15.青空の下で
土曜日の午後、オティーリエはお城を抜け出して街に出ていた。
この日の目的は事件の捜査ではなくて、お買い物。
明日のフィア、セリア、ノシェとのピクニックに向けての買い出しだ。
なにせ、お城にある食材は高級品で、下町の娘であるティリエが使うには過分な材料ばかり。
なので、材料を揃えるところからスタート。
作る物については、寝る前の不寝番の侍女とのおしゃべりの時間に相談に乗ってもらって決まっている。
フェアリーケーキを一人につき2個づつ。
1個はプレーンな生地のカップケーキの上に、チョコレートバタークリームと普通のバタークリームを絞りで絞って、リスの顔をデコレーションした物。
もう1個は砂糖漬けした果物を小さく刻んだものを生地に混ぜて焼いて、その上にバタークリームと砂糖漬けしたお菓子を乗せた物。
本当は生の果物を使いたいところだけど、さすがにこの季節では果物は売られていないので、苦肉の策で保存された物を使うことにした。
というわけで、バタークリームの材料やチョコレート、砂糖漬けした果物にケーキ生地のための薄力粉などなど。
街の食材屋さんを回って全部買ってくる。
ちなみに食材屋さんを回るので、今日のアーサーは肩には乗っておらず、ポケットに入りっぱなしだ。
食材の他にもフェアリーケーキを一個づつ入れる袋と、一人づつに渡すためにフェアリーケーキが2個入る大きさの箱も買わないといけない。
そんなこんなで意外と買う物が多く、数店を巡って購入したので時間がかかってしまい、全ての材料を購入してお城に戻って来た時にはもう夕方になっていた。
そして、日曜日は朝から調理場に立った。
お城の調理場なので広く、本格的な調理器具が並んでいる。
その中で、オティーリエはお城の料理人と侍女たちに見守られながら、フェアリーケーキを作っていく。
リスの顔をケーキの上に作ったりしたおかげでずいぶん時間がかかってしまったけれど、なんとか午前中のうちに作り終わった。
なかなか上手く出来たと自画自賛の出来。
仕事には正直でおべっかを使わない料理人や侍女たちにも褒めてもらい、ご機嫌で包装用の袋に入れた後、箱に詰めていった。
昼食後、少し食休めをしてから、作ったフェアリーケーキを手にお城を出たオティーリエは、約束の時間よりもだいぶ早く中央広場に着いてしまった。
30分前。
自分でも浮かれてるなぁと分かるくらいには浮かれていたので、落ち着くのにちょうどいいと言えばちょうどいい時間。
中央広場で待ち合わせの時にいつも使っている中央広場の中心部脇にあるベンチに座って3人を待つ。
中央広場の中心部は、北、東、西の大通りが交わる場所でもある。
オティーリエは、その中心部をじっと見つめた。
アーサーに導かれ、そこからアーサーの元に着いたのは一週間前のこと。
それから、アーサーは常にオティーリエの傍にいる。
オティーリエはアーサーを撫でながら、アーサーとの出会いに思いを馳せた。
それから、その切っ掛けとなった魔獣事件。
魔獣を作り出した人物。
その人物が書いた日記。
我が子を亡くしたばかりに、まともな神経を持っていれば絶対に行わない行為に手を染めた彼女。
彼女の行ったことは多くの人に迷惑をかけ、怪我人も出たし、本人に至っては命を落とした。
事によっては、領都が壊滅状態になっていたかもしれない。
たまたま、アーサーが気付いて助けてくれたおかげで、あの程度の被害で済んだのだ。
決して許される行為ではない。
ただ、亡くしてしまった子を思い、取り戻したいと願ったその心に罪があったのかは、オティーリエには分からなかった。
オティーリエにも大切な人はいる。
父親のエリオットに、従者のヨハン、爺やことマージナリィ、仕えてくれる侍女達。
フィア、セリア、ノシェというお友達。
領地を支える執事や従僕、騎士。
そして、このホルトノムル侯爵領で暮らす全ての人達。
どれかが欠けた時、自分はどうするのだろう。
そうして思いを馳せているうちに深い思考の海に沈んでしまったオティーリエは、ふとそれに気づくと、ただ、空を見上げた。
いつもは曇り空ばかりなのに、今日は快晴で絶好のピクニック日和。
右手を上に伸ばして、透かして見る。
その果てしなく高く青い空は、沈んでしまったオティーリエの心を、広く解き放ってくれるようだ。
そして、オティーリエはさらにまだ見ぬ未来へと思いを馳せる。
『アーサー、貴卿はこれから、長き時を私と共に在ることになるでしょう。
貴卿が私の運命に共に立ち向かって下さるように、私も貴卿の運命に共に立ち向かいます。
よろしくお願いしますね。
アーサー、私の騎士。』
『こちらこそ、だ。
よろしく頼む、我が主。』
貴族女性は夫をたて、一歩引いた姿勢が尊ばれるので、それを言葉使いでも示すため、一人称を可能な限り使わないように教育される。
アーサーに対しては貴族女性として振舞っているオティーリエだけれど、しかし、今、オティーリエはあえて、アーサーの名前に並べて私という言葉を使った。
これは、誓い。
共に協力し、お互いの運命に立ち向かうことへの宣誓。
この予言めいた誓いは、これから先、この主従が、どのような運命に弄ばれようとも破られることはなかった。
◇ ◇ ◇
空を見上げるオティーリエに、セレスフィアとノシェが声をかけてきた。
それからしばらくして、セリアも合流する。
これから、楽しみにしていたピクニック。
いつまでも沈んだままではいられない。
少し肌寒いながらも晴れ渡った空の下。
4人の少女たちは楽し気な笑い声を上げながら、青空のアフタヌーンティーに興じるのだった。
事件がほぼ解決し、青空の下で思いを馳せるオティーリエ。
これで、第1話はおしまいです。
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