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1.今日は二人で巻き込まれる

「おや、リーエさんじゃないですか。」


オティーリエが中央広場で屋台のおばさんと話した後、とりあえず東の街道沿いに歩き出した所で、そんな風に声をかけられた。

声をかけながら駆け寄って来たのは、一昨日、定食屋さんで相席になったネルだ。


「あら、ネルさん。

 こんにちは。」

「こんにちは。

 一昨日に続いて貴女に出会えるとは、僕は運がいい。

 どこか運命的なものを感じませんか?」


ネルがウィンクしながらオティーリエに言った。

なので、オティーリエもネルが冗談を言っているのだと受け取った。


「そうかもしれませんね。」


くすりと笑いながらオティーリエが答える。


話しながら、往来の真ん中で立ち止まると通行人の邪魔なので、中央広場の端の方に歩き出した。

ネルもオティーリエの意図に気付いて横に並んでついて来る。


「それでは、一つ提案させて下さい。

 一緒に食事をして、こうして運命的な再会も果たしました。

 つまり、少なくとも、もう友人にはなれたということでしょう。

 なら、もっと友人らしく気楽に話してもいいかと思うのですが、どうでしょうか?」


ネルがにこやかにそんなことを言って来た。

オティーリエとしても、特に立場とか気にするような場面ではないし、まあ、いいかと思って頷いた。


「そうですね。

 そうしましょう。」

「より距離が縮まったようで嬉しいです。」


それから、ネルはこほんと一つ、咳払いをして。


「それで、リーエさんはここで何を?」

「特に何も。

 ちょっと街の東の方に行こうかな、と思ってたくらいで。」

「なら、少しだけ時間をもらないかな?

 もし知ってたら、パティスリー・オロンジュという店までの道を教えて欲しいのだけど。」


ネルが言うと、オティーリエは目をパチクリとさせた後、頷いた。


「もちろん知ってるわよ。

 案内しましょうか?」

「え、いいのかい?

 なら、ぜひ。

 ありがとう、助かるよ。」

「じゃあ、行きましょう。」


オティーリエはとりあえず西の街道の方に歩き出しながら、会話を続けた。

パティスリー・オロンジュは西地区にある。


「お土産?」

「うん、そう。

 ただ、人にあげるから味は確認しておきたくてね。

 先に味を見ておこうと思ったんだ。」

「なるほどね。」


ネルは今、約1週間の休暇中で、ホルトノムル侯爵領へは観光で来ているとオティーリエは一昨日、昼食時に聞いた。

1週間まるまるホルトノムル侯爵領で過ごすつもりで、他領へは行かないらしい。

ホルトノムル侯爵令嬢としては、そんな風に長期の観光に来てもらえるのは嬉しい限り。


「ちなみにお勧めはある?」

「オレンジムースケーキかな。

 あ、でも、これだとお土産には向かないわね。」

「うーん、冷凍とかのサービスないかな。」

「冷凍出来ても、味落ちるわよ。」

「うん、そうだよね。

 なら、せっかくだけどお勧めは諦めるかな。」

「他のお菓子もおいしいから、大丈夫よ。」

「分かった、ありがとう。」


そんな風に他愛ない話をしながら、二人はパティスリー・オロンジュに向かった。


 ◇ ◇ ◇


西の大通りを一本、裏に入った道を二人が歩いていると、前方でなにやら扉を叩きながら大声を出している女性がいた。

歳の頃は10代後半くらい。

肩にかかるくらいの黒髪の女性。


「マスター?

 いないの?」


そんなことを言いながら扉を叩いている。


「ちょっと寄り道してもいいかしら?」

「どうぞ。」


オティーリエがその女性を見てネルに言うと、ネルは面白がるような表情をした。

オティーリエは、そのネルの表情をわざわざ面倒事に首を突っ込もうとしているのを面白がってるのかなと思いつつ、女性に近寄って行った。


女性が扉を叩いている建物は喫茶店。

カフェ・ブーランジェルと壁に店名がかけられている。

入口は白くて少し大きめの扉で、艶消し黒の壁との対比が美しい。


「どうかされましたか?」


女性の横まで来ると、オティーリエはそう声をかけた。

ネルはオティーリエより少しゆっくり目に歩いて来る。


「え?

 ああ、お昼食べようと思って来たんだけど、扉開かなくて。

 って、誰?」


その女性が、突然声をかけてきたオティーリエを訝し気に見る。


「リーエと申します。

 よろしくお願いします。

 その、非常に目立っていらしたので、何かあったのかと思って声をかけさせていただきました。」


オティーリエに言われて、女性はぎょっとした顔をした後、キョロキョロと周囲を見回した。

とりあえず、今、こちらを見ている人はいない。

それに、女性はホッと胸を撫で下ろした。


「なんだ、注目集めてなんかないじゃない。」

「はい、まだそこまでではないです。

 ただ、通りがかって、ちょっと気になりましたので、お声かけさせていただきました。」


と、そこで、横から声をかけてきた人物がいた。


「どうかされましたか?」


声をかけてきたのは、20代半ばくらいの濃い赤色の髪に朱色の瞳の男性。


「あら、ポール。

 どうしたの、扉開かないんだけど。」

「ああ、アメリ―さんでしたか。

 そちらはアメリ―さんのお知り合いですか?」」


と、その男性は扉を叩いていた女性を見た後、視線をオティーリエに移した。


「リーエと申します。

 よろしくお願いします。

 それから、こちらはネルさんです。」


オティーリエは自己紹介した後、ちょうど3人のところにやってきたネルをついでに紹介する。


「ネルと申します。

 初めまして。」


ネルが丁寧に頭を下げながら自己紹介した。


「あ、はい、初めまして。

 よろしくお願いします。」


ポールは突然現れて自己紹介したネルにちょっと戸惑いながらも挨拶を返した。

それから、気を取り直してアメリ―の方を見る。


「それで、開きませんか?

 今日は別に休みじゃないですけど。」

「と、言いつつ、あなたも今来たとこじゃない。

 どこ行ってたの?」

「ちょっと仕入れ先と商談に行ってたんですよ。」

「そんなこと言って、サボッってたんじゃないの?」

「勘弁して下さい。」


ポールは両手を上げて参りました、というポーズで言った後、喫茶店の扉の方を見た。


「それにしても、親父、どうしたんだろ。

 なんか急用でも出来たかな。

 参ったな、俺、鍵持ってないんだけど。」

「なんで持ってないのよ。」


ポールは独り言のように呟いたけれど、アメリ―は耳ざとくそれを聞いて言った。


「こんな時間に店閉めるなんて思いませんよ。」


オティーリエはお店を観察してみた。

確かに、そろそろ日中は暑くなってきている頃だというのに、扉だけでなく窓も開いていない。

雨戸は閉められていないので、ポールの言う通り、店員さんが急な用事でとりあえず戸締りだけして出かけたように見える。


「そうだけど。

 えー、じゃあ、あたし、お昼どうすればいいの。」

「あの。」


アメリ―が困ったように言ったところで、オティーリエは口を挟んだ。

そのオティーリエを、ポールとメアリーが息ピッタリに同時に見る。


「少し確認させて下さい。

 このお店のマスターはポールさんのお父様で、お店はポールさんと二人で経営されている、ということで合っていますか?」

「あ、はい、そうですけど。」


突然、そんなことを尋ねられて少し戸惑いながらポールが頷いた。


「アメリ―さんはこの喫茶店の常連さんでしょうか。

 それとも、ポールさんの恋人さんですか?」

「い、いいい、いえ、違うわよ!

 ただの常連よ、常連!」


オティーリエの発言は爆弾だったらしい。

アメリ―が顔を真っ赤にしてぶんぶんと頭を振った。

ポールもぎょっとした顔をしたけれど、どこか複雑そう。

そんな二人を見て、脈アリ、とオティーリエは思った。


「分かりました。

 あと、裏口とか他の入り口はありますか?」


そんな二人の様子を余所に、オティーリエはマイペースで確認を続ける。

その落ち着いた様子に、ポールとアメリ―も落ち着きを取り戻した。


「いえ、残念ながら。

 基本的に、他に出入口はありませんよ。」

「分かりました。

 お二方ともありがとうございます。」


と、オティーリエはペコリと頭を下げてから、話を続けた。


「もしよろしければ、この扉、お開けしましょうか?

 もちろん、ポールさんのご許可をいただければ、ですけど。」

「・・・開ける?」


ポールが不審そうに呟いた。

アメリ―も何言ってるのという顔をしている。

ネルはなんだか楽しそうだ。


そんな3人を前に、オティーリエはポケットから針金を取り出しすと、ちょっと曲げて見せた。


「はい。

 これをこうして、カチャカチャと。

 おそらく、普通のシリンダー錠でしょうから、開けれると思いますよ。」


ポールはますます不審そうな顔をして、アメリ―は呆気に取られた様子。

ネルはぷっと噴き出した。


「いや、リーエさん、それではただの不審者だよ。」


ネルにそう言われて、オティーリエは慌てた様子で言い訳しだした。


「あ、えっと、悪用したりしたことはありませんよ。

 今もその、ポールさんにご許可いただいた上で、開けようとしてますし。」

「ぷ。

 あはは。」


リーエのあたふたした様子が面白かったのだろう。

アメリ―は楽しそうに笑い出した。

それから。


「いいじゃない、ポール。

 開けてもらいましょうよ。

 出来ればお昼食べて行きたいわ。」


アメリ―はぽんぽんとポールの肩を叩きながら、そんなことを言った。

ポールはそんなアメリ―を戸惑った顔で見た後、はあ、と小さく溜息をつきながら頷いた。


「分かりました。

 それでは、お願いします。」

「それでは、失礼しますね。」


やはり脈アリ、とオティーリエは内心思いつつ、扉の前に屈んだ。

針金を使って解錠をする。

さほど時間もかからず、鍵は開いた。


「開きました。」


言いながら、オティーリエは扉を開けた。

閉じ切っていたためだろう、中から、少し蒸れた空気が流れだして来る。


「わ、ホントに開けちゃった。」


アメリ―が少し驚いたように言うと、ポールもそれに頷いた。

その二人に、オティーリエは少し言い訳がましく言った。


「あ、もちろん、悪用したことはありませんよ。

 そこは誤解されないようにお願いしますね。」

「分かったわ。

 ありがとう、リーエさん。

 おかげでお昼食べそびれなくて済んだわ。」


言いながら、アメリ―が店内に入っていく。

ポールはオティーリエの傍に来ると、扉を持った。


「ありがとうございました。

 よろしければ、お嬢さんとお連れ様も中へどうぞ。」

「いえ、私達は通りがかっただけですので。」


と、オティーリエが返した、その時。


「きゃあああああ!」


絹を裂くような悲鳴が、店内から聞こえて来た。

第8話のスタートです。

今回はいつものように事件を扱います。


偶然、ネルと再会したオティーリエ。

ネルが探しているお店に案内しようとしますが、その途中で、事件に遭遇してしまいます。


よろしければ、今後の励みになりますので、評価やご感想など、よろしくお願いします。

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