1.ケーキを食べた真犯人
ある日の昼下がり。
オティーリエは魔獣が残した被害の復興状況を確認するため、西の街道に来ていた。
瓦礫はすでに片付けられていて、今は壊れた門や家屋の修復に着手されているようだ。
その順調な復興具合にオティーリエは一つ頷くと、今日はこの後の予定もないので、あまり行く機会のない西の工場地帯の方へと足を延ばした。
今日のオティーリエは小さなナップザックを背負っている。
今日は、と言うより、最近はいつもそう。
このナップザックはアーサーを入れるために作られた物で。
アーサーが中で窮屈な思いをしないように膨らんだ状態で形を保つように縫製されていて、しかも上部に頭を出せるように簡単に開く口も付いた特製のものだ。
オティーリエもアーサーが肩にいるより楽だし目立たないし、アーサーも自分の都合で顔を出し入れ出来るし、多少、揺れるとはいえ狭くるしくはないしで、お互いに取っていい感じなのだった。
まあ、ついでとばかりにマージナリィ特製の道具が入れれる小物入れもいっぱい付いていたりもするけれど。
オティーリエが街並みを眺めながら歩いていると、突然、横の家から玄関扉がバン!と勢いよく開けられて、男の子が転がり出てきた。
10歳に満たないくらいの男の子だろう。
オティーリエはそれにビクッとして思わず足を止めると、その男の子は道を少し転がった後、頭を下にして止まった。
それから、ゆっくりと態勢を入れ替えて、憮然とした表情で座り込む。
その後、男の子が出てきた家の扉から、20代後半と思わしきエプロンを付けた女性が出てきた。
「まったくアンタって子は!
あれは大事なお客様に出す物なんだよ!
それをつまみ食いするなんて!」
その女性は、男の子に向かって街道沿いに響き渡るような大声で怒鳴り声を上げた。
「だから俺じゃねえって言ってるだろ!
だいたい、俺は部屋から一歩も出てないんだから!」
男の子の方も負けじと声を張り上げて反論する。
二人とも、周囲の視線を集めてしまっているのに気づいていない。
「じゃあ、なに?
あたしが出かけたほんの10分の間に誰かがウチのケーキを狙って入って来たとでも言うの?!」
「そんなの知らねぇよ!
とにかく、俺はそんなことしない!」
「あの、お母さん、僕、少し落ち着いて。」
オティーリエは怒鳴り合っている二人の間に割って入って行った。
二人の真ん中で、ストップをかけるように両手を上げる。
それで周囲の視線に気づいたらしい母親が、慌てたようにパタパタと手を動かした後、気を取り直して、注目している人にバッと勢いよく頭を下げた。
「みなさん、お騒がせしました。
なんでもありませんので、どうぞお気になさらず。」
そう言うと、オティーリエの横を抜けて男の子の首根っこを掴み、家の中へと引きずっていく。
男の子も特に抵抗はしないけれど、従う気はさらさらないらしく、引きずられるままだ。
そんな二人にオティーリエはさらに声をかけた。
「あの、何があったんですか?
どうやら、この僕がお客様に準備していたケーキを食べてしまって、それを怒っているのに、僕の方は食べていないと言っているように聞こえたんですけど。」
「僕じゃない。
俺の名前はルーカだ。」
「黙んなさい。」
母親は足を止めて、オティーリエに振り返った。
男の子の方は引きずられている姿勢のまま、僕と言われるのが我慢ならなかったのかオティーリエに名乗って、それに母親が拳骨を落として黙らせる。
しかし、オティーリエはとりあえずルーカの方が話しやすいと見て、まずはルーカに話しかけた。
「じゃあ、ルーカ君。
何があったの?
濡れ衣を着せられようとしているんだよね?」
「ぬれ・・・え?
何?」
「あ、えっと、無実の罪を着せられようとしている、ってこと。
食べてないのに食べたと言われてるんでしょ?」
「そうそう、そうなんだよ!
俺は何も悪くないのに、母さんがって、いて!」
「だから、黙んなさい。
お嬢ちゃんも話しかけないで。」
母親の方は、周囲の目が気になって早く家の中に入りたいのだろう。
オティーリエにそう言うと、背中を向けて扉の中に入ろうとしたが、それにオティーリエはさらに声をかけた。
「ううん、お母さん、このままだとルーカ君が可哀そうな展開が待ってそうだから、少しお話を聞かせて下さい。」
「・・・仕方ない、じゃあ、とりあえず家に入って。」
「ありがとうございます、お邪魔します。」
オティーリエに引く気がないと悟ったらしい母親が、溜息をついて仕方なさそうにオティーリエを玄関に招き入れた。
無視すればいいだけなのに無視しない辺り、気のいい母親なのだろう。
なんとかなりそうな予感にオティーリエはそっと胸をなでおろした。
母親は玄関に入ると、ルーカから手を離して、その場に放り出した。
それから、オティーリエに向き合う。
「初めまして、ティリエと申します。
不躾な真似をして申し訳ございません。
でも、受け入れて下さってありがとうございます。」
母親が視線を向けたのと同時に、オティーリエは挨拶をした。
母親の方は、予想外に丁寧な挨拶をされて、少し面食らう。
「ティリエちゃんね。
あたしはリアン、もう分かってると思うけど、この子の母親よ。
それで、ティリエちゃんはルーカの言い分が正しいと思ってるってこと?」
リアンはもう落ち着いているようだ。
最初の時のような怒気は感じられない。
オティーリエを不審そうに見ることもなく、普通に挨拶する。
「分かりません。」
「え、ちょ、ちょっと?!」
オティーリエが正直に答えると、オティーリエが弁護してくれると思っていたルーカが、焦った様子でオティーリエを見た。
そんなルーカにオティーリエは笑顔を見せると、再びリアンに向かい合った。
「でも、ルーカ君が嘘をついているように見えなくて。
もしそうなら可哀そうなので、一度、お話を聞いてみたいと思いました。
えっと、お母さんが10分ほど出かけている間に、お客様にお出しするケーキがなくなっていたのですよね?」
「あらやだ、あたし、そんなことまでしゃべってた?」
リアンが口元に手を当てて、思わず顔を赤くする。
それにオティーリエは小さく笑みを浮かべて頷いた。
「はい。
おかげで、だいたいの状況は掴めたんですけど。」
「やだ、恥ずかしい。
失敗しちゃったわ。」
リアンはいよいよ両手で顔を覆ってしまった。
「母さん、今更恥ずかしがっても、もう遅いよ。」
そんな母親をルーカが呆れたように見上げる。
「それはそうだけど、やだ、恥ずかしいじゃない。」
やだやだをするように、両手で顔を覆ったまま、左右に首を振る。
そんなリアンを見て、オティーリエとルーカは顔を見合わせると、揃ってやれやれというように両手を上げて首を振った。
そうしてオティーリエとルーカが少し待っていると、ようやくリアンは落ち着いたようで両手を顔からどけた。
それから、少し照れたような表情を浮かべて、口を開いた。
「ああ、ごめんなさい、それで、ケーキの話ね。
そう、あたしが出かけた10分の間に、少し食べられていたのよ。」
「ちょっと待って下さい。
なくなったのではなくて、少しだけ食べられていたのですか?」
話を続けようとしたリアンを遮って、オティーリエが質問した。
リアンは話を途中で遮られて、目をぱちくりとさせた後、質問に答えた。
「ええ、そうよ。
一口分くらいなくなっていたわ。」
「残ったケーキを見せてもらってもいいですか?
あと、ケーキを置いていた場所も見せて下さい。」
「いえ、それは・・・。
うーん、いいわ、分かった。
こっちよ。」
知らない人を家の中、それも普段は人を入れることのない場所に入れることになるからだろう。
リアンは少し迷う素振りを見せたけれど、最後はオティーリエを家の中に案内した。
オティーリエが案内されたのは、キッチンとダイニングが一緒になった部屋。
普段からきちんと掃除しているのだろう、清潔で整理整頓されていた。
中央に4人掛けのダイニングテーブルが置かれていて、その向こう側がキッチン。
そのダイニングテーブルの上に、問題のケーキが置かれていた。
そのケーキは、鋭い何かで掬い取られたように先端がなくなっている。
「ケーキは、もともとはあっちの棚の上に置いてたのよ。
それで、家を出る前はなんともなかったのに、茶葉を買いに出かけて帰ってきたら、この通りだったのよ。」
リアンは部屋の一角にある棚を指差して説明した。
天井から吊るすように設置された棚のようだ。
けっこう高い位置にある。
ルーカだと届かないだろうけど、椅子を使えば届きそうなので、これをルーカではない根拠には出来ないだろう。
だけど。
キッチンと一緒になった部屋に置かれていたということと、この部屋に来るまでに時々天井で聞こえたカリカリという音。
オティーリエは犯人に確信を持って、一つ頷くと、口を開いた。
「そうなのですね。
あの、お母さん、気を悪くしないで下さいね。
わたしは、ルーカ君が犯人ではないと思います。」
「え、じゃあ、犯人は誰?」
リアンは驚いた表情でオティーリエに尋ねた。
それにオティーリエはにっこり笑って、天井を指差す。
リアンとルーカはオティーリエの指先を追って、天井を見た。
「・・・天井がどうしたの?」
ルーカが天井からオティーリエに視線を移しながら質問した。
「ねずみ。
いますよね?
天井裏に。」
オティーリエがリアンを見ながら答えた。
「ええ、確かにいるわ。
え、ねずみが齧ったって言うの?」
「はい。」
「でも、この食べ方、フォークで取ったんじゃないの?」
確かにケーキの食べられたところは、何か鋭くて固い物で削られたように見える。
「すみません、ちょっと失礼しますね。」
オティーリエは一言言うと、ナップザックをダイニングテーブルの上に降ろした。
そして、中からアーサーの両脇の下に手を入れて取り出す。
ぷらん。
「きゃあ!
ちょ、ちょっと、ここキッチンよ。
動物なんか入れないで!」
「すみません。
説明にちょうどよかったので。
この子は毎日お風呂に入れて洗っていますので、清潔ですよ。」
見咎めたリアンに、オティーリエがアーサーをぷらんとさせたまま説明する。
嗅いでみて、と言わんばかりにリアンの方にアーサーを差し出すと、リアンはちょっと躊躇った後、鼻を近づけてくんくんと匂いを嗅いだ。
「・・・確かに獣臭くないわね。」
リアンはまだ疑わしそうにアーサーを見ながらも、とりあえず頷いた。
「テーブルの上に置いてもいいですか?」
「それはダメ。」
「分かりました。」
リアンがすげなく断ると、オティーリエは残念そうにアーサーを左手一本で抱え直した。
「それで、この子の口を見て下さい。」
オティーリエは言いながら、アーサーの口を手で広げる。
アーサーはぷらんとされたまま、されるがままになっている。
オティーリエが広げたアーサーの口を、リアンとルーカが興味深そうに見つめた。
「この子はリスですけど、ねずみと同じ齧歯類です。
こんな感じで、鋭くて大きな歯を持っています。
この歯なら、ケーキを食べた跡のようにもなると思いませんか?」
「でも、あんな高い所。」
「ねずみなら、登れると思いますよ。
試しにこの子にやらせてみますか?」
「それはダメ。」
今度もすげなく断られた。
オティーリエはちょっと残念に思いつつ、アーサーをナップザックに戻して、再び背負う。
「それで、どうでしょう?
ルーカ君が犯人でしょうか?」
オティーリエがリアンをまっすぐに見ながら、質問した。
ルーカも期待に満ちた顔でリアンを見る。
「うーん、全然、ルーカじゃない証明にはなってない気がするけど、ルーカだという証拠もないってことは分かったわ。」
リアンはそう言うと、ルーカの前に跪いて、そっと抱き寄せた。
「ごめんね、アンタが犯人だって決めつけて。
アンタの言うことを信じてあげなくて。
悪い母さんだったね。」
「ううん、分かってくれればいいよ。
大丈夫だよ、母さん。」
ルーカもリアンに腕を回し、抱きしめ返す。
オティーリエは、そんな二人を温かい眼差しで見つめた。
そんな、優しい空気を玄関チャイムの音が遮った。
その音にハッと顔を上げたリアンが、慌てて立ち上がる。
「もうこんな時間?!
準備も出来てないし、代わりのケーキも用意出来なかったじゃない!」
叫び声を上げながら、玄関に走って行く。
オティーリエとルーカはそんなリアンを見送ると、顔を見合わせて笑みを交わした。
「ありがとう、姉ちゃん。
おかげでぬれぎぬ?ってやつにならずにすんだよ。」
「ううん、リアンさんの言った通り、きちんと無実の証明出来なかったからダメダメだったよ。」
ルーカのお礼に、しゅんとした様子のオティーリエ。
ルーカはそんなオティーリエの手を握ると、元気づけるように下から覗き込んだ。
「ううん、姉ちゃんが言ってくれたから、大丈夫になったんだ。
だから元気だして。」
「ありがとう、ルーカ君。
そうだね、役には立てたもんね。」
「そうだよ、ありがとう、姉ちゃん。」
オティーリエがルーカの手を握り返すと、ルーカはニカっと笑った。
オティーリエもにこりと笑うと、部屋の入口の方を向いた。
「じゃあ、わたし、そろそろお暇するね。
お客様来たみたいだし。」
「うん、玄関まで送るよ。」
ルーカが先に歩いて、二人で玄関に向かう。
しかし、玄関に近づくにつれて、リアンとは別の、オティーリエの耳に聞き覚えのある声が聞こえてきた。
首を傾げながら玄関に着くと。
「あれ、ティリエ?」
「え、ノシェ?」
そこには、オストライア家のお仕着せを来たノシェがいた。
第2話の始まりです。
特に目的もなく街を散策していると、盛大な親子喧嘩に巻き込まれました。
そしてアーサー君は獣。




