらに上に地図を広げた。

ポストを中心に、その周辺を見ていく。

さすがにこの地図から地下があるかまでは分からないけれど、オティーリエは一つの工場に着目した。

書かれた会社名に×がついている、おそらく今は使われていないだろう工場。

オティーリエはその場所をメモすると、地図を元の通りに畳んで、ルーカに返した。


「ありがとう、ルーカ君。

 おかげで、知りたいことはだいたい分かったわ。」

「これで、父さん、帰ってくる?」


不安げにルーカがオティーリエを見上げてくる。

その顔には、父親が心配でたまらない、と書かれていた。

親を心配する子供の気持ちは、オティーリエにも痛いほどよく分かる。

長く病床に臥せっていた母親を心配して、出来るだけ傍にいるようにしていたから。

だから、オティーリエはルーカを安心させるように笑みを浮かべてみせた。


「きっと大丈夫。

 そんなに経たずにお父さん、帰ってくると思うよ。」

「そっか。

 姉ちゃんが言うなら、きっと大丈夫だよな。」


えへへ、とルーカが笑みを返す。

オティーリエはそれに一つ頷くと、ヴィル家を後にした。

喧嘩していた親子には、ちょっと不思議な事情がありました。

そしてなぜか事件に発展。

解決に向けて、オティーリエは動き出します。

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