11.魔力探知
『主、魔力探知だ。
それも広範囲に。
少なくとも、私のメンテナンスベース上全てを覆える範囲の探知をしているぞ。』
月曜日のお昼時。
オティーリエは午前中の領主代行の執務を終えて、昼食を摂るために自室に戻って来る途中で、アーサーが伝えてきた。
ルカの時はアーサーも少し慌てた様子だったものの、今回は二回目のためか、ずいぶんと落ち着いた様子だ。
オティーリエも今回は起きている時間だったし、アーサーの声も落ち着いているおかげで、落ち着いて対応している。
実はオティーリエは、ルカの時は正常な判断が出来なくて、条件反射で飛び出していったことを後悔していたのだ。
結果的にはいい結果になったものの、どこか一つでも間違えていれば何の情報も得られなかった上に、オティーリエ自身が危険な目に遭っていたかもしれなかったのだから。
『それは』
『む、動いた。』
オティーリエがアーサーに答えようとした言葉を遮って、アーサーが割り込んだ。
『動きながら探知しているのですか?』
『そのようだ。
メンテナンスベース周辺を探るように動いているな。
探知自体は円形のようだ。
探知の範囲から計算してみたが、探知を行っている範囲はこんな感じだ。』
アーサーが中央広場を中心に周辺の俯瞰図と共に探査エリアのイメージをオティーリエに送ってきた。
それによると、魔力探知の魔法自体の範囲は中央広場と同じくらい。
最初はメンテナンスベース全体を覆うように魔力探知を行い、その後、探知の範囲がメンテナンスベースの外縁部にかかる程度にズレて、外縁部に沿うように周囲の探知を行っているよう。
今、オティーリエはアーサーにその探知範囲をリアルタイムに中継してもらっている。
探知自体はかなりゆっくり行われていたので、この途中でオティーリエは自室に着いていた。
普段ならそのまま昼食になるところだけれど、今日は違う。
オティーリエが席に座り、右手を小さく上げると、ヨハンを残して侍女達は部屋を出て行った。
すると、ヨハンはオティーリエの斜め後ろから真横に立ち位置を移した。
ヨハンは普段ならオティーリエの横に椅子を持って来て座るところなのだけど、タイミング的に短い用事だろうから、話はすぐに終わって昼食になると思われるので、それは止めておいた。
それから、両腕を後ろにして、軽く前屈みになってオティーリエに話しかける。
「どうした、お嬢。」
「現在、中央広場で魔力探知が行われています。
それも、一度に中央広場を覆えるほどの大規模な物です。」
「今、か?
相手は分かるか?」
「そこまでは分かりません。
ですけれど、あるていど、絞り込めそうです。」
そして、この魔力探知は、メンテナンスベースの周囲を一周した後、アーサーが魔力の動きを検出できる範囲を外れた。
ちなみに、魔力探知で探られているのにオティーリエもアーサーも揃って落ち着いているのは、そもそもアーサーのメンテナンスベースは魔法的な探索を阻害する魔法がかけられているので、まず見つけられないだろうから。
相手がそこまで想定して対抗する魔法を準備しているなら話は別だけれど、魔法全盛期だったアルビオン皇国時代の、最高峰の探知阻害の魔法を破るのは、アルビオン皇国時代でも高位の魔法使いでないと不可能なこと。
『私が検知出来る範囲を外れたな。
これ以上は追跡出来ない。』
『いえ、ありがとう、アーサー、十分です。
これだけの範囲を探知するのは、魔法具、それもそれなりに大きな物を使った可能性が高いと思います。
それから、この動きは歩いてでは建物が邪魔となって不可能ですので、空から行ったものと思います。
それも、飛行機ではあまり大きな物を積めませんから、飛行船を使ったと推測します。
領都上空を飛ぶ乗り物は全て申請がされていますので、そちらから、今飛んでいる飛行船を調べていただきましょう。』
『私も上空からの魔法具による探知だろうと思う。
だが、あまりゆっくりしていると、国外へ逃げられてしまうのではないか?』
『そうですね。
そこは諦めます。
登録を確認して、後から追跡調査ですね。』
『ふむ。
まあ、相手がそのような物であるなら、ルカの時のように主が転移で乗り込むわけにもいかぬしな。
了解した。』
「分かった。
今回は飛び出さないんだな。」
「はい。
ルカの時は就寝中に突然起こされましたので、判断力が鈍って条件反射で動いてしまいましたから。
今回は落ち着いて対応しているところです。」
ふふん、と、ちょっと得意そうに言うオティーリエに、ヨハンは子供を相手にしているように、ふっと笑った。
しかし、オティーリエはそれを視界に入らなかったことにして、ヨハンに指示を出した。
「ヨハン、今回の魔力探知は中央広場上空から飛行船によるものと推測されます。
この時間に飛行申請が行われている飛行船を洗って下さい。
申請された航路も考慮しますと、どの飛行船か分かるかと思います。
ただ、念のため、飛行機についてもお願いします。」
「分かった。
ちなみに飛行船という根拠は?」
「最初に中央広場全域を魔力探知した後、中央広場の外周に沿って回るように魔力探知を行っていたためです。
中央広場の周囲を円形に移動出来るのは空を飛んでいるためと考えられますし、魔力探知の範囲が広いので、魔力探知自体は大きな魔法具によるもので、飛行機には搭載出来ないと考えられます。
これらのことから、飛行船だろうと推測しました。」
オティーリエの説明に、ヨハンは頷いた。
「なるほど、了解した。
じゃあ、それは俺がやっとくよ。
夜には報告出来ると思う。」
「お願いしますね。」
オティーリエが言うと、ヨハンはふむ、と顎に手をあてながら身を起こした。
「それにしても、白騎士が現れなかった翌日に魔力探知だなんて、なんか意味深じゃないか?
自ら、なんらかの関与を疑って下さいと言ってるようなものだ。」
「そうですね。
今までの慎重さから考えますと、少々腑に落ちない迂闊さです。
ただ、同時に、これまでのことを考えますと、飛行船からは足が付かないと考えているのではないかとも思えますけれど。」
オティーリエの推測に、ヨハンは嫌そうな顔をした。
「それがありそうだな。
なんか舐められているようで気に入らないが。」
「実際、追いきれていませんので、仕方ありません。
今回、上手く尻尾が掴めるように期待しましょう。」
再びの魔力探知です。
と言っても、アーサーのメンテナンスベースにはそれに対抗する魔法がかけられているので、発見するのは難しいのですが。
アーサーもオティーリエもそれが分かっているので、深夜だったルカの時とは違い、今回は落ち着いて対応します。