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8.今度こそ、目的地へ

ネルとオティーリエはカフェ・ブーランジェルを出ると、アメリ―とも別れて、改めてパティスリー・オロンジュに向けて歩いていた。

カフェ・ブーランジェルでそれなりに時間を取られてしまったけれど、なんとかまだ夕方と言える時間に出てこれたので、急いで案内をしているところ。


「ネルさん、改めてごめんなさい。

 余計な時間を取ってしまって。」

「いえ、ですからお気になさらずに。

 そうは立ち会えない場面に立ち会えたし、なによりリーエさんの活躍が見れたので、むしろいい時間だったと思ってるよ。

 って、そう言うのはちょっと不謹慎かな。」


すこしおどけたように言うネルに、オティーリエはちょっと笑った。


「そうね。

 ちょっと不謹慎ね。

 でも、ありがとう。

 元気づけようとしてくれてるのよね。」


オティーリエがそう言うと、ネルは今度はちょっと情けない顔をした。

ちょっとわざとらしく。


「そういうのは言わぬが華、というやつだよ。

 でも、まあ、確かにあの青年のことを考えると、気持ちが沈んでしまうのは分かるよ。」

「ええ。

 ポールさんはこれから、深い後悔と共に生きていくのでしょうから。

 いつか、自分を許せる日が来るといいのだけど。」

「こればかりは彼の人生だし、割り切るしかないね。

 リーエさんは心優しいから、そんな簡単に割り切れないかもしれないけどさ。」


そんな日は来ない、とはネルは言わなかった。

代わりに、少しでもオティーリエが気持ちを切り替えれるようなこと言ってみる。


「私はそんな出来た人間じゃないわよ。」


と、オティーリエはちょっと心外だ、という風に返した。

だけれど、ネルの気遣いはありがたく受け取っている。


「そう?

 それにしても、ずいぶんと手慣れた感じだったね。

 よくああいうことしてるのかい?」

「あー、うん、そうね。

 事件にはよく遭遇してる。」


なんとも答えにくい質問に、オティーリエは歯切れ悪く答えた。

それに、ネルがちょっと申し訳なさそうにして謝る。


「おっと。

 すみません、ちょっと答えにくい質問だったね。」

「あ、ううん、大丈夫よ。

 そう言えば、ネルさんはどうやってここまで来たの?」


唐突なオティーリエの質問に、ネルが首を傾げた。


「どうやって、とは?」

「あ、ごめんなさい、質問が悪かったわ。

 電車とかバスとか乗り継いできたのかって質問。」


オティーリエが言い直すと、ああ、とネルは頷いた。


「リーエさんの言う通り、電車とバスを乗り継いで来たんだ。

 でも、それがどうかした?」

「あ、ううん、帰りもあるでしょ?

 移動時間大変だなと思って。

 移動時間も休暇のうちでしょう?」

「移動もなかなか楽しいものだよ。

 車窓から知らない景色を眺めてたら、気が付いた時には目的地についてるからね。」


ネルは来る時に見た光景を思い出すように楽し気に答えた。

それに、オティーリエがうんうんと頷く。


「分かるわ、その気持ち。

 知らない景色はもちろんだけど、飛ぶように過ぎていく光景も楽しいのよね。」

「うん、そうだね。」


なんて他愛もない話をしているうちに、目的地に着いた。

目の前のお店に、パティスリー・オロンジュの看板がかかっている。

どうやら、閉店前に間に合ったようだ。


「あ、パティスリー・オロンジュはあそこ。

 よかった、まだやってるみたいね。」

「ありがとう、リーエさん。

 おかげで迷わずに済んだよ。」

「どういたしまして。

 それじゃあ、私はこれで。」


実はもう帰宅時間に遅刻気味。

オティーリエは内心、焦っていたりする。


「よければ、一緒に食べていかないかい?

 お礼に奢るよ。」

「お誘いは嬉しいのだけど、ごめんなさい。

 もう門限が近いの。」


なので、オティーリエは正直に答えた。


「あっと。

 私のためにありがとう。

 じゃあ、ひょっとするとこれでお別れになるかもしれないね。」

「え?」


ネルが笑みを浮かべて言う。


それは、オティーリエは考えてもいなかったこと。

会って二日、それも初日は食事を同席しただけだけれど、この短い時間にで随分と馴染んだ気がする。

これからも、当たり前にいるような気になっていた。


「今週いっぱいで帰国するからね。

 そうすると、また会えるかどうかは分からないし。」

「そっか、そうね。

 じゃあ、短い間だったけど、どうもありがとう。

 楽しい時間を過ごせたわ。」

「こちらこそ、ありがとう。

 リーエさんと会えたおかげで、この旅も一層、楽しいものになったよ。」


ネルが右手を差し出した。

オティーリエがその手を握り返す。


「次にお会いする時は、お互いに本来の姿でお会いすることになるでしょう。

 その時は、よろしくお願いします。」


ネルがそう言って、オティーリエの手を握ったまま、軽くお辞儀をした。

背筋がピンと伸びて、姿勢がいい。

きちんと上流階級としての教育を受けた人のお辞儀だ。

もともと、ネルは指の先まで気を配った上品な振る舞いをしていることにオティーリエは気付いていた。

やはり、ネルは上流階級に所属する人のようだ。

どうも話す気はなさそうだったので、オティーリエからは聞かなかったのだけれど。


「こちらこそ、よろしくお願いします。

 その時を楽しみにしております。」


さすがに往来でカーテシーをするわけにはいかないので、オティーリエもお辞儀を返した。

もちろん、ネルのようにきちんと背筋を伸ばして。


そうして、お互いにお辞儀をして、同時に顔を上げると。

お互いに顔を見合わせて、にっこりと笑いあった。


「それでは、また。」

「ええ。

 またね。」


そう言って、二人はそこで別れた。

ネルをパティスリー・オロンジュに案内して、そこでお別れでした。

最後に意味深なことを言いつつ。

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