2.マスターの遺体
オティーリエはその叫び声に、バッと喫茶店の中に駆け込んだ。
お店の中は、扉の反対側にカウンターがあり、中がキッチンになっているようだ。
調理器具やコーヒーを淹れるための道具などが並べられている。
カウンターの前には6脚のカウンター席があって、さらに入り口側と奥側の壁際に6席、テーブル席が置かれている。
そして、今、お店の中央でアメリーが腰が抜けたように座り込んで、カウンターの方を指差していた。
その表情には恐怖が浮かんでいる。
「ま、マスターが、マスターが・・・。」
震える声で、そんなことを呟いている。
オティーリエは後ろから入ってきたネルに視線を送った。
それにネルが真剣な表情で頷くと、オティーリエはカウンターへと飛び込んだ。
「あれ、こういう時、逆なのでは。」
ネルはそんなオティーリエに、ちょっと拍子抜けした様子で呟いた後、軽く首を振って気持ちを入れ替えて、アメリーに近寄った。
その前にしゃがんで顔を覗き込むようにしながら、視線を合わせる。
「大丈夫ですか?」
ネルに顔を覗き込まれながら、そう声をかけられて、アメリーは目をパチパチさせた後、ハッと気が付いたような表情になった後、ネルに必死な表情で言い募った。
「マスターが、マスターが倒れてるの!
死んだように青くなって・・・!」
「アメリーさん、落ち着いて下さい。
はい、深呼吸。」
アメリーはそう言われて目をパチクリした後、スー、ハー、スー、ハーと深呼吸した。
それで幾分落ち着いた様子。
かと思えばそうでもなかった。
いったん、静かになったものの、今度はネルの肩を掴んで乗り出すように中腰になり、必死の形相でネルに言い募る。
「そうよ、カウンターの中でマスターが倒れているのよ。
早く助けないと。」
「はい、分かっていますよ。
今、リーエさんが様子を見ています。
アメリ―さんは、ひとまず落ち着いて下さい。」
ネルが落ち着いた様子でアメリ―の目を見ながら言うと、アメリ―はそれでようやく正気に戻ったようで、ネルを見ながらストンとそこに座り込んだ。
ネルの肩に置いた手も滑り落ちる。
「あ、そ、そうね。
取り乱しちゃった。
ごめんなさい。」
「いいえ。
立てますか?」
「あ、はい。」
アメリーの様子を見て、ネルはすっと立ち上がると、アメリーに手を差し出した。
アメリーがその手を取ると、ネルはアメリーを助け起こした。
◇ ◇ ◇
オティーリエがカウンターに入ると、その奥で一人の男性が倒れていた。
頭を壁にもたれかけさせていて、瞳孔は開き、口も軽く開いていて、顔色も蒼白だ。
一目ですでに事切れていることが見て取れた。
その男性は濃い赤色の髪で、ポールとは血縁だろうと容易に想像が付いた。
カフェ・ブーランジェルのロゴの入ったエプロンを付けている。
オティーリエはそばに屈んで全身の様子を見てみたけれど、特に血痕などはなかった。
ただ、ざっと見た感じ、死後半日ていどのように見える。
そこまで見て取ったところで、背後からポールの声が聞こえた。
◇ ◇ ◇
ポールはネルに続いて店内に入った。
リーエがカウンターに向かい、ネルがアメリーに歩み寄って行く。
ポールとしてはアメリーが心配だったけれど、すでにネルが向かっていたので、カウンターに向かった。
そして、カウンターから中を覗き込むと、その奥に倒れている人物が見えた。
「あ、親父・・・?」
思わず呟く。
それから、様子を確認しようと近付こうとした、その時。
「ポールさん。」
父親の横に屈んで様子を見ていたリーエが、立ち上がって声をかけてきた。
ポールはハッとして思わず動きを止める。
「すみません、急いで第二騎士団にご連絡をお願いします。
すでに亡くなられています。」
「いや、え?
親父が?」
呆然とした顔で、再び一歩踏み出そうとしたポールの前に、遺体を隠すようにリーエが立ち塞がった。
「はい。
ご遺族はご覧になられない方がいいでしょう。
それより、第二騎士団へご連絡をお願いします。
おそらくポールさんが一番、この辺りに詳しいと思いますので。」
「あ、ああ、分かった。」
そこまで言われて、ポールは踵を返すと、喫茶店を出て行った。
ポールが出て行ったのを見送ったオティーリエは、ネルとアメリーの方に視線を移した。
ネルがアメリーを落ち着かせてくれているようで、アメリーはテーブル席の一つに座り、ネルはその横に膝立ちになって俯いているアメリーの顔を覗き込むようにしながら何か話しかけているようだ。
とりあえず、アメリ―はネルに任せておけば大丈夫そう。
ポールが第二騎士団を呼んで戻って来るまで、さほど時間はかからないだろう。
オティーリエは、その前に終わらせるべく、現場検証を始めた。
喫茶店の中にはマスターの遺体が。
令嬢は本格的に捜査に乗り出します。