14.爺やの情報
オティーリエのこの日の街での活動はここまで。
日記の中の、あの御方、という言葉がどうしても気になったので、お城に戻って、確認の取れそうな人物に質問するためだ。
お城に戻る道すがら、アーサーにはハイリとの会話の内容と、これから会う人物について説明しておく。
お城に戻ってきたオティーリエは、お城の敷地でも外れにある工房にやってきた。
工房と言っても何かを製造しているわけではなくて、発明や研究をしている場所である。
オティーリエはその入口にやって来ると、コンコンとノックをした後、返事を待たずにさっさと中に入って行った。
そして、奥の方で大きな機械を相手に作業をしている人物に近づいて声をかける。
「爺や、調子はどうですか?」
「おや、これは姫様。
まあ、ボチボチというところですかな。」
オティーリエが爺やと呼ぶこの人物は、マージナリィ・シン。
70歳くらいの好々爺然とした人物で、この工房でたった一人で研究や発明を行っている。
エリオットに気に入られてこの工房を与えられ、数多くの研究成果と発明で、ホルトノムル侯爵領に多大な貢献をしている人物である。
機械の類が大好きなオティーリエは、幼いころから、この機械に詳しいマージナリィに懐いていて、おかげでオティーリエはしょっちゅうここに入り浸っている。
マージナリィは声をかけられたことで、その手を止めて工具を下に置くと、ポケットからハンカチを取り出して手を拭きながら、入口近くにある応接セットに向けて歩き出した。
オティーリエもマージナリィに並んで歩き出す。
「その肩にいるのがアーサー君ですな。
城内からの噂が、この爺にも届いておりますよ。」
ニコニコと笑いながらオティーリエに声をかける。
それにオティーリエも笑顔で返した。
「はい。
とても素敵なナイトなのです。」
と、次の瞬間、その笑顔が凍った。
マージナリィがじっとアーサーを見つめている。
そう、まるで、研究対象を見るように。
マージナリィはアーサーの正体を知らないハズ。
まさか、研究者としての勘でアーサーについて何か嗅ぎ取ったのだろうか。
オティーリエは思わず足を止め、マージナリィの視線を遮るようにアーサーに手をかざして半身になってアーサーを隠す。
アーサーもどこか危機感を感じ取ったのか、マージナリィの視線から隠れるように身をよじった。
「爺や、アーサーは研究対象ではありませんよ。」
「はっはっは、分かっておりますよ、姫様。」
マージナリィは大きく笑うと、応接セットに併設している戸棚に向かった。
足を止めた分、一歩遅れてオティーリエも追いかけるように歩き出して、こちらは応接セットに併設しているキッチンに向かった。
もちろん、お茶を淹れるため。
アーサーにキッチンのテーブルに降りてもらうと、マージナリィの発明による超小型蒸気機関を使った瞬間湯沸かし器でお湯を沸かす。
そして、そのお湯をいったんポットとカップに入れて温めておくと、もう一度お湯を沸かした。
それから温めたポットのお湯を捨てると、茶葉をポットに二人分入れて、沸かしたお湯を勢いよく入れた。
お湯を入れるとすぐに蓋をしてティーマットの上にポットを置く。
それから3分ほど待ってから、カップのお湯を捨てて清潔な布でカップを拭いてから茶こしを使ってカップにお茶を回し入れる。
最後の一滴までお茶を注ぐと、カップをソーサーに乗せてからアーサーに再び肩に乗ってもらって、応接セットにお茶を持って行った。
応接セットでは、マージナリィがすでにお茶請けのお菓子をオティーリエと自分の分、用意してソファに座って待っていた。
「どうぞ。」
オティーリエは音を立てないようにカップの乗ったソーサーを置くと、マージナリィの向かいのソファに座った。
「ありがとうございます。
なんといっても、姫様のお茶は休憩時間の一番の楽しみですからな。」
マージナリィは朗らかな笑みでソーサーを手に取ると、カップを持って、一口、お茶を口に含んだ。
先ほどのアーサーを見る目は完全に鳴りを潜めている。
その様子に安心したオティーリエは、アーサーにテーブルに降りてもらって、自分もお茶を口にした。
・・・熱くて飲めなかったので、舐めただけでそっとテーブルに戻す。
お茶請けは、よくあるショートブレッド。
とりあえず、オティーリエは一口、口に入れた。
そして、オティーリエがそれを飲み下すのを待ってから、マージナリィがオティーリエに話しかけた。
「さて、ご用向きはなんですかな?
爺に答えられることならよろしいのですが。」
言って、自分も一口、ショートブレッドを口にする。
オティーリエは居住まいを正し、そんなマージナリィを正面から見据えて、口を開いた。
ここからはマージナリィの一言一句、一挙手一投足を見逃せない。
「コレット・スペンサーをご存じですか?」
その質問に、マージナリィは笑みを浮かべて答えた。
「存じておりますよ。
つい先ほど、新しい報告も入ったところです。」
そして、また一口、お茶を口に含む。
この人物が知っているということは、コレットは一般人のフリをした裏社会の住人ということ。
マージナリィ・シンは研究と発明の他に、もう一つ、重要な役割を担っている。
それは、第六騎士団団長。
決して表舞台には出てこない、社会の裏側で暗躍する騎士団。
国内の他領をはじめ、国外にも手を伸ばす諜報部隊の長である。
その存在はエリオットとオティーリエとヨハン、それから二人の予算を預かるほんの一握りの執事のみにしか明かされていない。
「そうですか。
それでは、背後にいる人物についてもご存じですね?」
「さて、どうですかな。
かの御仁、この爺ではなかなか手の出しにくいお方でしてな。
入ってくる情報が少ないのですよ。」
マージナリィは顎に手をやって、困ったという表情で答えた。
マージナリィはいつもこうで、研究や発明については嬉々として全てを、いや、不要な細かい情報まで話すけれど、第六騎士団絡みの情報はぼやかすようにハッキリとは言わないのだ。
だから、態度と言葉から意味を読み取らないといけない。
マージナリィの答えは、解釈によってはコレットについて言っているようにも思えるが、もちろん、それはブラフ。
それは、オティーリエのコレットの背後にいる人物は?という質問への答えだから。
もしコレットの情報なら、質問とは違う人物を答えるので、最初にハッキリとコレットは、と言うはず。
そして、マージナリィでは手が出しにくいということは、相手が力のある貴族であることを匂わせているし、また困った様子で情報が少ないと言うということは、他国の人物ということだろう。
国内の人物であれば、第六騎士団が十分に情報収集出来ているはずだから。
オティーリエはこうして、幼い頃からこのマージナリィに言葉の裏、意図を読む練習をさせられていて、おかげで貴族の遠回しな言い回しも理解出来るようになった。
もっとも、貴族としてはその遠回しな言い方が正しいと知りながらも、オティーリエはそれを嫌って、親しい者には逆に単刀直入な言い方をするようになってしまったけれど。
「お名前を伺ってもよろしいですか?」
「拙速に事を運べば、大魚を取り逃す結果に繋がるかと。」
今、名前を教えてもらっても出来ることはないし、知らなければ口に上らせることもない。
また、マージナリィも、その人物の名前と来歴以上の情報は持っていないということでもあるのだろう。
だから、教えるべきではないと諭す。
しかし、オティーリエはそれでよしとしなかった。
いや、幼い頃ならそれでよかったけれど、今は違う。
その瞬間、オティーリエの雰囲気が、がらりと変わった。
わずかに残っていた爺やへの甘えを拭い去り、凛とした表情でマージナリィを見据える。
そこにいるのは、オティーリエ・ロートリンデではなく、オティーリエ・セラスティア・ロートリンデ。
幼いながらも領主代理を務める、ただ一人のホルトノムル侯爵の直系の子供。
「いいえ。
領主である父の留守を与る身です。
わずかでも情報があることを知りながら、知らなかったでは済まされない立場にあります。」
オティーリエの視線を受けたマージナリィは、瞬間、好々爺の姿勢が崩れた。
何かを測るように目を細める。
とはいえ、それはほんの一瞬のこと。
すぐに元の好々爺の顔を取り戻す。
「なるほど、かしこまりました。
では、これは爺からのお願いです。
爺は閣下とお嬢様には、力のある情報のみをお渡ししたいと望んでいます。
この情報は、まだ力を持ちません。
必ずや、その力を手に入れてみせますので、それまでお待ちいただけませんか。」
笑みを浮かべた顔の中で、その瞳だけは真剣さを湛えている。
オティーリエはその瞳を真摯に受け止めた。
「分かりました。
その望みを受け入れます。
その時をお待ちすることにいたしましょう。」
次の瞬間、オティーリエは爺やのことが大好きなオティーリエに戻った。
小さく笑みを浮かべて話を続ける。
「ですけれど、あまり時間をかけますと、第二騎士団に後れを取りますよ。
第二騎士団の担当は昼行燈のウォードさんですから。」
「それは手強いですな。
肝に銘じましょう。」
マージナリィも少しおふざけ混じりに返した。
後れを取るとは微塵も思っていない様子。
「それから、もう一つ教えて下さい。
魔石や聖別された物の入手方法についてご存じありませんか?」
「それらについてでしたら、この爺よりお詳しい方がいらっしゃいますよ。
姫様にとって最も親しい方です。」
基本的にはお城で暮らしているオティーリエにとって、親しい人物というのは非常に数が限られる。
マージナリィは、オティーリエの最も親しい間柄、という地位を巡ってヨハンにライバル心を燃やしているので、ヨハンはこの中には入れない。
当然、侍女たちも入らない。
と、すると、対象は一人だけ。
エリオットだ。
「・・・そうなのですか。
ありがとう存じます、お伺いしてみます。」
「ぜひ、そうなさって下さい。
姫様からの手紙とあれば、お喜びになられるでしょう。」
意外な人物が出てきたので、ちょっとだけきょとんとした表情を見せたオティーリエだったけれど、すぐに気を取り直した。
マージナリィが嬉しそうにお勧めしてくるし、連絡手段に手紙と言っているので、エリオットで間違いないだろう。
そして、これで魔獣関連のお話はここまで。
この後はカップなどを片付けた後、開発中の物の組み立てスペースに場を移し、作業するマージナリィの横にオティーリエが立って、マージナリィの手元を覗き込みながらの和やかな雑談タイム。
雑談タイムは夕食前まで続き、時間を忘れていたオティーリエは慌てて自分の部屋に戻ったのだった。
◇ ◇ ◇
その日の夜、就寝前。
早速、オティーリエはエリオットに魔石と聖別された物の入手方法について質問の手紙を書いた。
週の頭に会ったばかりなので、本当にそれだけを書いた手紙。
この手紙は次の日の朝に配送され、その日の夜のうちには返事が来たのだが、その返事には嬉しさと悲しみが滲んでいた。
嬉しさは、手紙が来たということについて。
手紙の最初はそのおかげで踊るような字だったのに、内容が実務的な質問だけだったおかげか、最初以外には悲しみが滲み出ているような字と文章だった。
字と文章だけでそれが分かるというのもおかしな話だけど、本当にそうとしか思えないお手紙だったのだ。
オティーリエはそんな風に、自分のお手紙で一喜一憂してくれる父親を微笑ましく思いながら、どこか楽し気にお返事を読んでいった。
でも、楽しげだったのは最初だけ。
書かれていた内容は衝撃だった。
魔石はなんと、中央神殿で秘密裏に売られているらしい。
中央神殿というのは、王都オリベスクにある神殿で、オリベール王国内にある神殿や教会の頂点に位置する存在である。
この世界を創造された唯一神を奉るアトメス教。
その信仰の中心地は、オリベール王国の南の隣国を超えてさらに南に位置する聖地アトメシアンにある大神殿である。
この、国家を跨いで大陸中に広がる巨大宗教組織は、聖地アトメシアンの大神殿を中心として、各国家ごとに代表となる統括本部を置き、組織はそこからさらに地方ごと、領地ごと、という感じに細かく分化していく構造になっている。
そして、小さな災害である魔石。
魔石を封じるための手段は聖別された物しかなく、聖別は神殿や教会でしか行えない。
このため、魔石の管理もアトメス教が行っている。
オリベール王国においては、国内で発見された魔石は全て中央神殿に集められ、地下深くにある聖別された倉庫で厳重に保管されている。
そのことは別に隠されておらず、国内でも知っている人は知っていること。
もちろん、オティーリエもそれは知っていた。
だけど、その魔石が売られていることは、当然、知らなかった。
もっとも、魔石を販売していることは中央神殿の神官達でも知っている者はほとんどいない。
それを知るのは、極一部の販売を行っている者だけ。
つまるところ、不正に販売が行われているということだ。
エリオットがどうしてそれを知っているかと言えば、諜報機関に王都を調べさせた中で引っかかったらしい。
そして、現在、ここ一か月の間に魔石を買った者がいないか、いるとしたらどのような者かを調べさせているとのことだった。
ちなみに聖別されたハンカチについては、そもそも中央神殿から魔石を持ち出す時に一緒に購入した物ではないかと推測しているらしい。
もちろん、魔石が中央神殿から購入された物ではなく、聖別されたハンカチをどこかで購入し、どこかで見つけた魔石を持ち込んだという可能性についても書かれていたけれど。
さすがお父様、という気持ちと、ご存じなら教えて下さってもよろしいではありませんか、という気持ちを抱きながら、オティーリエは手紙を読み終えた。
それから、すぐにお礼のお返事を書く。
オティーリエは、このお礼のお手紙にも、エリオットは返事を寄越してきそうな気がした。
◇ ◇ ◇
金曜日朝の新聞チェックでは、国内の新聞でも白騎士関係の記事は出尽くしたようで、掲載しているのは1/4以下に激減していた。
そんな中、オティーリエの目を引いたのは、第二騎士団による魔獣事件の記者会見。
オティーリエの注文通りに魔石は自然発生したものではないことと、魔石を領都に持ち込んで魔獣を発生させた犯人が判明したことが発表されていた。
ただ、影響が大きすぎるためという理由で、犯人の名前は非公表になっていた。
ヨハンの方も特に注意を引いた記事はなかったらしく、新聞チェックは早々に終えた。
まだ、もう少しきな臭いお話を。
爺やと令嬢の会話も、従者と令嬢の会話と同じく、書いてて楽しいです。
こちらも、これからもちょくちょく出てきます。




